蕨野おもち🍡
2026-04-12 22:53:53
12947文字
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愛の棲むところ

ドラマチックロマンスナンバー7!の開催おめでとうございます!!大遅刻の賑やかしです‼️

ある日突然ドラルクがなんかデッカい竜になってた話。または、付き合ってないドラロナが付き合うまでの話。〜事務所ゆる軟禁と棺桶しまっちゃおうねを添えて〜
ドラロナ界隈ではおそらくn番煎じ、という感じですがとりあえずわたしはまだ煎じていないということで。

 その日、ロナルドがギルドでの合同パトロールを終えて明け方近くに帰宅すると、淡い薄鈍色をした大きな竜、のような生き物が、事務所の周りをぐるりと一周取り囲んでいた。

……ええ……、?」

ロナルドはその大きな竜(?)を見上げて、とりあえず「何だよコレは!」と頭を抱えた。しばらくぐるぐると考えたのち、顔を上げて、もう一度まじまじとそれを見る。けれど何度確かめても、そこにはゲームや映画といったファンタジー世界線でしかお目に掛かれない様な立派な竜がただどっしりと座っていた。ロナルドはもう一度大きく息を吸い、そして吐いた。悲しいかなここは魔都新横浜である。「竜くらいいることもあるだろ」と誰かに言われればうっかり頷いてしまえそうなのが恐ろしい。この新横浜というイかれた地の吸血鬼退治人という職業柄、ポンチな現象やよく分からない生物には慣れているが、流石にこんなのは初めての経験である。
……っていうか、アイツ、ドラ公は!?ジョンも!」
今日は二人とも退治に来なかったから事務所に居るはずだった。しかもドラルクは自他共に認めるすぐに死ぬ吸血鬼だ。こんなアホみたいな事態になっていて果たして無事なのか、とロナルドは急に思い当たり、慌ててスマホを取り出した。
「ていうかこんな事になってんだったらLIMEでもいいから連絡くらいしろよ……!!」
苛立ちに紛れて舌打ちをしながら電話を掛けるが、同じコール音が繰り返し鳴るばかりで一向に出る気配はない。そのうち留守番電話の無機質な機械音声が流れ、ロナルドは再び舌を打ってして通話終了ボタンを押した。
「何で出ねえんだよアイツ!」
普段であれば帰宅が遅くなればあちらから「何時に帰ってくるんだ」と連絡が来るくらいなのに、思い返せば今日はそれもない。まさかあの竜、ただのポンチ案件ではなく、本当に危険な敵性生物なのか。だとしたらドラルクは、自分に連絡する間もなくーーと、そこまで思い至り、す、と血の気が引いた。どうしよう、と柄にもなくスマホを持つ手が震える。
……ッ、」
幸い明け方近くで、街は静まり返っていた。何故か事務所をぐるりと囲んで鎮座している竜(?)は、幸い今は暴れる様子もなく落ち着いていて、周りに被害は及ばなそうだった。大人しくしている今のうちにこのまま退治の段取りだけでも先につけるべきか、いやそもそもあれは何なのか、吸血鬼なのか、それとも他の何かなのかーー、とぐるぐる考えていると、事務所の入り口の辺りから何かボールのようなものがものすごい勢いで転がってくる。何だあれ、とロナルドが目を凝らすと、そのボールはロナルドに向かって飛び込んできた。
「ヌー!!ヌヌヌヌヌン!!」
……ジョン?ジョン!!」
ロナルドが両手を広げると、ジョンは転がりながらそのままその腕に飛び込んだ。
「ジョン!!無事でよかった!!怪我ないか!?」
「ヌン!ヌイヌーヌ!」
