あさかわ
2026-04-12 23:58:28
6213文字
Public
 

なお、親父は気をきかせて外泊している

お題【鍋】 👹💧 (第28回)
週ドロ前夜祭滑り込みです。番にするなら年上年下どっち!?の激論に巻き込まれる鬼水です。

 水木が持ってきた手紙を見て鬼太郎は唸った。目玉は茶碗風呂につかり、小春日和の柔らかな日差しを楽しんでいる。
「いつも世話になっている貂の女将さんに誘われたんだ。青葉の会という、番を持つ者で集まって鍋をつつきながら親睦を深めるとか……もしかして、怪しい集まりか?」
「いや、会合を疑っている訳ではないんだ。僕にも同じ日同じ場所で鍋を囲む誘いの手紙が届いたんだ」
 鬼太郎は小箱に入れておいた手紙を取り出し、水木の手紙の横に並べる。
 鬼太郎が水木と結婚して一年経つのを記念して会に参加して欲しい。番を持つ者が交友を温める目的なので、互いのなれそめや結婚生活に花を咲かせたい。内容はどちらもほぼ同じで、違うのは主催者の名前だ。
「水木が誘われたのは青葉の会。僕に届いたのは千代の鬼が主催する紅葉の会だ」
 水木が顎を指で撫で、手紙を見比べる。
「会場は女将さんの飲み屋。どっちも番を持つ者の集まりで名前だけ違う」
「父さん、この会についてご存じですか」
「ふむ……聞いたことがあるような、ないような」
 目玉は手ぬぐいを頭に載せて、のんきに答えた。その様子に水木が眉を寄せる。

「あのな、鬼太郎に万が一があったらどうするんだ」
「そうです、水木が何か危ない目に遭うなんて僕は嫌です」
 鬼太郎が何十年と人間の男を口説いてついに番ったことは噂好きの妖怪たちが数日のうちにあちこちに広めてしまった。鬼太郎の名前を知る者は、人間の番がいることも知っている。妖怪ポストの行いをよく思わない者、逆恨みした者が水木を狙うことだって起こりうる。
 水木も自分が狙われる可能性は理解しており、人と馴染みある妖怪たちと親しくして自衛手段を築こうとしている。
「貂の女将の店での会合なら、やましいことはあるまい。楽しんできなさい」
「ですが、父さん」
 言い募ろうとした鬼太郎を目玉が小さな手で制する。
「鬼太郎も水木も同じ場所に誘われておるのじゃ。心配なら互いに守ってやればよい。貂の女将にはいつも世話になっておるし、千代の鬼夫婦は東北で顔が広い。知り合って損はないぞ」
 目玉はにこにこ笑って湯を肩にかけている。水木が眉間にしわを寄せて細長く息を吐き出した。行けば益はあるが不満もある。致し方ないと決めた時、水木は眉間に山脈をこしらえて木枯らしのようにぴゅうと息を吐き出すのだ。鬼太郎が水木の庇護の下で暮らしていた時から変わらない癖の後、不満をにじませた声を出した。
……参加するって返事をしておく」
「水木が行くのなら僕も」
 水木と鬼太郎の答えに目玉が満足そうに頷いた。
「留守はわしに任せるのじゃ。楽しんでくるのじゃぞ」
 この時、目玉のもとに手紙が二通届いていた。鬼太郎と水木の参加を促してくれるのなら青葉と紅葉の会から酒と牡蠣を差し入れるという用向きだ。
「後で七輪の手入れでもしようかの」
 鬼の居ぬ間に洗濯ならぬ、鬼太郎の居ぬ間に晩酌と目玉は算段を付けている。鬼太郎がまったく気づかぬうちに外堀が埋まった。



 きりたんぽ鍋とすき焼き鍋の間で貂の女将と千代の鬼が睨みあっている。居酒屋の暖簾をくぐり、鬼太郎と水木が姿を見せた途端、貂と鬼が互いを非難しはじめた。
「鬼太郎の伴侶を呼ぶとは卑怯だぞ! その男、エイギョウとやらで異様に口がうまいと聞いている。舌先三寸でこちらを丸め込むつもりだろう」
 鬼面を歪めて鬼が言った。貂の女将はツンとした態度で切り返す。
「そっちこそ、鬼太郎本人とは卑怯じゃないか。ゲゲゲの鬼太郎の知名度で押し切ろうって考えが透けて見えるね」
 居酒屋のテーブルが二つに分けられている。それぞれ妖怪たちが座っていて、片方にはすき焼き鍋、もう片方にはきりたんぽ鍋がぐつぐつ湯気を立ち上らせていた。妖怪たちは酒を飲み鍋をつつき、両方のテーブルを行き来して二つの鍋を楽しんでいる。

