ortensia
2026-04-12 13:53:20
1329文字
Public 傭リ
 

殺伐傭リ

戦争後遺症×三途の川を渡る者

 戦場で見える死神は、それはそれは怖しいものだって、みんな言う。どんな屈強な兵士だってそう言うものだから、どんなにか醜悪なものだろうかと思っていた。
 おれはまだ死神を見たことがなかった。
 戦場はいつだって地獄だ。だから地獄から生き残ったら天国か、いやそうじゃない。何処まで行っても地獄だからだ。地獄続きさ。上手くやれた喜びなんて、きっと本来戦争が存在している時点で在ってはならない喜びで、でもそれは砂漠のオアシスみたいなもんで、それを以ってなんとか生きられているというものだ。砂漠を出て生きれば良いとか、そういう簡単な話にはならない。ここで生きている。その中で自分だけが死神を見たことがなかった。
 けれど漸く出遭った。
 その時砂漠は燃えるように渇いていたどころか、本当に燃えていた。なのに雨は一向に止まない。それでも戦火のように回り、建物ごと人を丸焼いた。敵も味方も無差別な火の嵐は冷たい兵器なんかより絶対的で無感情で、なんの躊躇もなかった。触れていなくとも肌が焼かれるようで、息を吸うと体内も焼けた。兵器なんかなくとも、雷一つで良いんだと笑い出しそうになった。混乱の中、人間の戦争に関係のない動物達まで木々の間から飛び出し逃げ出し、戦車でもないのに人間を轢き殺していく。誰かから聞いた、ノアの方舟を思い出した。煙の洪水の中、きっと人間だけが舟には乗れない。もうただの戦場じゃなくなった。地獄なんかより地獄だった。
 その中に死神はいた。
 悠然と立っていた。黒衣は雨にも火にも濡れず、風にも靡かず、ただそこを渡り歩いていた。いや、ひょっとしたら地に足着けず、宙を渡っていたのかも。兎も角奴はそこにいた。
 ただ怖しかった、だが美しかった。
 何ものの影響も受けない絶対的な存在感でありながら、壮絶な美しさがそこには佇んでいた。仮面を美しいと思ったのか、それともその向こうに美しさを見たのかもしれない。佇まいに魅入られながらも、視界に何も入ってこない程の何かを見た。視覚以上の何かを見た。
 もはや熱さも冷たさも感じない。怖れはそれらを超えたからだ。
 だからそれと目が合った時、愚かにもおれは意識を途絶えさせた。永遠に見ていたいとさえ思ったのに。永遠に見ていられると愚直にも勘違いしたのに。させた相手は途切れた意識の向こう側に消えた。
 そこから間抜けにも生きながらえたおれには、もう記憶の中にしか死神はいなかった。頭の中では黒衣を擦り切らす程その死神に触れることが出来た。しかしそれは満たされるものでは到底なかった。未だどの戦場を回っても、あの死神には相見えない。そもそもあの地獄は戦火どころではなかった。ただ戦場程度の地獄では、死神は現れないのだろうか。そう思っても考えは麻痺し切れない。戦場は間違いなく地獄だ。
 戦場に現れる死神は、それはもう怖しいものらしい。誰も美しいとは言わなかった。逆に言えば、戦場に美しい死神は現れないということなのか。だって誰も教えてくれなかった。死神が、あんなに美しいものだと。今まで誰かが戦場で見てきた死神は、きっとただの死体の見間違いだ。人間同士の醜い戦場なんかには、美しいそれはきっと見向きもしない。


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いつもリアクション絵文字等ありがとうございます。