よかった、とロナルドは再びジョンを抱きしめ「ドラルクは?」と聞く。するとジョンは気まずそうに顔を上げて事務所を指差し、あれがドラルク様、と言った。
「え。え!?あれが!?」
「ヌン……
ロナルドを仕事へと見送ってから一通りの家事を済ませた後、ジョンが少し見ていないうちに、いつの間にかドラルクはあの姿になっていたという。ジョンがなにを呼びかけても反応がなかったらしい。どうしようかと途方に暮れている時、ようやくロナルドが帰ってきたため慌てて事務所から出てきたらしかった。どうしよう、と涙目になるジョンを抱き上げ、ロナルドは再びその竜ーードラルク(?)を見上げた。するとドラルクは閉じていた目をゆっくりと開き、事務所の入り口で呆然としているロナルドをジョンを認めると、重たげな首をゆっくりと持ち上げる。そしてロナルドの退治人服のマントをその大きなあごで咥えて持ち上げた。
「ちょ、え、はあ!?ワーー!?」
「ヌアアア!?」
ジョンを腕に抱いたまま急にビルの高さまで持ち上げられ、驚きで目を白黒させているロナルドに構わず、ドラルクはそのままポイッとロナルドを事務所の窓から部屋の中へ放り投げる。
「ってえな、もうちょい丁寧に扱え!!」
窓から投げ入れられた衝撃で尻をしたたかに打ち付けたロナルドがそう抗議するが、ドラルクはまるで「うるさい」とでも言うように鼻をフンと鳴らすだけだった。それどころか、未だ尻の痛みに唸っているロナルドを押しやるように無理矢理室内の中心へ移動させて、蓋の開いたままになっている自分の棺桶へぐいと押しやる。
「ちょ、押すな、なに!?ここお前の棺桶なんだけと!?」
器用なもので、ドラルクは小さな窓から頭と首だけを部屋に突っ込んでそのままぐいぐいとロナルドを棺桶の中へ入れようとする。元がクソザコのドラルクといえど、今は曲がりなりにも竜らしき巨大生物の姿だ。普段からは考えられない程力が強かった。
……ああもう!わかったから!!入りゃいいんだろ、後でキレるなよお前!?」
ロナルドは抵抗するのを諦め、観念してジョンを抱えたまま大人しく棺桶に入ると、満足したのかドラルクは「フン」と鼻息を一つこぼして、そのまままたぐるりと丸くなった。それ以上、なにを聞いても答える気配もない。その姿では喋れないのか、それともわざとか。ロナルドは溜息をひとつ零して、隣で心配そうにこちらを見上げているジョンに「大丈夫だよ」と声を掛けて抱き上げる。あのクソザコがこんな姿に変身できるなんて、と俄には信じられないが、ジョンがそうだと言うのなら間違いないのだろう。
……とりあえず。親父さんに連絡しよう。流石に俺一人じゃどうにもできないし」
「ヌン……
まさか退治するわけにもいかないし、とロナルドはひとりごちる。そのままドラルクの父親であるドラウスにLINEで「ドラルクが急に竜の姿に変身した。どうしたらいいんだよこれ」と送ると、何事かわからぬ文字の羅列が数回送られて来る。どうやらあちらも相当動揺しているらしい。と、思えば着信が入り「すぐ行くからそこから動くな!!」とだけ言われて電話が切れた。
……親父さん、相当慌ててるな」
「ヌン……
通話の切れた画面を前にジョンと顔を見合わせる。
……これまでにこういうこと、あった?」
「ヌヌン、ヌイ」
「ないかあ……だよなあ、」
ともに生活し始めてそれなりに経つが、少なくともロナルドは、ドラルクの変身が上手くいったところなど片手で数えられる程しか見たことがない。ジョンも似たようなものだという。それが一体どうして、急にこんな事になっているのか。さっぱり検討がつかなかった。

