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スサ
2026-04-10 23:30:47
3289文字
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【ゲタ水】アカシヤ小唄
はまって最初の頃に考えてたけど書いてない(解釈が変わったというか)ゲタ水がなんかこんな要素のある話で…片思いでボロボロのげたくんです。でも書いたらハピエンになる。はず。
モブのお姐さんしか出てきませんが、お姐さんとは何の関係もありません。しいていえば大家さん的なポジになってくれる。
あんた、スジがいいね、とほんの少し口角を上げて言う。その女は、けだるげな中にも子どもじみた明るさを持ち、青年を面白そうに見つめている。煙草を挟む指は慣れたもので、長年親しんでいることは聞かなくてもわかる。
今でこそゆったりした普段着、それこそ飾り気のないカーディガンにブラウス、動きやすそうなベージュのズボンという格好だけれど、昨夜青年を拾った時は、今どき珍しくなった着物姿だった。黒い着物は留袖ではなく喪服だ。それは漂う「におい」からも明らかだったが。
──昨夜は大雨の中、傘もささずぼんやりと座り込んでいた。何だか何もかもがどうでもよく感じ、夏でもないのに雨に濡れた所で風邪ひとつひかない自分の頑丈さにも大概うんざりしていた。
…
そんなことを考えるのはとても親不孝なこと、特に青年の場合は、生まれ落ちるに際して両親のみならず「あの人」にもそれは大変な世話になったのだから、それはわかっている。だがわかっていてもなお、どうしようもない苛立ちはある。
「そんなとこで死なれちゃ迷惑だよ」
傘で顔は見えなかった。夜よりもなお黒い喪服の袖をぼんやり見つめながら、死人の気配にどこか落ち着いた気持ちを味わう。生きている人間より、確かに彼にとっては近いものだったので。それと、煙草だ。その女からは、どこか懐かしい煙草の匂いがしていた。
「じゃあ、お姐さんのおうちに引き取っちゃもらえませんか」
図々しい物言いではあった。だが、どうしてもかなえてほしいわけではなかったから、適当なことを言えた。雨はもう冬のそれではなく、どこか生ぬるい。少なくとも、その白髪の青年にとっては。
喪服の女は、は、と小さな声をこぼした。怒られるか呆れられるか。だが、彼女の反応はどちらでもなかった。
「まあ、いいよ。一杯付き合っておくれな」
半身になり、彼女は傘を上げた。年齢不詳の白い顔が雨にけぶる宵闇に浮かび上がる。
「そのかわり、すぐに潰れたら叩き出すよ」
まさかの反応にまばたきした後、青年もまた笑いながら立ち上がった。ぬう、と立ち上がったのっぽの青年に女は軽く目をみはったが、結局面白そうに笑っただけだった。
「
…
ばれましたか?ボク、こう見えて蟒蛇なんですよネ」
人を食った答えに、女は声を出して笑った。
「そりゃあいいね、アタシ酔ったことがないもんだから。いつも相手がつぶれちまって」
ヒュウ、と青年は口笛を吹いた。
「お姐さん、こわいお人だナァ」
軽く顎をしゃくった女についていきながら、青年は名乗った。
「僕ゲタ吉っていいます」
「ゲタ吉ィ?けったいな名前だねぇ」
ふふ、と笑う様子は小気味良く、不思議と気にはならなかった。
喪服の女はゲタ吉に風呂を貸してくれた上に、その後、本当に酒の相伴を申し付けた。つまみと言えるようなものはほとんどなかったが、酒は良いものであることが一口含んでわかった。
昔なじみの葬式でねぇ、とポツポツと彼女が話すのを時々相槌を打ちながら聞く。
「
…
しかし、僕がいうのもなんですけど、こんな得体のしれない男を女一人暮らしの家に上げて良かったんですか」
さすがに明け方近くなり聞いてみれば、女は面白そうな顔をした。
「アンタがアタシをヤッちまうってのかい?」
直截な物言いに、さすがのゲタ吉も一瞬言葉に詰まった。だが彼女は気にもせず、今は水割りになったグラスをカランと揺らした。
「それはないだろうね。アンタみたいな男の顔、よく知ってるよ。道ならぬ恋でもしてんの?」
「
………
」
答えに詰まったゲタ吉に、女はカラカラと笑った。
「それを言ったら、この大年増が若い男を食っちまうことだってあるんじゃないかねぇ」
