由崎
2026-04-12 18:06:33
4875文字
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ラベカルSS

イギリスとフランスしか出て来ないです

イギリスは眉間に深くしわを寄せ、喉元までせり上がった言葉を押し戻すように口を閉じたまま、会議の終わりとともに椅子が引かれる音や紙の擦れる音、ようやく緩んだ各国のざわめきが一気に広がっていく室内を、どこか上の空のような目で見渡しながら、ただ一人、立ち上がろうとするフランスの背中だけを見据えていた。

背を向けたその背中に、低く押し殺した声が落ちる。

「一人で来い」

ざわめきに紛れれば消えてしまいそうな小ささだったのに、その声は妙にまっすぐフランスへ届き、足を止めた彼はわずかに肩を揺らしてからゆっくり振り返り、会議の熱気がまだ残る空気の向こうでぶつかった視線をそのまま受け止めたまま、何も続けずただこちらを見ているイギリスに目を細める。

このまま帰るつもりだった。

どこかで気まぐれに美女と出会って、適当に酒でも飲んで、退屈な会議の疲れを流して終わる、そんな軽い予定が頭の隅にはあったのに、それはイギリスの顔を見た瞬間にすっと消え、代わりに残ったのは、腐れ縁の男がこんな顔をして呼ぶ時にろくなことがあった試しはないという、嫌に慣れた予感だけだった。

フランスは小さく息を吐き、肩をすくめるようにして踵を返した。

談話室に入って扉が閉まると、さっきまで耳の底にまとわりついていた会議終わりのざわめきがすっと遠のき、磨かれた床と壁に薄く沈んだ静けさだけが残り、向かい合ってソファに座った二人の間のテーブルには、いつ置かれたのか分からない手つかずのカップがひとつだけあり、その冷めかけた液面が、扉の閉まる振動の余韻でわずかに揺れていた。

先に口を開いたのはフランスだった。

いつも通りの軽さを崩さないように肩をすくめ、脚を組み直し、口元にだけ薄い笑みを乗せながらも、視線だけは相手の様子を測るように逸らさない。

「それで、俺に声かけるなんて何がろくでもないことだろ?」

イギリスはわずかに顔をしかめ、真正面から視線を返すことを避けるように目を逸らして息をひとつ吐くと、落ち着かない指先で袖口をいじりながら、言いづらい話を無理に順番立てようとするみたいに口を開いた。