ーーー

 それからしばらくして、すぐに栃木の城からシンヨコに文字通り飛んできたドラウスは、竜になったドラルクの姿をひと目見た途端泡を吹いて倒れてしまった。
そりゃそうだ。普段貧弱ですぐ死ぬ息子がこんな訳の分からないことになっているのだから。流石のロナルドも、兄や妹がある日突然巨大化していたら流石に卒倒する自信がある。
「おや。これはまた立派になったね、ドラルク」
「爺さん……
どうやらドラウスと一緒に真祖も共に来ていたらしい。倒れたドラウスの後ろからひょっこりと現れた真祖は、いつも通りの口調でそう言った。普段であれば遠慮願いたい来訪も今は頼もしかった。
「本当にドラルクなんだな、これ」
「うん。信じられない?」
「信じられないっつーか、普段が普段だろ。アイツこんなことできたのかって驚きの方がデカい」
「そっか」
真祖はそう言って頷き、更に言葉を続けた。
「ロナルドくん、ドラルクと何かあった?」
……それ、今回のこれと関係あんの?」
「あるよ。」
真祖は相変わらず無表情のままロナルドの問いに頷く。まさか自分に原因があるとは思っても見なかったロナルドは、真祖の即答に面食らう。
「うちの子たちが、こういうふうに護りに入るのには必ず理由がある。例えば、己にとって一番大切な存在を傷つけられたりだとか、そういうとき」
……護り、って、」
「竜は己の巣穴に一番大切なものを隠す。そうやって大事なものを守る。そういう本能だから。その相手が番にしろ、家族にしろ、どれも同じ。誰にも盗られないように、なにものからも害されないように、大切に。……今のドラルクはそういう状態。そうなった原因までは、まだ私にははっきりとは分からないけど」
これ、じゃあ、アイツ、……ジョンを守るためにこんななってるってこと?」
状況をうまく飲み込めず、動揺しているロナルドの問いに、真祖は「ううん、」と小さく首を振った。
「勿論それもあるかもしれないけど、一番はきみ。己の巣穴を囲むほど大きくなって、しかもきみをおいてるのが『そこ』だし」
きみをもうどこにも出したく無いんだろうね、と付け加えながら真祖はロナルドが納まっている棺桶に視線をやった。言わずもがな、それはドラルクの棺桶だ。吸血鬼にとって棺桶は特別なもので、それはロナルドだってよく知っている。そんな場所にロナルドは今いるのだ。他でも無い、ドラルクによってそこへ入れられた。真祖に無表情のままそう言われ、ロナルドはなんだか居た堪れずにぐうと唸った。
しかし「ドラルクと何かあったのか」と聞かれると「よく分からない」と曖昧に答えざるを得ない。
というのも、ロナルドとドラルクにとって、言い合いとか喧嘩というのは最早一種のコミュニケーションだからだ。普段から当たり前に二人の間にあるもの。それこそ罵ったり揶揄ったり、時には殺し殺され。出会ったときからずっとそうだ。今更喧嘩や言い合いを交えないコミュニケーションの方が難しいかもしれない。
こうなる前の、数時間前のドラルクとのやり取りを思い出す。
最初は、いつもの軽い言い合いがきっかけだった。
ロナルドは最近少し大きな怪我をした。と言っても入院が必要なほど大きなものではなく、一週間ほど自宅で療養し、大方動けるまでに回復したので今日から仕事に復帰したのだ。多少の無理はあったが、そんなのはいつものことだった。それなのにドラルクが珍しく頑固に「まだ数日休んでいろ」「万全ではないのに動き回ろうとするな」と引き留めて聞かず、言い合いになったのだ。己の体や体調のことなんて、自分が一番よくわかっているのに。何よりこれ以上長く休んで、ギルドの皆へ迷惑をかける方が忍びない。ロナルドがそう言うとドラルクは何故か益々怒りだし、最終的に激しい口論の末、無理矢理話を切り上げて仕事に出てきたのである。だからジョンもドラルクも今日の仕事には着いて来ず、事務所に居たのだ。
……なんか、喧嘩っていうか、」
「うん」
「俺たちって、もうなんか、喧嘩するのがコミュニケーションみたいなもんでさ、」
「うん」
「なんか、今日のもほとんど売り言葉に買い言葉で。めちゃくちゃ言い合いになっちゃって。でも、アイツが多分俺を心配してくれてた、のはわかってる、んだけど。……
「うん」
真祖はロナルドの辿々しい言葉たちに、余計な口を挟まずただ相槌だけを返した。それに応えるように、ロナルドの口からまた一つ、一つと言葉が溢れていく。
……なんか心配とかそういうの、慣れなくてさ」
ドラルクに心配されるのは、嫌?」
「んん、嫌じゃねぇんだけど、何つーか、」
「うん」
「むず痒いっていうか、……何かそんなのさあ、アイツ、俺のこと、めっちゃ大事、みたいじゃん、……しかも何か、こんななってまで、さあ……
うん。」
誰かから大事にされるのは、どうにも慣れない。
自分にそれ程の価値があるとは思えないからだ。
他人から向けられる思いやりや優しさは、時々恐ろしい。
与えてもらったものや受け取ったものを、正しくきちんと返せるとは思えないから。
それが兄や妹から貰うものならまだしも、ドラルクとはあくまで「ただの同居人」でしかない。ロナルドがいくらドラルクを好きだろうと、家族と同じくらい大切に思っていようと、ドラルクが「それ」を与えてくれる理由が、自分への好意からだとは限らない。ドラルクから「そういうふう」にしてもらえる理由が分からない。
分からないものは、恐ろしい。
だったら、最初から期待なんかしない方がいい。
そうすれば、間違えた時に傷つくのはほんのすこしで済む。
ーー己のドラルクへの唯ならぬ好意を自覚した時から、ずっとそう思っていたのに。
それが、こんなになってまで。
そんなに、全身全霊で「ロナルドのことが大事」みたいに扱われると。
もう逃げ場がないじゃないか、と思ってしまう。
ドラルクが元に戻ったら、もう少しお互いについて話してみるといい。自分の中だけで考えているだけでは、分からないこともあるから」
……うん。」

