宗真の中学の三学期は、何事もなかったかのように始まった。
始業式の今日は半日授業。だが午後からは部活動がある。美術部の幽霊部員である宗真は、いつも通りまっすぐ家に帰って、だらだら過ごすことだろう。そう踏んだ嵐士と海成は、放課後、サッカー部の活動を終えたヨツダに声をかけるため、図書室で時間を潰していた。
しかし
――その日の放課後、宗真は昇降口へ向かわなかった。
宗真は普段、ちなつがバスケ部の日は、ゆきと途中まで一緒に帰っている。だが今日は違った。
「ごめん、オレまだ学校いるわ」
「帰らないの?」
「
……うん。たまには部活、顔出そうかと思ってさ」
「そっか。また明日ね」
「じゃあな!」
そう言って、宗真は美術室へと向かう。
もっとも、真面目に活動するつもりはない。今日はただ、ヨツダと一緒に帰るために
――サッカー部の活動が終わるまで、時間を潰せればそれでよかった。
「あ、月城!久しぶり!」
「久々にモデルやってよー」
部員たちに声をかけられる。
「いいよ。ヒマだし」
(別に絵、得意じゃないし
……座ってるだけだしな)
部員達に言われるがまま椅子に座るが
……ふと、違和感を覚える。
「なんか、前より人減った?」
「三年の先輩が卒業したからね。
……って、それ二学期の話だよ?月城、どんだけここ来てないわけー?」
「
……あ、そっか」
(三年生
……響姉の学年が卒業して、四月からはオレたちにも後輩が入ってくるのか。一年って、あっという間だな
……)
そして、ふと気づく。
(そしたらクラス替えじゃん
……!?ちなゆきや新倉さんと離れたりするのかな。でも
――ヨツダと同じクラスになれるかも!)
「みんな、描けたー?」
出来は人それぞれだが、どうやらデッサンは一通り終わったようだ。絵心があるわけでもない宗真からすれば、どれも十分すぎるほど上手く見える。
「お前ら、すげえな
……こんなすぐ描けるなんて」
「まあねー。いつもおしゃべりしてるだけじゃないんだよ?」
「月城もなんか描いてみたら?」
「お、オレはいいよ
……下手だし」
「そっか。まあ、無理に描かなくてもいいけどさ。私もそういう時あるし。
……そういえば、今日はなんで部室来たの?」
「ちょっと、部活終わるまで時間潰したくて」
「あ、もしかして。前に一緒にいた、吉田くん待ち?」
「えっ!?」
(隠すのも、なんかあいつに失礼な気がするし。別に、いいか)
「まあ
……そうだけど。今オレ、あいつと付き合ってるから。今日は一緒に帰ろうかなって」
「えっ!?月城って、本当は男だよね?」
「
……ヘンか?そういうの」
一瞬、空気が止まる。
「う、ううん!すごくいいと思う!!」
「ていうかさ
……その二人なら、月城が男の子でも全然アリじゃね?」
「わかる!!むしろその方が尊いまであるっていうか
……!」
「四月に一緒にいた時点で、ちょっと空気違ったもんな~」
「あれ絶対なんかあるって思ってたんだよ!」
「な、なんだよそれ
……」
いわゆる腐女子のノリで勢いよく盛り上がる二人に、少しだけ引き気味になる。
(よくわかんないけど、静姉とこいつらは仲良くなれそうだな
……)
「で?どっちから告ったの?」
「うん、そこ大事!」
「お前らな
……」
呆れたようにため息をつきながらも、どこか居心地の悪くない空気だった。
(まあ
……マジに受け取られて引かれるよりは、静姉みたいなオタクノリでネタにされる方がマシ
……か?いや、それもどうなんだ?)
