道に迷っていたらフリンズさんに出会った話

※捏造設定が多めです、ご注意を。

 ――そう、いま正に私は…………道に迷っていた。

「ここ、どこなのよぉ……暗いよぉ……
 心がめげそうになりながらも、先が見通せない霧の中の墓地を歩き続ける。ここ、さっきも通らなかったか?これは……さっきと同じ人のお墓?
 ――何にもわからない。どうしよう……

 
 スネージナヤからの短期任務の命令が下ったのは、つい数日前のこと。
 クーヴァキ実験設計局が大破したと聞いた時には、その場にいた全員が驚いていた。そしてこの復旧作業に結構な人数が動員され、そのうちの一人に新人の私も含まれていたのだった。
 そこまでは良かったが、この有様である。休憩時間に外を眺めていた時にピンク色の砂浜を見つけたので、この変わった砂を友人へのお土産にでもしようと考え――る前の時間に戻して欲しい。元々自分が方向音痴なのは多少自覚していたが、少し離れただけであんなに大きな実験設計局の建物が、霧で見えなくなるとは思っていなかったのだ。

 闇雲に歩き続けたことで、さっき居た場所すら分からない。この歳で迷子になるとは――いや今でもよく迷っているのだけど――そして、こんなに不安になるとは、本当にどうしよう……

 他の墓石よりも少し大きな背の高い墓石――祭壇かな?を見つけた。同じ物を見ているのか別のものか分からないが、これでこの大きな祭壇を見るのは二回目なはず。流石に気が滅入ってきて、私はその祭壇に寄りかかるように座り込む。
 子供のように自身の膝を抱えて、顔を伏せ額をくっ付ける。お腹も減ってきた気がするし、きっと上司にも怒られてしまう。今は何時頃なのだろう。そもそも生きてここから出られるのかな――私もこのお墓にお世話になってしまうのでは……
 心細さからネガティブな思考になっている。これでマズイ。――よし、もう一度出口を探そう。

 気合いを入れ直して顔を持ち上げると、自分の隣に――なにかフワッとした黒い毛玉が見えた気がする。目線をそちらに向けると、黒い犬が隣に丸くなって伏せていた。
――ははっ、君も迷子なの?」
 ひとりぼっちが心細かったのか、思わず動物に声をかけてしまった。すると、その犬はピクッと片耳を動かして、器用に片目を開けて私の方を見た。犬はゆっくりと四本足で立ち上がり、座り込んだままの私の足を鼻先でつついた。そのまま数歩先まで歩いて、私の方を振り返って尻尾を振る。その尻尾は蒼い炎のような毛先をしており、霧の中でも不思議と仄かに明るく見える。
「ついて来い……ってこと?」
 まだまだ霧は濃く、先は見通せないままだったが……偶然出会ったこの子について行ってみよう――と、私は立ち上がった。


 ***


…………すごい」
 ほんの数分だろうか。私は先導してくれる黒い犬に付いて歩いた。霧の中で足場も悪く石に躓いたりもしたが、私が遅れるたびにこの子は振り返り立ち止まってくれた。前を行く蒼炎の尾を頼りに進むと、突然――霧が晴れたのだ。

……や、やったー! 霧から出られた‼︎」
 
 思わずガッツポーズをした。生きて出てこれた、本当に良かった!いつのまにか辺りが暗くなっていることは気になるけれど、それよりも……
 一呼吸おいて少し気持ちを落ち着けてから、まだ隣にいてくれる黒い犬の方を向いて、しゃがみ込んで目の高さを合わせる。
「君のおかげだ。とっても賢い子だね。本当にありがとう」
 伝わっているかは分からないが、言葉にして伝えたくなったのだ。そして、両手を広げてその子をギュッと抱きしめた。長めの毛先がフワフワして気持ちがいい。思わず、ふふっと声を出して笑ってしまった。

 ――その途端、抱きしめていたはずの犬の体が、蒼い炎に姿を変える。腕に収めていたはずの質量が無くなり、私はバランスを崩して後ろに転けた。
…………え? は? ぇえ⁈」
 転けて尻餅をついた上に大声を上げてしまい、空いた口が塞がらぬまま上を見上げると、そこには――見知らぬ人が立っていた。黒い服を着た細身で美人の、身長の高い男性だった。
「お褒めいただき、ありがとうございます」
 そのように言葉を発した彼は、胸に手を添えて優雅なお辞儀をした。明らかに私に向けて、である。
 
