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由崎
2026-04-12 18:10:38
5333文字
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北米とイギリスお兄ちゃんたち
にょたりあ北米がいます
アメリカは新作のゲームに夢中になっていた。
深夜を過ぎても画面の前から離れず、コントローラーを握ったまま、あと一ステージ、あと一回だけと自分に言い訳を重ねていた。
結局ベッドに入ったのは、もう夜とも言えない時間だった。
カーテンの隙間から光が差し込んでいる。
アメリカはその光をまぶた越しに感じながらゆっくりと目を覚まし、頭の重さと夜更かし特有の鈍い眠気に引っ張られるまま、起き上がる気にもなれずベッドの上で寝返りを打った。
起きた時間は朝とは言い難く、昼と言った方が近い時間だった。
枕元に腕を伸ばし、ぼんやりしたまま手を振って机の上を探る。
メガネを取るためだったが、指先はシーツに触れ、枕に触れ、そして空を切った、そのとき身体の感覚が妙だと気づく。
一瞬、何が変なのか分からない。
寝起きの鈍い頭が違和感を理解するまで数秒かかり、アメリカはゆっくりと自分の身体に目を落とした、あるものが無い、そして無いはずのものが二つある。
手が止まり、視線が胸元に落ちる。時間が止まったように感じながら恐る恐る手を伸ばすと、指先が柔らかいものに触れてしまい、ありえない感触だと思いながらもう一度触り、やはり同じだと確かめてしまう。
次の瞬間、ばっとベッドから飛び起きた。
シーツが足に絡んでも構わず振りほどき、床に飛び降りて寝ぼけたまま廊下を走り、洗面所のドアを乱暴に開け、洗面台に手をついて息を荒くしたまま顔を上げる。
洗面所の大きな鏡。
そこに映っていたのは見覚えのない女で、金髪と青い目、見覚えのある顔立ちをしているのに頬の線だけが少し柔らかく見え、目の奥の焦りだけは見慣れていた、それが自分だと理解するまで数秒かかった。
鏡の中の女も同じように固まり、まばたきのタイミングまで同じで逃げられない。
沈黙。
次の瞬間、アメリカは叫び声を上げた。
声はひっくり返り、喉が痛くなるほどの長さで、部屋の壁に跳ね返った。
――
「それで僕のところまで電話掛けたんだね
……
」
心配するような声を掛けてくる兄弟にアメリカは返事をしなかった。
ブランケットに包まったままベッドの上で膝を抱え、指先が勝手に端をぎゅっと掴んでしまう。
布の感触だけが妙に現実的で、そこだけは逃げない。
一時間ほど前のことだった。
女になったアメリカは錯乱していて、洗面所の鏡を見た直後に叫びながら部屋へ戻り、震える手でスマホを掴んで上司に連絡し、そのまま勢いだけでカナダにも電話を掛けた。
しばらくして家のチャイムが鳴った。
突然の音にアメリカはびくりと肩を震わせ、ブランケットの中から顔を上げて耳を澄まし、数秒遅れて理解する。
カナダだ。
アメリカはベッドから飛び降りた。
ブランケットを引きずったまま廊下へ走り、足がもつれそうでも構わず玄関まで一直線に突っ込み、ドアノブを掴んで勢いよくドアを開ける。
「カナダ!!」
叫ぶように名前を呼ぶ。玄関の前に立っていたのは女だった。
アメリカは固まり、知らない顔ではないのに信じたくなくて目をこらし、見覚えのある顔立ちだと気づいた瞬間に背中が冷えた。
カナダだった。
数秒、アメリカは動けなかった。理解が追いつかないのに視線だけが勝手に動き、顔を見て肩を見て胸元を見てしまう。考えるより先に確認してしまう自分が腹立たしい。
沈黙。
次の瞬間。
「うわああああああ!!」
悲鳴が家中に響き、カナダがびくりと肩を揺らす。
「えっ、ちょっとアメリカ、僕だよ」
そして今。
カナダはベッドのそばに立っていて、アメリカはまだブランケットにくるまったまま、布の中から目だけを覗かせている。
動いたら何かがずれる気がして、息まで小さくしていた。
「落ち着いたかい?兄弟」
落ち着いた声だった。
困ったように笑う声だった。
アメリカはブランケットの隙間からカナダを睨むように見て、視線を上から下へ動かし、やはりカナダだと認めるしかなくなる。
もちろん女だ。見ないようにしても勝手に目が引っ張られるのが腹立たしい。
「
……
なんでそんなに落ち着いてるんだい?」
ぼそりと呟く。