「お、オレの話はもういいだろっ!」
「えー?自分から付き合ってるとか言ってたのに〜」
――チャイムが鳴る。時刻は17時。相変わらず日が短いため、部活動は早めに切り上げられた。
「じゃーなっ。そのうちまた来るわ」
「また吉田くんの話、聞かせてね〜!」
「き、気が向いたらな」
軽く手を振り、宗真は部室を後にした。
その頃。図書室で時間を潰していた海成と嵐士は、サッカー部のヨツダのもとへと移動していたが
――遅かった。
部室兼、体育倉庫の近く。そこにはすでに、部活上がりのヨツダを待つ宗真の姿があった。
「え?なんで宗真くんおんねん」
「一緒に帰るつもりだったのか
……宗真くん、どこかで時間潰してたのかな」
「やられたわ
……別の機会考えんとな」
「
……そうだね。まあ、焦らずいこうよ」
二人は顔を見合わせ、諦めたようにその場を後にする。
部室前。片付けが終わり、解散となったタイミングで、ヨツダは先輩に呼び止められた。
「おい吉田。あれ、お前の彼女じゃないか?」
もちろんその先輩は宗真の事情など知らず、単に女子が迎えに来たとしか思っていない。ヨツダもわざわざ説明しなかった。
「え?
……あ、ほんとだ。すみません、先上がります!お疲れっす!」
「はー
……いいなあ、彼女持ちは」
ジャージ姿のヨツダが、軽く息を弾ませながら駆け寄ってくる。
「おー、お疲れっ」
「わざわざ待ってたのか?」
「
……なんか今日は、一緒に帰りたい気分だったんだよ。嫌だったか?」
ふと見上げるような視線。宗真としては、ふざけて媚びたつもりなどまったくなく、ただ自然にそうしただけだった。
――それが“自然にできてしまう”こと自体、嵐士たちが危惧していた“呪いの受け入れ方”そのものにも思えるのだが
……。
「い、嫌じゃないし
……。嬉しかったけどさ。
……じゃ、帰るか」
さすがに照れたのか、視線を逸らしながら歩き出す。
帰り道。
「お前、放課後時間潰す場所なんかあったのか?」
「美術部。入ってたの、忘れてただろ」
「ああ
……そういえば幽霊部員だったな」
「これから暇なときは、もうちょい顔出そうかなって。お前の部活終わるの待つのに使えそうだしな」
「まあ、そんな無理すんなよ。そこまで絵描くの好きってわけでもないだろ、お前」
「無理じゃねえよ。オレがそうしたいってだけだし」
「
……ならいいけど」
少しだけ間が空く。
「あ、そうだ。そういえば、もう三ヶ月したらオレ達、二年生なんだよな」
「そうだな。一年、早いよな。
……って、なんで急に?」
「久々に美術部行ったらさ、部室が広い気がしたんだ。三年生が引退したから当然なんだけど。それで、春にはオレ達の後輩が入ってくるんだって考えたら、なんか
……変な感じして」
「お前、家でも末っ子だしな。次期当主の頃は門下生もいなくて、上下関係もあってないようなもんだっただろうし」
「そうなんだよ。年下のやつって、何話したらいいのかわかんねえな
……」
「あんま気ぃ張んなくていいだろ。お前のことだから、変に先輩風吹かそうとする方がかえって失敗しそうだし」
「な、なんだよっ!オレだって素敵なお姉さんにだなぁ
……!」
(「お姉さん」、ね
……)
「クラス替えといえばさ。二年は同じクラスになれるといいなっ」
「
……そうだな」
「なんかお前、デレたよな〜。もっと前なら『お前と同じクラスとかうるさすぎ』とか言ってそうなのに?」
「いや、付き合ってるのにそういうの恥ずかしがってる方がおかしくね?」
「そ、そうだけどさ
……!」
(こいつ、たまにこういうとこあるんだよな
……!)