…………どちらさま?」
「おや、先程までご一緒に霧の中を散歩した仲だというのに、寂しいですねぇ」
 
 ちっとも寂しそうではない、むしろ楽しそうにニコリと笑って彼は言う。散歩では無かったと思うけれど……さっきまで一緒にいたのは、もちろん犬――なのですが……

「貴方は、犬なの……? それとも、人間?」
「人では、無いと――思いませんか?」
……思います、ね」

 私が問うと、逆に彼からそのように問われてしまい、思わず頭を大きく縦に振って頷いた。そんな私の様子に、彼はまた目を細めて笑った。
「さて、貴方の行き先はどちらです? その様子だと、あちらの実験設計局でしょうか」
 そう言って彼は、遠くに見える輝く建物へと目線を向ける。私の服装、つまり制服を見て彼はそう判断したのだろう。その通りなので今度は一度だけ頭を縦に振って答える。
 
「では、僕が道案内しましょうか? 霧の中でも、そうでもなくとも、普段から行っていることですので、僕の得意分野になります」
 そう言って彼は腰に付けていたランプを手に取り掲げ、私に手を差し伸べる。座ったままだった私は、思わず彼の手を取り、彼に促されたまま立ち上がった。
 ――彼のことは何も分からないけれど、黒い犬の時の彼にはとても安心感があり、彼の纏った空気感はそのままだったからだ。


 彼に手を取られたまま、遠くに見える施設まで歩く。私がへとへとになっていることはバレているようで、彼はとてもゆっくりと歩いてくれているようだ。
 そもそも彼は一体、何者なのだろうか……
「ねぇ、聞いても良い?」
「えぇどうぞ。何でしょうか」
「どちらの姿が、本当の貴方なの?」
……と、言いますと?」
 
 不思議に思ったのか、彼は少しだけ私の方へ振り返ったが、真顔すぎて表情は読めなかった。
「えっと……犬の姿? 人間の姿? それとも、他の姿もあるの?」
 気が急いて、私は矢継ぎ早に疑問を投げかけてしまった。それについては気にすることなく、彼は何かを考えるように首を傾げた。
……そうですね、貴女の希望はありますか?」
「私の、希望?」
 一体どう言うことなのか、と今度は私が首を傾げる。すると彼は軽く頷く。
「貴女の望む姿で、お相手いたしましょうか」
 彼はそう告げて、私と目線を合わせながら小さく微笑んだ。私は少し悩んでから「……今のままでいいです」と返すと、「おや残念ですね」と少しも残念ではなさそうに軽口を叩いた。


「さて、このあたりでよろしいでしょうか」
 少し歩くと実験設計局の入り口がある場所に立ち止まり、「この距離であれば迷子になることも難しいでしょう」と冗談混じりに彼は言う。ここまで付き添って貰えるとは思わなかったので、とても助かった。
「本当に、助かりました! スネージナヤから来たばかりで土地勘もなく、いや元々方向音痴なんですけど、貴方に会えなかったらどうなっていたか……
――――そうでしたか」
 私が頭をペコペコ下げながら色々な言い訳を伝えていると、彼は小さく何か言った気がした。
……あの、なにか?」
「いえ、何でもありませんよ。さぁ、どうぞお気をつけてお戻りを」
 彼に促されて、私はもう一度深く頭を下げてお礼を言う。そして彼の横を通り過ぎたと同時に――
 
「あちらの雪原は、とても美しいでしょう?」

 ――っ、え?
 振り返った時には視界の隅に蒼炎を捉えた気がしたのに、もう彼の姿は無かった。しかし彼の呟きはとても鮮明に聞こえ、私の耳に残った。
 
 その後、設計局に戻った私は上司にしこたま怒られて担当作業が倍増してしまい、彼に会う機会は訪れなかったが……彼はスネージナヤに行ったことがあるのだろうか?と言う点は、今でも気になってしまっている。


 
『あの日の彼は、何者だったのだろうか?』