え、と目を丸くするゲタ吉に、彼女はまた笑った。
「あは、こっちもそこまで若かあないわね」
何が面白かったのか、しばし彼女は肩を揺らしていた。
「
……
お若いように見えますが、お姐さん?」
答えに窮したゲタ吉は、あまり面白みのない相槌を打った。
「それはどうも
…
フフ」
「
……
。お姐さんのね」
ゲタ吉の雰囲気が少し変わったことに、彼女は気づいたらしかった。軽く目を見開いた後、ゆっくり細めて聞いてくれる。
「煙草の匂いが
…
、僕が好きな人の煙草と似てるんです」
「
………
」
初めて彼女は眉をひそめた。ゲタ吉は、追い出されるかなあ、と外の、弱くなった雨音に耳をすます。今ならそんなに濡れなさそうだ。せっかく風呂に入ったのにとは思うが。
「やだねぇ。煙草吸う女なんていい奥さんにゃなれないよ」
ゲタ吉はぽかんとした。
…
確かに、女性が煙草を嗜むのは多いとはいえない。いわゆる良妻賢母と称されるような女性なら尚更であろう。
ゲタ吉は笑った。なんだかおかしくって。
「
…
そうですねェ。あの人はそういうのは無理だなあ」
何しろゲタ吉の思い患う相手は男である。彼の規範意識からして、奥さん、なんてものを受け入れてくれるとは思えない。
…
まあ、それ以前に片思い。彼がゲタ吉の気持ちなど知る由もない。
「
……
、難儀なことだね」
囁くような声だった。その夜、彼女がゲタ吉に口にした言葉の中で、おそらく最も神妙で、親身なものだったはずだ。
ゲタ吉は彼女のグラスに手を差し出し、お作りしましょう、とすまし顔で言う。
グラスを拾った青年に預けながら、女は頬杖をついた。
「いばらの道に獣道
…
、まっとうな道からはずれちまうつもりなんてないのに、そっちに迷い込んじまうやつもいるもンね、世の中さ」
自分のことを言っているのだろうかと思っても、それを聞くのはご法度だろう。ゲタ吉は頷くでもなく、ただ、新しい水割りを作って渡す。
ありがと、と一口あおった後、彼女はおもむろに立ち上がり、柱にそっと立てかけられていた織物らしき袋を持ってくる。ゲタ吉も何となくそれが気にはなっていた。
女は袋から三味線を取り出す。その細棹を見て、長唄だ、と瞬きする。
…
ゲタ吉を育てた人は趣味の広い人で、落語や長唄も好んでいた。将棋や囲碁は彼が教えてくれた。花札も。百人一首は彼の母が。
しかし生の演奏を聴く機会はそうあるものでもない。全くないわけでもなかったが。
出だしの音に覚えがあった。子どもが歌うようなもんじゃない、とあの人はたしなめたけれど、ゲタ吉は耳がよかったから、一度で覚えてしまった。
たよりくる
…
ゲタ吉がしっかりと声を出したことに、三味線を弾いている女の方が驚いた顔をした。だが、途中で弾くのをやめなかったのは
…
聞きたかったのだろう。
ゲタ吉も知っているだけで唄いを習ったわけではないので、玄人の耳を満足させるものではないだろう。だが、そんないらだちのようなものは感じられなかった。
都鳥を歌い終えれば、彼女はゲタ吉を見ていた。その目は、見間違いでなければ、うっすらと水の膜を張っていた。
「
…
あいつが好きだったのよねぇ」
独り言のような、聞かせるような、あいつというのは、ゲタ吉が思うに今夜葬儀で送られた人だろう。
「それにしても、アンタ、若いのによく知ってるわね」
「いえ、
…
育ての親がラジオで」
女は目を見開いたが、結局何も言わなかった。そのかわり、はい、と三味線を差し出してきた。怪訝に思いながらも、ゲタ吉はそれを受け取る。
「弾ける?」
尋ねる口調ながらも、その目は「弾けるのだろう」という確信に満ちていた。
「
…
ええ、まあ
…
」
煮え切らない返事で、ゲタ吉は三味線を受け取った。
さすがに明け方に家主でもある彼女は寝室に引き取ったが、ゲタ吉は眠る気にもなれず、貸し与えられた三味線をつま弾き過ごした。日が出る前には雨はやんでいた。
…
そして、起きてきた女は言ったわけだ。
あんた、スジがいいね、と。
時々弾きにきな、酒くらいは出してあげるからね、と言ったのは、もちろん若い男をかまいたかったわけではないだろう。彼女にとって、都鳥が何か特別な意味を持っていた、きっとただ、それだけだ。
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