珍しく、宗真の方がペースを乱されるまま
――気づけば、月城家の前に着いていた。
「じゃ、また明日な!」
「ああ」
宗真は背を向けて帰っていき、ヨツダは自宅に向けて歩き出した。
――その、背後。
(はー
……なんでボクが、付き合いたての中学生カップルの会話聞きながら帰らなあかんねん
……江沼くんは帰ったし)
そこには、嵐士の姿があった。部活終わりのヨツダを待ち伏せることには失敗したものの、宗真と別れた“後”なら合流できる
――そう気づいて、タイミングを見計らっていたのだ。
なお海成は、家の方向が逆のため先に帰っている。
「よーしーだーくん!」
「
……なんだよお前。また宗真か俺のこと、つけてたのか?」
「誤解や、誤解。同じマンションなんやから、自然とそうなるやろ?」
「
……まあ、なんでもいいけど」
「宗真くんのことで、ちょっと話してもええ?」
その声は
――いつもの軽い調子ではなかった。
「
……なんだよ」
二人は、帰り道の途中にある公園へと足を運び、人気のないベンチに腰を下ろした。
「
……で、何の用だよ。宗真絡みって
……ろくな話じゃなさそうだけど」
「まあ、吉田くんにとっては、そうなるんかな?」
「
……勿体つけてないで、さっさと言えよ」
「あー、わかったわかった」
軽く肩をすくめてから
――
「まずは“嬉しい報告”な。宗真くんと吉田くんが付き合ってるの、宗真くんのお母さんは大賛成やって。良かったな、吉田くん?」
「
……宗真の、お母さん?」
一瞬、眉をひそめる。
「その人、もうとっくにあの家出てるだろ。ていうか
……なんでそんなこと、お前が知ってんだよ」
「だってボク、宗真くんのお母さんとは仲良うさせてもらっとるし」
「
……は?」
嫌な予感が、形を持ち始める。
「まさか
……宗真のお母さんって、赤星流の人
……ってことか?」
「
……話が早いな」
小さく笑う。
「じゃあもう、なんとなく察しついとるやろ。宗真くんが、今あんなことになっとるのも
――」
「その人が、あいつに呪いを
……?」
「さすがやな、吉田くんも優等生やもんな。江沼くんの次くらいには」
その軽口は、もう耳に入っていなかった。
「
……それ、宗真は知ってるのか?」
「知ってるように見えるか?」
「
……いや
……」
「吉田くん。今話したこと、宗真くんに“伝えなきゃ”って思ったか?」
「
……別に。何でもかんでも話せばいいってもんじゃないだろ」
「ふーん」
一拍置いて
――
「
……ま、ええけど」
そのまま、さらりと。
「そしたら吉田くんは、宗真くんのお母さんと同じやね」
「てめえ
……!」
ヨツダは勢いよく立ち上がった
――が。
「ちょ、待て待て!キミとケンカしたいわけやないから。まあ、闘ったとしても誰にも負けるとは思わんけど」
「吉〇吉影かよ
……」
(仙台繋がりか?)
呆れたように息を吐き、再びベンチに座り直す。
「あの江沼くんですら、ボク側についたっちゅうのに。ま、吉田くんはな。可愛い可愛い宗真くんの彼氏さんやから、しゃあないか」
「
……海成にも話してたのか」
「まあな。一番引き込むんに適任やろ。宗真くんのこと好きで、しかもフラれたばっかなんてな」
「
……」
わずかに、ヨツダの表情が曇る。
「で、肝心なんはここからなんやけど」
少しだけ声のトーンが落ちる。
「さっき言った通り、今、宗真くんがああなってるのは
――宗真くんのお母さん、赤星
真冬のせいや。ただそれが、宗真くんの“望み”なんか?ってことや」
「ある意味では、そうなんじゃねえの?跡継ぎ、やめたがってたしな。まあ、『女になったから』お姉さんに譲ったってわけじゃないらしいけど
……」
「
……でもな」
一拍、間を置く。
「真冬さんのしたことって、宗真くんを跡継ぎにしようとしてた宗真くんのお父さんと一緒やない?」
「
……!」
「宗真くんに求めてたんが、“男か女か”って違いなだけで
――どっちも、押し付けてることには変わらんやろ」
「
……お前の言いたいことはわかった。でも、新月になったら毎月男に戻ってるし、あいつが完全に女になったわけじゃないだろ」
「まあ、今んとこはな」
「今んとこって
……放っといたら、危ないのか?」
「さあな。そこまでは分からんけど。ただ
――そもそもの始まりが、真冬さんのヘンな親心のせいって時点で、あんまり良くはないんちゃうか?」
「俺が、あいつのために何ができるっていうんだよ
……」
「うわー
……それ、ボクに聞いちゃう?」
一瞬、間が落ちる。
「宗真くんのこと、今いちばん近くで見とるであろうキミが、そんな弱気なこと言うなんてな。この場に宗真くんがいたら
――ワンチャン、フラれてるかもな?」
「
……」
言葉が出ない。
――図星だった。
だが、それでも。今、この場で答えを出すことはできなかった。
(伝えたら、あいつは
――どうなっちまうんだ
……?)