「あのな。この前、家の倉庫の掃除があってな、その倉庫、数百年手つかずだったんだ。それで兄上たちと一緒に掃除してた」

フランスの眉がすっと上がり、口元がわずかに歪む。

「お前、兄貴と一緒に掃除するのか?まぁ仲良しこと」

「たまたまだ!」

即座に返した声にはわずかな苛立ちが混じり、その勢いで自分でも少し子どもっぽかったと気づいたのか、イギリスは眉を寄せたまま言い直すように続ける。

……じゃなくて、それで、ミイラみたいになった骨が見つかったんだ」

その言葉が落ちた瞬間、部屋の空気がほんのわずかに止まる。

フランスの表情も一瞬だけ止まり、貼りついていた笑みが消えかけたあと、慌てて軽口の形に戻る。

「え?何?怖い話?」

軽く返したつもりの声は、けれど思ったよりも乾いていた。

「違う」

イギリスは短く切り、そのまま視線を向けてほんの少しだけ間を置く。

その間が、答えを濁すためのものではなく、逃げ道を塞ぐためのものだと分かってしまって、フランスの喉が小さく上下した。

「その骨、見覚えがなくてな。兄上たちと話したら、ウェールズが言うんだ。それってフランスの腕じゃないのかって」

空気が止まる。

「俺!?え、ヤダ!」

フランスの肩がびくりと跳ね、反射的に身を引いた背中がソファの背にぶつかって鈍い音を立てる。

笑って流そうとした口元は引きつり、視線は落ち着かずにイギリスの顔と自分の腕の間を行き来し、伸ばしかけた指先はカップに触れる寸前で止まってそのまま宙に浮いた。

「は?なにそれ、冗談でしょ……?」

重ねた声はわずかに揺れていた。

イギリスは何も言わず、ただ見ている。

その沈黙が何より厄介で、フランスの呼吸は少しずつ浅くなる。

……三百年前の嵐の夜。覚えてるか」

その一言で、フランスの呼吸が止まった。

目がわずかに開き、次の瞬間には露骨に嫌そうな顔が浮かぶ。

眉間にしわが寄り、思い出したくないものを思い出してしまった時のように一度天井へ逃がしてから、諦めたように肩をすくめる。

……あー……はいはい……なるほどね……

乾いた声でそう言ってから、無理やりいつもの調子へ戻そうとするように口元だけで笑う。

「覚えてるわ。お前が切り落とされたんだよね、クソ眉毛野蛮なやつ」

軽口を乗せたはずなのに、最後の一言だけ少し低い。

イギリスの眉がぴくりと動く。

「テメェも百年戦争の時に俺の足切り落としただろ!」

声が一段強くなり、ソファの端を叩いた指先が小さく音を立てる。

その勢いのまま怒鳴り返しかけて、けれど途中で自分でも面倒な方向へ転がると悟ったのか、イギリスは息を吐いて視線を逸らした。

…………いや、やめろ。これ以上は面倒になる」

短い沈黙のあと、フランスは一度まばたきをしてから小さく頷き、まだ少し強ばった顔のままで曖昧に返す。

……そうだね……うん」

その返事のあともしばらく空気は静かなままで、フランスは自分の腕を見下ろしそうになるのを堪えながら、ようやくぎこちなく口を開いた。

「それで、その俺の腕は?なんで坊ちゃんの家にあるの?」

イギリスは面倒くさそうに眉を寄せ、悪びれる様子もなく答える。

「全然覚えてないけど、多分フランスをボコボコにして気分が良くて、戦利品として持ち帰ったんだと思う」

フランスの表情が固まる。

「俺の腕を!?」

数秒遅れて理解が追いつき、声が跳ね上がる。

「中世は分かるけど三百年前だろ!?」

「うるせぇ!」

イギリスはぴしゃりと遮り、苛立ったように眉をつり上げる。

「それで倉庫に放置して、そのままミイラ化になったんだ」

言い切ったあとの言い方は妙に雑で、その雑さがかえってひどい。

フランスはしばらく固まったままイギリスを見ていたが、やがてゆっくりと眉を寄せ、軽口でも怒鳴り声でもない、もっと嫌な予感を含んだ静かな声で問い直した。

……それで、なんで今それを俺に話した?」

声そのものは落ち着いていた。視線の奥にじわりと滲む警戒がよく見える。

イギリスは一瞬だけ言葉に詰まり、わずかに目を逸らしてまた袖口をいじる。

その癖が出た時はたいていろくでもない本音が続くと、フランスは長い付き合いの中で知っていた。

……ウチにお前の腕のミイラがあるってバレたら、どうなると思う」

低く落ちる声。

フランスは何も答えず、ただ目を細める。
イギリスは小さく息を吐き、眉間のしわを深くしたまま続ける。

「周りが騒ぐ」

それだけでも十分面倒だと言いたげな顔で一度言葉を切り、さらに嫌そうに顔をしかめる。

「現代で友好国のフランスの身体の一部を保管してました、なんて話が表に出たら……面倒臭いことになる」

短く言い切られたその言葉に、フランスのこめかみがぴくりと動く。

イギリスはそのまま視線を戻す。

「だから隠蔽する。お前、持って帰れ」

沈黙。

……はぁ?」

間の抜けた声が落ちる。

理解が追いつくまでほんの数秒。

その数秒のあいだ、フランスの顔には驚きと呆れと拒絶が順番に浮かび、やがてソファがきしむほど勢いよく身を乗り出した。

「いや待て、なんで俺が!?」

「元はお前のだろ」

イギリスは平然としている。その平然さが、なおさら腹が立つ。

「だからって持ち帰る義務はねぇよ!?」

フランスの声が跳ねる。

「ていうか何!?俺、自分の腕のミイラ持って帰るの!?意味わかんないんだけど!?」

言いながら、自分の腕を押さえた指先にわずかに強く力が入る。

ぞわりとした嫌な感覚が想像だけで皮膚の下を這った。

イギリスは顔をしかめる。

「バレたら困るのはこっちなんだよ」

「知らないよ!!」

空気が一瞬だけ荒れ、そのまま二人は睨み合う。先に視線を逸らしたのはイギリスで、小さく舌打ちをしてからぼそりと落とした。

……とにかく、ウチには置けねぇ」

フランスはしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと額を押さえ、指の隙間から深いため息をこぼす。