カナダが首をかしげると癖っ毛がふわりと揺れ、動きだけはいつものままで余計に腹が立つ。
「そりゃあ僕もびっくりしたよ。朝起きたらまさか女になると思わなかったよ。朝イチでアメリカに電話したけど出なかったし、しょうがなくて家まで向かったんだよ。その移動途中で上司にも連絡して、それでイギリスさんにも連絡してもらったんだ」
その言葉で部屋の空気が止まった気がした。
アメリカの眉がぴくりと動き、ブランケットの中から顔をぐいっと出す。
「はぁ!? なんでイギリスに連絡してるんだい!?」
カナダはきょとんとした顔でアメリカを見る。
「え? だってイギリスさんは僕たちお兄ちゃんだから?」
何でもないことみたいに言う口ぶりだった。
困ったときの正解はこれ、と最初から決まっているみたいな顔が、余計にむかつく。
アメリカはブランケットの中で拳を握り、爪が布に食い込む。文句は山ほどあるのに、今の状態で理屈を組み立てるのが難しいのがさらに腹立たしくて、喉の奥から言葉にならない音が漏れる。
カナダは昔からイギリスにべったりだった。
何かあるたびまず相談、まず報告、まず頼る。昔から変わらない。
アメリカはそれが気に入らない。
気に入らないというより悔しい。
自分の知らないところで話が進むのが嫌だったし、頼る相手が最初から決まっているみたいなのも嫌だった。
「それに、こういう超常現象はイギリスさんお得意だったし
……
」
カナダが言い終わる前にアメリカは反論を作りかけたが、喉のところまで出てきて止まる。
アメリカとカナダが、うっすら遠い目になる。
そうだった。
イギリスはお得意の魔法なんちゃらを使えるのだった。
厄介なほど堂々と、紅茶を片手に当たり前みたいに、幽霊や妖精みたいな人ではないものが存在すると真顔で言う。
冗談に聞こえないのが、なおさら厄介だった。
もちろんアメリカは信じきっているわけじゃない。
なんせ現代、二十一世紀なのである。
だから幽霊なんていない。いない。いないったら。
アメリカはブランケットの中で肩をすくめる。
口では否定できるし頭でも否定できる。
けれど今日の鏡の中身だけはどうやって説明すればいいのか分からず、理屈が追いつかないことが気持ち悪い。
「
……
でもイギリスに頼るのはなんか嫌なんだぞ」
絞り出すように呟く。
声が弱いのが自分でも分かって、アメリカは余計にむかついた。
――
次の日。
朝になっても昼になっても鏡の向こうは変わらなかった。
手を洗って顔を上げるたび同じ女がこちらを見返してきて、昨日の出来事が終わっていないことだけがはっきりする。
アメリカはソファの端に座ってブランケットを膝まで引き上げた。
背中を丸めると少しだけ落ち着く気がするのに、息を吸うたび布が胸のあたりで持ち上がって勝手に形を主張してくる。
視線を落とすとあるはずのない線が見えてしまい、見ないようにしても目が勝手に確認してしまうから、確認するたび胸の奥がざわつく。
四百年近く男としてやってきたんだぞ、と頭の中で何度言っても状況は変わらず、怒鳴って解決するならとっくに怒鳴っているのに、今の自分はブランケットを引っ張って座っているだけで、そのみっともなさに混乱が増えていく。
スマホが震えた。
上司からだと分かった瞬間に眉が寄り、出る前から言われることが分かってしまう。通話を繋ぐと声は妙に柔らかく、必要以上に優しくて、普段の短くて硬い感じがどこかへ消えている。
今日も休め、外に出るな、こちらで対応する、イギリスがそっちに向かっている、とにかく家にいろ。
子ども扱いされているみたいでブランケットの端を握り直し、返事をしようと口を開けたのに声が出る前に通話が切れ、残ったのは画面の暗さだけで、そこに自分の顔がうっすら映るのが嫌でスマホを伏せた。
カナダがソファの向こうから様子をうかがっていて、同じようにブランケットを肩に掛けているのに座り方も表情も落ち着いて見える。
こっちは落ち着けるわけがないのに、という言葉が喉まで来て飲み込む。
「どうしたの?」
アメリカは答えずブランケットの中へ視線を落とし、守られていると言われるほど外へ出たくなるのに出られない、出たところで何をする誰に何を説明する、と頭の中で同じ問いが回って止まらない。
そのとき家のチャイムが鳴って音がやけに大きく感じられ、アメリカの肩が跳ねてカナダも同時に顔を上げ、互いの顔を一瞬だけ見た。
「来たみたいだね」
