ヒースクリフはサンタクロースである。いつからそうであったかはもう覚えていないが、誰からも必要とされないどころか、存在すら疎まれ都市から追い出されるようなどうしようもない人間、『不純物』とみなされたそれらを、潰して引き延ばして丸めて、綺麗に箱詰めしてラッピングし、見事なプレゼントになったそれらを外郭の連中に配るのが仕事だった。
人間に恨みを持っているが故に、人間の苦痛と悲鳴と怨念が文字通り凝縮された、見かけだけは可愛らしいぬいぐるみや玩具を、そうと知りながら欲しがる常識も道徳もイカれた連中は外郭にはそれこそ掃いて捨てるほどいて、ヒースクリフのサンタ稼業の需要は年々増していた。世も末である。とっくの昔から末も末であっただろうが。
さて、そんな一見順風満帆に見える邪悪なサンタクロース稼業だが、ひとつ問題があった。需要が増えたならば当然供給を増やさねばならず、つまりは材料を調達する必要がある。普段であれば今ある調達先でもなんとか賄えていたが、サンタクロースの繁忙期、聖夜のシーズンとなるとそうはいかない。増え続ける需要に今のやり方で確保している材料の数では到底追いつかず、ノームたちと機材をフル稼働させたところで肝心のものがなければ、いくら需要があっても事業が立ち行かない。
「販路を拡大せねばなるまい」尊大な口調に似合わぬぽんぽん帽子を揺らして、分厚い帳簿を片手に同じサンタクロースであるウーティスが言った。そうしてそれをヒースクリフに任せる、とも。
直感で面倒ごとの気配を瞬時に察したヒースクリフは「テメェで行けや」と一度は反抗する姿勢を見せたものの、両手いっぱいの帳簿と、彼女の後に並んで手に持った各々の書類に我先にとサインを求めるノームたちの渋滞を指し示され「貴様がこれらを変わってくれると言うのなら、喜んで私が行こうではないか」と見事な営業スマイルと共に発せられた言葉によって撃沈した。騒がしいノームたちに囲まれながら部屋に缶詰で頭の痛くなる数字と睨めっこするより、外を駆けずり回って材料を捕まえて回る方がまだ性に合っていた。
かくしてヒースクリフは新たな材料確保に向けてノームたちの工房から離れ、一時の旅に出た。聖夜があと2ヶ月に迫った夜のことだった。
それからひと月が経った頃、赤茶けた荒野をひたすらに走る年代物のトラックの荷台の片隅で、冗談みたいな運転技術のせいで阿呆みたいに他の荷物にあちこち体をぶつけながら、ヒースクリフは自分の最初の直感を信じなかったことを心底後悔していた。
最初はなんの問題もなく上手くいっていた。狩人の数が少なく警備の薄い集落や、何らかの理由で元の住処を追われ、行き場を探して荒野を渡る逸れ者を見つけて、ノームたちを派遣したりヒースクリフ自身が袋詰めにして工場に送っていた。だがこれらはいつものやり方と変わりなく、継続的な供給にはならないし何より効率が最悪だ。
なので次は中規模の町を襲った。これも特に問題なく上手くいったが、全ての人間を根絶やしにするのではなく、ある程度残して在庫を復活させる試みは失敗に終わった。強襲者に根城を知られた恐怖からか、生き残った者たちが町を捨てる決断をしたからだ。別に手負の狩人と生き残り数人くらい見逃して、他の人間の拠点に合流するなり、砂嵐に襲われ立ち行かなくなるなりしたところでいつものように刈り取ることは容易だが、安定した供給にはやはり程遠い。
ヒースクリフは悩んだ。この馬鹿げた『おつかい』から帰還するにはウーティスを納得させるような戦果が必要になるが、今のところめざましい収穫には至っていない。材料はそれなりに送っているが、彼女が求める『販路』には程遠いものだろう。
