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千代里
2026-04-09 08:14:05
8748文字
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君ふれ短編
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君ふれ・クガネ編・13話
一歩、二歩、三歩。
足を進めるたびに、かつての家と自分との距離が近くなる。
ただ家に帰るという、何ということもない日常を自分の足が辿っている。この状況そのものに、奇妙な感慨めいたものがあった。
ユキハネの親戚は、職人たちが多く住むという通りに居を構えている。街並みを見る限り、ユキハネが幼い頃に育った家から引っ越してはいないようだ。その証拠に、今もずっと既視感のさざなみを感じている。
だが、周りを見て懐かしいと感じているのはユキハネだけだったようだ。
「見てみぃ、あの人たち。西から来た人たちなんかねえ。なんや、けったいな格好しとるやないの」
「でも、隣にいるの、向こうの通りの坊ややない? たしか、ヒョウセツとかそんな名前の」
「そんなら、ほらぁ、学者さんとかやないの。前も来たことがあったやないの」
どこか訛りの強い言葉の中には、こちらに対する好奇心と排他的な気配が滲んでいた。職人たち同士の連帯は強い分、他所から来たものへの敵愾心は人一倍のようだ。
たとえ、ユキハネがこの街で生まれたのだとしても、そんなことは彼ら彼女らには関係ない。他所者は他所者という考えが染み付いているのだろう。
(叔母さんたちも、そうなのでしょうか)
思わず下に向きかけた頭を持ち上げるように、「ほら、見えてきたぞ!」と朗らかな声が彼女の角を叩く。
声の主
――
ヒョウセツが指差した先にあったのは、周囲の家々とさして変わらないこぢんまりとした建物だった。
何も知らなければ、きっと素通りしてしまうような、黒い瓦に質素な佇まいの家屋。店であることを示すために、申し訳程度に暖簾がかけられ、「はたおりの店」と崩したクガネ文字で書かれているが、そうと知らなければ街並みの一つとして見過ごしてしまっtだろう。それほどまでに、そこはありふれた通りの一角に過ぎなかった。
だが、ユキハネにとっては違った。
「
――――
っ」
見開かれた白銀の瞳がかすかに震え、唇は何か言おうとして開きかけて、やはりすぐに閉じてしまう。
知っている。
この道を、この眺めを、この通りに差し込む日差しの角度を。
覚えている。
向かいの家から伸びた影を、ちょっとずれている屋根瓦の角度も。
だが、同時に違和感もあった。
あの影は、あんなに小さかっただろうか。もっと自分を飲み込むような大きな影ではなかったか。
家が見える角度だって違う。小さい頃は、建物はもっと大きく見えて、まるで聳え立つお城のように思えていたのに。
けれども、少しばかり冷静な自分は頷いていた。
ここは確かに、かつて自分が家と呼んでいた場所だと。
「ユキハネ」
声に、ハッとする。振り向くと、フェリキシーがこちらを見下ろしていた。
知らず知らずのうちに、長く惚けてしまっていたのだろうか。傍らのヒョウセツも、どこか気遣うような顔をしている。
「今ここでぐだぐだ悩んだところで、てめえが躊躇っている理由が解決すんのか?」
「おい、あんた。流石に、言い方ってものがあんだろ。ユキハネにだって、緊張とか、心の準備ってやつが
……
」
「いえ、大丈夫です。ヒョウセツさん、ありがとうございます。心配してくださって」
フェリキシーの言う通り、いつまでも悩んだところで答えが出ることではない。
叔父と叔母が自分のことをどう思っているか。逆に、自分はどんな感慨を抱くのか。
それらは全て、出会わなければ始まらないことだ。
小さく深呼吸をして、パシパシと両手で軽く頬を張る。
何も、凶悪な魔物と戦えと言われているわけではない。死にそうになったことなど何度もあったのだから、親戚と顔を合わせる程度のことで、何をそんなに怯えているのか。
建物の扉の前で両足を揃えて止め、喉に力を込める。
この引き戸を無造作に開いていた子供時代が懐かしい。だが、今のユキハネがそんなことをしたら、住人たちを驚かせてしまうだろう。
