雪華
2026-04-12 20:48:37
4927文字
Public テリサイ
 

【テリサイ】口説き文句

テリオンが女性を口説く演技をして、先生が焼き餅を焼く話です。モブ女性がテリサイをべたべた触ったり触られたりします。お題箱にいただいたお題でした!→ https://odaibako.net/odais/425d4778-4f09-459c-872f-dbbbee62b119

「財布が失くなった?」

そう問い返すと、オフィーリアはソファーに座ったまま小さく頷いた。
サイラス達は数時間前にこの街に辿り着き、一時解散して夕方までそれぞれ自由に過ごした。そして約束の時間に宿のロビーで落ち合ったところ、オフィーリアが財布を紛失していることに気が付いたということだ。

「どこかでお買い物とかした? その時に忘れちゃったとか?」
「いえ……。街についてからは、一度もお財布を出していません。きっと、落としてしまったのだと思います……
「盗まれたという可能性はあるかい?」
「えっと……

オフィーリアはたじろぐように視線を泳がせる。清廉潔白な神官であり、普段から人に対して誠実に接するオフィーリアにしては珍しい反応だ。心当たりはあるが、口にすることを躊躇っているような素振りである。サイラスは、彼女とともに集合場所にやって来たオルベリクへと矛先を変えた。

「オルベリク、あなたは途中でオフィーリア君と合流したと言っていたね。不審な人物を見なかったかい?」
「不審かどうかまでは分からないが……俺が彼女を見付けた時、老婆と話し込んでいたな。何かあったのか?」
「は、はい……。道の端で転んでしまわれて、立ち上がれないようだったのでお手伝いをしたんです。ついでに、少し立ち話を……
……それだな」

テリオンが短くため息をつく。サイラスも、そして周囲の仲間達も概ね同感のようだったが、肝心のオフィーリアだけは首を横に振った。

「で、でも、本当に困っておられたようなんです。お礼をしたいと言われましたが、待ち合わせの時間が迫っていたのでわたしからご遠慮しました」
「そのお礼ってのは、自宅に来てお茶でもとかそういうのだろ」
「はい……
「なお悪いな」
「ええ、そういうやつらの常套手段よ。ついて行っていたら、大勢が待ち構えていることもあるの。……大方、あなたに声を掛けたオルベリクを見て、慌てて逃げたってところかしら」

残念ながら、人の厚意を利用しようとする者は多い。助け起こされる際に懐の財布を盗み、警戒心を全く抱かないオフィーリアに更なる非道を加えようとした可能性もある。旅人が一人いなくなったところで、騒ぎになることはないのだから。もしも彼女がその誘いに乗っていたらと思うとぞっとした。
オルベリクは記憶を探るように腕組みをして、視線を僅かに上方に向けながら呟く。

「思えばあの老婆……とても足を悪くしているとは思えない歩き方だった。それに、みすぼらしい格好をしていたが体つきはしっかりしていた。……すまん、俺がもっと早く気付いていれば良かったな」
「オルベリクさんのせいではありません……! あの、わたしはあの方が本当に困ってらっしゃるのなら、お金は差し上げてもいいんです」
「いや、絶対だめよ! だって、オフィーリアさんのお金だし、本当に困っているかどうかなんて分からないじゃない!」
「構いません。大金が入っていたわけではありませんし、分け与えることも大切だと学んできましたから。ただ……

トレサも決して彼女を責めているわけではないのだ。ただ商人という職業柄、金のことは公正にしなければならないという意識が人一倍強いだけ。サイラスもどちらかといえばトレサ寄りの意見だが、オフィーリアの感情を置き去りにすることは望んでいない。するとオフィーリアは両手を組み、少し俯いた。

……お財布の中に、お守りを入れてあるんです。子供の頃にリアナと一緒に作ったものです。お金は構いませんから、それだけでも……
「よし、では決まりだ。相手に顔が知られているオフィーリア君とオルベリクはここに残って、他の面々で調べてみよう」
「はーい! あたしは市場を回って、お財布が売られたりしてないか調べてみるわ」
「ま、元気出せよオフィーリア! 俺も大事な鞄取られたことあったけど、こうして取り戻せたわけだしさ。縁がある物はちゃんと戻ってくるようになってるんだ。大船に乗ったつもりで待ってな!」
「おい、それは俺が取り返してやったんだろ……