ーーー

ドラルクの突然の竜化と巨大化の原因が分かったのはいいが、現状はどうにもなっていない。しかもあともう少しで夜が明け太陽が昇ってきてしまう。
「とりあえず、爺さんの力でなんかどっか陽の当たらない場所とかに移動とかできない?」
窓から頭だけ見えているドラルクは、一見して眠っているように見えた。真祖曰く、変身で力を使いすぎたらしくとりあえずの回復のため今は省エネモードということらしい。
「いくらデカくなってるとはいえ、このまま陽にあたったら不味いんじゃねえの」
なんせ普段は超がつくほどのクソザコ吸血鬼である。日に当たった瞬間大量の灰になり、最悪元に戻れないという可能性も否めないのでは、とロナルドは真祖を見た。
「うーん。移動できなくはないけど、ドラルクが絶対にここから動かないって言ってるからね。抵抗されて怪獣大戦争みたいになっちゃうかも」
私も大暴れしてこの辺一帯全部メチャクチャになってもいいならできるよ、と真祖は言った。ロナルドは少し考えたのち、周りの住民の避難や建物の損害賠償なんかに思いを馳せて「いや、」と首を振る。
「周りがダメージ受けるんだったらダメだな……
「でしょ」
いくら魔都シンヨコといえど、一応善良な吸血鬼も一般人もいるのだ。周りへの被害を出すわけにもいかなかった。しかし巨大化した竜同士の街中での大暴れとは。怪獣大戦争とはよく言ったものだ。いかにもドラルクが好みそうなクソ映画的シチュエーションで、想像するだけでゲンナリした。
……てかアイツ、あの姿になってから一度も喋んないんだけど。そういう仕様?」
「いや。ただドラルクが自分の意思で喋らないだけ。腹の虫が収まれば話すようになるんじゃないかな」
「そっかぁ……
そうなると会話での説得も難しいか、とロナルドがため息をつくと、真祖は「とりあえずはめっちゃデカい遮光の布かけてくるから大丈夫」と言った。
「え、そんなんでいいの、てかどこにあんの、そんな布」
「全然そんなんでいい。布は、ここ」
「え、」
真祖はそう言うと、自分のハンマースペースからずるり、と真っ黒い布を取り出した。ちょっと信じられないくらいの真っ黒な布が、凡そ意味の分からないサイズでずるずると出てくる。そんなものどこに格納されてたんだ、ロナルドは恐ろしくなる。
「ちょっと大きいから、そっち引っ張って」
「ええいいけど
ずるり、と最後まで引っ張り出した後、真祖はそれを持って「ちょっと事務所ごと覆ってくるね」と言ってそのまま出ていってしまった。
珍しく穏やかに話を聞いてもらったせいでうっかり忘れかけていたが、あの人本来とんでもないトンチキパワフル爺さんだったわ、とロナルドは一つため息を吐く。
暫くして、夜明け前の薄ら明るくなっていた室内がまるで夜と見紛うほど真っ暗な闇に覆われ、ロナルドは慌てて室内の電気をつける。この暗さなら、日が昇ってもすぐに灰になることはなさそうだった。明るくなった部屋のソファーの上では気を失ったまま未だ目を覚さないドラウスがうんうん魘されていた。息子が急にああなったことが余程衝撃だったらしい。まあ普段があれなら仕方ないか、とロナルドはジョンと顔を見合わせた。
「とりあえず、暫くはこれで大丈夫」
「うん、ありがとう爺さん」
作業を終えて外から戻ってきた真祖は「ドラルクの気が済めばちゃんと元に戻ると思うから」と付け足して魘されているドラウスを肩に担ぐ。それから再びロナルドの方を向き、ゆっくりと口を開いた。
「うちの子たちは、すこし寂しがりだから。……あの子は特に、私の血を他よりちょっと多く引いている。だからそういうのもより出やすいみたい。ごめんね」
……ううん。むしろありがとな。話聞いてもらって、俺も腹括れた。ドラルクが元に戻ったら、ちゃんと話すよ。」
「うん。ドラルクのこと、よろしくね」
いい知らせを待ってる、と真祖は最後にそう言って、じゃあねと言いながら珍しく玄関から帰っていった。ドラルクが真祖の血を多く引いているというならば、あの真祖も昔、彼にとって大切な存在に同じようなことをしたことがあったのかもしれない、とロナルドはふと思った。

