ak1r6
2026-04-12 00:33:09
3297文字
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カップ麺にお湯入れたらコヨイが突然泣き出してアサヒがビビる話

アサコヨ・何でも許せる人向け・履修が不十分

ギャラクシー・ベイビー/スターチィソース・ヌードル



「アサヒは可哀想だね」
 と、コーちゃんが言った。
 土曜日の昼。寮の部屋で二人でまったりネットプリックスを観た後。エンドロールが始まったのを見届けて、あー面白かった、マジ腹減ったなーとか思って、カップ麺(あんかけ五目ラーメン味)にお湯を注いでるオレの背中に、コーちゃんの声がぽんと投げかけられてきたのだ。
 かわいそう。
 頭の中で、言葉をなぞる。
 オレって、「かわいそう」かな? 全然ピンとこない。でも、オレのことなら全部お見通しのコーちゃんが言うのだから、きっと何か、ちゃんとした理由があるんだろう。
 麺の上の乾いた粉がぶよぶよのペースト状に変わって広がってゆくカップに蓋をして、タイマーを5分にセットする。カップと箸を手に部屋の真ん中のローテーブルに戻ると、コーちゃんは画面を見つめてあぐらをかいたまま、ホロホロと涙を溢していた。微動だにしない無表情の顔を、涙が伝ってあごからポタポタ滴り落ちていく。
「え!? うわっ! アッチ!」
 脚のすねをローテーブルにぶつけて、その衝撃でカップから湯がこぼれて指を濡らす。
 コーちゃんはタブレットの画面を見たまま「大丈夫?」と言って、手探りで引き寄せたティッシュの箱を渡してくれた。ヒリヒリする手を拭いながら「だいじょぶ! ありがと!」と返す。いや、ぜんぜん大丈夫じゃねーけど。
 小さい頃はそれなりに見てきたはずのコーちゃんの涙は、けっこうオレを動揺させていた。それに、高校生ともなるとなかなか人前で泣くことも無いから、こんだけ堂々と泣いてる人間が目の前にいるってだけで、インパクトがでかい。しかもマジ無表情。
「なになに、どうしたコーちゃん!?」
 隣に座ったオレが返したティッシュボックスを受け取って、顔を拭い、コーちゃんは画面を見たまま呟いた。
「なんかアサヒみたいだなと思って……
 目線の先には、エンディング曲に合わせて3Dアニメのキャラクター達がコミカルに踊っている。真ん中でブルブル震えながら奇妙なダンスを踊る、赤いクラゲのようなタコのような小さなエイリアンが、いま観ていた映画の主人公だ。
 故郷の惑星が、飛来してきた天体——ぶよぶよのブラックホールみたいなもの——に飲み込まれそうになって、エイリアンの子供がひとりで頑張る物語。危機に気づいた主人公の落ちこぼれのエイリアンが「自分たちの星が危ない」と訴えても惑星の仲間に理解されず、馬鹿にされて、でもめげずに宇宙を冒険して、地球に降り立つ。地球でも見慣れない外見や言動を気味悪がられたりしながら、諦めず、持ち前の優しさと明るさをもって地球人の協力をとりつけて、ラストで惑星を救ってハッピーエンド。
 コーちゃんはその、ちょっとマヌケでグニャグニャした子供のエイリアンに、オレを重ねたらしい。
 コーちゃんが真顔のままズビビ、と鼻をかむ。
「昔は……俺だけが、特別に嫌な奴なんだと思ってたんだけど……そうじゃないんだね。特別なのはアサヒなんだ。アサヒに比べれば世の中みんなクズなだけで」
「ンー!?」
 自分で言うのも何だけど、コーちゃんってちょっと、オレに夢見すぎじゃね? ってところがあって、ときどき、なんつうか、トンチンカンな事を言う。
 いつもはオレのとりとめない話をゆっくり聴いてくれるコーちゃんだけど、こういう類の持論に俺が反論すると、マジ淡々と、有無を言わせない勢いで、洪水みたいな言葉が返ってくるから、あまり言い返されたりしたくないんだと思う。
 だからオレは、相槌のような反論のような、曖昧な唸り声を上げるしかない。
「ンー……そっかーそっかなぁ〜?」
「そうだよ」
 と言って、コーちゃんがティッシュで目元を押さえる。