アーフェンが泥酔している間に鞄を盗まれ、それをテリオンが取り戻した話は仲間達なら皆知っていることだ。テリオンだけは呆れたような表情を崩さなかったが、オフィーリアや仲間達は緊張が和んだかのように笑みを浮かべる。
そうして二人を残して宿を出て、サイラスは迷いなく歩き出したテリオンの後を追った。案の定、彼はすぐに足を止めてこちらを見遣る。

……どうして付いて来る?」
「こういう探し物はキミの方が得意だ。一から自分で探すよりも、一緒に行動したほうが早期に発見できる可能性が高まるだろう? 現に、キミはもう行くべき場所が見えているかのようだ」
……悪い噂ってのは、表には出て来ない。裏通りで探ってみるつもりだ。危険だからあんたは来るな」
「危険ならなおさら、恋人をひとりで行かせるわけにはいかないよ」

するとテリオンは僅かに目を瞠り、仕方がないかとぼやく。お互いが特別に大切だからこそ、テリオンはサイラスを危険から遠ざけようとするし、サイラスはテリオンの隣に立つことを願う。押し問答をしている時間のほうがもったいないと判断したのか、テリオンはそれ以上何も言わなかった。
大きな街だからこそ、表通りから離れた裏通りの影は濃い。路上には空き瓶などのごみが点在し、後からどんどん継ぎ足されていった区画は蛇のように不規則にうねっていて、方角すら見失いそうだ。

「ところで、どこへ向かっているのだい?」
「とにかく情報を集めないと始まらない。人が集まる場所か、もしくは……

声を潜めて話していると、若い踊子が正面から歩いてきた。鮮やかな橙色の衣装が目を引く。何気なくその顔を見た時、明るい栗色の瞳と視線が交わった。すると彼女は足を止め、すれ違おうとしたサイラスの手を取った。

「ねえ、素敵なお兄さん。ここらじゃ見ない顔ね、何かお探し?」
「え? ああ、人を探していてね」
「ふぅん。手伝ってあげましょうか? わたし結構顔が広いのよ。お店でゆっくり、お話聞かせてちょうだい」
「いや、踊りは結構なのだが……
「うふふ、もっと良いことのほうがお好きなのかしら?」

手を振りほどこうとしたが、彼女は素早く腕を絡めて顔を寄せてくる。生温かい呼気が首筋にかかり鳥肌が立った。露出が多い衣装のせいで、押し返そうにも素肌に触れてしまいそうで躊躇われる。
まごついていると、テリオンが間に割って入ってきた。彼は、踊子がサイラスにそうしたように、彼女の腕を取って身を寄せる。

「お堅い学者先生じゃ話にならないだろ。俺と話そうぜ」
「あら、あなたも可愛い顔してるじゃない」
「あんたほどじゃないさ。……老婆か、もしくは変装して、旅人にスリを働いてるつまらないやつがいるな? ねぐらを知ってるか」
「え~……どうしようかしら。お店に来てくれるのなら、教えてあげてもいいけど……

客なら誰でも良いのだろう。踊子は甘えた声を出して、テリオンの肩にしなだれかかった。緩やかにうねった髪が彼の頬筋をかすめる様を見ていると、胃の中がかーっと熱くなってくる。彼がわざとらしい微笑を浮かべてされるがままにしているのも、サイラスの胸をざわつかせる一因だった。

「無事に済んだら店に行くさ。その時は、あんたを指名する」
「うそ。名前も聞いてないのに……どうせ口先だけなんでしょ?」
「聞く必要があるか? ブロンドで店一番の美人って言ったら、あんたが出て来るんだろ?」
「もう、お上手! 良いわよ、教えてあげる。耳を貸して……

