shioyama
2026-04-13 21:57:36
4183文字
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春雷エレクトロニカ

東京ゴーストマティカ 現行未通過×
HO雷 前日譚

「あっ」

小さな呟きはバチリとボールが弾ける音によってかき消された。

気づけば靴紐が解けているように、心の紐が緩んだのだと思う。または楽しすぎて自制心が効かなくなったのか。どちらにせよやらかしてしまったことだけは明確に理解できた。

静電気でふわふわと前髪が浮いたから、カザミがどんな顔でこちらを見ているのかよくわかった。目をまんまるにして驚いている。それを見た鳴の顔から血の気がすっと引いた。カザミの視線をなぞるように、恐る恐る足元へ目を落とす。サッカーボールだったものが、ぺちゃんこになって潰れていた。白と黒の表面の所々に焦げた跡がついている。焼けたような臭さが鼻につく。自分の影法師がカザミの影に重なっているのを、ただ黙ってみることしかできない。

楽しかった、本当に。この瞬間までは。

己がバケモノであることを忘れてしまうぐらいに。



雷電鳴は引っ込み思案に磨きをかけたような幼少期を過ごしていた。誰かに話しかけられると俯いて黙り込む。たどたどしく紡がれる言葉は、まるでこんがらがった毛糸のようだった。それでいて一人を寂しがる、いわゆる"ままならない"少年。養護施設の職員も当時は手を焼いていたらしい。

精神が成熟していない幼少期特有の現象だ、特段珍しくもない。周囲の大人がそうやって微笑ましく見守ることができなかったのは、彼がここにやってきた経緯にある。落雷事故により、両親死亡。事故以前の記憶は喪失。齢7歳が抱えるにしては重すぎる過去だ。

養護施設へ引き取られる前はどんな性格だったのかは分からない。ただ、両親の死に沈みこんでいるのは誰の目に見ても明らかだった。当然だろう、と彼の周りにいた大人は同情した。家族と過ごした記憶を持ち合わせていないということは、過去の愛情にすら縋れないということ。愛された記憶がない、と言い換えることができる。宝箱はあるのに中身だけが抜き取られている。確かにあったはずなのに、何を大切にしていたのか思い出せない。大人たちの間でその寂しさにうまく寄り添える者は多くはなかった。

本人なりに必死だったからこそ、職員たちも彼をサポートしてはいたが、なかなか強く踏み込めずにいたらしい。家族を亡くした子供の悲しみは、底の見えない谷底のようなものだ。覗き込んでも傷の深さは正確に測れない。装備を整えて降りていくにしても、事前の調査は必要だ。無暗に踏み荒らしてしまうと鳴の傷跡を抉ることになる。当面は石を投げこんで反応を見る、いわば様子見の状態が続いた。

恵まれた身体能力と引き換えに、神様が彼からコミュニケーション能力を奪ってしまったように。彼は交友関係だけではなく、心の内も孤独だった。一人の少年と出会うまでは。


アニメに出てくる主人公。カザミの第一印象はかなりポジティブなものであった。

ハキハキ喋れて、元気いっぱい。いつも笑顔でたくさんの友達に囲まれている。暗い自分とは共通点がこれっぽっちもない、正反対の人間。養護施設にいる時点でカザミにも色々あったことは確かなのだが、当時の鳴には想像することすら出来なかった。ただ住む世界が違う。友達と走り回るカザミは自分なんか見向きもしないだろう。金網越しに眺める日々がしばらく続いた。

笑顔はにっこり……っていう効果音が出そうなぐらい、さわやかに。口角はあげて、相手の目を見る、目を……なんだか恥ずかしくてすぐに逸らしてしまう。やっぱりカザミは凄い。こっそりカザミの真似をしようと鏡に向かったこともあった。

健気に努力を続ける鳴が、やがてカザミの目に留まり、いつしか二人は交流を持つようになった。うまく喋れない鳴に苛立つ素振りを見せず、急かさず、辛抱強く待ってくれる。何かと勝負を仕掛けてきて、負けるたびに悔しそうにしながらも、次の日にはケロリっとした顔でまた挑んでくる。当時は「遊んでくれて優しいな」ぐらいの気持ちでいたが、いま振り返ると友達作りの手伝いをしてくれていたのかもしれない。

正反対だからこそすれ違う波長が心地よかったのか。いつしか二人は一番長く時間を過ごすようになっていた。

欲しかった友達を見つけることができた。こころなしか周囲にも馴染めてきた気がする。鳴は分かりやすく浮かれていた。空っぽの宝箱に楽しい思い出を詰める毎日に夢中だった。隠しごとをしていること自体、忘れてしまうぐらいには充実していた。失敗は順調な時にこそ扉を叩く、底意地の悪い来訪者である。それを思い知ったのが、あの夕方だ。

近くの公園でボールを投げたり蹴ったりしているうちに、みるみる時間は過ぎていき、気づけば辺りにオレンジ色の空気が漂っていた。影法師がふたつだけ地面に生えている。ぬるい風が乾いたTシャツをすり抜けていく。

