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ten_matoi
2026-04-12 15:19:34
2293文字
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隅っこの安全地帯
クリレオ
レオンの悪癖を知っているのは、この世でクリスだけらしい。ということに気づいた時、何とも言えない優越感に浸ってしまったのは仕方ないことだと思う。
彼が子どもの頃から続けてきたであろうこと、ひっそりと、こっそりと、誰にも言えずに繰り返してきた孤独の行為。
同僚がまた一人死んだ。彼はレオンと親しかったらしいと、シェリーが沈んだ声でクリスに教えてくれたのは、ひとえにレオンが心配だったからだろう。
彼は滅多なことでは沈んだ様子を見せない。いつものポーカーフェイスに隠してしまって、感情を押し殺す。アリアスの時のような荒んだ状態は珍しいのだと、長年彼を見ているクリスには分かっていた。彼はすべてを自分の中で完結し、押し込んで誰にも渡さない。
人の死は特にそうだ。レオンはすべてを抱え込んでしまう。彼の受け皿にもう乗らない悲しみだったとしても、零れさせながらそれを包み込んでしまうのだ。
酒に逃げてしまうこともあるだろうが、それよりも彼には違う悪癖があるのだ。
「レオン?」
開錠し、静かに室内に入り込む。しん
……
と静寂に包まれた空間にクリスの声が響く。
予想通り、返答はない。広々とした室内で、彼が出迎えてくれないことは分かっていた。
クリスはまず最初にキッチンを覗く。隅っこのところへたまにレオンはおさまっていることがあるので、一応の確認だ。
次いで、風呂場を覗く。カーテンで仕切られた浴槽に彼がおさまっていないか確認するが、カーテンを開いても彼はいなかった。
その次に、クローゼットを覗く。ウォークインの広さを持っているそこは、二人共同の空間だったがそこにもレオンはいなかった。
クリスは考え、次の場所を悩んだ。キッチン、風呂場、クローゼット
……
いままで彼が潜んでいた〝隠れ場所〟には今回はいなかった。
そう、レオンは自分の感情を制御できない時や、落ち込んでいる時、弱っている動物のように姿を隠す悪癖がある。誰にも迷惑をかけないという点では悪癖になるかは疑問だが、数日間まんじりともしないのでそこは悪癖と言ってもいい。
今回はもしかしたら、自宅ではないのかもしれないと考えたクリスだが、一応寝室も覗いたところで
――
ベッドの下から靴下をはいた足が少しだけ飛び出ているのを見つけてしまった。
思わず溜息をつく。これでは見つけて欲しいと言っているようなものだ。これまでも隠れるところが杜撰だったが、今回はとくにひどい。
「おいこら、レオン。お前隠れる気あるのか」
がしっと足首を掴んで、ずるずるーっと引きずり出す。「うああ」と間抜けな声を出して引っ張られて出てきたレオンの顔は、気の抜けてぼんやりしたものだった。
「レオン?」
「
……
なんだ」
「ほら、こっち来い」
しゃがんで腕を差し出す。渋々、レオンがクリスの腕を掴んで起き上がったので下から掬い上げてよいしょとベッドに座らせた。ぼーっとしているのは変わらないが、どうやらクリスの話を聞く余裕はあるらしい。
「
……
親しかったのか」
主語なく語りかけても、レオンは理解しているようだ。ぼんやりした表情は変わらないけれど、レオンは緩慢に頷いてくれた。
「生きるか死ぬか
……
分かってる。すぐに近しい者を亡くす世界だ。俺ばかりが悲しいんじゃない」
「レオン」
「なあ、クリス」
「ああ」
レオンの前に跪き、彼の手を握りしめる。レオンは溜息を深々とついて「疲れたよ」と本音を吐露した。
「俺が死んだ訳じゃない。死んだやつが一番の災厄なんだ
……
分かってる
……
分かってる
……
」
言い聞かせるような言葉たち。これを聞けるのはクリスだけだ。レオンの弱音を吐き出させるのは、クリスだけだという事実。
「
……
攫っていいか」
クリスはつい口に出していた。もちろん、レオンは間違いなく首を横に振るだろう。けれど、言わずにはいられなかった。
「はは、ハウンドウルフの一員にしてくれるのか? 俺を?」
ぼんやりしていたレオンの表情が戻ってくる。くしゃっと笑ってくれた彼に、クリスは真顔で「いつでもいけるぞ」と言った。
本当はいますぐにでも引き抜いてやりたい。自分の元に置いて、その優秀な才能を抱え込んでやりたいと思ってしまう。
己の番を、手の内に抱いてしまいたいと思って何が悪いのか。
「
……
邪魔だろ、俺がいたらバランスが崩れる」
だから、駄目だ。そう苦笑したレオンが、クリスに倒れ込むように抱きついた。後ろに尻餅をついて彼を抱き留めたクリスは、その温かな体をぎゅうぎゅうに抱き締めた。
「お前がもし、もう本当に疲れてしまったなら言え。俺が攫ってやる」
だから、隅っこや暗い場所で縮こまらなくてもいい。安全地帯だと言わんばかりに、一人で抱えていかなくてもいいと伝えたいが、それは彼に伝えても仕方ないことだろう。
徐々にクリスが解いていくしかないのだ。それももうすぐ
――
叶いそうな場所にクリスはいる。
「俺もあんたのこと、アルファって呼ぶか」
くすくす、レオンが調子を取り戻したように笑ったのでクリスは安堵した。ぽんぽん背中を叩いて顔を見せるように示せば、レオンの目尻が真っ赤だったのでそこへキスを落とす。
「クリス」
レオンが穏やかな笑みを浮かべている。クリスが、ん? と首を傾げれば、甘えてレオンがこてんと肩に頭を乗せてきた。
「
……
ありがとう」
礼を言われるようなことはしていない。クリスはそれでも、レオンを掬い上げることができて安心していた。
蹲っているレオンに手を差し出すのは、クリスでありたい。
弱々しい光であっても、彼を照らす光になりたかった。
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