冬牙
2026-04-07 15:11:01
4908文字
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【espilver(エスシル)】異世界スローライフ:エピソード3

※異世界スローライフシリーズの続きになります。

前回のお話をまだお読みでない方は先にそちらを読んでいただきますよう、よろしくお願いします。

※誤字・脱字等ございましたら申し訳ございません。

【3:色付く気配】

 それから、2人で計画した資金調達は思いのほか上手くいった。シルバーとエスピオは持ち前の能力を活かすことで島の人々から重宝され、自然と関りも増えていった。
 元の世界に帰る方法を見つけようとはしていたものの、進捗がないままあっという間に月日が流れ、この島に来た頃はまだ桜の散る季節だったにも関わらず、気づけば木々が紅葉に染まりはじめていた。

「シルバー、おぬしの方はもう済んだのか」
「ああ、問題なく終わったさ。手伝おうか?」

 この日は街の人からの依頼……、強風で壊れた家の屋根を修復してほしいとのことで、2人がかりで修理に取りかかっていた。夏から秋にかけての期間では台風のような強風の日が頻発し、怪我人こそいなかったものの住宅の一部が破損するなどの被害が出た。エスピオとシルバーは自分たちなら修復に協力できるはずだと積極的に動き、住民たちの家の修繕に務めた。当然島の人たちからは大いに感謝され、見合った報酬も得られている。
 すっかり慣れた様子でいつもと同じように2人は手際よく作業を進めていく。シルバーが建材を押さえている間にエスピオがハンマーで釘を打ち込みしっかりと固定する。1人では大掛かりな作業だが、2人ならあっという間だ。

「よし、これで大丈夫だろう」

 エスピオが固定できたことを確認すると、屋根の下から声がする。2人が下の方を見ると差し入れを持った依頼主の男が手を振っていた。

「2人ともー!お疲れ様ー!作業の方はどうかな、少し休憩しないかい?」
「今終わったところさ!もう安心していいぜ!」

 シルバーは答えて下に降りようとする。その時、エスピオがシルバーを呼び止めた。不思議そうにエスピオを見ると、その瞳はまっすぐシルバーをとらえていた。

「助かった。……やはりおぬしは頼りになるな」

 『信頼』と表現するに相応しい、優しい声色をしていた。シルバーはその言葉に目を見開き、仄かに心が満たされるのを感じる。じんわりと胸が熱くなり、今この瞬間、誰よりも頼りにされたているような気がした。

 「あ、あぁ」と曖昧な返事をして2人は屋根から降りる。その後は休憩しながら差し入れをいただき、依頼主と別れた後はそれぞれ街を離れて自由行動にすることにした。

 シルバーが向かったのは街の北側にある花畑だった。このあたりは風通しや景観がよく、お気に入りの場所の1つだ。

……いい空だな。本当に平和な世界だ」

 花畑を抜けた先の海岸沿い近くの崖に座って1人空を見上げていた。シルバーは昔から青空が好きだった。今日は気持ちのいい秋晴れで、日差しは暖かく、海から流れる心地の良い風が白銀の針を優しく揺らした。

「あら、あなたもここが好きなの?」

 後ろを振り向くとそこにはルーシーが立っていた。ルーシーはそのまま近くに歩み寄り、シルバーの隣にゆっくりと腰を下ろす。

「空を見ていたんだ」
「いいお天気ね」

 2人はそのまましばらく空を眺めていた。時間の流れがゆっくりと感じられる。しばらくした後、ルーシーはシルバーの方を見て問いかけた。

「島の暮らしにはもう慣れた?最近みんなの家の修理にあちこち走り回ってるみたいじゃない。みんな感謝していたわ」
「ああ、屋根の上は危険だろ?オレたちなら心配いらないけど、みんなにはそんなことさせられないからな」
「ふふ、優しいのね」

 ルーシーは嬉しそうにくすくすと笑う。そうやって他愛ない会話を続けていると、ルーシーは改まったように話し始める。

「あのね……、私、2人がこの島に来てくれて本当によかったって思っているの。あなたたちが来てくれてから、この島にもっと活気が出た気がするのよ。本当にありがとう」
「どうしたんだ?急に改まって……
「ねえ、少しだけ私の話に付き合ってくれる?」

 シルバーが不思議そうな様子のまま小さく頷くと、ルーシーは静かに再び海のほうを向き直った。

「これは、既に亡くなった先代の島長……私の育ての親から聞いた話なんだけど」

 ルーシーの瞳は目の前に広がる海の、その先の地平線のもっともっと遠くを見つめているように見えた。

「実はね……私の両親はみんなと同じ、別の世界から飛ばされてきた人だったの」

 そのままルーシーは自身の過去について語りだす。

「その世界は、戦争が絶えなかった。お父さんとお母さんは敵国同士の兵士だったんだって。そんな2人が争いのないこの島に飛ばされて、関わっていくうちに自然と愛情が生まれて……私が生まれた」

 地平線の向こう側を見つめる瞳がわずかに揺れる。

「すごく仲睦まじい夫婦だったんだって。誰もがずっとこの島で平和に暮らしてくれると思ってた。それなのに……私を置いていなくなってしまったの」

 ルーシーはそう言うと静かに俯いた。

「やり残したことがあるって。大事な『使命』だからって。赤子だった私を先代の島長に預けて、元の世界に帰っちゃったんだよ。私には辛い思いをしてほしくないから……平和に暮らしてほしいからって。両親はそれっきり島に帰ってこなかった。……信じらんないよね」

