jerry-fish
2026-04-14 21:12:11
5248文字
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無自覚と自覚

真木先天的女体化なのでお気を付けください。

モグラの無自覚片思いのモグ真木♀です。
ツイッターでちょっと呟いてたやつを形にしてみました。

 昼時も過ぎた頃、モグラが番台でだらだらとラジオを聞いていた時のことだ。ガラガラとガラス戸が音を立てて開く。そこにはいつものように紙袋を持った真木が、ひどく思いつめた顔で立っていた。
「ごめん、モグラ」
 ひどく申し訳なさそうな声に、モグラの眉が寄る。
「何があった?」
「その、悪いんだけど……
 モグラの真剣な声に、真木は少し俯いて言い淀んだ。
「場所貸して! 課題が終わらなくてマジでヤバイっ!」
 真木は拝むように両手を合わせてそう言った。そんな真木に、モグラは安心したように大きく息を吐いた。
「なんだ、そんなことかよ」
「そんなことじゃないんだよ! 大問題! 明後日提出なのに全然進んでなくて! でも家じゃ集中できなくて……
 しょんぼりと肩を落とす真木に、モグラはわしわしと頭を掻きながらまあ上がれよと自室へと促した。
「で? そこまで追い詰められてんのも珍しいよな。騒音とか、何か集中できない原因があるんだろ? それどうにかしねぇとどうしようもないんじゃねえの?」
 真木にお茶を出しながらモグラが言えば、真木は申し訳なさそうに眉を下げて縮こまる。
「その、そういうのじゃないんだ」
「じゃ、なんでだ?」
 モグラの当然の疑問に、真木はさらに縮こまった。別にいじめているわけではないのに、その姿に妙に罪悪感がわいてくる。
「えぇと、言いづらいんだけど……。ずっと待ってたゲームがあって、想像よりもずっと楽しくて……
「ははぁ、なるほどな。時間忘れるほどハマっちまったと」
「うん。家だとどうしても気になっちゃって……。でも図書館よりもモグラのとこのほうが集中できそうな気がして」
 ごめんと謝る真木に、気にするなと言ってモグラは苦笑した。
「珍しいな、真木がそこまでハマるなんて」
「私もちょっと想定外だった……
「ま、いいぜ。もてなしなんてできないが、場所くらいならいくらでも貸してやるよ」
「ごめん。ありがとう、助かるよ」
 やっとホッとしたように体から力を抜いた真木に、俺は番台にいるから何かあったら呼んでくれと言ってモグラは席を外した。それを聞いた真木はもう一度ごめんと謝ってから、リュックからパソコンを取り出してそれを立ち上げた。


 真木がいる自室への扉が開け放たれたままなので、モグラのいる番台から真木の姿がよく見えた。時々、真木に茶を淹れたり、自分で飲んだりするために足を運ぶ。今も、モグラは自分の茶を淹れるついでに真木の様子を見ていた。どうやら相当集中しているらしく、湯呑から立ち上がっていた湯気はすっかりなくなったが、中身はそのままだ。淹れなおしてやるべきかと思うものの、あんまり熱いとすぐには飲めないかと思いなおす。急須を置いて湯呑を片手に、課題に励む真木の様子を観察する。
 
 考え込んで伏し目がちになる目は、涼やかでいつもとは違った良さがある。
 集中しすぎて薄く開いた唇は、ふっくらとしていて柔らかそうだ。
 パソコンのキーボードを叩く指は現代っ子らしく、細くしなやかで美しい。
 
