丹羽燐
2026-04-12 22:51:21
1597文字
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フラペ

あむあずがフラペ梯子する話

 満面の笑みを浮かべる梓の前で、安室は虚空を見つめていた。厳密には、目の前に鎮座する糖と脂肪の塊こと、期間限定クッキーフラペチーノから現実逃避するように、遠くを見つめていた。
「あれ、安室さん飲まないんですか?」
「え……ええ、飲んでますよ」
 そう言って一口分飲み込む。嚥下の途中で喉から、本当に飲むのか確認が入った気がしたが、安室は気がつかなかったふりをした。
「コーヒーもヨーグルトも美味しかったですけど、クッキーのこのザクザク感……
「食感が変わるとまた印象が変わりますね」
 うんうん、と頷きながら梓はまたフラペチーノを口元に運ぶ。食感が変わったところで、要は牛乳と氷と甘いシロップを混ぜて出来た飲み物に変わりはない。一日一杯ならまだしも、二杯三杯と続けば、体も冷え、許容量を超えた糖と脂肪に胸焼けがし始める。
 先に梓がギブアップしたら残りを引き受け、続きは後日として口実を作ろうとしていたはずが、このザマだ。梓は炎上すると騒ぐだろうが、一口貰い、後で梓を宥めるほうがマシな気さえした。これが年の差か、と思わず安室はご機嫌な目の前の人を眺めた。
 梓の表情から美味さがよく伝わってくる。
 店内には梓と安室のほかに、曖昧な距離感の男女もいれば、楽し気に会話に花を咲かせる女性客もいる。暗くなるほど警戒する癖のついた安室と違い、ほかの客たちは薄暗さに居心地の良さを見出しているようだった。
 輝度を下げたスマホに、一店舗目で撮った写真を表示する。コーヒーは店舗数が少ないから最初に行きます、と梓が昨夜連絡してきた通り、表示された手描きの地図には一店舗しかコーヒー対応店はない。一店舗目のコーヒー、二店舗目のヨーグルト、それから今のクッキーの対応店舗にバツを描き、安室は首を傾げた。
「残りはあと何個でしたっけ」
「二個です! ほうじ茶とメロン。メロンはクリームもメロン味、中もメロン味でとことんメロン尽くし、ほうじ茶はわらび餅が入っているらしくて……どっちも楽しみです」
「そう……ですね」
「安室さんは次コーヒーにしておきます?」
「えっ」
 人は突然助け舟を出されても、うまく乗れないことがある。それが、まさに今だった。この後に二杯も飲んで、夜のバーボンとしての任務に影響はないだろうかとか、そもそも飲み切れるのだろうかとかが安室の頭を支配していたせいだ。
 えーっと、と言葉を濁してから梓は続ける。
「甘い物ばっかりだし、飽きちゃうかなって」
……梓さんは? 寒かったり、飽きたりしませんか」
「全然! 二杯ともちゃーんと飲めます!」
 梓に背筋を伸ばしてピースまでされてしまえば、安室は素直に感嘆するほかない。梓の手元のグラスは、いつの間にか残り三分の一を切っていた。上に載っていたはずの生クリームは,もはや跡形もない。
「さすが梓さん」
「味の調査は先輩に任せてください」
 今のように少し得意げな梓を安室は何度もポアロで見たことがある。その後にうっかりがあった回もあれば、なかった回もあった。今日もどう転ぶかはわからない上に、今日の梓が慢心しているわけではないことも、安室は十分理解している。それでも、少し揶揄いたくなった。
「あ、頼もしい先輩に一ついいですか?」
「なんですか?」
「コーヒーと一口交換してもらえませんか。味は気になっていて」
 梓にまかないのリクエストを尋ねる時と同じように、決してなんてことないように安室は尋ねる。日頃の演じ分けは妙なところで役に立つ。
「もちろん。一口……え、一口?」
「はい」
「安室さんが、私のフラぺを一口飲んで、私が安室さんのコーヒーを一口貰うってことですか」
「そうなりますね」
「か、間接……え、炎上、炎上するからダメです!」
 もはや予定調和に近い反応を返す梓に、安室は手元のフラペチーノのことを忘れて笑った。


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