『量』がいるのだ。ちょっと間引いたくらいでは揺らがない、確かな狩場。一角が襲撃を受けても蹴散らされた鼠の群れのように散ることのない規模があり、しかし自分たちのような侵入者がつけ入る隙がなくてはならない。出来ればノームたちだけでも材料の調達が安定すればなお良い。だがこの外郭で、それらの条件を満たす場所は限られている。
ヒースクリフは考えた。考えて、考えて、足元で罵倒と命乞いを交互に吐き出している人間を袋の中に叩き込みつつ3分くらい考え抜いて、荒野に吹き荒れる砂嵐が一瞬晴れた際に垣間見えた朽ちかけのビル群に、「まぁ試してみっか…」と思考を放棄したのが間違いだった。
外郭の知識に疎いヒースクリフは理解していなかったが、怪物が蔓延り、より集まった人間たちが必死で築いた文明も一夜で塵に変わるようなこの場所で、襲撃に耐えうる文明と人間を維持できる規模の町自体がどういうものか、文字通り身をもって知ることになる。
一歩だ。ほんの一歩、その町に足を踏み入れた瞬間にけたたましく鳴り響いた警報に、ヒースクリフは己の認識の甘さを瞬時に悟った。
石か何かに乗り上げたのかより大きく揺れたトラックにより、ヒースクリフの体は宙に浮き、何度かバウンドしつつまた床に転がった。どんだけ下手くそなんだ万年若葉マーク腐葉土ジジイ免許ごと燃えろ、などという悪態は傷を強打したために漏れ出た呻き声と共に、くすんだ緑色の箱の中に消える。そう、ヒースクリフは今、両掌に収まる程度の薄汚れたプレゼント箱の中にいた。
鳴り響いた警報とほぼ同時に現れた狩人やら迎撃用機械やらがぞろぞろ出てきたのを見た瞬間に、潔く撤退を決めた頃には連れてきたノームは薄情にもさっさと逃走しており、1人で武装集団から逃げ回る羽目になったヒースクリフが殺意しかない猛攻を何とか躱しながら咄嗟に飛び込んだのがこのオンボロトラックで、そして気がつけば『箱』になっていた。
原理はさっぱりわかっていないが、極限まで弱ったり理性が飛ぶような事態に陥った時などに、ヒースクリフは小さな『プレゼントボックス』になることがあった。メリットどころか武器も手足もまともに取り出せなくなるデメリットしかないこの体質に、常々「いつ役に立つんだこんなん」の「いつ」が今になるとは思っていなかったが、ともかく、乱雑に積まれた荷物の中に小さな箱は上手く紛れ、追跡者たちの目を欺くことに成功した。遠ざかっていく気配に安堵して思わず少しだけ目を閉じ、ケツが割れそうなほど飛び上がって落ちた衝撃で目を覚ました時には、オンボロトラックはヒースクリフを乗せたまま既に荒野へと走り出した後だった。
鼠でも締め上げた時のような悲鳴じみたエンジン音と共にガタン、とまた大きく車体が揺れて、ヒースクリフの頭上に積み上がった箱から缶詰がいくつか落ちてけたたましい音を鳴らした。そんなことなど気にしてもいなさそうな運転手の、調子も音程も何もかもずれまくった気が狂いそうな鼻歌を聴きながら、旅立つ直前にかけられた『引き際を見誤るなよ。貴様が調子に乗ると大概碌なことにならん』という忠告と、『そらみたことか』と現状を鼻で笑う脳内に浮かんだ同僚の幻覚を舌打ちで振り払い、為す術のないヒースクリフは不貞腐れた様子で再び目を閉じた。
他人に自分の命運を預けるような真似はしたくもないし、それが吹けば飛ぶような耄碌ジジイだなんて絶対に御免だったが選択の余地はない。少なくともこのトラックはどこか別の拠点を目指して走っている…走っているよな?湧き上がった一抹の不安から全力で目を逸らし、なるようになりやがれ、と半ば投げ捨てるように切り替えた気持ちは、「ありゃ〜おかしいのう…道を間違えたかぁ?」というジジイのデカすぎる独り言によって奮い立てた端から半分以上消し飛んでいった。
