カレット
2026-02-25 10:25:55
1943文字
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石の在処

アメリコワンライ「居場所」+2hくらい/124話からしばらく後/ブレイブアサギ号の上で話す無自覚アメ→リコ

 ブレイブアサギ号を訪問するときは、決まって展望室の前、バトルフィールドを見下ろせる場所に来る。晴天の昼下がり。どこまでも高い空を見上げ、眩しさに目を細める。船員が集う操舵室、ポケモンたちが物陰からこちらの様子を伺う廊下、何より展望室には、アメジオは居られない。明るいミーティングルームが客人の居場所としては相応しいのだろう。けれどいつしか、ここが定位置のようになってしまった。空に近く地面からは遠い、この場所に時折来たくなる。
「アメジオ、やっぱりここに居た」
 マグを両手に持って、リコが現れた。足元にはテラパゴスを伴っている。マードックが淹れてくれたの、とマグの片方を差し出してきた。ありがとう、とブラックコーヒーの入ったそれを頂戴する。リコの手に持つ方にはルビーミックスのホイップクリームが液面が見えないほどに乗っていた。まだ、こうしないと飲めないんだ、と苦笑したリコが、アメジオも要る? と気を遣ってくる。不要だと伝えると、リコはマグを持って階段の段差に腰掛けた。隣に並んで座る。リコとの間には友人同士に相応しい距離が横たわっていた。
 香り高いコーヒーを口にしながら、アメジオは思う。彼女には居場所がいくらでもあるのだろう。船員たちとは皆分け隔てなく仲が良いようだし、客人が来ていようと、応対する義務もない。顔を見られて嬉しいとは思いつつ、わざわざ、世話を焼きに来なくても、と。いかにもつまらない仏頂面が手元の液面に映り込んでいる。口をつけてそれを散らす。飲み下すと、舌に苦味が強く残った。
 リコがコーヒーを少しずつ飲む様子を横目で見る。肩口に登ったテラパゴスが山盛りのクリームに顔を突っ込もうとするのを諌め、指で掬って与えていた。笑い合う様子に心の何処かが解けていく。因果なものだ。かつてこの少女とポケモンを見逃したせいでアメジオは元いた組織での位地を、敬愛する祖父の信頼を失った。それが今、様々な繋がりを経てこの少女の隣に居場所を見出している。気持ちが緩むのは、隣から漂うクリームの甘い香りのせいか。
 アメジオはギベオンに研磨されエクスプローラーズという箱に入れられた宝石だった。なれば、空の下には居られない。芽吹いた輝く若葉の傍には尚更。そうでなくなった今だって、ギベオンとルシアスのようにならなくても、アメジオとリコの前にはそれぞれの道があり、同じ道を歩むことはない――益体もない考えばかりアメジオの頭に浮かぶ。
 気を紛らわそうとマグを煽る。中身がなくなったそれを脇に置く。一時道を同じくする何者をも受け入れる呑気で奇特な冒険家集団に感化されている自分に呆れ、目を遠くにやる。自由な船の下には雄大な景色が広がっている。
 考え事? とリコが気軽な調子で話しかけてくる。そんな所だ、と返せば、アメジオ眉間のしわがすごいよ、と指摘された。テラパゴスまで怪訝な顔を向けてくる。いつぞやにこちらに吠えたときは恐らくギベオンと見間違っていたのだろうと聞かされたのを思い出す。今は違いを理解しているそうだが、この古代ポケモンはそれでも時折、アメジオがギベオンに重なって見えるようで、そんな時は決まって顔をしかめている。煌めくその目に映り込んだ自分の顔の険しさが確かに祖父に重なる。パゴゴ、大丈夫だよ、といつかの日にも聞いた言葉をかけてやりながら、リコがテラパゴスの眉間を指で撫でる。やがて空のマグがふたつ並んだ。
「ご馳走になった。片付けに行こう」
 声をかけると、リコは後でわたしが片付けるから、と手のひらを見せてくる。
「だから、もうちょっと話さない?」
 それはあくまで穏やかな提案だった。テラパゴスも同意しているのか機嫌よく鳴いた。それならば、と上げかけた腰を元に戻しながらやっと知る。リコも、ただここに居たくて居るのだと。
「リコがそう言うなら」
 コーヒーを飲み切っても、この時間は終わらせなくていい。ただふたりで居る時間。リコの隣でなら、そういったものを肯定できた。わだかまり無く過去の話もし、何でもない話題で時に笑い合えるばかりか、言葉が無い時間も心地よい。
 宝石箱から零れ落ちた上、価値を認める者が永遠に去ったなら、それは何でもないただの石。それでも価値ある存在に成れなければ自分を認められはしない。そのはずだった。
 しかしリコは、箱の中にいた宝石にも、風雨にさらされた石ころにも、同じように目をかけて拾い上げ、自分の隣に置き、温かさを分け与えてくるのだ。今ここに居られるのは彼女が居たから。だからそれに報いるためにも、アメジオはこれからも自らを磨く。
 ただ、今だけは。路傍の石として、陽だまりを享受したい。可憐な野花の隣に居させてほしい。