 小さい頃、オレが泣くと父さんに「アサヒザウルス」ってよく揶揄われた。泣き声があんまりうるさくて、恐竜みたいだ、って。でも目の前のコーちゃんは呼吸も乱さず泣いている。人間ってこんなに静かに泣けるんだな。ドラマみてー。
 コーちゃんは、かっこいい。どんなときでも。
 感心するオレを前に、コーちゃんの目からは相変わらず涙が滲み出ている。どんどんティッシュが引き出されて涙を吸い込み、机の上にフニャフニャのティッシュの山が積み上がる。
「こんな汚い世界に、アサヒがひとりで放り込まれて……
 なんか鬼束ち●ろみたいになってきた。母さんが車の中で流すお気に入りの曲が、オレの脳内にも流れはじめる。
 ついにティッシュを使い果たしたコーちゃんは顔面を濡れたまま放置することにしたみたいで、見かねたオレがパーカーの袖で涙を拭いても、されるがままになっていた。
 痛いかな、パーカーでごめん。でもゴッドチャイルドのパーカーだから許してくれよな。
 画面に向けられていたふたつの黄色い瞳が、ゆっくりオレの腕に向けられる。無表情だった顔が、ゆるく微笑む。
「たまたま幼馴染に生まれただけなのに、俺みたいな男に捕まっちゃって」
 かわいそうだね、と呟いて、コーちゃんが言葉の通り、オレの腕を捕まえて握り込んだ。溺れる人が命綱を掴むみたいに、しっかりと。
 それを見て、ふと気づいた。
——あ、ブヨブヨだ。
 さっきの映画に出てきた、惑星を滅ぼすスッゲー巨大なブヨブヨ。
 コーちゃんが溺れそうになってるもの。
 この世界いっぱいに漂うブヨブヨが、コーちゃんに押し付けられて、コーちゃんのチョー優秀な頭の中で、マジヤベー複雑な計算処理がされて、濾されて、サラサラの涙の形になって押し出されてくるんだ。
 コーちゃんは、オレの手を離したら処理しきれなかったブヨブヨに飲み込まれてしまうんじゃないかって、きっと思ってる。
 それを証明するみたいに、オレの腕から床に目線を移したコーちゃんはうなだれている。
——そうかなぁ。
 コーちゃんって、マジスゲーじゃん。オレやショウゴが困ってるとコーちゃんはいつも助けてくれるし、大人とだって対等に話せるし、どこでも生きていけると思う。ひとりでだって、誰とだって。
 だって実際、あの時、離れてったのは。……なんて、もちろん、言わねーけどさ。
 コーちゃんは、オレが「特別に良いやつ」だから、あの時起きたこともよく分かってなくて、「コーちゃんに捕まって、搾取されてる」って思ってるみたいだけど。
 コーちゃんにされたこと、言われたこと、全部ちゃんと分かってるよ。
 それでも、支えるって言ったの、嘘じゃねーよ。
 全力で支えるよ。
 一緒にいるから大丈夫。
 ……オレがそう言ったから、きっと、信じてくれてるんだよな。
 ありがとな、コーちゃん。
 オレの腕を離しても、本当はブヨブヨに飲み込まれたりしないんだってことに、コーちゃんが気づくまで。オレがマジずーっと、チョー支えるから。
 これからも、信じて任せてくれよな。
 コーちゃんのつむじを見ながら、オレは決意を新たにする。
 に、しても。……うーん、そっか、オレってそんなに特別なんだ。コーちゃんの世界では。コーちゃんの頭の中の地球では、たったひとりきりのエイリアンと同じぐらい。
 それって、コーちゃんは俺のこと、俺が思ってるより、マジ、チョー、「スッゲー大好き」って事なんじゃね? と思って、頬がふわっと熱くなる。えー、なんか……それって……照れるぜ!
 オレの腕を掴むコーちゃんの手を取って、ギュッと握る。反対側の腕で、サムズアップした拳を俯いた顔の前に差し出す。
「オレもコーちゃんのコト、マジ大好きだぜ! ヒュー!」
……アサヒ、俺の話聴いてた?」
 まじめに話してるんだけどな、と呟くコーちゃんが眉をひそめてオレを見る。
 あ、なんか、ヤバいかも。コーちゃんの周りを、怒りの気配が漂ってる。
 慌てるオレの背後で、キッチンタイマーが「ピロピロピロピロ」と呑気な音を鳴らした。




(了)




BGM: ムーンライトにお願い!/ズーカラデル
↑かわいいね………