思いの外深く寝入っていたヒースクリフが次に目を覚ましたのは、気でも狂ってんのかというほど雑に踏まれたブレーキのせいで他の荷物と共に運転席の方へ吹っ飛んだ時だった。全身を強かに打ち付けて出た呻き声は、どこかの箱から溢れでた何かの瓶が割れる音に掻き消された。強烈な目覚ましのおかげでぐわんぐわん揺れる視界に吐き気を催すヒースクリフの耳に、誰かの会話する声が聞こえてそちらに意識を集中させる。
1人は運転手のジジイのもの、もう1人は性別が女だということしかはっきりしない。そこそこ歳のいった、丁寧だがどこか鼻につく口調。どこかで聞いた覚えがあるような気がしたがそれは一旦脇に置いて、会話の内容をよく聞こうとヒースクリフは荷台から少しだけ身を乗り出した。
「今回も随分な大荷物ですわね、行商人様」
「へぇシスタァ様、祝福の日が近いってんで、いくつかの町を回っていつもの食材に、贈り物になりそうなもんを見繕ってみたんですじゃ」
「まぁ、ご厚意に感謝いたしますわ。さぁ、あなたも見てご覧なさい」
「おんや、じゃあこのかわいらしい坊ちゃんが?」
「えぇそうなのです。さぁほら、何でも好きなだけ手に取って良いのですよ。全てあなたのための贈り物なのですから」
ジジイと女の口ぶりからその場に3人目の誰かがいることは察したが、「坊ちゃん」と呼ばれたそいつの囁き一つ聞こえてこなかったため、ヒースクリフはその正体を確認しようともっと3人を観察できる位置に移動しようとしてーーー見覚えのない緑色と視線があった。
年は10にも満たないだろうか、寒さに色づいた白い頬の曲線はまろやかで幼い。濃い緑色の目を無垢に瞬かせて、感情の読めない無表情のままヒースクリフをじっと見つめている。掌サイズの箱を。血と泥で薄汚れた小箱を。多分ちょっとだいぶ不自然に1人でに動いただろうプレゼントボックスを。
ヒースクリフは息を殺して子供の動向を注視した。一縷の望みをかけて目の錯覚だとスルーしてくれと願った。今の状態のヒースクリフは迎撃はおろか逃走すらままならない無力な小箱だ。うっかり悲鳴でも上げられて狩人でも呼ばれたら全てが終わる。
焦るヒースクリフの内情など知る由もない子供は、無言のまま穴が空くのではというほどヒースクリフを凝視し続けていた。ただただ人形じみた無表情で。
瞬き以外の動作を見せない子供を前に必死で無害な小箱を演じながら、ヒースクリフは子供の興味が他に映ってくれるのを待った。こんな面白くもない汚ぇ小箱なんて放っといて、あっちに転がってるワニの玩具なんてどうだ?たぶん当たりの歯を押し込んだら口が閉まるタイプのアレだろ?ごりごりの鉄製の鱗でびっしり覆われてビカビカのボディがイケてなくもないし、がっつり研がれた歯は指貫通どころか噛みちぎりそうな勢いで、ちょっと待てあれ本当にガキ向けの玩具か?指の拷問器具とかでなく?
玩具に擬態した拷問器具(?)にヒースクリフが意識を持ってかれた一瞬の内に、微動だにしなかった子供が唐突に動き出した。音もなく伸ばされた傷ひとつない白い手が、その利口な顔つきに似合わぬ遠慮のなさでむんずと豪快に掴み、抵抗の意思が芽生える間も与えないままヒースクリフ(箱)をトラックの外へと引きずり出す。少し離れた場所に立つ2人の大人と、掴みあげた小箱を覗き込むように見つめる緑の目の子供の視線に晒され、あー終わったわ、と運命の女神に心中で中指を立てたヒースクリフは、唐突に響いた「これがいい」という小さな声の方へ反射的に視線を向けた。
先程と何も変わることのない無表情でヒースクリフを鼻先に持ち上げた子供が、表情を変えることなく口だけ動かして今度はもう少し大きな声で言う。
「これにする」
状況を飲み込めず運命に立てた中指を下ろすことも出来ないヒースクリフを見つめて、名前も知らない子供がほんの一瞬、うっすらと微笑んだような気がした。
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