ーーー

ドラルクが竜化した日以降、ロナルドは仕事を休むことにした。
すこしでも外に出ようとするとドラルクが怒り、棺桶に無理矢理戻そうとしてくるからである。まあそもそもの理由が理由だしな、と外出は早々に諦めた。結局あの日ドラルクが言った通りに休暇を取ることになってしまった。それがどれくらい掛かるかは分からないが、ギルドにはとりあえずドラルクが元に戻るまでは休ませてくれということで話をした。幸いロナ戦の締切も終えたばかりで、切羽詰まった仕事はない。
何をすればドラルクの怒りが治るのかは分からないが、真祖は「きみがこの安全に巣の中にいる、という安心感を実感させるのが一番大事」とのアドバイスをもらったため、とりあえずはずっと事務所へ居るしかなかった。

竜になったドラルクはかなり大きかった。
なんせ事務所のビルを丸ごとぐるりと取り囲めるくらいの大きさである。とぐろを巻いた蛇ような形でいて、頭のあたりがちょうど居住スペースの窓のすぐ側にあった。
「安心させるのがいい」というのなら、出来るだけドラルクに近い方がいいのかと思いジョンと一緒に棺桶とソファ、それからジョンのベッドを窓のすぐそばまで移動させて、なるべくドラルクの近くにいるようにした。
ドラルクは日がな(と言っても布のおかげで真っ暗なのであまり時間の感覚はないが)一日眠っていて、時々思い出したように目を覚まし、ちらとこちらの様子を伺う。そしてロナルドとジョンがそばにいるのを確認してから、また眠りにつく。何度か会話をしようと話しかけてみたが、その度にドラルクは不機嫌そうにフンと鼻を鳴らすだけで、言葉は帰ってこない。どうやら腹の虫は全然治らないらしかった。そんな日々を繰り返し、もう一週間が経とうとしていた。
……流石に、暇、だなあ!」
「ヌー……
元々ロナルドは「自分のために休む」ということが苦手である。初めのうちはロナ戦の原稿のための資料を整理したり、書類を整理したり、ジョンや死のゲームとゲームして遊んだり、筋トレをしたり、普段やらないところの掃除をしてみたりとどうにか過ごしていたが、三日ほど経った頃からだんだんと「仕事を休んでいる」という罪悪感に耐えられなくなってきている。かといって外へ出ようとするとドラルクが怒って止めにくる。そんなこんなで一週間、八方塞がりの状態だった。
……このままマジでドラ公の機嫌が治らなかったら、俺たちずっとこのまんまなのかな」
「ヌーン、ヌヌヌニ……
「そうかなあ、」
ジョンは流石にそれは、と言うが、ロナルドは最早諦めの境地へと至りかけていた。
「せめて何か喋ってくれりゃあいいのに。いつまで拗ねてんだよお前」
棺桶の中で寝転がっていたロナルドは勢いをつけて起き上がり、そのまま窓の外のドラルクへと視線を向ける。丁度起きていたのか、赤い瞳がちらりとこちらを向いた。ロナルドはそのまま窓へと近づき、手を伸ばしてドラルクの鼻先へとすこしだけ触れる。指先から伝わる薄鈍色の鱗の感触がひやりと冷たかった。
「なあ、いい加減機嫌直せよ。黙ってちゃ何もわかんねえぞ」
……
ドラルクは尚も何も答えない。が、赤い瞳はじい、とロナルドを見ていた。沈黙が重かった。先程までロナルドのすぐそばに居たジョンは空気を読んだのか席を外している。いつの間にか、二人っきりだった。
気まずい沈黙の中、しばらく見つめ合っていると、ようやくドラルクがゆっくりと口を開いた。
……本当に分からないのか、私がどうしてこんなに怒っているのか」
「やっと喋った」
「私の質問に答えろ。話がしたいならそれからだ」
1週間と言う長い沈黙を経て、ドラルクはやっとロナルドと会話する気になったらしかった。姿かたちはまだ竜のままなのに、聞こえる声はいつものドラルクのままなのが変な感じだな、と思いながらもロナルドも口を開く。
……俺が、お前が止めるのも聞かずに仕事行こうとしたから。……お前の気持ちを、蔑ろにした。ごめん」
