僕には家族がいない。せいかくには、血のつながった家族がいない。ひとことでいうなら孤児というやつだ。きづいたときにはひとりきりだったから、僕は教会でそだった。ただしくは、教会のうんえいする孤児院でそだった。ほかのこにもらい手があらわれて、笑顔で孤児院を出ていくたびに、僕はとても嬉しくて、同時にとても悲しかった。いまは僕が一番のふるかぶで、もう『かいどき』がすぎたからただの『ごくつぶし』だと言われている。それは確かにそうだろうな、というのはなんとなくわかっている。おじいさんみたいな真っ白な頭も、顔の左半分にある傷も、肩から指先にかけて皮膚が爛れたようになっていて動かない左腕も、ぜんぶが僕を気味がわるいもののしょうこだった。あまりにも気味がわるいからと教会に顔を出すのもだめだといわれた。だから僕は教会に行ったことがないし、かみさまに会ったこともない。
半分地下になっている物置小屋が僕の部屋で、ほかのこは僕を見るとあくまがきたぞ、と言って笑いながら逃げていく。僕はあくまがなんなのかよく知らないけれど、よくないものなんだろうなあというのはわかる。だってこんなに醜いすがたをしたいきものがよいものであるはずがないからだ。シスターたちもそういっている。
僕のせいかつしていいところは半地下の物置小屋と、孤児院の中庭だけだ。そこからそとには出てはいけませんよ、とシスターはいった。どうしてですか、ときいたら、彼女はへんなかおをして「こわいものがくるから」と言った。そのひとは僕をこわがっているのに、もっとこわいものがくるなんて、そとというのはどれほどおそろしいものなんだろう。もしかして、おおきなひとがこどもたちを連れていくのは、本当はとても怖いことなのに、その子たちにはなにも知らされていないのかもしれない。だからあんな笑顔ででていくのかもしれない。よくしらないけど。僕はきっとこのままここで『ごくつぶし』としていきていって、そのうち死ぬんだろう。かみさまが許してくれれば。
ある日神父様が孤児院にきたと聞いた。とても神父とはおもえない、とシスターたちがこそこそ言った。そんなこと言われるひとがいるんだ、と思って、僕はこっそりと部屋を抜け出して中庭に出た。本当はひとがきた時はそとに出てはいけないのだけど、シスターたちがたくさん悪口をいっていたから、もしかしたらその神父もどきのひともあくまなのかもしれないと思ったのだ。広い中庭をうろついていると、置かれたベンチに真っ赤なぼさぼさの長い髪をしたひとが座って瓶に口をつけていた。へんなにおいがする。よく知らないにおいだ。それからなにかをくわえて火をつけた。僕はびっくりしてしまって、「わあ」と間抜けな声をあげた。
「あ?」
ふりかえったその人の顔の右半分が白くて、それがなにかのかぶりものだとわかるのに時間がかかった。
「ひ、火、あぶ、あぶない、です」
僕がわたわたと右手で指さすと、その人は何のことかわからん、という顔をして、それからくわえてる棒みたいなのをつまんで「これか?」と言った。僕が無言でこくこく頷くと、あきれたように笑って口からけむりを吐いた。僕はそれでこしをぬかしてしまって、また「わああ」と声をだしてしまった。
「知らんのか。タバコ」
「た……?なんで、なん、ですかそれ」
「おまえどっから入った」
「えあ、あ、僕ここ、こで、で、ごく、ごくつぶし、してる、るんです」
「……誰だそんなこと言ったの」
「えっ、あの、あの、シスターが、そう、そういってて」
「意味わかってんのか?」
「わ、わ、わ、わるいものって、てこ、こ、ことじゃな、いんですか?」
「……」
そのひとは僕を上から下まで眺めて、またけむりをふうっと吐き出して、それから「ふうん」と言った。
「……その腕は?」
「ずっ、っと、これです」
「……顔は?」
「か、かお?し、しらない、です」
実をいうと僕は自分の姿をきちんと見たことがなかった。かがみというのがあるのは知っていたけど見せてくれたことはなかったし、せいぜい水たまりとか中庭の池とかにうつったゆらゆらしているのしか知らない。でもみんなが醜いものだというから、そうか醜いのかと思っていた。そこではじめて、こんな酷いものを見せてしまうのは失礼なのではないかと思い当たって、僕は頭をかかえてしゃがんだ。