「
……
すみません。約束をしていた者ですが」
まるで他人行儀な言い回しが、なんだか自分でも面映い。くすりと小さく笑みをこぼし、震えがようやく収まった喉を使い、声を張り上げる。
「ユキハネです! 今、帰りました! 家に入っても、よいでしょうか」
緊張はしていたが、銀鈴を振ったような声は涼やかに戸の向こうに響いたはずだ。
一瞬の沈黙。やがて、外にいるユキハネにもわかるほどに、バタバタと足音が響き、
「ユキハネ! 本当にユキハネが帰ってきたの!?」
ガラっと勢いよく引き戸が開かれる。
中から顔を見せたのは、壮年のアウラ族の女性だった。ユキハネによく似た銀の髪を一つに引っ詰め、くすんだ無地の藤色の着物を着ている。
記憶にある叔母よりは十数年分の歳を重ねているが、間違いない。穏やかな垂れ目がちの瞳は、記憶のままと変わりなかった。
「シラユキ姉さん
……
?」
彼女は、ユキハネを見つめて開口一番、姉の名を口にした。だが、ユキハネの全身に視線を巡らせ、ゆっくりと首を横に振る。
「いや、ユキハネ
……
なんだね。ああ、間違い無いよ、この鱗の形。よく撫でてあげたものの。角の形も
……
それに、なんて、なんて
……
姉さんにそっくりに育ったんだろう
……
っ!」
喜びと驚きがないまぜになり、叔母の瞳からじわりと涙を滲ませている。何かに導かれるかのように差し出された手は、ゆっくりとユキハネの頬を撫でる。その輪郭をなぞらねば、ユキハネが消えてしまうと思っているかのように。
「おかえり、ユキハネ
……
おかえり、おかえり
……
!!」
泣き崩れる叔母になんと声をかければいいか、ユキハネが悩んでいるうちに、ぐいと手が引かれた。驚く間もなく、叔母の腕の中に抱きしめられる。彼女の着物から漂う香の匂いがユキハネを包んでいく。
(あ、この匂い
……
)
それは、もうほとんど記憶の彼方に消えてしまった母の香りでもあり、家の香りでもあった。
「
……
ただいま、叔母さん。ちゃんと
……
ユキハネは帰ってきましたよ」
叔母の涙が、一粒二粒とユキハネの角を濡らす。
きっと、彼女はずっと待っていたのだろう。姉夫婦とその娘に、おかえりと言う日を。
叶わないと思っていたその瞬間を、彼女に送れたこと。それだけでも、ここに帰ってきた意味はあったと、ユキハネは叔母の背をそっと撫でたのだった。
***
「ごめんなさいね。歳をとると、どうにも涙脆くなってしまって。さあさあ、お客様方も中に入ってくださいな」
ひとしきりユキハネを抱きしめ、涙をこぼしていた叔母
――
シラギクと名乗った女性は、奥から出てきた夫に嗜められて、ようやく周りに目を向ける余裕を得たらしい。恥ずかしそうに頭を下げてから、シラギクは奥の間へとフェリキシーたちを案内した。
玄関口の土間から続く部屋は、簡単な商談や小売をするための場であるようで、十人は優に入れる空間が広がっている。ところどころに、商品と思しき布が広げて架けられているが、部屋の広さと比べると、どこかがらんとした印象を受けた。
叔母のシラギクに急かされて、玄関口をゆっくり見る間もなく、ユキハネは続きの部屋へと足を踏み入れる。
「ユキハネがいつくるか、いつくるかって母さんは大層楽しみにしていてねえ。何度も茶を淹れていたせいで、腹が茶でいっぱいになってしまったよ」
柔らかな声で笑うのは、シラギクの夫であるアウラ族の壮年の男性
――
ユキハネの叔父のシノツキだ。
同年代のムヒョウは、穏やかながらも元傭兵の経歴を感じさせる鋭さを垣間見せていたが、シノツキは根っからの職人として育ってきたらしい。おっとりとした視線や、皺のよった目を細める様子は妻によく似ていた。
「ささ、お客様もどうぞ。東のものは口に合わないかもしれませんが」
シノツキに勧められるままに、まずはヒョウセツが座布団に腰を下ろす。続いてユキハネも座るが、
「お師様?」
立ったまま、じっとユキハネを、その周囲にいた叔父叔母夫婦を見つめているフェリキシー。何か言いたげにも見える様子に、ユキハネが彼を呼ぶも、彼なりに結論が出たのか、フェリキシーは答えずに同じく腰を下ろした。ヒョウセツのように正座はできないため、ぎこちなさを感じる足の崩し方をしている。