 そこまで考えてモグラはハッとして視線をそらした。気まずく思いながら、飲みやすい温度になってしまった薄い茶に口をつける。ちらりと視線だけで真木を見れば、モグラの視線には気づいていなかったようで、その視線はずっとパソコンの画面に注がれていた。それにホッとして湯呑を持ったままそっと自室を後にした。
 番台に戻ると、真木の邪魔にならないように小さな音でラジオをかける。内容なんて頭に入ってこない。ただ、先ほどの考えをどうにか消したくて、思考の上書をしたくて聞き流す。
 こんなおっさんがあんなに見つめてたらキモイだろと、自分で思って眉間にしわが寄る。何より、ようやく頼ってくれるくらい親しくなった子になんて目を向けてしまったんだろうと、モグラは自己嫌悪に陥りはじめる。なんであんなことを考えてしまったのかがわからない。欲求不満だろうかと考えて、そもそも乳と尻に目を奪われはしてもそういった欲自体はあまりない。なら、いったいなぜだとぐるぐると考える。こんなことを考えてしまったとバレたら、いくら優しい真木でもおっさんキモイくらいは言ってくるだろうなと思うと、それだけで少し落ち込んでしまう。いや、キモイと言われるくらいならいい。これが原因で遊びに来てくれなくなってしまったら。嫌いだと、言われてしまったら。そこまで考えてしまってモグラの思考はどんどんと悪い方へと転がり始める。いや、見ていた俺が悪いだろう。何より、真木はそんなことを言うタイプじゃないと、モグラは頭を振ってその思考を追い出そうと試みた。見るな見るなと自分に言い聞かせ、番台に頬をつけて頭を預ける。
 そんなことをしていると、カチカチというリズミカルなタイピングの音が止まった。それに気づいたモグラが頭を上げて視線をやれば、真木は「んー」と言いながらぐっと体を伸ばしていた。腕を上に向けて伸ばすと、胸を張るように体を伸ばしているのが見えた。その姿勢のせいで、普段はオーバーサイズのパーカーに隠された膨らみがその存在を主張している。

 意外とあるな。

 ほとんど無意識でその姿を注視し、そんなことを思ってしまった。それに気づいたモグラは思わず番台に頭をぶつけた。ゴンと鈍い音がする。ズキズキと鈍痛がするが、それどころではなかった。

 今、俺は何を考えた!? 相手はまだ二十そこそこの子供だぞ! 成人はしていても、藤史郎の教え子だぞ真木はっ!

 ズキズキと痛むのは頭だけじゃなくなり、今では心まで痛い。あんな優しい良い子になんてことをと自己嫌悪が酷くなる。
「なんか今、すごい音したけど大丈夫?」
 真木は先ほどの音に気付いてモグラのそばに近づいてきた。心配そうな声色にさらに罪悪感が募る。
「ああ、気にすんな。大したことじゃねえよ」
「いや、赤くなってるじゃん! ちょっと待ってて」
 真木は赤くなったモグラの額を見て慌ててモグラの自室へ戻る。少しするとモグラが普段使っているタオルを持って戻ってきた。
「ほら、とりあえずこれで冷やして」
「ん。ありがとうな」
 水で濡らしたタオルはまだ少なくない量の水分が残っていたが、冷やす分には問題ない。モグラは番台にぶつけた額へタオルを当てた。
「うまく絞れてなくてごめんね。それにしても、なんであんな勢いよくぶつけたの?」
「いや、問題ない。冷たくて気持ちいいよ。ちょっと寝ぼけて頭がふらついちまったんだ」
 真木の問いに、モグラはそんな嘘をついた。それでも普段のモグラの様子から、真木がそれを疑うことはなかった。
「そうなの? 最近眠れてないとか? 大丈夫?」
 逆にそんな心配までされてしまう始末だ。眉を下げて本気で心配している様子の真木にモグラの胸が痛む。
「んや、寝れてるよ。そんな心配そうな顔すんなって」
……それならいいんだけどさ」
 真木はまだ納得していないようだったが、それでもモグラが言いたくないということが伝わったらしく、それ以上の言及をやめた。モグラはそれに密かに胸を撫で下ろし、話を変える。
「それより、終わったのか? 課題」
「うん。おかげさまで。場所貸してもらったお礼に夕飯奢るよ。っていっても、うどんだけど。割引券もらったんだ」
 そう言うと、真木はようやく肩の荷が下りたと言わんばかりに顔をほころばせた。
「お、いいのか! やったぜ! ありがとなぁ、真木」
「こちらこそ。場所ありがとう、モグラ」
 心なしか浮かれて見える真木に、モグラは思わず可愛いなと頬が緩む。
「もう少ししたら混むだろうし、ちょっと早いけどもう行こうか」
「そうだな」
 片付けてくると部屋に戻る真木を見送り、モグラも立ち上がった。真木がパソコンなどを仕舞っている間に温くなった濡れタオルを洗濯機に放り込む。ついでに脱衣所に行って鏡で額を確認すれば、よく見ればまだ赤いかもしれないという程度に落ち着いていた。もうじき暗くなるから目立つことはないだろうと思えた。
「ごめん、お待たせ」
 暖簾の向こうから真木の声がした。
「待ってねぇよ」
 笑いながらモグラが言えば、真木は「そう?」とホッとしたように過ごしだけ表情を緩めた。
「おでこ、赤み引いて良かったね」
「そうだなぁ。いくらおっさんとはいえ、あれは流石にねぇよな」
「うん。痛そうだった」
 真木はスニーカーを履き、モグラはいつものサンダルを突っ掛ける。そのまま二人揃ってもぐら湯を出て、駄菓子屋で浮雲に少し出てくると伝えた。駄菓子屋で映画を見ていた銭と浮雲は一瞬顔を見合わせたあと、銭は意味深に笑ってゆっくりしてくるといいと言い、浮雲はいつもよりも深くなった笑みでいってらっしゃいませと見送ってくれた。そんな顔をされる意味がわからずモグラは怪訝な顔で頭を掻いたが、真木が待っていることを考えて深く追求することはなかった。
 その後、そのまま表で待つ真木と再び合流し、いつものように他愛のないことを話しながらうどんを食べに行った。食べ終わった後、少し遠回りをしながら真木を彼女の家近くまで送って解散したのだった。

