冬牙
2026-04-08 20:44:15
3322文字
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【espilver(エスシル)】異世界スローライフ:エピソード4

※異世界スローライフシリーズの続きになります。
前回のお話をまだお読みでない方は先にそちらを読んでいただきますよう、よろしくお願いします。
※誤字・脱字等ございましたら申し訳ございません。

【4:新たな一歩】

 気持ちの良い秋晴れが続いたある日、島ではとある住民の結婚式が盛大に行われた。それはつい数週間前にシルバーとエスピオの2人で壊れた屋根の修復依頼を受けた男の結婚式だった。
 島中の人たちが街の少し外れに作られた結婚式会場に集結した。もちろんシルバーとエスピオもこれに参列する。ルーシーから聞いた話によると、彼は長い間街の外れに住み果樹園を管理している女性に恋い焦がれていたようで、必死のアプローチの末、去年頃から交際が始まりようやく結婚まで結びつけることができたのだという。
 その女性の管理する果樹園にはリンゴの木が多くなっていたことから、シルバーはよく手伝いに協力し特にその女性とは面識があった。ルーシーの話を聞いて「今思えばよく彼の話をしていたかもしれない」とシルバーは思うのだった。
 服屋が特別に仕立てた純白の衣装に包まれた2人を誰もが祝福する。島全体がすっかりお祝いムードだ。レッドカーペットの上をゆっくりと進む2人にシルバーとエスピオもまた他の住民たちと同じように祝福の言葉を投げかける。

「実にめでたい日だ」
「ああ、本当におめでとう……

 シルバーは2人をぼんやりと見送りながら、ふと隣で拍手をするエスピオに目をやる。その幸せそうな穢れなき姿を無意識に自身とエスピオに重ねた。

「?どうした、シルバー」

 エスピオが目線に気づいた瞬間、振り払うように首を横に振って慌てて前に向き直った。

(なに考えてるんだ……、オレは……

 そして式が進むと島の料理人たちが丹精込めて作った料理が式場に運び込まれ、盛大な立食パーティーが始まった。
 シルバーとエスピオはパーティーの準備のため料理人たちやルーシーの指示に従い、住民たちと協力しながら料理をテーブルへ運ぶ。そうして行われた立食パーティーは2人がこの島に来てから一番の賑わいを見せた。
 新郎新婦が仲睦まじい様子で目の前の料理に目を輝かせながらあれもこれもと皿にとっては2人で分け合っているのをシルバーが眺めていると、新郎の男性と目があった。エスピオと共に名前を呼ばれて近くに駆け寄る。

「やあ2人とも、僕たちの式は楽しんでくれたかい?2人には改めてお礼が言いたかったんだ」

 男性の言葉にシルバーとエスピオは心当たりがないといわんばかりに顔を見合わせた。

「ほら、この間うちの屋根を修理してくれただろう?2人がいなかったら屋根が壊れたまま彼女を家に迎えるところだったよ!本当にありがとう」
「ああ、そのことか。礼はいらぬ。今後も何かあればじぶんたちに任せてほしい」

 エスピオが男性に気前の良い返事をする。シルバーはその言葉に少しだけ胸が熱くなった。

(なんだか……オレがエスピオの隣にいるのが当たり前みたいだ)

 嬉しくなって自然と顔が緩む。しかし、同時にエスピオにとって大きな2人の存在を思い出す。

(でも……ベクターとチャーミーにとってはこれが当たり前なんだよな)

 緩んだ表情に少しだけ影が落ちる。それは不安という名の影だった。

(オレだって……あんたの隣で上手くやれてるよな?)

 そう思った瞬間、女性に声をかけられてシルバーはハッと我に返る。

「そうだシルバー、あっちにうちのリンゴを使ったパイが用意してあったわよ。もう食べた?」
「い、いや……まだだ。ありがとう、さっそく取りに行こう」
「じぶんも行こう。では失礼する」

 そう言って2人は新郎新婦の元を離れ、その後は他の住民たちと談笑しながら無事に式を終える。住民たちがそれぞれの帰路につき始めた頃、式場を去ろうとする2人をルーシーが追いかけるように駆け寄りながら呼び止めた。