……フン。アホの5歳児でも流石にそれくらいは理解していたか」
ドラルクの視線が僅かにロナルドから逸らされる。それがなんだが気に食わず、ロナルドはドラルクに触れていたままの手で顎を掴み、ぐいと自分の方を向かせた。
「目逸らすなよ。今度はお前が俺の質問に答えろ。……そもそもなんでお前、そんなに俺のこと心配してくれんの」
……それは、」
「爺さんに聞いた。お前たち竜の一族がこんなふうになるのは、一番大事なモンを守りたいからだって。巣穴に隠して守る、そういう本能だって。……それ聞いて、最初は分かんなくて、ジョンのことかと思って。爺さんにもそう聞いてみたけど、ジョンだけじゃないって。……今回のは、多分俺だろうって、」
……、」
「外に出ようとしただけでキレてくるし。しかもお前、なんか無理矢理お前の棺桶にまで入れてくるし。いつもは俺が入ってたらキレるくせにさ。大体お前自分で言ってたんじゃん、棺桶って吸血鬼にとってめっちゃ大事だって、そんなとこに自分から入れようとするし、こっちも出ようとしたら怒るし、」
……ロナルドくん、」
ロナルドは散々だったこの1週間のことを次々と羅列していく。だんだんよく分からない恥ずかしさでじわじわと顔が熱くなってきた。目頭も熱くて、もういっそ泣きそうだった。
……今から聞くことさ、間違ってたら俺、死ぬほど恥ずかしいんだけど。わざわざこんなことするほど、こんな、閉じ込めるみたいな真似するほど、……お前、……俺のこと、大事だったり、する?」
家族とか、そういうのみたいに、とロナルドは消え入りそうな声で付け足した。
「〜〜ッ!ああもう!」
ドラルクがそう叫んだ瞬間、ロナルドの指先に触れていた冷たい感触が一瞬で離れていったかと思うと、ザ、と大きな音がして窓の外にいたドラルクが一瞬で灰になる。
「ハ!?おい、ドラルク!?」
慌てて窓に駆け寄るとビルの外にはドラルクの砂が広がっていた。かと思えばあっという間にいつもの姿に戻り、下から「そこから動くなよバカ造!」と叫ぶ声が聞こえる。
「はあ!?」
1週間なにをしても動かなかった癖に急に元の姿に戻ったドラルクに驚いたロナルドがあっけに取られて動けないままでいると、一階から全速力で走ってきたらしいドラルクがゼエハアと息を切らしながら、バタバタと事務所へ飛び込んできた。
「おいドラルク、」
お前とりあえず落ち着けよ、と静止しようとしたロナルドの手を取って、ドラルクは息も切れ切れに叫んだ。
「っ、ハァッ、あのなあ!そんなん大事に決まってるだろ!きみの事が好きなんだから!!」
「ぇ、」
「言っとくけど、家族愛とかそんな生っちょろいモンじゃないぞ!!人として、っていうか、親愛も恋愛も性愛も、そういうの丸っと全部ひっくるめた」『好き』だからな!だから当たり前に君が大事だし、怪我をしていたら心配でこっちが死にそうになるし、それを他でもないきみに蔑ろにされたらそりゃあ腹も立つさ!!」
「ひぇ、」
ロナルドはドラルクの勢いに気押されてただ狼狽えることしかできなかった。ドラルクにぎゅうと握りしめられたままの手が熱い。自分の熱がドラルクにまで伝わっているのか、あちらの手もじわじわと温くなっていくのが分かる。それがなんだかひどく恥ずかしくてロナルドが目を逸らすと、ドラルクは「聞いてる!?」となおも迫ってきた。
「き、きいてる、けど、ちょっとまって、」
「いいや待たない!言っとくけど!私にここまで言わせておいて今更なしとか無しだからな!だからもうきみもいい加減観念しろ!!それともきみは、きみは、私のことを、ただの同居人だと、……それだけで済ませられるのか……?」
ロナルドを見つめていたドラルクの赤い瞳が僅かに翳りを帯び、急に勢いをなくして、そのままゆっくりと視線が下を向く。ドラルクのせいいっぱいで握られていた手の力が弱まるのが分かった。
「っ、違う、!!」
「ッ、!」