そうして、五人が一つの部屋で漸く腰を落ち着けたのを確かめる間もなく、シラギクはユキハネのそばに腰を下ろし、その顔を見つめながらしみじみと頷く。
「ああ、何度見てもユキハネは姉さんにそっくりね。姉さんもそれは綺麗な人だったけど、ユキハネも同じね。まるで鏡を見ているみたい」
「そう、なのですか
……
?」
「ええ、ええ、そうなのよ。ハヤテさんがシラユキ姉さんと付き合い始めた時は、それはもう、周りの男の子たちは皆羨ましがったものよ」
シラギクが語る母の昔話は、ユキハネには全く覚えのないものだった。小さい子に聞かせる話でもないと、母も自分と夫の馴れ初めなどはまだ話すつもりはなかったのだろう。
もし、ユキハネが両親を失わずにいたら、聞かせてもらえたかもしれない昔話。だからこそ、今、叔母は姪を前にして語りかけている。早逝した両親の代わりに、少しでも、娘に親のことを伝えねばと思っているかのように。
「姉さんたちが『船で西に行く』と言ってから、程なくして消息を絶ってしまって
……
。きっと嵐か賊に襲われたかしたんだと聞いた時は、胸が潰れるような思いがしたわ。そちらのヒョウセツくんからユキハネの話を聞いた時は、何か夢を見ているんじゃないかって。ねえ、あなた」
そうして、シラギクはヒョウセツからユキハネが息災であることを知ってからの一連の出来事を語り始めた。
ヒョウセツは、ユキハネの名字であるハタオリを手がかりに、約束通り一軒一軒の店をあたって行ってくれたらしい。その途中で、シラギクたちにも「西方にいるユキハネという娘の親戚を探している者がいる」という噂を聞き、もしやと思い、ヒョウセツへと連絡を取ったのだそうだ。
当時の心境をしみじみと語る叔母を見つめつつ、ユキハネは内心で胸を撫で下ろしていた。
(叔母さんも叔父さんも、私のことを家族の一員として自然に受け入れてくれている。私はまだ、少し遠慮してしまいそうになるけれど)
だが、他所の人間のように冷たく扱われるよりはずっと気が楽だ。街の人のように冷たくあしらわれたらと抱えていた不安は、今では嘘のように溶けている。
話好きらしい叔母の説明に一つ一つ頷きながら、出してもらったお茶を啜る。豆か麦を煎ったような香りは、エオルゼアの紅茶とはまた違う味わいだ。そして、かつては当たり前のように口に含んでいたものだと、今のユキハネにはわかる。
お茶請けの煎餅は、すでにヒョウセツの口の中に数枚収まってしまった後だった。どうやらフェリキシーの口にもあったらしく、黙って咀嚼している音が話の隙間を繋いでくれている。
自分も、醤油の香ばしい味わいをじんわりと噛み締めていると、
「私ばかり話していても仕方ないわねえ。ユキハネ、色々と大変なことがあったと聞いたけど
……
ここに来るまではどんな風に過ごしていたの? そちらのお兄さんのことも教えてくれる?」
ちらりとフェリキシーを見やるシラギク。話題を振られて、ユキハネは慎重に唇を開く。
「え、と
……
今は、リムサ・ロミンサという街で冒険者をしています」
「冒険者というのは、たしか
……
用心棒とか傭兵のことだったかな」
「叔父さんの言うように、傭兵のようなこともします。でも、他にも、薬草を探したりとか、リゾートの警備をしたりとか、色々な依頼を引き受けるのが冒険者なんです」
不思議そうな顔をしている叔父と叔母には、どうやら今ひとつピンときていないらしい。話を続けていれば、そのうち理解も追いつくだろうと、ユキハネは続ける。
「こちらは、お師様
……
私の師匠のフェリキシーさんです。私が冒険者になった頃から、ずっとお世話になっているんです」
彼に娼館から救い出してもらわねければ、今ここにユキハネは存在しない。それほどの大恩ある人物なのだが、全てを説明していたら、この人の良さそうな叔父と叔母は卒倒してしまうだろう。ユキハネとて、自分の最も辛い時期の話を率先して話したくはなかった。
実際の関係と比較すると、かなりあっさりとした説明になってしまったが、フェリキシーも特に訂正はしなかった。軽く会釈を返すだけなのは、自分は余計なことを言わないという彼なりの意思表示だろうか。
「それはそれは、ユキハネが大変お世話になりました」
「遠い西からわざわざクガネまでこの子を送ってきてくださるなんて、なんと親切な方なのでしょう」