「なんだこれ……?」
 鬼太郎が困惑して呟くと女将と鬼が視線を向けた。
「青菜の会ってのはね。年下の番を愛でる者の会なんだよ。あたしが会長を務めてるんだ」
 とは女将の談。彼女には一回り近く年下の夫がおり、夫は人間に化け女将の店に食材を仕入れている。貂の夫は妻と逆の紅葉の会の席で、きりたんぽ鍋を満喫する妖怪たちにせっせと酌をしている。続いて千代の鬼が一歩前に出る。
「紅葉の会は年上の伴侶を持つ者の集まりだ。俺が筆頭を務めて随分になる」
 千代の鬼は年上の恋女房がおり、身体が小さく角が伸び切らないうちから長年口説き続けたそうだ。妻とは今も仲睦まじく暮らしている。妻は夫とは別に青葉の会の席に座り、すき焼きを取り分けている。
「紅葉の会と青葉の会は数年に一度交流して、伴侶は年上と年下どちらが良いか激論を戦わせている」

 鬼太郎は額に手を当てた。とんだ茶番だ。隣の水木は、営業で鍛えた笑みをニッコリと浮かべていた。
「とても興味深いですね!」
 明るく朗らかな声を少し上ずらせて、ぱっと目を輝かせる。本当に喜んでいるように見えるのだからすごい特技だと鬼太郎は感心した。
「鬼太郎共々招いて頂きありがとうございます。番の会と聞いて心待ちにしていたんですよ」
 鬼太郎はそっと息を吐き出した。水木がことさら明るく振るまうのは、アホじゃないのかという感情を隠すためだ。青葉の会も紅葉の会も番自慢がしたい妖怪たちの集まりだ。おしどり夫婦の擬似討論、惚気の押しくらまんじゅう。下手にごねるより愛想良く振る舞って解放してもらうに限る。貂の女将と鬼に促され、鬼太郎と水木は別々のテーブルに座った。

「主役も来たところだし、早速議論に移ろうではないか。鬼太郎! 年上の番の良さを聞かせて貰おう」
「え」
 相づちを打ってお茶を濁そうとした矢先、話を振られ鬼太郎は固まった。鬼が鼻息荒く詰め寄ってくる。
「年上の良い所は百でも千でもあるだろう。包容力、優しさ、気遣い! すき焼きを取り分ける俺の妻を見ろ!」
「鬼太郎さん、水木さん。生卵は使いますか?」
 水木が深皿を鬼女に差し出す。
「二人分お願いします」
「ほら優しい!」
 鬼がエヘンと胸を張った。優しいのは妻であって、鬼が胸を張る理由がまったく分からない。呆ける鬼太郎に今度は女将がたたみかける。

「水木さんが年下を選んだ理由を教えて欲しいんだよ。年下ってのは、健気でかわいくていじらしくて堪らないだろう。あたしのかわいい夫を見てご覧!」
「水木さん、鬼太郎くん。今日のお酒は温燗がオススメだけどつけちゃっていいかな?」
 貂の夫が酒瓶を振る。水木が好きな銘柄だ。鬼太郎はこくりと頷いた。
「ああ、二本頼めるか」
「はいはい」
「ほら、返事もかわいい!」
 女将が黄色い悲鳴を上げた。夫の方が慣れているのか女将に構わずちゃっちゃと燗の用意をしている。

「さ、余すことなく語り尽くして貰おう」
 鬼と女将の鋭い視線に鬼太郎はたじろいだ。何か話さねばならないが、あまり個人的なことは話したくない。悩む鬼太郎に水木がさりげなく助け舟を出した。
「年下の良いところですか……女将さんの言うように健気でかわいいですよ」
 水木は鬼女からすき焼きの小皿を受け取って言った。
「鬼太郎は僕の好きな和菓子屋で季節の商品が出ると教えてくれるんですよ。栗大福が始まりますよと言ってチラシを貰ってきてくれて、かわいかったです」
「まあ、 かわいいこと! やっぱり番は年下に限るねえ」
 得意げな女将を鬼が睨んだ。