ヨツダが帰宅し、逃げ込むように
Z会の教材で予習をしていると
――スマホが小さく震えた。宗真からだ。
『明日、一緒に学校行こ』
伊達政宗とおにぎりを掛け合わせたようなデザインのご当地キャラクター「むすび丸」のスタンプが、ぽんと添えられている。
「
……」
(もしかして、俺たち、あんまり一緒にいない方が
……?)
ふと浮かんだ考えに、自分でも戸惑う。嵐士は、そこまで言ってはいなかった。
けれど
――最近の宗真は、“女であること”に慣れすぎているように見える。自分が彼氏として接する限り、あいつはずっと“女(本人曰く「カノジョ」)”として生きていくことになるんじゃないか。
それが、本当に宗真のためになるのか。
もし嵐士の言うことが正しいなら
――自分と過ごすこの時間さえ、かつての母、真冬に与えられた“偽りの幸せ”の延長に過ぎないのではないか。
……それでも。明日、宗真と一緒に学校へ行く。そのくらいの約束まで、今すぐ突き放す必要は
――ないはずだ。
『わかった』
『8時にお前ん家の前な』
スタンプはつけない。スマホをサイレントモードに切り替え、ヨツダは静かに机へ向き直った。
翌朝、八時。
待ち合わせの約束があったおかげか、宗真はきちんと起きられたらしい。
通学路にて。
「おはよっ!ちゃんと起きられただろ?」
「ああ
……おはよ。まあ、お前にしてはすごいな」
「なんか引っかかる言い方!なあ、なんか気づかない?」
今日はハーフアップにしてきたらしい。静乃ではなく自分で整えてきたらしく、普段よりは若干崩れてはいたが。
「髪型?
……いいじゃん。ちょっと大人っぽくて」
「だろー?でも、それだけじゃないんだな〜」
「え、ごめん
……わかんない」
「しょうがねえな。ま、髪型に気づいたから許してやるか!実はさ、いつもと違うシャンプー使ったんだ。静姉が使ってる、お高いやつ。見ろよ、なんかトゥルトゥルしてない?」
「え
……それ大丈夫なのか?どうすんだよ、バレたら」
「毎日使ってるわけじゃないし大丈夫じゃね?週一くらいなら、ちょっと減ってても分かんないって」
「怒られても、俺は知らないからな
……」
――そのまま、宗真がふっと距離を詰める。
「ちょ、何すんだよ
……」
「いつもと違う、いい匂いするかなーと思って」
「そりゃ、するけど
……」
(もうこいつ、こういうことすんの
……完全に女だろ
……)
……昨日までは、それも“そういうもの”として受け入れていた。
だが
――嵐士との会話のあとでは、それすらも、どこか引っかかる。
「
……いつまでくっついてんだよ。もう学校着くだろ」
「つ、付き合ってんだから恥ずかしがることないって、昨日お前が言ったからそうしたのに
……!」
「わ
……悪かったよ。
……校門までだからな」
(何やってんだ、俺
……)
結局。昨日、嵐士と話したところで
――宗真を完全に突き放すことまでは、できなかった。
校門前。二人の姿を見つけたのは、海成だった。
――昨日。嵐士がヨツダに真相を話したことは、後から聞いている。
そして今。朝から当たり前のように距離の近い二人を見て、
ヨツダが宗真に何も話していないことは、すぐに察せられた。
「
……おはよう、宗真くん、樹くん」
「お、おはよ!」
「
……よっす」
海成が一歩、ヨツダに距離を詰める。そしてヨツダにだけ聞こえるように、そっと顔を寄せた。
「まだ話してないのかな?樹くんは
……意気地無しだね?」
「
……っ!!」
「なんの話だよ?」
「うーん
――」
一転して、いつもの調子に戻る。
「宗真くん、今日も可愛いねって。ね、樹くん?」
「お前な
……」
(俺に対する当てつけ、若干どころじゃなく入ってないか?赤星のやつよりタチ悪い
……)
「そ
……宗真、あのさ」
「なに?