「どうした」
「あ、あの、あの、みせたら、ら、よくない、かも、」
「そうなのか?」
「みん、みんな、僕、あくまって、いうし」
「へえ、そんな綺麗なツラした悪魔は初めて見たな」
何を言っているのか僕にはよくわからなかった。きれい。きれいというのは花とか空とか、そういうのにつかう言葉だ。洗いたてのシーツとか、そうじを終えた部屋とか、そういうのにつかう言葉だ。僕はそれじゃない。
困ってしまっておそるおそる顔をあげると、その人は僕の目の前にしゃがみ込んでいて、じっと僕を見ていて、僕はびっくりして尻餅をついた。
「わ、わ、」
「ふうん、悪魔ね。ちょうどいい。お前を連れて帰る」
「え、あ、えっ、あの、え?」
そこからはあっという間だった。その人は僕を抱き上げて肩に担ぐと、そのままつかつかと中庭を出た。驚いているシスターたちを一瞥して、その人はなにかとてもきたない言葉をはいた。それがきたない言葉だとわかったのは、シスターたちの顔があかくなったからだ。怒って僕をぶつときと同じ顔をしていたのに、なぜかシスターたちは僕をぶたないで黙って立っていた。
「あ、あの、あの、」
「なんだガキ」
「あな、あなたは、あくま、な、なん、なんですか」
「知らん。……まあそうかもな。それならおそろいだ」
「おそろ…?」
「一緒ってことだよバカ」
その人が孤児院の外に出たとき、僕はこわくてその人にぎゅっとしがみついた。こわくて目が開けられなかった。だってシスターたちがこわいものがいるって言っていた。だけど何も起こらなくて、僕はおそるおそる目を開けてまわりを見た。遠ざかっていくたてものが僕の住んでいたところなのだろう。そしてそのまわりにはたくさん人がいて、驚いた顔で僕を、もしかしたらその人を見ていた。
「お前の名前は?」
のんびりと歩きながら、その人は言った。
「あ、あれん、だったと、おもいます」
「あ?覚えてねえのかよ」
「だって、僕のなまえ、よぶひと、ひとなんか、いな、なかった、し」
「そうか。じゃ、アレン。歩けそうか?」
「えっと、はい、たぶん」
その人は道のはしによると、僕をよいしょと地面におろして、それから僕の体をあちこち見て、「まずは飯だな」とぼやいた。僕はぽかんとした顔でその人を見ていて、それから気がついてきいた。
「なんて、よべ、よべば、いいです、か」
「あ?あー…そうだな、……師匠と呼べ」
「ししょー?」
「そうだ。……とりあえずコート貸してやる。服屋にも寄らなきゃならんな。くそ……めんどくせえ……」
「えっと……」
「アレン」
ししょーは僕の肩をそっと掴んで、目を合わせた。きれいないろの目だなと思った。そうだ。きれいというのはこういうもののことをいう言葉だ。なんでこの人は僕をきれいだなんていったんだろう。
「お前はもう穀潰しじゃない」
「………えっ、と、……」
「ついてこい」
僕の右手をにぎって、ししょーは歩き出した。僕は頑張って歩いた。おおきなコートは正直歩きにくかったけど、でもいっしょうけんめいに歩いた。時々僕を見下ろすししょーの目は優しくて、やっぱりこの人はあくまではないんじゃないかと思った。そしたらおそろいじゃない。おそろいじゃないってばれてしまったら、ぼくはまたあの暗い物置小屋にもどされてしまうんだろうか。よくわからなかった。でも、ししょーの手はあたたかかったから、とりあえずそれでいいやと思った。
その日僕ははじめてパンとスープいがいの食べ物を食べた。かたくないベッドでねむった。寒くない部屋にいた。あたまをなでられた。なぐられなかった。そとにいた。
結局すぐに僕は師匠がほんとうにあくまみたいな人だって知ることになるけれど、実はちょっとだけ嬉しかった。だってそれが、僕らがおそろいだってことの証明みたいだったから。
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