フリンズさんにまだまだ保護してもらう話


「今日も読書ですか? 随分と熱心ですね」

 そう話しかけてきたのは、夜警帰りのフリンズさんだった。異世界転生中という不思議極まりない状況にも関わらず、居候させてくれた上に世話役をかって出てくれた不思議な人である。……一応、対価は支払い済みだが。
――お帰りなさい。すみません、気づかずに。お茶でも淹れましょうか?」
「いえ、問題ありませんよ。 今日は何の本ですか?」
 立ちあがろうとした私を、彼は手のひらを向けて静止した。不要であるなら、そのまま問われた疑問に答えようと持っていた本の表紙を見せながら座り直す。
「えぇっと、なんだろう……片っ端から読んでますけど、今日は童話ですね」
……童話?」
 なぜそれを?と言いたそうに彼が首をかしげるので、思わずふふっと笑ってしまう。
「童話って、過去の教訓とかを元にしてたりするじゃないですか」
「あぁ、なるほど」
 一言で理解したらしい彼には不要ではあったが、私は続けて説明する。
「自分と同じ状況になった人が居たのかを、知りたいから――ですね」
 異世界の文字が読める能力、ほんと助かってる。あって良かった謎スキル。
 
 話を聞いたフリンズさんは、腕を組んで少し悩んでいるようだった。まだケープコートを着たままなので、彼の口元などは隠れてしまっていて、うまく表情までは読み取れなかった。
「僕も、これまで多くの書物を読んできたと思いますが、他の世界からやって来た人、存在についての書物はまだ読んだことがありませんね。まだ見た事のない本も勿論ありますが、ここまで記述がないとは……何者かによって秘匿されている情報なのでは?」
「今の私の状況って、そんな大ごとっぽいの⁈」

 ……と驚いては見るものの、そりゃ大変な事態ではあるよね。別の世界からやって来た人間とかって、日本でもファンタジーだもの。まぁ、この世界は私にとってはファンタジーそのものであるけれど。
 不意に故郷のことを考えてしまい、思考が止まる。あぁ、ダメ……最近はこの事を考え始めると止まらなくなってしまうのに。

……そうですね、明日来られる予定の友人に聞いてみるのも良いかもしれません」
――お客様、ですか?」

 意識を無理やりフリンズさんとの会話に引き戻す。
 はて……誰のことだろうか。以前出会ったイルーガや、ナシャタウンで出会ったヤフォダちゃんでは無さそう。フリンズさんは組んでいた腕を解いて、目を細めてニコリと笑う。
「きっと貴女も、すぐ仲良くなれますよ」
 優しく笑う彼の表情から察するに、それはきっと良き友人なのだろう。


 ***


「こんにちはー! オイラたちが来たぞ!」
「こんにちは」

 昼過ぎ、二人で食後のお茶を飲んでいる――食事をしたのは私だけだが――と、外から声が掛かった。
 その声に驚いた私を置き去りにして、彼はすぐに立ち上がって外へ向かう。きっと少し前から気配に気付いていたのだろう。フリンズさんに続いて私も外へ向かう。
「こんにちは、お二人とも。お元気でしたか?」
「おう、もちろんだぜ! 昼ごはんもバッチリ食べたからな。――えっと、お前は初めて会う奴だよな?」
 声をかけられた私は、驚きのあまり瞬きを大きく数回して固まってしまった。……ぇえ?
「と、飛んでる……喋ってる……
 私はゆっくりと、その飛行生物へ近づいて……思わずほっぺたをツンとつついた。柔らかかった。
 
……な、なにするんだー⁈ 旅人〜‼︎」
「パイモンが突然つつかれた!」
「ははっ!貴女は変なところで大胆ですね」

 好奇心に負けて飛行生物――パイモンちゃんというらしい――を触ったら、美少女には警戒されるし、パイモンちゃんは美少女の後ろに隠れちゃうし、フリンズさんは見た事ないぐらい笑ってた。これは初手大失敗の予感。

 
……先程は失礼しました、少々理性が飛んでしまいまして。――パイモンちゃん、ごめんね」
「全くだぞ! めちゃくちゃ驚いたんだからな!」
「パイモンが油断したのも悪いね」
「なんだとぉ⁈」
 改めて自己紹介をさせてもらって、パイモンちゃんにはしっかり謝ったし、美少女の旅人さんにも許してもらった。フリンズさんは私の背後でククっと息を殺しながら、まだ思い出し笑いしてるようだ。
 だって、ふよふよ浮きながら喋る生き物なんて初めて出会ったので。今日は異世界に来てから久々にファンタジー体験してるなぁ、と感じたところだ。

 私が別の世界から何かの原因で転移させられていると説明したところ、二人はとっても驚いていたが、さほど時間をかけずに納得していた。今まで踏んできた場数が違うのだろう。とても頼りになりそう……なのだが――
「残念だけど、私は別の星からお兄ちゃんと来たから、貴女とは境遇が違うみたい」
「そう……なんですね。そっかぁ」
「お、おい。お前、大丈夫か? ……心配するな、オイラたちはテイワット中に友達がいるからな! 博識な友達に聞いておいてやるからな」
「うん、ありがとうパイモンちゃん。旅人さんも、秘密まで教えてくれて本当にありがとう」
 ……いけない、初めて出会った人たちなのに余計な心配をさせてしまった。勝手に期待して、勝手に落ち込んでしまうなんて身勝手過ぎる。
 