「東に伝手を作るついでだ。そんなに畏って頭下げられるようなことはしてねえ」
感謝のために何度も頭を下げる叔父と叔母と、いつも通りにぶっきらぼうな返事をするフェリキシー。
決して相容れないと思われた線が、数奇な縁でこうして混じり合うのはなんとも不思議なものだ。それもこれも、ヒョウセツのおかげだと、ユキハネは傍らの彼へ軽く頭を下げる。
「よかったな。叔父さんと叔母さんたち、ユキハネのことを歓迎してるみたいでさ」
「はい。すごく緊張していたのに、なんだかあっさり受け入れてもらって
……
ちょっと拍子抜けしています」
「言っただろ。家族なんだから、それが普通なんだって」
ミィハの心配は杞憂だったと、得意げな笑みを見せるヒョウセツ。
フェリキシーからこれまでのユキハネの生活について尋ねる叔父と叔母の姿は、見た目こそ多少老いているものの、今なら間違いなく「小さい頃にお世話になった叔父叔母だ」と言い切れる。ユキハネが感じていた不安も、ヒョウセツが言うように、やはり不要な心配だったようだ。
ひとしきりフェリキシーに頭を下げたり、ここに来るまでの旅路を聞き出した後、叔母は改めて深々と頭を下げた。
「本当に、この子をここまで連れてきてくれてありがとうございました。姉さんたちのことは残念ですか
……
せめて、ユキハネだけでも、生きてこの家に戻ってきてくれて、姉さんたちもきっと喜んでいるでしょう」
フェリキシーは「そうかもな」と相槌を打っている。どこかぞんざいな物言いではあったが、叔母は歓喜のあまり、気にしていないようだ。
「これまで危険なこともあったかと思います。せっかくこうして来てくださったのですから、幾らかお包みしてお渡ししたいと考えているのですが」
「ユキハネと任務をしてたのは、てめえらから搾り取るためにやってたわけじゃねえ。こいつも、それなりに俺の仕事には役立っていたしな」
フェリキシーから称賛の言葉を向けられて、ユキハネはさっと顔を赤らめる。
(そうです。私は冒険者として活躍していたんですよって、ちゃんと叔母さんたちに伝えないと)
今まで、フェリキシーは当たり障りのない日常の話のみを拾い上げて語っていた。だが、ユキハネはただフェリキシーのそばでのんびり過ごしていたわけではない。冒険者として立派に成長したと伝えようと、身を乗り出しかけ、
「これからは私どもが、義姉さんたちに代わって責任を持ってユキハネの面倒を見ます。もう危ない仕事もさせません」
叔父の宣言に、ユキハネは凍りついた。
「よかったわね、ユキハネ。冒険者の仕事って傭兵のようなものだって言っていたでしょう。魔物と戦ったり、悪い人たちを捕まえたり
……
そんなこと、年頃の女の子がするようなことじゃないわ」
姉さんも安心しているでしょう、と再度繰り返すシラギク。
だが、ユキハネは唇を半ば開いたまま、息をするのも忘れて、ただ叔母を見つめることしかできなかった。
ヒョウセツも、ユキハネの異変に思うところがあるのか、落ち着かなさげに叔母とユキハネを交互に見遣っている。
「あの、叔母さん。私、その」
「お金のことは心配する必要はないわ、ユキハネ。私たちは大富豪というわけではないけれど、今だって家族に不自由させる真似はしていないもの」
「違うんです。私は、そういうつもりじゃ」
ずっとここにいるつもりはない。冒険者を辞めるつもりもない。
そう言い切りたいのに、叔母の涙を思い出して、叔父の歓喜の一言が忘れられなくて、喉に言葉がつっかえてしまう。
ここで、自分が「あなた達のところに滞在するつもりはないです」とはっきり言ってしまったら、再び彼女らを、ユキハネの身を案じながら過ごす日々に戻してしまうことにならないか。
(お師様は
……
どういうつもりなのでしょうか)
彼にとっては、仕事仲間を横から掠め取るような話だ。物事を曖昧なままにしておくのは好まないフェリキシーなら、ばっさりと言ってくれるのではないか。
他力本願とわかりつつも、期待を込めて彼を見つめたが、
「
…………
」
彼は、何も言わなかった。
それどころか、ユキハネの方を見ようともしていなかった。
叔母が姪の十数年ぶりの帰還を喜び、顔中を笑顔にしているというのに、当のユキハネはまるで別世界にいるような気分だった。