 *   *   *

「って、ことがあったのよ。真木ちゃんにバレてないみたいだからよかったが、あれバレてたらさすがの真木ちゃんもキモイくらい言うよなぁ。そこんとこどう思う、八重ちゃん」
 真木から差し入れを託されて一人で遊びに来た八重子に、モグラは数日前の真木との出来事を語って聞かせた。ここ数日一人で悶々と悩み続けたが、どうにも答えが出なかった。番台に肘をつきながら本気で首をかしげているモグラに、八重子は困ったように笑う。
「なんていうか、モグラさんってホントに真木ちゃんのこと好きですよね」
……は?」
 八重子の言葉に、モグラは零れ落ちるのではなかろうかというくらい目を見開いた。
「え?」
 そんなモグラに、八重子はきょとりと首を傾げた。その顔には、何か変なことを言っただろうかと書いてあるように見える。
……マジで? え、俺、真木のこと好きなの?」
「無自覚だったんですか!? あんなに見てて!?」
 愕然としたモグラに、八重子は冗談ですよねと言わんばかりの驚愕を顔に浮かべた。
「待ってほしい。え、俺そんなに真木のこと見てる?」
「むしろ、モグラさんが見ている自覚がなかったことに驚きを禁じ得ないレベルで見てましたよ」
「だって、真木には一度もそんなこと」
 言われたことがないと続けようとしたモグラに、八重子は「真木ちゃんなので」と苦笑した。
「前に一度、こんなこと言ったら自意識過剰かなって言われたことあります。悪い意味の視線じゃないから大丈夫とは言っておいたんですけど……。もしかしたら段々慣れて、気にならなくなっちゃったんじゃないですかね」
「嘘ぉ……
 八重子が困ったように笑いながら言えば、モグラは一言呻くように言って頭を抱えた。
「えぇと、私は年齢差があってもいいと思いますよ。真木ちゃんも成人してるわけだし、あとはお互いにちゃんと好き合ってれば問題ないと思います。でも、そんなことないとは思いますけど、万一モグラさんが真木ちゃんに無理強いするようなことがあれば、その時は通報します」
 最初は戸惑いながらも好意的な声色だった八重子だが、最後はひどく真剣な声になった。その声色に本気であると理解したモグラは、それに気づきながらも確認するしかない。
……誰に?」
「やだなぁ、わかってるじゃないですかぁ。教授です」
「だよなぁ!」
 目の笑っていない笑顔の八重子に、モグラは叫ぶように言うとぐしゃぐしゃと頭を掻きまわした。
「だから、真木ちゃんのペースに合わせてあげてください。あんまり急だと、真木ちゃんびっくりしちゃうので」
「そう、だなぁ。うん、助言ありがとうな、八重ちゃん」
 モグラは頭を抱えたまま、それでも八重子にそう言った。そんなモグラに、八重子は微笑ましいものを見るような目で微笑んだ。
「いえいえ。うーん、モグラさんもいろいろ考えることがあるみたいだし、私はそろそろ帰りますね」
「ああ、うん。今日はわざわざありがとな。真木にも、差し入れありがとうって伝えておいてくれ」
「はい。そうだ、モグラさん。最後に一つだけいいですか?」
 八重子は帰り支度をしながらモグラに言った。
「うん? なんだ?」
「私は真木ちゃんの味方です。でも、モグラさんのことも友達だと思っています。私、友達には笑っていてほしいんです。だから――応援してますね」
 八重子はそう言うと柔らかく微笑んだ。そのままモグラが口を開く前に、ではまたと言って手を振って去っていった。あとにはいまだ状況を飲み込めないモグラが、ただ一人残されたのだった。