二卵性
5861文字
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不動産よもやま話

旅人視点 全部捏造
ヌヴィリオ(におわせ)
https://www.pixiv.net/novel/series/15630280 と同じ世界線です(べったーにも掲載あり)
短編集→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=27843700

陽光の射す小春日和。日陰では肌寒いが、陽の下では心まで温まる気がする。こういうとき、この国の最高権力者の言葉を思い出す。春も秋も天候が悪いが、冬はそうでもない、と。まあ、あの人の言葉だから、天気がいいの基準が違う気がしないでもないけども。
「ふわぁ〜あ、眠くなってきちゃったぞ……
ぐっ、と隣で浮かびながら器用に伸びをする相棒の台詞は、要は休憩のおねだりだ。ちょうどカフェが見えてきたから、そうだね、と返す。でも、この天気だと温かいものが冷たいものか、どっちを飲むか迷う。そう考えながら追いかけた小さな背中は、しかしすぐにぴたっと止まった。
「リオセスリ!」
珍しい人だ。正確には、フォンテーヌ廷で見かけるには、だけども。カフェのテラス席に座る彼は、驚いた様子も見せずこちらにひらりと手を振った。
「やあ、お二人さん」
「こんなところにいるなんて珍しいな!」
「はは、こんな日にも水の下で過ごしてたら気が滅入るだろ?」
全くそう思っていなさそうな口調で返されて苦笑するしかない。相席しても?と尋ねるとこころよく頷かれたので、誰かと待ち合わせしているわけでもなさそうだ。
自分のコーヒーと相棒のスイーツを頼み、それで、とリオセスリに向き直る。
「何か用があったんじゃないのか?邪魔しちゃってないよな?」
「おいおい、たまにしか会えないあんたらとのティータイムだ。邪魔になんて思うわけないだろ?」
「ならいいけど……
くるっと丸め込まれた相棒を見て、話せない用事かな、と思う。でも、それにしてはくつろいでる雰囲気だ。となると。
「わかった。家を買う件でしょ」
ピンと来て言うと、リオセスリは少し目を丸くした。それから大袈裟に「驚いた」と手を広げる。
「一体どんな推理だい?」
「単なる当てずっぽうだよ」
最近聞いた、フォンテーヌ廷での用事がそれだったから。簡潔に答えると、「冒険者は勘がいいな」なんて感心される。そんなに警戒しなくたっていいのに。いや、本心?掴みどころがないせいでこっちも身構えてしまうっていうのも、わかってやっているのかもしれない。
「なんだ、もう家を買ったのか?」
「ああ、アパートをな」
「公爵なのにアパート?ケチくさいな!」
相棒の容赦のない台詞に笑っていいのかわからなくなる。フォンテーヌ廷の地価を考えたら、絶対にケチではないから。リオセスリはふっと片眉を上げた。
「アパート一棟はケチくさいのか。もう三棟ばかし買えばよかったかね」
「それは買いすぎだろ!」
「何匹ペット飼うつもり?」
つい一緒に突っ込んでしまった。ペットを飼うと言ってアパートを購入することに違和感はあったけど、まさか一棟まるまるとか。水中要塞の主はスケールが違う。モラの総額を聞けば相棒は卒倒するに違いない。
「まあ旅人、パイモン、考えてみてくれ。俺も毎日フォンテーヌ廷に帰れるような優雅な生活を送れるわけじゃない……
「やればできそうだけど」
「そうなるとペットを飼うってのは実質他人頼りだ。それは無責任だろう?」
いや、ちゃんと面倒見てれば責任はあると思う……と返すより先に、リオセスリのペット観に思いを馳せてしまう。毎日自分で世話をしないと無責任だと言うのだから、なんというか、愛情深い人だ。責任感があるというのは知っていたけども、人を信じられないぶんの愛情をペットに注ごうとしているのかもしれない。
「だったら最初から人に世話をさせればいいと思ってな」
「目的と手段が逆転してない?」
「まあまあ、最後まで聞いてくれ」
というわりに、リオセスリはもったいぶって牛乳の割合のほうが多そうなコーヒーに口をつけた。それからゆっくりと話し始める。
「実はうちの職員の一人が結婚してな。それを機に水の上で仕事を見つけたいと相談を受けたんだ」
看守ってパレ・メルモニアの管轄じゃないの?と聞きそうになって、だから職員と言ったのだと気がついた。再就職先まで斡旋しているらしい。
「特別許可食堂の仕入れを担当していた一人でな。さらにはそいつの結婚相手は獣医ときた。ちょうどいいから、新しく買ったアパートに住んでもらうことにしたんだ」
「部下のペットを撫でに行くのか?」
「いや。アパートの一階をカフェにするんだ」
「は?」
「よくあるだろう、看板犬だの猫だのがいるカフェが」