そろそろ帰る時間だから、最後にもう一回だけ遊ぼう。

どちらからともなくそう言いだし、転がっていたボールを鳴が手に取った瞬間、閃光が弾けた。オレンジの世界に走る、青白い火花。体内の電流が暴走して、掌から外へと逃げる。血液が一瞬で沸騰するような熱、眼球が乾きそうな光。ゼノの力を使ってしまったのだと理解するのに数十秒を要した。足元には無残なボールだったものが現実として残っている。鳴がゼノだということを、養護施設の子どもたち、ましてやカザミには伝えていない。

ゼノ。数年前に突如芽生えた異能力、また異能力者のことである。原因不明の現象であり、人間離れした力を持つゼノは忌避されていた。朝、挨拶をかわした隣人が、怪物の力を宿したと報告されたとして。素直に受け入れられる人は、どれほどいるのだろう。

両親を亡くしたばかりの鳴にとって、これ以上他者が離れていくのは耐えられなかった。故に黙ることを選んだ。周りを危険にさらすかもしれないという考えから目を背けた、自分勝手な黙秘である。だから罰が当たった。何よりも隠しておきたかったことが、一番バレたくない相手の前でさらけだしてしまった。

……怪我ないか?」

そうカザミに声を掛けられても俯き続ける。まん丸だった目が爆弾を見るような目付きになっていたら耐えられない。俺は危ない力を隠していた、自分勝手な嘘つき。糾弾されたとしても自業自得。

友達の枠から降りたいと言われても、引き留めることなんて──

「かっこいいな!雷のゼノなんて」

ネガティブな思考を、明るい雷鳴が切り裂く。夕空には雲一つないのに、確かに耳の奥でとどろいた。想定していなかったセリフに思わず顔をあげると、カザミが夕日を背にして立っている。屈託のない笑顔は逆光になったとしても色鮮やかに輝いている。

「なんか、ヒーローみたいだ」

視界が開けたように感じたのは、恐らく静電気で持ち上がった前髪だけのせいじゃない。抱えていた重りがやわらかく溶けて、胸がすっと軽くなる。泣きそうなのにちっとも悔しさは感じない、じんじんと嬉しさで頬が震えている。力尽きるように帯電がほどけて、前髪がぺたりと額にくっついた。

この気持ちをうまく表現するには、幼い語彙では足りなかった。それでもひとつはっきり分かる。自分はいま、カザミに救われた。同時に強い欲求が胸の奥から湧いてくる。こっちの名前はすぐわかった。夢だ。

誰かを助けることができるのは、ヒーローだけだと思っていた。変身ポーズが格好いい、大人気のヒーロー。強い武器で悪に立ち向かい、弱い人たちを救っていく。今、鳴の目の前にいる幼馴染は、養護施設から与えられたシャツとズボンを身に着けている。でも、テレビの向こうにいるヒーローレッドより格好いい。

俺も、お前みたいに。

カザミみたいなヒーローになりたい。

鳴のヒーローは何事もなかったかのようにこちらへ歩み寄り、ボールの残骸を摘まみ上げて「どう言い訳しようかな」と笑っている。助けた本人はその事実に気づいていないかのように振舞う。いや、気づいていないのだろう。本人にとって特別な一言ではなかったはずだ。日常生活の延長線上。照らせば闇が晴れるように。当たり前のように、誰かに手を差し伸べることができる、理想のヒーローだ。


あの日から鳴は明確な目標を持って生きることになった。憧れだけではヒーローになれない。幸いなことに土台はある。能力の制御や身体能力の向上を目指して頑張っていると、とある機関からスカウトが届く。怪事庁の所長直々に声がかかったのだ。ゼノを捜査員に配属し、ゼノ絡みの事件を主に取り扱う。理想のヒーローへ至るための道だと察した鳴は快くスカウトはうけた。困ってる人の元へいち早く駆けつけるため、バイクの免許もとった。

悪いことをするゼノが減れば、同じように偏見も薄れる。偏見がなくなればゼノの社会的地位だってあがる。社会が平等になれば、釈放後のゼノの社会復帰の場に繋がる。ゼノであろうが悪人であろうが、見捨てない。それが鳴の答えだった。

意気込むと同時に、誰かに触れる、触れられることが怖くなっていった。能力も昔に比べればコントロールできるようになってきたが、気を抜くと静電気が漏れ出てしまう。あの日はサッカーボールだったからよかった。もしカザミの近くで暴走していたら……考えるだけで身がすくむ。

コミュニケーション能力にもまだ難はあるが、克服できるよう努力を続けている。今は怖くても、いつか完璧に制御できる日が来る、やってみせる。だって俺のヒーローに追いつくためには、困難を乗り越える必要がある。幼い頃からもっていたカザミと比べて、落ちこぼれの俺はもっと努力が必要だ。

養護施設を出てからカザミとは関係が途切れてしまったが、またいつか再開できるだろうという予感があった。あの頃よりも大きくなって、立派な人間になっていることだろう。懸命に前へ進んでいれば、カザミの背中をきっと見つけることができる。追っているのだから、向かっていれば辿り着くはずだ。そう信じて今日もバイクのステッパーを踏みつける。


春雷が春を告げる嵐であるなら、きっとあれはオレの冬を終わらせるための落雷だ。影を落とす日暮れの中、眩む春雷になって心の深いところへ落ちた。消えることのない、雷鳴だけを残して。