ten_matoi
2026-04-14 18:55:26
3383文字
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緋色の余韻

クリレオ




「煙草をくれないか」
そっと差し出された指先は血まみれで、そのすべてが彼から零れてしまったものである事実は変えようがない。内心、焦燥感がひどいのだが表出させても仕様がないことだ。クリスはひとつ息を吐いてポケットからくしゃくしゃになった煙草を取り出し、咥えて火を点けた。
一度吸い込んで煙を吐き出してから、あの綺麗なブロンドまで血に染めている彼の唇へと咥えさせる。ん、と受け取った男は、ゆっくりと煙を吸い込んで緩慢な仕草でその煙を吐き出した。
……美味くはないな、やっぱり」
顔を顰めてそんなことを言う。彼――レオン・S・ケネディは嫌煙家という訳ではないけれど、率先して煙草を飲む質ではない。クリスと違ってガムを持ち歩いているくらいなので、そのレオンが煙草をくれ、と言う方が違和感があった。
「もうすぐ衛生班が到着する。……レオン?」
「うん?」
クリスは炎上している周囲の建物を見回してから、彼の前へしゃがみこむ。敵対勢力はすべて灰燼と帰している。滅菌作戦さながら、ここへ撃ち込まれた迫撃砲がほとんどのBOWを消し飛ばしていた。撃ち漏らしを処理するのがクリスたちハウンドウルフの役割で、そのサポートをするという態で押し込まれたのがDSOのレオンだった。
米国内で起こったテロだからと、一枚噛ませて欲しいと言ってきたのはレオンだ。渋々、といった表情と声だったのは恐らく上層部の判断に複雑な気持ちだったからだろう。
……迷惑をかける」
一言、呆れた風に謝ったパートナーにクリスは「お前もうこっちに来いよ」と言いたいのを寸でで堪えた。ハウンドウルフに招き入れたいくらいに優秀なエージェントである。クリスは常に喉から手が出るほどにはレオンが欲しかった。
「寝るなよ」
「わか、ってる……
いまにも意識を失いそうなレオンを冷静に見ているようでいてそうではない。止まらない焦燥感に唇を噛む癖が出てしまう。
なんせ、彼の負傷はクリスのちょっとした油断が引き金だったからだ。
迫撃砲が弾き飛ばした鋭利な金属片がまっすぐ、クリスに飛んできた。一拍気づくのが遅れたと思った瞬間には、レオンがクリスの目の前に躍り出ていた。左腕の付け根付近に深々と刺さった金属片、神経を傷つけていないかだけが不安だ。
金属片はそのままに、ベルトで締め付けて止血しているが一向に血が止まらない。太い血管を傷つけているのだろう。レオンの唇にもまるで色がない。
「レオン、頼むから俺の目を見ろ」
……見てる、つもりなんだけど」
霞んでしまっているらしい視界に、どうやらクリスは見えていないようだ。レオンが眉間に皺を寄せ、懸命に自分を探しているのが分かる。右腕を持ち上げて手を伸ばしてくるので、冷え切っている指先を握った。
「あんたの……手、あったかい……
「お前が冷たすぎるんだろ」
「は、っ……死体袋よりマシだ、ろ……
笑えないジョークだ。覇気のない声が先細りしていき、クリスの焦りに拍車がかかった。
もう、このまま抱きかかえてランデブーポイントまで向かおうか。その方が早い気がする。衛生班を乗せたヘリを待つよりも、クリスがレオンを抱えて走る方が希望的かもしれない。
「レオン」
地面に投げ捨てられた一口だけ吸われた煙草が未だに火を灯している。立ちのぼる煙は己のよく知る匂いだが、いまは苛立つだけだった。
……煙草を吸え、ば、気が紛れる、かと思ったんだけどな……は、さすがに、これは……
ふふ、と自棄になって笑っているレオンにも苛立ち、クリスは彼に覆い被さって色の薄い唇を塞いだ。レオンの目が見開かれ、それからうっとりと閉じられた。右手を握ったまま、舌を吸ってねぶって絡ませる。レオンも積極的に口づけを受け入れるので、クリスは夢中になって彼の唇を吸った。
「ん、クリス……
舌先を優しく吸ってから離す。頭上でヘリが旋回する音が響いていたからだ。相変わらず血の気のない顔だったが、意識はまだしっかりしているらしい。内心ほっとしつつ、クリスはレオンを横抱きにしてヘリが降りてくるのを待った。
衛生班が慌ててクリスの腕からレオンをヘリに乗せる。その場で応急処置が始まったが、やはり血が足りないらしい。輸血が必要になるかもしれない――と言われてから背後を振り返れば、血の海の中に煙草の吸い殻が沈んでいた。
「アルファ!」
アンバーアイズの声が通信端末から響く。クリスは飛び去っていくヘリに背を向け、こちらへ向かっているらしい己の隊を出迎えるべく〝狼〟の顔を装った。