……最悪なんだけど、ねぇ!」

それでもすぐには諦めきれず、フランスは額を押さえたままゆっくり顔を上げ、指の隙間から覗く目でイギリスを睨みつけながら、押さえていた自分の腕に無意識に力を込めつつ低く吐き捨てるように言った。

「絶対嫌だ、なんで俺がそんなもん持ち帰らなきゃいけないんだよ」

イギリスはその拒絶を受けても大きく反応せず、わずかに眉をひそめて視線を横へ流し、息をひとつ吐いてから袖口をいじる癖をまたなぞるように繰り返し、面倒を押し付けることにだけ妙な迷いのなさを滲ませながら淡々と返す。

「お前のためにあるんだぞ、それ」

フランスは一瞬、言葉の意味を取り損ねたように動きを止める。

眉を寄せたまま、わずかに身を引き、視線だけを鋭く向けた。

「はぁ?なんで?」

イギリスはその問いにすぐ答えず、一度だけ目を逸らして口を閉じ、言いづらいものを飲み込むように喉をわずかに動かしてから、ほんの短い間を置いて低く続ける。

……ウェールズが……

その名前が出た瞬間、空気がわずかに重く沈む。

「その骨、要らないなら俺が貰ってもいい?って……言ってたんだ」

言い終えてから、もう一度視線を逸らす。

フランスの顔からすっと血の気が引き、目がわずかに見開かれたまま動かなくなる。

「え?」

理解が追いつかず、間の抜けた声が落ちる。

……ウェールズが?」

数秒遅れて意味を飲み込んだ瞬間、表情が一気に強ばる。背筋に冷たいものが走り、嫌な想像だけが先に膨らむ。

「それって何に使うつもりだよ!?呪いだろ!?絶対呪う気だろ!?」

言葉が一気に溢れ、ソファから半分立ち上がるように身を乗り出しながら呼吸が浅くなり、肩が細かく揺れて視線が落ち着かずにイギリスの顔と空間のどこでもない一点の間を行き来する。

イギリスはその反応を見ても表情を変えず、ただ焦点の合わないような死んだ目で一点を見つめたまま、わずかに顎を引いて低く言葉を落とす。

……あのウェールズが、何をするかなんて分かんねぇよ」

ほんの一拍置く。

「もし呪われたら、俺は救えない」

抑揚のない声だった。

その分だけ妙に現実味があった。

フランスはその言葉を受けて完全に動きを止め、息を吸うことさえ一瞬忘れたように固まり、次の瞬間、堰を切ったように叫ぶ。

「いやぁぁ!絶対嫌だぁ!!」

フランスの悲鳴が談話室に残響のように揺れたあとも、イギリスは顔色ひとつ変えずにソファへ座ったまま微動だにせず、対してフランスは自分の腕を抱え込むように押さえたまま、震えを押し殺すように低く吐き出した。

……とにかく現物を見せろ、話はそれからだ」

半ばやけくそじみた声だった。

イギリスはその様子を一瞥し、わずかに眉を寄せながら立ち上がる。

「最初からそう言ってる」

不機嫌な声だった。





後日、フランスの腕の処理のためにイギリスの倉庫を訪れたイギリスとフランスは、偶然にもアポ無しで屋敷に遊びに来ていたポルトガルを半ば強引に巻き込み、さらに彼がナポレオン戦争の混乱の中で王家とともにブラジルへ移る際に個人的な所有物の一部をイギリスへ預けたままになっていた財宝を掘り起こす中で、南米のスペイン植民地時代に繋がる出所不明の古い地図を発見し、その地図を手がかりにスペインまで巻き込んでいくことになり、気づけば四人でイン●ィ・ジ●●ンズのような冒険に踏み込んでいくことになるのだが、その時の彼らはまだそれを知らない