みずあめ
2026-04-15 01:37:55
2080文字
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ゆづあい

逢さんHBD! カドストネタバレあります!

定時ぴったりに退勤を切って、どんな日よりも早く事務所を出る。お昼に降った雨は一度止んだ後も弱く降ったり止んだりを繰り返していて、春だなぁと思いながら俺は折りたたみ傘を広げた。
誕生日をお祝いさせてほしいというのはずいぶん前から伝えていて、今夜の逢さんの時間を誰よりも早く押さえていたのに、今朝になって逢さんから「風邪を引いた」と連絡が来た。もちろん逢さんは少しも悪くない。この時期は誰でも体調を崩しやすいから、むしろ軽い風邪で済んで良かったと思うべきだ。
だけど今日は、逢さんの誕生日なのに。取っておいたレストランの予約はキャンセルして、でもせめて少しでも逢さんに会いたくて俺は半ば強引に約束を取り付けた。風邪を引いている人に無理をさせるなんて普段なら絶対にやらないのに、今日だけは、なんて、結局自分のわがままに付き合わせている。昼休みに俺の代わりに逢さんの家に差し入れを届けに行ってくれた戦が「通常運転、いつも通り元気そうでしたよ」と言っていたけれど、それでも俺のわがままに付き合わせて良い理由にはならない。
自己嫌悪と逢さんへの心配と会えることの嬉しさと、ごちゃごちゃの感情を抱えたまま必要な買い物を済ませて逢さんの家へ向かった。インターホンを押すとすぐに返事があって、逢さんが扉を開けてくれる。
「おかえり」
……ただいまです。よかった、顔色はそこまで悪くないですね」
「もう熱はほとんどない。咳も朝よりは落ち着いた」
言った直後にコホッと溢れた咳に、逢さんがバツの悪そうな顔をする。思わず表情が緩んだけれど、その咳は聞かなかったことにして俺は「お邪魔します」と言って玄関に入った。
「今日の仕事で何か困ったことはなかったか」
「はい、特に問題なく。何もなかったから俺は今ここにいるので」
「確かに、そうだな。……いや、由鶴、おまえは昼休みはちゃんと取れたのか」
「あ、そうだった。すみません、急に戦に行ってもらうことになっちゃって」
……人選に疑問はあるが、そうではなく。おまえはしっかり休憩を取ったのかと聞いている」
……ええ、大丈夫でしたよ」
……騙す気があるならもっと上手くやれ」
逢さんは隠すことなくため息を吐き、俺の手から買い物袋を奪うとすたすたと部屋の奥へ歩いて行ってしまった。急いで靴を脱いでその後を追った俺は、リビングに入ったところでドアの横に待ち構えていた逢さんにぎゅっと抱きしめられた。びっくりして目を見開く俺のことを、逢さんは更にキツく抱きしめる。
「あ、あいさん……?」
「無理をさせて悪い。だけど、時間を作ってくれて嬉しい。ありがとう」
……えっと、全部、そのまま俺のセリフなんですが…………熱、もうないんでしたっけ?」
「ああ」
……キスしたら、風邪移っちゃいますかね」
……
「すみません、やっぱり万が一俺が風邪を引いたら逢さんに迷惑かけちゃうので」
言葉は途中で逢さんの唇に遮られ、俺は開いた隙間から入り込んでくる逢さんの舌に体を震わせた。熱はもうないと言っていたけれど、触れたそれはいつもより熱い。止めないと、と思うのに、もう風邪が移ったみたいに頭がぼうっとして、俺はただ与えられるままにそのキスを受け止めた。
……もし熱が出たら俺のせいだな。無理はせずに休め」
「そんな、逢さんのせいじゃないです」
「どう考えても俺のせいだろう。それで、夕食は由鶴が作るのか? 俺も何か手伝えることはあるか?」
……一時間もらっていいですか。逢さんは座って、いえ、寝ていてください。あまり誕生日らしいメニューにはならないと思いますが風邪の時も食べやすいごはんを作りますので」
逢さんに促されるまま俺はキッチンに立ち、買ってきたものを次々と広げた。逢さんはベッドどころかソファーにも行かず、カウンターのすぐ向こう側のイスに座り、俺のことをじっと見ている。
「悪いな。本当はいろいろ考えてくれていたんだろう」
「いいんです。むしろ無理を言って押しかけてきてしまってすみません。どうしても今日、逢さんに会いたくて」
……俺も同じ気持ちだが、謝ったほうがいいか?」
「あ……えっと、……
「誕生日を祝いに来てくれて嬉しい。俺がいま考えているのはそれだけだ。由鶴は?」
……誕生日、お祝いできて嬉しいです」
「あぁ、それでいい。今年できなかったことは来年に回してくれ」
……来年も、いいんですか?」
……おまえが来年も俺の誕生日を祝ってくれるというのなら」
「もちろんです! 来年も、その先も、毎年お祝いさせてください!」
……ふ」
ため息のように息を吐いて、逢さんは穏やかに笑った。やわらかい表情に見惚れているうちに、優しく細められた瞳が俺を見上げる。
「それが一番の誕生日プレゼントだ」
……え?」
どれのことを言っているのか分からずパチパチと瞬きをする俺を、逢さんはただ笑って見つめていた。まだ何一つ誕生日プレゼントをあげられていないのに、もう欲しいものを全てもらったような満足げな笑顔だった。