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桜庭 梓沙
Public
堕楽園
君の音
マイトとヘクトール
「だから俺は飲まねえつってんだろ!」
部屋の中に男の低く野太い怒鳴り声が響く。
赤い髪のガタイのいい男、ヘクトールは声を荒らげ息を切らしていた。その目の前に立つ黒髪の青年、マイトは眉を下げながら「ごめん」と小さく呟いた。
二人は吸血狩りの組織「トライステーク」の一員であり、"元"人間であった。だが、吸血鬼の王、タイラントによる人間を無差別に襲う通称「血の惨劇」による被害により後天的な吸血鬼「変異型吸血鬼」となってしまった。
ヘクトールは自身が吸血鬼へと変貌してしまった事によるショックから塞ぎ込み、そして他の吸血鬼よりも酷い吸血発作に悩んでいた。
彼の幼馴染であるマイトも変異型吸血鬼となったが、最近目を覚ましたばかり。仲間から自身がそうなってしまったことを聞きながらも第一にヘクトールの心配をしていた。
マイトは自分が吸血鬼になってしまったことよりも何より、ヘクトールが生きていたことに安心していた。だからこそ、血を飲むことを拒むヘクトールを心配する気持ちは誰よりも強い。
同じくトライステークの仲間であり純血種であるレザラから血の入った小瓶を渡されヘクトールに渡すよう頼まれ、冒頭に至る。
「来るな
……
」
ヘクトールはすとんと床に座れば顔を覆い、マイトを拒絶する。それを見たマイトは小さく「ごめん」とまた謝罪すると一階へと降りていった。
階段があと少しという所で座り込んでしまった所をレザラとうさぎの青年ハティが駆け寄る。
「大丈夫かい!? 」
まだ体調が良くないというのに無茶をするマイトに対し、心配する二人。
「
……
あぁ」
顔を上げ、「またフラれてしまった」と自虐的に
笑ったのだ。
それを見た二人は「そうか
……
」と返す言葉も無かった。
そして、任務から帰ってきたピンク髪の少女ユトロープが三人の様子を見て話を聞いた。それを聞いたユトロープは呆れつつ笑いながら「彼なら飲んでるわよ。ただ、飲んでる姿を見られたくないだけ」と衝撃的な言葉を発し、三人はギョッと驚いてみせた。
「それに空になった瓶が落ちているでしょう」
「
……
てっきり捨てているのかと」
「捨てていたらとっくに干からびて死んでいるわよ」
また呆れたように笑うユトロープにマイトはそれはそうかと安心したのだ。
ユトロープ、レザラとハティはそれぞれ任務へと赴き本拠地に残されたのはマイトと二階に引きこもるヘクトールだけだ。
「
……
」
マイトは何よりもヘクトールを心配し、気にかけていた。その理由は幼馴染であることもあるが、「英雄」と呼ばれた彼に対する憧れ、また彼への想いが友情とはまた違うものだったからだ。
足音を立てないようにゆっくりと階段を登る。
吸血鬼は耳がいい。それは自分もなって分かったことだ。
前よりも敏感になった聴覚は部屋の向こうから何かを飲む音を拾った。そして一息つく音。
──飲んでいるところを見られたくないのよ
ユトロープの言葉を思い出し、本当に飲んでいることを察したマイトは思わず安心の笑みを零した。
向こうもマイトの足音に気付いているかもしれない。
そう思い、しばらく立ち止まった後再び歩き始めた。
「ヘクトール」
部屋の向こうから返事はない。
「扉を開けなくていい。ここにいさせてくれないか」
マイトの言葉にやはり返事はなかった。だが拒絶の言葉もないことからマイトはドアの前に座り込んだ。
「
……
あんたの心臓の音を聞きたいんだ」
そう呟き目を閉じる。
「
……
あんたが生きていてくれたらそれでいい」
今日も長い外出をしていたから疲れてしまった。
「あんたを失うことが何よりも、怖い」
日除けの魔法が解け、少し焦げた手先はヒリヒリと痛む。
「
……
ヘクトール
……
」
瞼は重く、睡魔に襲われまともに言葉を紡ぐことすら難しい。
「
……
まも、れ、なくて、ごめん
……
」
その言葉を最後にマイトの意識は途切れ可部に頭を寄せ眠りについた。
しばらくすると扉が開かれる。本当に扉の前で寝息をたてるマイトの姿に呆れのため息を一つ零すヘクトール。起こさないようにその身体を抱き上げると彼の自室に連れていく。
マイトの部屋は草花の匂いや薬品の匂いで満たされている随分片付けられ綺麗な部屋だった。
すっかり熟睡しているマイトをベッドに寝かせ、彼の白魔杖をそっと壁に立てかける。
そして、日に焼けた手を見るなり「また草むしりに行ってたのかよ」と苦笑を浮かべるのであった。
「へく、とーる
……
」
不意に名前を呼ばれ肩を大きく震わせる。勢いよく振り向くがどうやら寝言のようだ。ホッと安心するとマイトは「ごめん
……
な」と夢の中でも謝っていた。
それを見るなり目を伏せたヘクトールは「お前のせいじゃねえよ」と呟き足早にマイトの部屋から出ていった。
全て悪いのはあの吸血鬼の王だ。
言いたかった言葉は上手く出てこず、再び自室に閉じこもった。
そして灰色の猫がヘクトールの足に擦り寄る。
その可愛らしさにしゃがんで愛おしそうに頭を撫でた。
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