うーんと唸り声を上げる松本を、一之倉はかれこれ十五分以上眺め続けていた。ダイニングテーブルの上では、松本の好みに合わせて淹れたカフェラテがすっかり冷めている。奮発して買ったデロンギのエスプレッソマシンが泣いている、かもしれない。
不惑をとうに過ぎた松本の目元には皺が寄り、短く刈り上げた髪は白髪まじりだ。そのどちらもこの男の魅力を損なうどころか、むしろダンディーさを増している。美人は三日で飽きる、という俗説があるけれど、あれは嘘だ。一之倉は三十年近く前から松本の顔を見続けているけれど、未だに飽きることがない。
松本はしかめていた眉根をぐいぐいともみほぐして、もう一度うーんと唸った。どうやら難問らしい。普段は互いの仕事に口は出さないけれど、さすがに見かねて一之倉のほうから口火を切った。
「そんなにスマホとにらめっこして、どうしたの?」
「ああ」
松本ははっと顔を上げて、スマホをテーブルに置いた。伏せるのではなく、画面を上に向けたままだ。ちらりと見えたのは、松本がコーチを務めるチームのSNSのトップページだった。
「ほら今、マスコット投票やってるだろ」
「ああ」
「うちのチームのマスコットをアピールする投稿をしてほしいって広報から言われてて……あ、コーヒー冷めちまったよな。せっかく淹れてくれたのにすまん」
「いいよ。ねえ、スマホ見てもいい?」
「ああ」
松本はなんの躊躇もなく、スマホを一之倉の方へすべらせた。パートナーとしては隠し事がなくありがたいことだが、情報管理は大丈夫なのかとちょっと心配になる。
松本が冷めたカフェラテをすすっている間に、一之倉は松本の写真フォルダをすいすい遡った。案外、バスケ関連は少ない。練習中の動画や写真はチームのタブレットで撮るからだろう。写っているのは野良猫とか、遠征先で食べた食事とか、桜の蕾とか、そういう何気ないものばかりだ。そのほとんどに、一之倉は見覚えがあった。松本が「なつっこい猫がいた」とか「スタジアムグルメが美味い」とか「そろそろ咲きそう」とか、短い一文とともに送ってきた写真たちだ。
「そもそもうちのカエル、やる気ないんだよなぁ。一位になると仕事が増えるから八位くらいになりたいピョン、とか言っててさ」
やれやれ、と言わんばかりにため息をついた松本の唇に、ミルクの泡が残っている。一之倉は身を乗り出して、それをぺろりと舐め取った。
「お、おお!? どうした急に!?」
「んー、なんか俺、愛されてるなーって思って」
「お、おお?」
松本はびっくりすると目がまん丸くなる。困惑すると片方の眉を下げて小首をかしげる。皺ができても白髪が増えても、その癖はずっと変わらない。
「あ、写真、これがいいんじゃない?」
一之倉は、疲れ切ってうなだれているピンク色のカエルと、その肩を叩いたり着ぐるみの頭を外そうとしたりしている選手たちが写った写真を指さした。たぶん試合後で選手たちも疲れ切っているだろうに、みんな笑っている。こういう何気ない一枚にこそ、愛が写っているのだ。
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