A4
2026-04-11 11:21:00
1746文字
Public 助手2号のお兄ちゃんのイトアキ
 

ホロウライフ

若イトアキ B面に続く

ホロウに飲み込まれて、かつての居住区は漂白された。「知っている風景」なのに「知らない何処か」に変わった。
アキラはこの区画に来たことはなかったが、エリー都の建物はどこも同じようなつくりであるため、色を失いエーテルに満ち、エーテリアスの跋扈する街並みを見ると、郷愁の念を抱かざるを得ない。いつ何時、六分街がこうなってもおかしくないのだ。
検査機に表示された数値をデバイスに入力し、プロンプトを入力してデータが吐き出されるのを待った。
高低差のあるところで、建物は斜面にそってにょきにょきと並んでいた。この区画の路地は階段だらけだ。その一角、鉄の手すりがついた階段に腰掛けて、アキラはデバイスの液晶画面に表示される数値をぼんやり眺めていた。
「アキラ」
名前を呼ばれて振り返ると、ライトがいた。
「ここの調査はもうすぐ終わるよ。みんなは?」
「手つかずのエーテルバッテリーが見つかって喜んでる」
「それはよかった。ここにはまだまだ物資がありそうだね」
「強奪者に見つかってない場所があったなんてなあ」
「座標が変わりやすいところなのかもしれない」
アキラはデバイスに視線を落として、言った。
だからこそ、ここの探索を申し出たのだ。
エーテルの揺らぎがあるところは、元の世界に戻れる裂け目があるに違いないと踏んで。あいにく、今日の探索では見つからなかったが。
ライトは……暫定的にアキラがライトと呼んでいる、この集落で出会った若者は、アキラの隣に腰掛けた。檸檬味のドロップを差し出されるが、アキラは首を横に振った。
視線を感じて顔を上げると、物言いたげな目にぶつかった。
アキラの記憶の中の彼よりも、幾分か幼い。ちょっと垂れた目尻、長い睫毛、生意気そうな眉の形、澄んだ翠緑の瞳。頭の中で彼のまなじりを形容する言葉が次々と浮かんで来て、それらがヤングアダルト向けのノヴェルズのそれだったので、アキラは苦笑してしまった。
「何がおかしい」
「ううん。君の目がかわいいなと思って」
「かわいい!?」
「気分を害したならすまない。素直な感想だよ」
…………
口を少しとがらせて黙ってしまう姿がまた、なんともいじらしいではないか。アキラの中に悪戯心が起こり、首を伸ばして、その唇をついばんだ。
……!」
「あ、終わった。戻ろうか」
「待て」
立ち上がろうとしたアキラの手首を掴んでぐいと引っ張るライト。アキラは口を吸われ、中を舌でめちゃくちゃにされたが、そのまま受け入れた。
「こんなところで誘うなよ」
「キスって親愛の情なんじゃないかなあ」
「あんたがやるとタチが悪い」
「言いがかりだよ」
立ち上がってもなお、ライトはアキラの身体を抱いて、深いため息をついた。
「やりたい」
「正気? エーテル侵蝕に怯えながらここでするなんて、さすがにどんなポルノビデオでもそのシチュエーションは、ない」
「わかってるよ」
「いいかい、アングラなコンテンツであってもいちおう、業界の中には自浄作用とか自治意識みたいなものがあって、本当に命にかかわるものは考えても出さない、倫理があるんだ。ないものがあるとすれば、どこかのバカな素人がやらかしたものか、ヤクザやマフィアが出所だと思った方がいい。もし、君がそんなものを見たことがあったなら——
「どうして俺は今、お説教をされてるんだ?」
「軽率なことを言うから、そういう悪いものを見たのかと思った」
「この暮らしで、そんなもんあるわけないだろう」
むすっとしてライトは言う。
そうだね、と相槌を打ちつつ、アキラは信じてはいなかった。なぜなら、この集落は……ホロウの側でいつ飲み込まれるかわからない危険と隣り合わせの場所で暮らさなければならない集まりでは、いとも容易く毒が浸透し、侵略し、善意をあっという間に流してしまうのだ。
アキラはライトの手を握った。
「まあ、その希望は戻ったらかなえられるだろう」
「部屋に行っていいのか?」
「もちろん」
「お茶を飲んでおしゃべりするだけじゃないんだぞ」
「わかってるよ」
念には念を入れる気合いに、アキラは吹き出してしまった。
何もかも、彼の言動はかわいらしくて仕方がない。
仲間の呼ぶ声に応えて、二人で階段を上った。