「鬼太郎、さっさと話をせんか。このままではやられっぱなしになるぞ」
 手元にすき焼きときりたんぽ鍋が取り分けられ、燗からは酒精の良い香りが漂ってくる。
「ええ……と。水木は僕のことを辛抱強く見守ってくれる。悩み事がある時も僕が話すまでじっと待ってくれて。優しいしありがたいな、と」
 当たり障りのなさそうな話をどうにかひねりだす。鬼は膝を打って満足そうに頷いた。
「そうそう、こちらの気持ちを尊重してくれる年上の懐の深さ! さあ、どんどん話してくれ!」
「ええ……
 鬼太郎の口元が引きつる。水木はさっそく酒に口を付けている。飲まないとやってられないらしい。鬼太郎も見習って猪口を満たす酒を一気にあおる。そうするとまた水木が二人の生活について話し始めた。

 鬼太郎が落ち込んでいるとホットケーキを焼いてくれるだとか、水木が米を買う日には鬼太郎が必ず付いてくるだとか無難な話をポツポツ語った。どこの番にもありそうな話だが、妖怪たちには大いに受けた。議論の結果などそっちのけで箸と酒と話が進む。
「くぅ! 酒がうまい!」
 鬼が酒を飲み干すと女将が猪口を満たす。最初の険悪な雰囲気は吹き飛んで長閑で惚気溢れる飲み会である。
「そっちのきりたんぽとセリもお寄越しよ。やっぱり新婚生活が一番のアテになるね」
「女将さん、牛肉を足してもいいですか? 国産の霜降り牛とは豪勢ですね」
「今日のために奮発したのよ。あるだけ全部入れちゃって!」
「では遠慮なく」
 水木が高級そうな箱に入った牛肉をドボドボ鍋に投入していく。食えるものを食い、飲めるものを飲むつもりだ。女将の隣には水を差し出す夫がおり、鬼は妻を手招きして寄り添ってきりたんぽをかじっている。鬼太郎は小皿を持って水木の元に近寄った。席割りを放りだし番同士で並んで座る。

「今回も引き分けだねえ」
 女将が満足げに目を細め鬼が頷く。
「青葉も紅葉も一葉であることにかわりはない。どちらを愛でようとも同じ木に生えていることが大事だ」
 黄昏れる二人を一瞥し、鬼太郎はそれぞれの伴侶に小声で問いかける。
……毎回、こんな感じなのか」
 鬼女と狢の雄が頷いた。鬼太郎は水木から牛肉を分けて貰い箸を付ける。食えるものを食い、飲めるものを飲んで帰ろう。



 鬼太郎は道に根が出張っていないか注意しながら水木の手を引いた。月明かりが木々の合間から差し込むが光源が心許ない。
「ああ、食った食った」
 水木が膨れた腹をさする。議論という名の惚気大会は大いに盛り上がり、二次会になだれ込むことなく解散した。喋り倒したら住処に戻って番とくつろぐに限る。居酒屋に長居は無用とばかりに店から出ると全員足早に家路についた。
 鬼太郎は水木と並んでゲゲゲの森の中を歩いている。人の世界と違って街頭のない暗い夜道に水木は苦労する。鬼太郎は水木の手を引いてゆっくり歩き続ける。

「とんでもない目にあった……水木も疲れただろう?」
 気疲れで足取りが重く、下駄の音もくぐもっている。背を丸める鬼太郎に水木が笑いかけた。
「疲れたが旨いものをたっぷり食わせて貰ったしお土産まで貰ったんだ。文句は言えないな」
 鬼がくれた辛口の酒を抱え直し鬼太郎は水木を見上げる。
「今は二人きりでゆっくりしたい」
 家に帰ったら布団に滑り込んで昼近くまでだらだらするのだ。

「お前、本当に俺が好きだよな」
 水木は手で首元を仰いだ。ほんのり赤い耳元は酒精のせいばかりではないと思いたい。
「当たり前だ」
 水木は鬼太郎の唯一なのだ。墓場で生まれた自分を拾いあげた、たった一人。人の世界を教え人間の可能性を示した愛おしく眩しい人。水木の歩調が少し遅れる。
「水木?」
 水木は衿元を指で何度も撫でている。口元に苦笑いを浮かべ、鬼太郎に微笑みかける。