アメリカは立ち上がり、廊下へ出たところで自分の足音がやけに軽く聞こえる。
カナダが少し前に出て一緒に歩き、止めるでも守るでもないのに妙に頼りになるのが悔しい。
玄関に着くとカナダが小さく息を吸って「開けるよ」と言い、ドアが開いた。
やってきたのはイギリスだった、いや正確にはスコットランドと北アイルランドだった。
アメリカは一瞬固まり、次に眉がぐっと寄って期待していた声も背丈もそこにないことに気づき、頭の中で違うと鳴るのに二人は平然としている。
「なんで君たちなんだい!? イギ
……
イングランドは!?」
不満をぶつけるように声を上げ、語尾が裏返りそうになるのを無理やり抑えた。握った指に力が入り、さっきまで掴んでいたブランケットの端がぐしゃっと丸まる。
アメリカたちの育ての元兄、イギリス、それはイングランドなのである。
上司たちもそれを分かっているからイングランドに連絡したはずで、なのに来たのはイングランドの兄、スコットランドと北アイルランドだった。
スコットランドは肩をすくめてなんでもない顔をしていて、北アイルランドは逆に軽く、玄関の外の空気ごと持ち込んできたみたいに見えた。
「あ? そりゃあそうだぜ、俺たちもイギリスだからな」
理屈としては通っている。
だから言い返したいのに言葉より先にそれはそうと頭が認めてしまい、口の中だけが苦くなる。
北アイルランドが先に口を開いた。
へらっとした笑いがそのまま声に乗っていて、状況の重さを一ミリも感じていないみたいなのが逆に目立つ。
「うっわー、まじでおまえらも女の子になっちゃったんだ!?」
その言い方に引っかかって、アメリカとカナダが同時に首を傾げる。
も、ってなんだ、も、って。
「
……
も?」
北アイルランドは悪びれずに頷いて、さらっと次の爆弾を投げた。
「イングランドも女の子になった」
アメリカは数秒瞬きを忘れて、喉の奥に声が詰まる。
聞き間違いだと思いたいのに、北アイルランドの顔が冗談を言っていない。
「は?」
「うん、女の子」
北アイルランドは指で数えるみたいな仕草をして、まるで天気の話でもしているみたいに続ける。
「そんでさ、ウェールズが大騒ぎしてんの、かわいいかわいいいーくん
……
いや、いーちゃんを外なんて行かせないの!!ってさ、どう見ても完全に箱入り娘扱いなんだよ」
言いながらにっこり笑って、微妙に似ていないウェールズの真似をしてみせる。声だけ甘くして腕をぶんぶん振るから、守るというより押さえつける勢いに見えて、アメリカの胃の底がじわっと重くなる。
スコットランドが眉間にしわを寄せて、冷たく突っ込む。
「何だ、そのウェールズの真似、似てねえんだよ」
北アイルランドはへへっと笑って肩をすくめ、似てる似てないはどうでもいいと言わんばかりに話を戻す。
カナダが困った顔で頷いて、いつもみたいに丁寧な声で確認する。
「そうなんですね
……
じゃあ、イングランドさんは家にいるんでしょうか?」
北アイルランドは頷き、悪びれずに続けた。
「うん、いるいる、ウェールズが絶対に出さない、だから代わりに俺たちが来たってわけ」
アメリカはブランケットの中で拳を握り直した。
頭の中では昨日から今日にかけての出来事がぐちゃぐちゃに絡まっていき、整理が追いつかない。
「
……
だったら、君たち、どうしてここに来たんだい?」
声はかすれていた。
イングランドに来てほしかった、という気持ちが自分でも隠しきれないのが嫌だった。
スコットランドが短く息を吐いて、淡々と答える。
「お前の上司たちは、連合王国殿が来てほしいって言ってたからな」
そこで一拍おいて、当然のように続ける。
「俺たちもイギリスだ、嘘は言ってない」
ククッと口角を上げるニヒルな笑い方が、どこかイングランドとそっくりで、アメリカは余計に顔をしかめる。
似ているのに本人じゃない、その差が引っかかるし、その理屈で押し切ろうとする気配が見えるのも引っかかる。
屁理屈だ、とアメリカは思う。
北アイルランドがにやりと笑って、さらに追い打ちをかける。
「イングランドは今ごろ、ウェールズのお趣味のlovelyな服、着せられてるかもな」
言い終わってから、肩を落とすように付け足す。
「あー、俺も残って写真とか撮りたかった」
その言葉だけで、アメリカは頭を抱えたくなった。
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