――で、お前は一体何をしてる?」
はっきりと額に青筋を浮かべて、クリスは病院着のままのろのろと〝脱走〟をはかろうとしているパートナーを睨み付けた。
……後処理は終わったのか」
げ、と顔に書いてある。未だに真っ青な顔色のレオンは、ちょうど病院の待合室に辿り着いたところだった。深夜、誰もいない病院で腕から点滴を引っこ抜いた挙げ句ふらふらで歩いている患者など、ベッドに縛り付ける他ないだろう。
悪戯を見つかった子どものような反応と、「後処理は終わったのか」という台詞のミスマッチさ。クリスは溜息をついてレオンに近づく。それでも往生際悪く逃げようと先に進む彼の手首を掴んで、強引に抱き上げた。
「っう……
レオンが痛みに顔を歪めているが、耐えてもらうしかない。クリスはこれでも心配したのだ。心配して心配して、思わず任務中に上の空になってしまい、タンドラに盛大に呆れられたのも記憶に新しい。
あの任務から既に二日経っている。結果レオンの左肩は輸血が必要なほどの傷ではなかったが、出血量はひどかったと聞いている。本来ならば歩ける筈がない大怪我なのだが、レオンはそれを実行してしまえることはクリスが一番知っていた。
「大人しくベッドで寝てろ」
「暇なんだよ。もう大丈夫だ、家で寝たい」
「んな訳あるか! 死にかけたんだぞ」
小さめの声で叱りつける。レオンがぐう、と喉を鳴らしたのでクリスは深々息を吐く。
「俺の気持ちを少しは考えてくれ」
自分のせいでパートナーであるレオンを危険に晒したことは事実であり、後悔してもしきれない。ようやくこの案件の後処理が終わって見舞いに来てみれば、「家に帰る」と駄々を捏ねる四十九歳が脱走している――溜息しか漏れなかった。
……良かった」
レオンのひんやりしている頬に自分の頬をくっつけ、クリスが囁く。あまりにも切実な響きを感じ取ったらしいレオンが、困った顔をして口元を緩めた。
「生きてるよ、ちゃんと……
ようやくレオンの示す病室に辿り着き、彼をベッドに降ろす。ナースコールを押し、点滴をまたやり直してもらうようにお願いしてから、クリスは傍にあった椅子を引き寄せた。
「見てるからな」
「もう逃げないって。あんたがいるし」
……俺?」
クリスが首を傾げて聞き返せば、しまった、という顔をしたレオンは明後日の方向を向きながら、「病院は寂しい」と素直に吐露してくれた。
「クリスの煙草の匂いがしない」
それに……と拗ねた様子のレオンがクリスの服の袖をちょいっと抓んで、「隣に寝てくれるクリスがいない」と重ねてぼやいた。
その時、慌ただしく看護師が入ってきてレオンを叱ってからテキパキと点滴を戻してくれる。風のように去っていった看護師に感謝をしつつも、レオンの吐露にクリスは顔を片手で覆って大きく呻いた。
「そういう可愛いことは怪我してない時に言ってくれないか」
「怪我していても、キスくらいしてくれよハニー」
レオンのおねだりはクリスに効果覿面だ。椅子から腰を浮かし、レオンに覆い被さって唇に口づける。レオンの舌がちょん、と唇を舐めて離れていったので、クリスは生殺しの状態で燻った欲を自覚してしまった。
「なあ、クリス」
……なんだ」
顔色の悪いレオンの姿が、あの現場での血まみれのレオンと重なる。彼が生きている事実がひしひしと再びクリスに安堵を齎す。穏やかに笑っているブルーグレーの瞳に救われた。
「愛してる」
点滴で繋がれた右手が伸びてきて、クリスの手を握る。「言い忘れてたよ」と茶目っ気たっぷりに言うレオンに苦笑しつつも、クリスは冷たい手を握り返した。
「俺も……愛してる」