「お前はまだまだ若いんだ。こんな早くから俺だけと見定めるより、見聞を広めて似合いの釣り合う相手を見つけられただろうに」
 鬼太郎は奥歯をかんで、低い声で返した。
「そんな可能性も未来も、僕は欲しくない」
 あなただけ、と心中でつぶやく。本当なら水木の手を握って大声ではっきりと伝えたかった。しかし、自分の独占欲を晒すような振る舞いはできない。見栄と痩せ我慢をしてでも、水木に自慢の良い男だと思って欲しかった。結局のところ二つの欲のぶつけ合いで、鬼太郎は見栄を選んでいるだけだ。
 水木がじっと鬼太郎を見ている。まなざしは白くなるほど握りしめた鬼太郎の拳に注がれている。

「お前が思うほど、上等な人間じゃない。命の恩人と言うが、赤ん坊を雨ざらしにはしなかったが、必要な物もろくに分からず、腹一杯食わせてやれたか怪しいもんだ」
 鬼太郎は奥歯を噛みしめて否定を飲み込む。水木は曖昧な笑みを浮かべ、一つまた一つと言葉を紡ぐ。
「優しいだの、度量が広いだの、お前が語る俺とは、それほど立派なものかと何度首を傾げたか分からない。……でもな、」
 繋ぎあった手の形を確かめるように水木の指が動く。彼より一回り小さい自分の手。節がすらりとして男らしさの物足りない指。足りないものばかり気にする鬼太郎の手のひらを、指を、愛おしげに触れる体温がある。

「一心に俺を信じている姿は惚れ惚れするもんだ。お前ほどの男が言うのだから、言葉に恥じぬようにいたいと背筋が伸びる。お前が俺の中に見出してくれたものに見合う人間になりたいと思うんだ」
 鬼太郎は母親思いの良い子だと目玉が言った。亡き母の腹を破りこの世に生を得た。母の願いに見合うよう命を粗末にしないと決めた。命をかける重みを身をもって知ったからだ。

 鬼太郎は強い子供だと目玉と水木が言った。人間の子供が気味悪がって邪険にしてもやり返さない。墓場で力の弱い妖怪をよく守り気にかけてやれる。弱い生き物を粗末に扱わないのは強さの証だと言われたから、人間も妖怪も弱さで見下したり馬鹿にしないと決めた。大好きな父と養父が自分の中に見いだした善性を証明したかったからだ。

「水木」
 鬼太郎は指と指を絡め、手を握りしめる。
 お前はいい男だと水木が言った。人と妖怪が争わない世界が欲しい。途方もない夢を抱えて歩む覚悟。この人だけと見定めて、種族の違いも承知の上で愛していると告げる姿が眩しいのだと。
 それは墓場で鬼太郎を抱きしめた水木が鬼太郎に見せた可能性だ。違う生き物同士が悩んで苦しんで、それでも喜びに満たされる日はあった。家までの帰り道、繋いだ手の温かさは何物にも代えがたい愛の形だった。

「僕も同じだ。水木に一等良い男だとずっと思って欲しくて必死で」
 それ以上は言葉にならなかった。水木が軽く鬼太郎の手を引く。人の世界からほど遠い巨木の暗い森の中を歩きながら水木は小さく笑った。
「お前を拾ってから俺の人生は随分奇妙で曲がりくねった。しまいには恋仲だ連れ合いだと、人の道など外れて道なき道を突き進む有様だ。……その道程の全部を気に入っている」
 心臓が跳ね回り背中から耳元までかっと熱くなる。喜びが身体の中で暴れ回って言葉のかわりに荒い息がもれた。鬼太郎は酒瓶を入れた風呂敷を背中に背負い、水木の手を引く。ひょいと前抱きにすると水木が声を上げた。
「っ鬼太郎!?」
「すまない、口を閉じてくれ」
 驚く水木を抱えて矢のように走り出す。一刻も早く家に帰って、人目のないところで水木を抱きしめたかった。必死で抱きしめたところで抱きつく格好にしかならないが、構うものか。水木は顔を引きつらせて鬼太郎の首に抱きつく。抱えた重みと触れ合う熱を噛みしめて鬼太郎は家路を急いだ。