テリオンの耳に口付けるかのように顔を寄せて、踊子が何かを囁く。彼女は柔らかな体を惜しげもなく押し付け、香水の匂いまで移そうとしているようだ。普段なら他者には警戒心を顕にするテリオンが、こんなことを許しているなんて――もちろん必要な演技だとは分かっている。それにしたって、彼女の腰を抱くのはやりすぎじゃないかと抗議したくなってしまう。
激情を飲み込むように唇を噛み、自分の腕を強く握る。骨張っていて、肉のない薄っぺらな体だ。比べると余計に惨めになる。無意味だと承知の上で、少しでも怒気を逃がすように長く息を吐いた。

……よく分かった。で、あんたの店はどこだ?」
「この通りを真っ直ぐ。右手に、橙の花のリースを飾ってあるお店よ。お兄さん、名前は?」
「後で教える。邪魔して悪かったな」

胸板を撫でる手を取って硬貨を握らせると、テリオンは呆気なく身を引いた。そのまま早足で歩き出したものだから、一呼吸遅れて慌てて後を追う。踊子はまだ客引きを続けるつもりらしく、軽く手を振って二人を見送った。
少し進んでようやくテリオンがサイラスに目を向ける。彼の方が数歩先を歩いていたはずだが、いつの間にか歩調が揃って隣に並んでいた。

「は、面白くなさそうな顔してるじゃないか」
……悪いかい?」
「いいや。あんたは昔より分かりやすくなった」

く、と小さく笑いをこぼす姿は、サイラスの苛立ちをほんの少しだけ慰めた。テリオンは分かりやすくなったと言うが、それはきっと、彼がサイラスのことを知ったからだろう。些細な仕草から感情を読み取れるまで近づき、理解するために心を寄せたからだ。嬉しい反面、自分ばかりが丸裸にされているようで悔しくもある。

……以前から思っていたけれど、キミは女性慣れしているよね」

平静を装おうとしたけれど、できなかった。まるで子供みたいな言い草で、声には責めるような棘がある。しかしテリオンは楽しそうに片眉を上げて、余計に気を良くしたようだった。

「ま、あんたよりはな。ああいう手合いの女の扱い方くらいは知らないと、盗賊としてやっていけない。演技だって分かってるだろ?」
「分かっていても、気になってしまうよ。……私以外にああやって触れて、触れさせることを許すなんて」

そっとテリオンの手の甲を突付くと、手を取られて握り込まれた。その手の平に残っている温もりを上書きするように、サイラスも少し力を込めて握り返す。

「あんただって、ベタベタ触られてただろ」
「あれは……でも、嫌だったよ」
「知ってるが、こっちだって辛抱たまらなかった。だから……お互い様だ」

頬に口付けられたのは、ご機嫌取りのつもりではなく、彼も確かめたかったからかもしれない。相手の気持ちを疑っているわけではない。変わらないのものが存在するということは、自分が一番よく理解できている。それでも不安になってしまうのは、恋情という不定形の感情が、常に小さく揺れ続けているからだろうか。
繋いだ手はそのままに、反対の手で彼の髪を軽く梳く。柔らかな感触を楽しみ、お返しのように額に口付けを落とした。

……一応聞いておくが、店に行くつもりはないのだろうね?」
「当たり前だろ。あんた以外を口説くなんて、仕事じゃないとやらない」
「そうかい? あまり口説かれてきた覚えはないのだが」
「なるほど。……あれしきは口説き文句に入らないとは、随分と言われ慣れてるらしいな?」

翠の瞳に、挑戦的な熱がこもったのがはっきりと見て取れた。煽り過ぎた――と思った時には強引に腕を引かれ、唇を奪われていた。顔を離す間際に、低い声が甘く鼓膜を揺らす。

「無事に財布を取り返したら……覚えとけよ」
……キミがどんな風に口説いてくれるのか、楽しみだよ」
「言ったな」

テリオンはにやりと不敵な笑みを浮かべ、先導するように手を引いて歩き始めた。なんだか上手く乗せられたような気がしなくもないが、彼のほうから口説いてくれると宣言したのだから、存分に楽しませてもらうとしよう。
――サイラスがそう思えていたのは、無事に財布を取り返して、テリオンと共に寝台に入るまでだった。その内に、口説かれてるんだか、こちらが言わされているんだかよく分からない状態になり、最後にはいつもと同じように言葉は意味をなくしてしまった。




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