「ごめん、先、教室行くわ。日直だったの思い出した!」
(
……樹くん、今日日直じゃないよね?)
「ふーん
……」
足早に去っていく背中を見送りながら、宗真は小さく首をかしげる。
(樹くんが言わないなら、いっそ僕が伝えても
……いや。樹くんはまだ迷ってるだけだ。樹くんなら
……宗真くんが見込んだ樹くんなら、きっと)
「海成」
「ん?」
「ヨツダ、なんか変じゃなかった?」
「そうかな」
少しだけ間を置いて、肩をすくめる。
「今日の宗真くん、髪型も変えてるし、いい匂いのシャンプーも使ってるんでしょ?それでびっくりしたんじゃない?
……ほら、男って単純だからさ。宗真くんも、心当たりない?」
「うーん
……」
少し考えてから。
「それだけ
……なのかな
……?」
ヨツダは、一足先に教室へ着いていた。
(今日は部活ないけど、あいつのことだから、また帰り待ってたりするんだろうな
……)
「樹くん」
背後から、静かな声。
……海成だった。
「さっきのアレ、何?日直だなんて、嘘ついてさ」
「だ、だって
……」
言葉に詰まる。
「君だって、もう分かってるんでしょ?このままじゃ、よくないって」
「
……じゃあお前、俺の立場だったら、あいつに言えるっていうのかよ?」
一気に言葉を吐き出す。
「今日だって、色々お洒落してきてたし。あれ、お姉さんに頼ったんじゃなくて、自分でやったらしいし
……。あいつなりに可愛くなろうと頑張ってんだよ。そういうのまで全部否定するみたいで、俺には
……」
「
……僕に対して、まだ惚気るんだ?」
一拍。
「君って、意外とデリカシーないよね」
「
……お前が、わざとそういうこと言ってくるのって
……もしかして、嫉妬か?わざわざ赤星と組んで、俺たちのこと間違ってるみたいにしてさ。あいつの言ってること、本当に正しいって証拠がどこにあんだよ?」
空気が、張り詰める。周囲の生徒たちが、ざわつき始めた。
「なに、ケンカ
……?」
ひそひそとした声が広がる。
――その時。
チャイムが、教室に鳴り響いた。
同じ頃、三組にて。宗真の席にちなつとゆきが来ていた。
「宗真、元気ないねー?」
「吉田くんとケンカでもした?」
「ち、違うけど
……!なんかあいつ、元気ないっていうか。ちょっと素っ気なくてさ
……オレ、なんか悪いことしたかなって」
「あー。それは宗真、やっちゃったね。さっさと謝っちゃった方がいいよー?」
「お、オレが悪いの前提なの!?全然覚えないんだけど
……」
「今日の四時間目、調理実習でしょ?クレープ作るし、それ少し持ってって謝るとかどう?宗真の“手作りのお詫び”だったら、吉田くん、泣いて喜ぶんじゃない?」
「泣くかは分かんねえけど
……いいかも!」
ゆきからの提案にぱっと表情が明るくなる。
そして、四時間目。家庭科室。三角巾にエプロン姿の生徒たちが並び、指導通りにクレープの生地をフライパンで焼いていく。
「うわ、破けた!」
「ちょ、焦げてる焦げてる!」
「え、めっちゃ綺麗にできたんだけど!」
あちこちで声が上がり、教室はちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。

「とりゃあああああ!」
「おい月城、焦げてんぞ!」
「こっちは生焼けじゃない?」
「うわ
……意外とムズいな
……」
宗真がクレープ作りに悪戦苦闘する家庭科室の一角では。
「よっと」
