みる
2026-04-14 09:20:08
2564文字
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【脹虎】汗

恋人同士。謎時間軸。悠仁視点。
鍋を食べてる2人の話。
⚠️背後⚠️注意⚠️

 ぷつん、と突然、糸がちぎれるような音が響く。どこからそんな音がしたのかと思えば、一緒に鍋をつついていた脹相からだった。
 途端にはらりと垂れ下がった黒髪。しかも片方だけ。なるほど。紙を縛っていたゴムだか紐だかが切れてしまったらしい。
「切れた」
 本人は表情を変えることなく、淡々と事実を告げた。俺のことに関してはちょっとした言動すら動揺を見せるくせに、自分のことには無頓着なんだよなあ。
「突然だな。替えあるん?」
……たぶん、ある」
 食器を置いて立ち上がった脹相は、少ない荷物の中からなんの変哲もない黒のゴムを取り出した。つーか今更だけど、推定百五十歳がツインテールっておもしろい。なんで結んでんだろ。元になった人間の影響とか? いやどんな癖だよおもしろすぎるだろそれはそれで。
「これだ」
「いつも自分で結んでんの?」
「ああ」
 座っていた椅子を少し後ろに引いてから、落ちていた髪を手で雑にまとめている。その一連の動きを見つつ、お茶をぐっと飲みほしてから思いついたことを口にする。
「俺がしたい!」
「髪を結ぶのをか?」
「応!」
 脹相はそれを聞いて、持っていたゴムを俺に差し出す。受け取ってから立ち上がって、座っている脹相の後ろに立った。
 襟ぐりが開いているカットソーは、脹相が持っている現代服の中でもよく着ているお気に入りのものだった。なんでもとある記憶の中で着ていたらしい。その場にお前もいただろうとか言われて、いつの話? と返したけれど応えてくれなかった。俺が知らない俺の記憶ってなんなんだよほんとに。
「他人の髪を結ったことがあるのか?」
「いんや、ない。でもやれそうな気がする!」
「そうか」
 ほかの人が聞いたらどっから出てくるんだその自信とか言われそうだが、脹相は違う。俺の言葉のほとんどを受け入れてくれる。たまに違うと言われるときは、兄として正しく俺を導きたい時だったりする。なんでわかるんだろう。それもすべて兄だからで片づけられるのかな。
 兄だけじゃなく、今は、恋人でも、あるってのに。
 もぞっと恥ずかしくなった俺の気持ちなんて知りもせずに、なかなか見ることのない脹相の頭頂部は小刻みに震え出した。
「悠仁が……俺の髪を……っ!!」
「震えんなって~結びにくいじゃん」
「すまん……
 俺はまた間違えたのか……と小さい声でぶつぶつ言っているけれど無視。このあたりの扱いも慣れたものだ。
 あのとげとげした髪はどうなっているんだろうといつも思っていた。結ばれたままの、俺から見て右側の髪を見てみるものの、やっぱりよくわからない。とりあえず上に結んでみようと持ち上げる。
 つるりとした黒髪。思っていたよりまとまらない。こいつは俺のことを弟だというが、髪色や髪質すら全く違う。俺の髪は薄い桃色で直毛だ。やっぱり兄弟だなんて思い違いなんじゃねーかって思うんだけど、それは絶対に認めないだろう。まあ俺も、今更違うって言われたらいやだけど。
「悠仁の手は優しいな」
「そっかなー? いつもと変わらんって」
「いつも、優しい」
 むずむずする。こいつはいつも、俺への気持ちをまっすぐぶつけてくる。恥も衒いもなく、まっすぐに。
 そういうところも、好きだったり、する、けど。
 髪を上に上げたせいで、うなじが見える。俺より少し太い首。鍋を食べていたせいだろうか、少しだけ汗ばんでいるようだ。ふと、髪からつうっと汗が流れてきたのが見える。

 あ、これ。だめだ。

 意識しないように努めようとしたけれど、だめだった。だってもう、思い出してしまったから。
 昨夜も、熱を交わした。自分のものじゃないみたいな声がひっきりなしに出て、腹の奥の深いところまでこいつの熱が入り込んだ。無意識に逃げようとする俺の腰を、大きい手が乱暴につかんで離さない。脹相はいつも俺に優しく触れてくれるから、余裕がなくなったんだとすぐにわかる。そうさせているのは、俺で。でもこんな俺になっているのは、こいつのせいで。
……ゆうじ』
 低くて甘い声で自分の名前を呼ばれて、身体が自然と反応する。ダメだって思ったけど止められなくて、ぎゅうっと力がこもってしまった。自分の熱が放出されたと感じた瞬間、思いつめたようにこいつの顔が歪んで、熱い息が吐き出される。それと同時に腹の中で被膜越しの熱がはじけたのがわかって、イったんだなって思った。
 その時ぽた、と血ではなく汗が俺の顔に降ってきた。動いていたから汗をかいたんだ。当たり前のこと。俺だって汗だくだし、なんなら他のいろんな液体にも塗れていた。なんたってこいつは前戯が長い。余すところなく舐め尽くしてくるからだ。

 それを、思い出す。うなじの汗、たった一筋で。
……悠仁? どうした?」
 俺の動きが止まったのが分かったんだろう。後ろを振り向いたこいつの瞳に、俺が映る。
 たぶん、なかなかに、滑稽な顔で。
……悠仁」
 髪はまだ、結っていない。片方解けた状態だ。鍋はもう終盤だったけど、〆のご飯はまだ入れていない。腹は……うん。腹八分といったところだろう。
「そんな顔をしていたら、応えたくなるだろう」
 そんな顔って、どんなだよ。物欲しそうな顔、してんのかな。ああでも、そうだろうな。
 だって腹はそれなりにいっぱいなのに、足りないって疼いているんだ。
……応えてくれんのかよ」
 精一杯の虚勢を返す。口元だけで笑った脹相は嬉しそうだった。
「当たり前だ。俺はお兄ちゃんだぞ」
 だからなんなんだよそれ。お兄ちゃんを魔法の言葉みたいに使うんじゃねえよ。
 なのにもう、それに絆されてる自分がいるんだ。まったくもって笑えない。
……鍋は」
「明日の朝、雑炊にしよう」
「片付け、は、どうするんだよ」
「悠仁」
 髪ゴムを持ったままで止まっていた手が、一回り大きな手に包まれる。熱くて、心地いい。
「デザート、くれるか」
 俺が求めていることを、こいつが言葉にしてくれる。甘えているとわかっているけど、それを許してくれるんだもんな。
 あーどうしよ。すっげえすき。
……残さず食えよな」
「もちろんだ」
 今夜最初の口付けくらいは、さすがに俺からさせてもらう。