「ちょっと待ってー2人とも!今日は来てくれてありがとう!島での結婚式は初めてだったでしょう?楽しんでもらえたかしら?もちろん私はとっても楽しかったわ!」

 何時に増して上機嫌なルーシーに2人も頷く。

「ああ、すごく楽しかったぜ!みんなで祝うのっていいよな」
「うむ。実に良い式だった。それで、必要であれば式場の片付けを手伝いたいところだが」
「そのことなんだけど、あらかた片付けは他のみんなが手伝ってくれたわ。今日はみんな疲れたと思うからゆっくり休んでもらって……今ちょうどね、舞台セットの片付けとか、大きなものは明日やるつもりで島の力自慢に声をかけてたところなの。悪いけど、2人も明日の片付けを手伝ってくれない?」

 ルーシーのお願いに2人は最初から決まっていたように顔を合わせて同時に頷いた。

「心得た!じぶんたちに任せてほしい」
「ああ、すぐに終わらせてやるぜ!」

 2人の様子にルーシーはふふっと嬉しそうに笑う。

「ありがとう、2人が居てくれればあっという間ね!それじゃ、明日よろしくね」

 明日の集合時間など詳細を話し合ったあと、ルーシーとはすぐに別れた。朝から始まった結婚式だったが、2人が帰路につく頃にはすっかり空は夕焼けに染まっていた。
 式での賑やかな様子から一変して静かな秋の道を2人並んで歩く。その静けさに少しだけ寂しさを感じながら、2人で今日の出来事について語り合う。シルバーは今日の新郎新婦の幸せそうな姿を思い返していた。

「なんかさ……いいよな。ああいうのって」
「うむ、長い時間を経て磨かれた絆は尊いもの。……信頼できる相手がいるというのは良いことだ」

(それって誰に向けた言葉なんだ?オレか、それとも……

 シルバーはそう言いかけてすぐに「そうだよな」と他愛のない返事をする。エスピオはただ前を向いて歩いていた。
 シルバーにとってエスピオは心の中が見えにくかった。忍びとして常に冷静であろうとするところから意図的に隠しているのかもしれないが、ベクターとチャーミーならばそれがわかるのだろうかと考える。シルバーにとってカオティクスの関係性は長い時間をかけて積み上げられた絆だと感じていた。それは今の自分にとって越えられない壁であることも同時に理解していた。

(もしこのままここにずっと居られるなら……いつか越えられる時が来るのかな)

 シルバーは少しだけその場で立ち止まる。少し先を歩くエスピオの背中を見つめると、そこにはエスピオを挟むように隣を歩くベクターとチャーミーの後ろ姿が見えた気がした。
 そこに自分の姿はない。それはシルバーの心に鋭い刃物で抉るような感覚を与えた。

(エスピオにとって、2人は大切な存在なんだ……。じゃあ、オレは……?オレはエスピオにとって……

 その思考がシルバーの足を更にその場に留める。まるで、地面に足を縫い付けられたような感覚だ。自然と足元に目をやると、思考の渦でぼやけた視界に赤く染まった地面が映った。

(もし、元の世界に帰ったら……。全部、無かったことになるのか?全部元通りになるのか?オレがしてきたことも、築いた絆も……

 シルバーは無意識にこの島にやってきてからのことを思い出す。
 エスピオの隣にはいつも自分だけがいた。ベクターもチャーミーもいない。いるはずがない。ただエスピオの隣で笑っている自分がいた。幸せだった。
 その時シルバーは気づいてしまう。
 この幸せは今しかない。元の世界に帰ることで、失ってしまうものなのだと。
 本能的にそう感じ取った時、夕暮れに照らされて地面に落ちた影が異様なほど長く見えた。

(それでも……

 シルバーは再び前を向く。そこにはもうエスピオに纏わりつく2人の影はなく、エスピオが不思議そうにこちらを振り返っていた。

「シルバー?」

 名前を呼ばれて少しだけ心臓が跳ねた。その何気ない一言が、シルバーの中で1つの疑念を確信に変える瞬間だった。

(それでも今、隣にいるのはオレだ)

 シルバーはゆっくりと歩きだす。エスピオに追いつき隣に並んで笑顔を向けると、エスピオは安心したように微笑みを返し頷いた。

(きっと、未来は変えられる)

 再び歩みだした頃、夕日は地平線に沈み薄い暗闇が2人を包んだ。