ロナルドは慌ててドラルクの手をぎゅうと握り返した。すぐにうまくは応えられずとも、ロナルドの気持ちのいちばん大事なところだって、他でもないドラルクにだけは誤解してほしくなかった。
「ちがう、急でびっくりしただけで、いやとかそういうのじゃない。……おれも、おまえのこと、すきだよ、ドラルク」
「っ、!うん、」
「俺のも、家族愛とか、そういうのだけじゃなくて、……ちゃんと、キスとかしたい、ほうのすき、だよ」
「うん、」
ドラルクの口から「うれしいよ、」と吐息のような言葉が溢れる。そのまま繋いでいた手を引き、ロナルドをこちら側へと引き寄せた。抵抗せずにすんなりそばに来てくれたのが嬉しくて、ゆっくりと視線を合わせると、ロナルドの顔は耳まで真っ赤に染まっていた。己の手で触れてしまったら体温の差で火傷しそうだ、とドラルクは思う。
……いい、?」
「!、……うん、」
赦しを得たドラルクがロナルドの頬にそっと手を添えると、ロナルドは赤かった頬を更に真っ赤にして、緊張からか体をぎゅうと硬くした。ドラルクはそれを見て小さく笑い「ありがとう」と告げる。触れた手にロナルドの体がびくりと震え、そのままぎゅっと目が瞑られる。その拍子に、潤んでいた瞳からぽろりと涙がこぼれ落ちた。ドラルクがそれを指先でそっとぬぐってやると、指先からこぼれていった雫が青白い蛍光灯の光にあわく反射して綺麗だと思った。そのままゆっくりと顔を近づけると、ひと、と柔らかく唇が触れた。たったそれだけ、ほんの少し触れただけなのに、ロナルドの唇はやっぱりとても熱くて、それだけで火傷しそうだった。
……
……
ぎゅうぎゅうに力いっぱい閉じられていたロナルドの瞳がそうっと開かれ、その拍子にまたぽろ、と雫が溢れる。数度瞬きをして、ようやくドラルクと目が合った。
……もういっかい、」
……うん、」
そう言って再び唇を重ねようとした瞬間、ドラルクが急に足元からザ!と音を立てて崩れた。
「っえ、ア!?」
「え!?」
ザラリ、と崩れたドラルクの砂がロナルドの足元でザワザワと震えている。ロナルドの手のひらにわずかに残っていた砂も、ロナルドが驚いた拍子に床へとこぼれ落ちた。
「お、おいドラルク、」
いつもならばすぐに再生するのに、ただふるりと震えるのみで一向に元に戻る気配がない。心配になったロナルドが砂にそう声をかけると、ようやくドラルクの手だけが再生してロナルドの爪に触れ、しかしすぐにまた「オア、」とひと声上げて崩れてしまった。
「お、おい本当にどうした?まさか戻れなくなったとか、」
「い、いやちがう、すまない、大丈夫だから。……慣れない変身を長期間続けた後に全力で階段ダッシュしたせいで、体力の限界が急にきたというか……
「へ、……ええ……?びっくりさせんなよお前……
「いやすまん、本当に情けない限りだ……
ロナルドはほと安堵のため息を吐き、しゃがんで砂のままのドラルクを撫でた。サラサラした砂の感触が面白い。いつもなら砂場遊びするな!と怒られているところだろうが、流石のドラルクも自分に非があると思っているのか、今日ばかりは何も言えないようだった。締まらないなあ、とロナルドは呆れた。さっきまではあんなにシリアスで、しかもなんかちょっとえっちな雰囲気だったのにな、と言うと、ドラルクは本当に悔しいのか砂をザワザワと震わせて唸った。
なんか、血とか要るか?牛乳よりは早いだろ」
「ハア……そうしてくれ、キッチンの下の戸棚に瓶があるからそれを、」
「わかった。……あーあ、全く最後の最後で……
「それ以上言うな、今度はメンブレで戻れなくなるぞ」
「ふ、はいはい、わかったよ」
「もろもろ含めて絶対リベンジするからな!!忘れるなよ!!やっぱなしもなしだぞ!!」
「わかってるって。てかその状態で言っても何の説得力もないからな、おまえ」
「グウ!否定できない……!!」
もはや泣いてるのかと言うほど悔しがって唸るドラルク見てロナルドは笑う。
発端がシリアスでも、最後はこのくらいのぐだぐださが自分達には丁度いいのかもな、と。

