氷酒
2026-04-08 13:22:43
1809文字
Public SS
 

分水嶺①

まりみや組前々日譚
通過シナリオのネタバレ一切ない。


 我ながら、自分の人生なんて碌なもんじゃなかったし、これからも碌でもなく過ぎていくのだと思っていた。
 高校生の餓鬼が何を言っているんだ、なんて言葉が飛びそうなものだが、鈴懸真倫の幼少期はそうとしか良いように無かったと思っている。

 物心ついた時には、すでに両親は険悪だった。
 記憶に残っているのは父親と母親の怒号。仲が良かったところなんて見たことも無く、なんなら自分のことなんて殆どみていなかったようにも思える。原因は知らないし、対して興味はなかった。
 ただ、「ああ自分は、望まれていなかった子なんだなぁ」と幼心に思ったことだけを覚えている。

 そうこうしているうちに、父親はある日から家に帰らなくなった。詳しい理由はやっぱり知らないし、母親も特に何も言わなかった。
 見た目だけは綺麗だった母親は、夜毎に派手な化粧をして出歩くようになった。
 代わりに昼間は殆ど寝ているから、当然話す機会なんてない。一日の中で母親と会話する方が珍しいくらいだ。食事は買ったものが置いてあるか、時折金だけが置かれていた。その時分には自分が置かれた立場をよく理解していたから、特に騒ぐこともなかった。
 程度はあれ、生きることはなんとか出来ているし。時折心配した教師やら、夜に出歩いているのを聞きつけた役所の人が何度か来たが、無難に対応すれば問題無しとされ、いつからか構われることはなくなった。

 だから、こんなもん。あの時の自分はそう思うことが当然となっていたように思う。

 そうやって、綱渡りのような幼少期を過ごし、生殺しのような生活にほとほと嫌気がさし始めた中学三年生の春のある日。

 当面の生活費だけを置いて、とうとう母親は帰ってこなくなった。

 始めの頃は気付かなかった。その頃になると完全に放任されていたし、いなくとも生活することに不便は感じなくなっていたから。帰ってこない日が数日続いてから、ああ、とうとうか、と思ったくらいだ。
 強いて困ることと言えば金の工面くらいだったが、案外どうにでもなる。親譲りの顔の良さに、生き抜くための人当たりの良さで“大人”に甘えてすり寄れば、大概融通が利く。働くことだって、歳を誤魔化せば事足りた。………必然、そういう場所は夜の街に偏ってしまうのだが。


 形だけの保護者になった遠縁の親族から言われ、しぶしぶ入った公立高校も、すぐに通う頻度は減った。周りにしつこく言われた為に留年だけは防いでいたが、やる気なんてない。ただ学校にいて、たまに校内で遊んで、なんとなく帰るだけだ。
 問題を起こさないでいれば、親族も何も言わなかった。そもそもが希薄の血縁な上に、親に捨てられた厄介者なのだ。世間体だけで引き取ったのは目に見えている。
 早々に家を出て、『友人』の家に転がり込む。暫く厄介になって、飽きたら別の家に行く。そんな不健全で爛れた生活を繰り返していた。

 あのアパートに住むきっかけになったのも単に気まぐれだ。友人が持ってる物件に空き部屋があると言うから、せっかくだからと使わせて貰っていたんだ。都合がいい時に付き合うとか、そんな条件だったと思う。そろそろ荷物置き場が欲しいと思っていた頃だしとそれを了承して、住み始めた。

 それが高校の卒業が近くなり始めた時期。
 
……何、お前」
……みや」

 夜も良い時間。一度着替えを取りに来た俺を、じっと見つめるガキがいた。
 
 ちっこくて、細い。きっと小学生くらいだろう。
 隣の家のドアから顔を覗かせたそいつは、大きな瞳を不安げに揺らしながらもじっとこちらを見上げている。その様は家の前だと言うのに、まるで迷子のように見えた。
 ――どこか、見覚えのある目のような気がした。


「いや名前を聞いたんじゃなくて。なんでこんな夜中に出てきてんだよ」
「だって、さみしいから。隣におにいさんいるなって」
「いないいない。ママんのとこ戻りな」
「いない……お出かけしてる。おとうさんもいない」
「はァ………?」

 アパートに住み始めて間も無く、鈴懸真凛は隣の部屋のガキ――春山美夜に逢ったのだ。
 



続け。



前々日譚すぎてなんのネタバレにも引っかからないSS。カップリングSSってやつですかね!(美夜君ほぼ出てないよ)
生い立ちとかまとめてたらざらざらと設定の羅列になってしまった感。