いよいよリオセスリ本人が住む話じゃなくなってきた。あと、看板犬とか猫とかがいるカフェが好きらしい。そういえばこのカフェにも、看板猫ってわけじゃないけど、よく野良猫が日向ぼっこしている。だから選んだのかな?稲妻に行く予定があるんだったら、木漏茶屋を紹介してあげよう。
「よくわかんないけど、犬とか猫とかって都合よくいるもんなのか?」
「フォンテーヌ廷でもよく見かけるだろう?野良犬とか猫は、きちんと管理しないとすぐ増えるんだ。そして冬を越せない個体は少なくない」
「そっか……
「そういった管理されていない犬猫は病気を持っていることも多くてな。素人が手を出すなよ?」
なるほど、だんだんとリオセスリがやりたいことが見えてきた。
「そういう野良個体を管理するための人が住むアパートってこと?」
「惜しいな。野良個体を管理して、飼いたいって奴がいれば譲渡するんだ。カフェはそのための場でもある」
カフェはただの資金源ってわけじゃないかったらしい。確かに、看板犬とか猫が人懐っこいとかわいいなあ、飼いたいなあって思うかもしれない。
「でも病気を持ってるかもしれない野良犬とかを捕まえて売るって、それで儲けられるのか?」
「おいおいパイモン、俺のことをなんだと思ってるんだい?生体販売に手を染めるわけないだろ。無償譲渡だよ」
「ええ!?じゃあ損しかないじゃないか!」
「そりゃ慈善事業なんだから儲けが出るわけがないだろう」
そうじゃなくても野良を捕まえて売るなんてこと、リオセスリは絶対しないと思う。しかし相棒にとっては意外だったみたいで、わなわなと震えて人差し指を突き付けた。
「それって……お前がいい奴みたいじゃないか!」
うーん、我が相棒ながらリオセスリのことを悪の親玉だとか思ってるのだろうか?まあ、本人は全く気にせず飄々としているけど。
「いい奴に決まってるだろう、フォンテーヌの栄誉称号をもらってる善良な市民だぞ」
「絶妙に突っ込みづらいね」
ヌヴィレットあたりは一も二もなく頷くだろうけど、クロリンデなんかは顔を顰めそうだ。こっちは後者寄りかもしれない。
「まあ、慈善事業は悪いことじゃない。節税できるし、俺はいつでも犬か猫を撫でられる。アパートの空いてる部屋をペットを飼いたい奴に貸せば不動産収入も得られる……
「目的に対して手段が壮大すぎるだろ!」
「たまたまできるやつを見つけられたから、形になりそうだって話だ。とはいえ、始めてみないとわからないこともあるだろう。ひとまずカフェの開業許可を申請してるってところだ」
絶対たまたまじゃない。財力・企画力・実行力の三点セットを備えた公爵様をついじっと見てしまった。
「でも、無償譲渡だったら変な人が来たら困らない?」
「それは懸念点の一つだな。ペットの飼育に適した財力や家庭環境があるかは調べさせてもらうつもりだ。ほら、フォンテーヌ人はちょっと……商売が好きすぎるだろう?金儲けの手段になるのが一番都合が悪いんでな」
「あー……
フォンテーヌ国内外でいろんな商人を見かけてきた身からすると肯定しかできない。特に問題を起こす商人を。
リオセスリはとんでもないお金持ちだろうけど、そういう商売っ気は全然感じない。ウィンガレット号を作ってたあたりも、予言に対する保険は採算度外視って感じだったし。彼が言うならなおさら、生体販売に関わる犯罪が多いんだろうなと思いを馳せてしまった。
しかし。一応これは確認しておくべきかなと思い、ちょっと声をひそめて尋ねる。
「でもリオセスリ、本当にペット飼わなくていいの?やろうと思えば毎日、フォンテーヌ廷じゃなくても、水の上に帰れるんじゃない?」
そのうち誰かに引き取られる犬や猫は、ペットとは言えないだろう。少なくとも、リオセスリの求めている、毎日自分で世話をして愛情を注ぐペットじゃない。そりゃあ、責任感のせいで我慢することだってあると思うけど……、彼がペットを飼いたいと言うのは本心だと思うから。
しかし、リオセスリは、あっけらかんと肩を竦めた。
「帰る場所はあるんだが、そこで飼うのは断られたんでな」
……えっ?」
「おっと旅人、言いふらしてくれるなよ?」
そう言い残し、リオセスリは伝票を持って立ち上がった。え、えっ、と混乱している間に、会計を済ませてしまう。それどころか「じゃあな」なんて手を振って、カフェを出て行ってしまった。
完全に言い逃げだ。どうしてくれる、この感情。
「あいつ、おごってくれたぞ!さっすが公爵、太っ腹だな」
「口止め料……
「ん?どうした旅人?」
「何でもないよ、パイモン」
なんだか壮大なのろけを聞かされた気がしないでもない。ため息をついて、気持ちを切り替える。現金な相棒のご機嫌が直ったので、やることを済ませないといけないし。
「そろそろパレ・メルモニアに行こうか、パイモン」
「おう!じゅうぶん休憩したしな」