「今日はありがとうございました! 何か新しい情報があれば、教えて貰えると嬉しいです」
「おうっ!任せとけ‼︎」
「では……フリンズさん、先に部屋に戻ってますね。お二人とも、また遊びに来てくださいね!」
 終始無言だったフリンズさんに目配せだけして、二人に感謝を伝えてから、なんとか笑顔のままで私は地下に戻った。

……とはいえ――バレてるんだろうなぁ、はは
 地下に戻ったというか、逃げ込んだというか……いい大人が情けない。もっと気丈に振る舞えるかと思ってたのに。ずるずると床に座り、膝を抱えた。自由な時間が、考える時間が、今は多すぎるのかもしれない。仕事で多忙な毎日とか、仕方なく通ったコンビニを恋しく思う日が来るなんて思わなかった。
…………コンビニの、コーヒーとか飲みたいな」
 ポツリと独り言を呟いて、目から涙が、一雫落ちた。


 ◆ ◆ ◆


「あいつ、大丈夫か⁈」
「落ち込んで、た……よね」
「はい、ですが彼女なら……また立ち上がると思いますよ」
 僕はそのように答えてから、今日のお礼を二人に伝えて用意していたお菓子の包を渡しておいた。今のところはお開きという事で、旅人さんとパイモンさんはそのままおかえり頂いた。
 
 さて、彼女はこれからどうするだろうか。この短い期間を共に過ごしたとはいえ、まだ不明瞭な所も多々ある。今の僕が思う彼女は、この逆境の最中でも立ち向かう力を持っていて、次に何を始めるのかと目で追ってしまうような、僕が今一番興味のある人間となっている。……その彼女に、僕自身も何と声を掛けたら良いか分かっていないのだが。
 あまり考えがまとまっていないが、ひとまず部屋に戻って彼女の話を聞いて、様子を見ることにしようと思ったところで――

「コンビニの、コーヒーとか飲みたいな」

 ――コンビニ、とは?
 そんな独り言が聞こえた。コーヒーは理解できるが、コンビニ――異世界の何かという事だとして――という何か、望郷の念に駆られているようだ。……ふむ。

 そんな彼女を見た僕は、自分でも何故そうしたのか、そうすべきと考えたのか良く理解していないが、そっと彼女を抱きしめることにした。なるべく、優しく。すると、気配を消して近寄ったためか、ビクッと彼女の体が震える。
 そのまま、今の僕が言いたくなった言葉をかける。

「大丈夫ですよ、何があろうとも僕は貴女のそばに居ますからね」
……それは観察対象として?」
「おや……?」

 顔を上げて僕を見つめる彼女の、これは……予想に反して随分と冷たい反応だな、と思うなどした。
 
 
 ◆ ◆ ◆

 
 頭の中がぐるぐるして考えがまとまっていなかったところで、突然人の気配――というか感触――に驚いた。もちろんそれはフリンズさんだった。背中に大きな腕を回されて、抱き込まれているらしい。

「大丈夫ですよ、何があろうとも僕は貴女のそばに居ますからね」
……それは観察対象として?」
「おや……?」

 普段は飄々としている彼が、流石に落ち込んだ様子の私を見かねたらしい。抱きしめてくれるなど、初めてのことだった。優しさが身に染みる……ところであったが、彼が私のそばにいるのは、私という存在が『珍しい』からだと理解している。
 顔を上げてみると、予想よりもフリンズさんの顔が近くて少し焦る。抱きしめてくれているのだから、そうなるだろうけど……美人がそう言うことをするんじゃないと――あれ、前にもこれ思ったな?

 至近距離でお互いの顔を見つめ合うこと数秒、彼はふっと小さく笑って、私の目元を手袋をしている指で拭ってくれた。
「観察対象として、だけではありませんよ」
…………ん?」
 話はこれで終わりだ、とでも言うように彼はスッと立ち上がり、膝を抱えて丸くなりながら首を傾げている私を見下ろす。……どういうことよ?


「さて、早めの夕飯にでもいたしましょうか。今日は僕が担当しますよ」
……やったぁ。では久々に、スモークサーモンと美味しいワインでお願いします!」
「ふふ、貴女は抜け目がないですね。どうぞ、貯蔵庫から好きなものをお持ちください」
「ありがとうございます。良さそうなのを探して来ますね!」
 私も彼に習って立ち上がり、両腕を上げて固まっていた体を伸ばした。
 
 ……よし、現時点ですぐ解決する様子では無さそうだし、やっぱりこの世界を楽しむしか無さそう。お酒飲んで、たくさん笑って、また明日から考えるとしよう。



『貴女のその前向きな性格、僕は気に入っているんですよ』