フェリキシーは無言を貫き、ユキハネは困惑している。先ほどまでのふわふわとした高揚感は嘘のように消えていた。
「あ、あの。ハタオリさんたち。それは、ちょっと、結論を出すのは早いんじゃないでしょうか」
戸惑い続けるユキハネの代わりに声をあげてくれたのは、ヒョウセツだった。
彼は、冒険者として働くユキハネの姿を見ている。その振る舞いに尊敬の念すら抱いている。だからこそ、単に危ない仕事だからと言って、冒険者として生きる道をとりあげられるのは、ユキハネにとって不本意だと察してくれたのだろう。
「オレ、ユキハネが立派に冒険者として仕事しているのを見てます。たしかに、職人さんがたに比べれば、危ない仕事かもしれません。でも、ユキハネは楽しそうにやってました。だから
――
」
「ヒョウセツさん。ユキハネの所在を教えてくれたこと、ここまで連れてきてくれたことには、私どもはあなたに大変感謝しています。ですが、私はユキハネにこれからも傭兵まがいの仕事をさせるつもりはないという意思は変えるつもりはありません」
叔父の物静かな物言いは、不思議とムヒョウに似ていた。そのせいか、ヒョウセツも一瞬言葉に詰まる。
「ハタオリの娘は、糸を紡いで機を織る。時に、着物を仕立て、それを糧とする。そして、いずれ良い職人や大店のもとに嫁ぎ、子に自分の技を繋ぐ。それこそが、ユキハネにとっても一番の幸せになる。私も姉さんも、そうやって良い縁を得られたんだもの」
「でも、叔母さん。私は
……
」
「安心して、ユキハネ。これまで、辛い思いもたくさんしたのでしょう。今すぐ何もかもを覚えろと言わないわ。でも、この生き方があなたにとって一番良いことだって、いずれ、あなたにもわかる日が来る」
穏やかに微笑む叔母を見ればわかる。彼女は、心の底からユキハネを想ってこう言っているのだと。
けれども、ユキハネには彼女の語る未来図の自分など、想像もつかなかった。それは、以前『クガネにいる自分が想像できない』と、ミィハやヒョウセツに漏らしたときの比ではなかった。
叔母の笑顔が、突然親しみのあるそれから、全く知らない誰かのものに見えてしまう。だが、どこかで自分の理性が頷こうとしてもいる。
(だって、私
……
この先の自分がどうするかなんて、考えたこと、ない)
今は、フェリキシーの隣にいればいい。彼の依頼の手伝いをしていればいい。
けれども、もしフェリキシーが自分を必要としなくなったら。あるいは、彼が不慮の事故などで早逝してしまったら。はたまた、ユキハネが病などで動けなくなったたら。魔法が使えなくなってしまったら。
何もわからない。なぜなら、何も決めていないから。
フェリキシーについて行くと決めたときの、幼い頃の無謀なまでの全能感など、叔母の語る『安定した幸せな未来像』の前では紙屑のようなものだ。
叔母を否定することもできず。フェリキシーに縋ることもできず。ただただ、この隙間のような沈黙の時間が永遠に続けばいいなどと、考えていた時だった。
――
ドン、ドン、ドン!!
玄関の閉ざした引き戸を乱暴に殴りつける音が響き、ユキハネはびくりと肩をはねさせる。フェリキシーに至っては、すぐに立ち上がりかけていた。
それを制したのは家長である叔父のシノツキだった。
「まったく。せっかくの家族団欒の時間に、面倒なものが来てしまったようだ」
「叔父さん
……
?」
「ユキハネ、怖がることはないよ。おそらく、仕事の話に来た者でしょう。ここ数週間、ずっとしつこく督促に来るんだ」
ユキハネたちに一礼すると、叔父と叔母は連れ立って、玄関口に向かう。
戸を開ける音。次いで聞こえるのは、穏やかとは言えない怒気が混じった声だ。
「督促とか言ってたな、あいつ」
「はい。一体、何を催促されているのでしょう」
「商売には向いてなさそうな、人のいい連中だと思ったらこれかよ。足元掬われてんじゃねえだろうな、あいつら」
どういう意味だろうとユキハネが問う前に、フェリキシーはさっさと立ち上がり、叔父たちの後について、行ってしまった。
このまま待っていても仕方ない。ヒョウセツと顔を見合わせて、一つ頷き合ってからユキハネは師の後を追った。
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