約束の時間も迫っている。すっかり冷めたコーヒーを飲み干し、二人で席を立った。



この天気のおかげか、パレ・メルモニアの中の空気もすこし緩んでいる気がした。そんなことに構わない相棒はすいすいと飛んでいき、受付のセドナに挨拶をして、重い扉をノックする。あの広い執務室では、ノックの意味があるかもちょっとわからないんだけど。
「ヌヴィレット!来たぞー」
「こんにちは、ヌヴィレット」
「ああ。ごきげんよう、二人とも」
長い廊下を歩きながら挨拶をすると、ステンドグラス越しのうららかな陽光を浴びるヌヴィレットが顔を上げた。
「して、依頼はどうだっただろうか?」
今回のヌヴィレットの依頼は、メリュシー村でのちょっとしたお手伝いだった。迷い込んだマシナリーの排除から、家の修繕、タイダルガの収穫、失くしたしるしの捜索まで。ヌヴィレットの手が空いていれば本人が行っているみたいだけど、最近は忙しくしているとかで代わりに頼まれたのだ。
「全部ばっちりだ!ほらこれ、セレーネがサインしてくれたんだ」
「ほう。確認しよう」
やったことを羅列して、セレーネがチェックしてくれた書類を相棒が意気揚々と差し出す。ヌヴィレットはさっと目を通すと、満足そうに頷いた。
「頼んだことをすべてこなしてくれたのだな。感謝する」
「へへ、これくらいなんてことないぜ!」
「いま、時間はあるだろうか?謝礼を用意するついでにティータイムにしたいと思っているのだが」
「いいぞ!」
「パイモン、さっき食べたばっかりでしょ……
「おやつは別腹なんだぞ!」
「さっきもおやつだよ」
断るという選択肢はないみたいなので、おとなしくソファに座る。ヌヴィレットが持ってきてくれたのは水ではなく、紅茶とケーキだった。ホテル・ドゥボールのケーキ。うん、断らなくてよかった。
懐も暖かくなったし、パティスリーなんかを見てみるのもいいかもしれない、それかいいホテルに泊まっちゃうか……。そんなことを考えながらケーキにフォークを入れていると、ヌヴィレットはふと思い出したと言わんばかりに尋ねてきた。
「先ほども外でお茶をしたのだろうか?」
「カフェで少しね」
「そうそう、リオセスリと会ったぞ。珍しく」
「リオセスリ殿と?」
「あいつ、アパート一棟買ったんだって!ヌヴィレットは聞いてるか?」
相棒が興奮気味に唇を尖らせる。ヌヴィレットはいつも通りに「ああ、」と頷いた。
「犬と猫のいるカフェを経営すると聞いている」
「ペットを飼うって、そういうことじゃないよな?あいつのスケールおかしいぞ……
「うむ。君の言うとおりだ」
意外なことに、ヌヴィレットは相棒の言葉に賛同した。ヌヴィレットこそとんでもない買い物してそうだけどなあと思いながら紅茶を飲む。
「法人登記では栄誉称号による不動産取引優遇を受けられないというのに……
「そこかよっ!」
「そこじゃないよ」
つい一緒に突っ込んでしまった。……さっきもやったな、これ。
「ヌヴィレットはリオセスリにペットを飼ってほしいの?家を買ってほしいの?」
「どちらでも彼の自由だ。ただ、爵位の書類は読むべきだと。手間をかけて与えたものであるのに、なかなか活用してくれないゆえもどかしく思う」
「ふ、ふーん……
べつに、活用してないことないと思うけどな。ただこれ以上突っ込むと藪蛇になりそうなのでやめておく。
「なんだ、リオセスリの爵位ってヌヴィレットが与えたのか?」
残念ながら相棒は止まってくれなかったけど。
「そうだ。彼の功績の審査及び承認、式典の開催……、最後の式典は結局は行わなかったが、すべて私が主導したものだ」
「へー。じゃあリオセスリがカフェを開いたらヌヴィレットが通えばおごってもらえるんじゃないか?」
「なぜだろうか?」
「たってリオセスリはヌヴィレットに恩があるんだろ?それにメロピデ要塞じゃなければ、ヌヴィレットだって長居できる!」
「ふむ」
その理屈はおかしいよ、パイモン……。そう嗜めるべきか、最高審判官様に審判してもらうべきか。面倒になって後者を選ぶことにした。
そして後悔した。
「いや、貸しはすでに返してもらっている。そして彼の経営するカフェに通うのも悪くはないが、本人の手料理の方が好ましい」
しれっと言うものだから、一瞬何かの聞き間違いかとも思った。そしてピースが嵌まる音がする。嵌まらなくていい!
「手料理?」
「そうだ」
「へえ、あいつ料理できるんだな!」
相棒がのんきに言っているのに、ため息が出た。
「ヌヴィレット」
「なんだろうか?」
「あんまり迂闊なことは言わない方がいいよ……
ヌヴィレットは目を瞬かせ、それからふっと微笑んだ。
「君たちがスチームバード新聞に駆け込む心配はしていないのでな」
さいですか。
のろけてオッケーの判定が信頼かどうか、少し考えながら甘いケーキを紅茶で流し込む。あとで絶対、ホテル・ドゥボールのラウンジで口直ししてやると決意した。