嵐士の班。手際よく、綺麗な焼き色のクレープが次々と皿に並んでいく。
「赤星すげぇな!」
「意外な特技だねー」
同じ班のちなつも目を丸くする。
「ま、日頃から自炊してるからな。こういうんは慣れや、慣れ」
「赤星くん、ちょっとカッコいいかも!」
「お、ちなつちゃん。ボクに惚れ直しちゃった?」
「うーん、どうかな?」
――その瞬間。嵐士の背後から、ゆきによるひやりとした視線。
(ゆきちゃん、相変わらずちなつちゃん絡むと恐ろしいな
……)
それに、宗真まで。
(なんかあいつがチヤホヤされてんの、気に入らねぇ
……)
「なんや宗真くん、生地うまく焼けへんのか?」
「そ、そうだよっ!だからって、お前の手なんか借りなくたって
――」
嵐士は軽く全体を見回す。
「宗真くん、火ぃ強すぎやな。これじゃ火通る前に焦げ付くやろ。あと、生地取りすぎなんやない?弱火にして、一回布巾に上げてからこのぐらい取った生地広げて
……って、先生も言うてたやん」
「う、うるせえな!だからお前の手は
……って、綺麗にできた!?」
「この調子で焼いてこうぜ!」
「赤星くん、ありがとう!」
宗真と同じ班の女子に感謝される。
「いやいや、先生の受け売りやで。ボクは大したことしてへんから」
軽く手を振り、戻ろうとしたそのとき。宗真が、嵐士のエプロンの裾を掴んだ。
「なんや?宗真くん。ボクにまだ用か?」
「あ
……ありがと。さっきは、色々言って
……悪かった」
(
……可愛いとこあるやんか)
「なんや、今日はえらい素直やん?
……あ、吉田くんに差し入れでもしよう思てたんか?」
「お前には関係ないだろっ!」
(吉田くんに
……か。それ自体は微笑ましいけども。昨日の今日て、複雑やなぁ
……)
そして授業が終わり、給食が始まる前。宗真は、綺麗に焼けたいちごのクレープをラップに包み、一組の教室へ向かった。
「ヨツダー!」
振り向いた相手に、少しだけ勢いよく。
「
……ごめん!」
「え?」
「お前、朝ちょっと変な感じしたからさ、オレ、なんかしたかなって思って
……。心当たりはないけど、オレ、そういうの気づかないとこあるじゃん?だから、先に謝っとこうと思って」
「いや、お前、何も
――」
「あと、これ!」
差し出された包み。
「
……何だこれ。いちご入ってる?」
「調理実習でクレープ作ったんだけど、うまくできたやつ持ってきたんだ。まあ、お詫びの品的な?ちょっとでも元気出るようにと思って」
「
……ありがとう」
包みを見つめて、少しだけ目を伏せる。
「大事に食べるわ。
……でも、悪い」
「?」
「これからは
……もう、一緒に登下校したり、放課後遊んだりとか
……やめてもいいか?」
「
……え?」
一瞬、言葉の意味が理解できない。
「何、言ってんだよ
……?まさか、オレのこと嫌いになったのか
……?」
「ち、違う!ほんとに、そうじゃないけど
……俺がこれ以上お前といると、お前にとって良くないんだよ
……」
(
……樹くん?宗真くんのお母さんのことを話すかと思ってたけど、そっちなのか
……?)
海成もその会話に耳を
攲てていた。
「
……じゃあ、それ」
「
……え?」
「返せよ」
「
……」
「お前のために、頑張って作ったクレープ
――返せよッ!」
宗真は、ヨツダの手から包みをひったくると、そのまま振り返らず、教室へ戻っていった。
――取り残された沈黙だけが、そこに残る。