ーーー

「という訳で、私達お付き合いすることになったので」
「へ、え?」
「ゆくゆくはロナルド君の一族入りも考えていますので。お父様もお祖父様も、そのつもりでいてください」
「おい待て、流石にそれはまだ聞いてないぞ」
「ドラルクが、ドラルクが、…………ポールとお付き合いをはじめて、じゃあ、この間のは、……
そこまで言ってドラウスはキャパオーバーしたのか、また気を失って倒れてしまった。
「アッエッ、親父さん!?」
「あーあ、やっぱり。だからまだお父様には言わなくていいって言ったのに」
「ドラウスにはまだ少し早かったみたいだね」
「だってさあ!!」
一番に迷惑をかけた二人にはちゃんと報告したい、と言い出しだのはロナルドだ。真祖はそんな二人のやり取りを眺めつつ、ドラルクの淹れた紅茶を一口飲んでから「いい香りだ」と微笑んだ。
……ちゃんと話ができたみたいで、よかった」
うん。色々ありがとうな、爺さん」
「うん。私も、きみがうちの子になってくれるの、楽しみにしている。」
……それはまあ、まだ分かんないけど。でも、ちゃんと話すよ」
「うん」
また竜になられて閉じ込められても大変だからな、と笑うロナルドを見て、より良い未来を願っている、と真祖は一つ微笑んだ。

ーーー

……お前がああなったのってほぼ本能って爺さんに聞いたけど、ほんと?」
「まあ……
「じゃあ俺のこと閉じ込めたり、棺桶に無理やり入れようとしてきたのも、やっぱりちゃんとお前の意思だったってこと?」
……、まあ。ほぼ無意識だったけど……
「棺桶も?」
「そこ拘るなあ!?そうだけど!?」
「いつもは勝手に入ったら怒るのに?」
「あれは勝手に入られるのに怒ってただけで、……きみが棺桶にいること自体は嫌じゃないよ、別に」
「なんで」
「ねえ何、めちゃくちゃ聞いてくるじゃん、そんなに知りたい!?」
「知りたい。気になるから。なあなんで」
「グウ、なぜなに期か!?……あー、」
「はやく」
「ああもうわかったから!……棺桶って吸血鬼にとって一番大事な場所だろ」
「うん。それは知ってる」
「そこに、まあ……一番大事で、好きな子が入ってるのは、優越感があるというか。満足感とか、独占欲とか、まあそういうやつだよ。……満足?」
「ふうん。そっか。じゃあたまには入ってやる。」
……うんまあ、ウン。一緒に入ろうね、今度は」