 シルバーは驚いたようにルーシーを見つめ、ただ黙って話を聞き続ける。

「私、両親の顔も覚えてないの。なんで帰っちゃったんだろう……?『争い』って、お互いを傷つけることなんだよね?『戦争』ってもっと酷いことなんだよね?死んじゃうかもしれないんだよね?なのになんで、なんでそんな世界に帰っちゃったのかな。『使命』って、そんなに大事なことなのかな?わからない……私にはわからないよ。どうして……どうして私も連れて行ってくれなかったんだろう」

 海の青を見つめるルーシーの瞳には、わずかに涙が滲んでいた。ルーシーが感じていた孤独。それは遠い昔に両親に見捨てられたことによるものだった。

「ルーシーは……両親が帰ってくるって、信じてるのか?」

 シルバーが少し戸惑いながら問い返すと、ルーシーは小さく首を振った。

「この島にもう一度帰ってきた人はいないわ……。私が両親のいる世界に行こうと試みたこともあった。でも、それは先代に止められたわ。それじゃあなたをここに残した意味がなくなるって。先代は私がここで幸せに暮らせるように、両親と約束したんだってさ。勝手だよね?私はそんなの、知らないのに……。今じゃ両親が生きてるかどうかすら、わからないの」

 ルーシーはシルバーの方を向いて少し困ったような、それでいて柔らかい表情を向ける。

「そうやって先代の島長と島のみんなに私は育てられた。先代が寿命で亡くなったあと……私が先代の意思を継いで島長になることを決めたの。この島に残された者として、私がしてもらったように、島のみんなを幸せにできるように」
……立派だな。あんたは」 

 シルバーの言葉にルーシーはまた困ったように小さく笑った。

「ありがとう。でもね……未だにわからないの。両親が私を置いて元の世界に帰った理由が。……あなたなら、その答えを見つけられる?」

 シルバーはルーシーの言葉にハッとする。無意識に感じた、『使命』という言葉。他人事ではないような気がして、思わず固唾を呑んだ。その様子を見たルーシーはふっと笑っておもむろに立ち上がった。

「ごめんなさい、あなたに聞いてもどうしようもないわよね。話をきいてくれてありがとう。そろそろ夕飯の買い出しに行かなくちゃ」

 そういってルーシーは一言「それじゃあね」と言って去っていった。シルバーは立ち上がりルーシーの背中を見送る。

……使命、か……

 シルバーはその場に立ち尽くしぽつりと呟く。次第に空は夕暮れに染まれ、日が落ちる前に家に向かった。

____________

「シルバー、戻ったのか」

 家に戻ると既にエスピオが帰宅して夕飯の準備を進めていた。

「あ、あぁ……ただいま」

 俯いたまま返事をするとエスピオは心配そうにシルバーに尋ねる。

……元気がないようだが、何かあったか?」
「いや……。なんでもないんだ」

 シルバーは昼間の会話を思い出していた。残された側の孤独……ルーシーの中にある本質を見たシルバーは、その問いかけへの答えを見つけられずにいた。依然として元気がないように見える姿にエスピオは咄嗟にシルバーの手を取り、少し詰め寄る。

「シルバー、悩みがあるなら話せ」

 エスピオの言葉にシルバーがハッと顔を上げると真っ直ぐな瞳と目があった。そのまましばらく見つめ合う。
 エスピオはいつも自分と真剣に向き合ってくれる。オレが不安な時、悩んでいる時、いつも気づいて話を聞こうとしてくれる。その誠実さにまた胸が熱くなった。触れた指先が熱を帯びて、わずかに汗ばむ。

「実は……

 シルバーは瞳を落としながら、ルーシーの両親の話をエスピオに伝えた。エスピオは最後まで話を静かに聞いていた。話し終えてシルバーがおそるおそる顔を上げると、エスピオは考えるような素振りを見せてこう口にした。

「その話を聞いて、おぬしはどう思った?」
……ルーシーの気持ち……、ちょっとわかるなって思った」
「そうか……

 エスピオはもう一度考えるような素振りを見せてから、シルバーの方を向いて静かに微笑んだ。

「おぬしは優しいな」
「え……?」

 シルバーは驚いて目を丸くした。エスピオは考えを吐き出すように腕を組み淡々と語り始める。

「ルーシーの両親の境遇はおぬしによく似ている。おぬしは未来を救うためにやってきた戦士だ。それはルーシーの両親が背負っている『使命』と同じではないか?」
「それは……

 シルバーもそれはわかっていた。ルーシーの両親の話を聞いた時、無意識に自分自身と重ねている自分がいた。戦うため、守るための使命。未来を平和にしたい願い、それはルーシーの両親が掲げる戦いの中の使命と同じなのではないかと感じていた。

「おぬしの立場を考えれば、真っ先に共感するのは両親の方だ。しかしおぬしはルーシーの気持ちに共感しようとした。……それはおぬしの優しさであり、誠実さだ」
「エスピオ……
「じぶんはその誠実さを評価している。それは自分にはない美徳だ。だからこそルーシーはおぬしに両親のことを話したのだろう。……おぬしならばその話を真摯に受け取ってくれると信じてな」

 シルバーにはその言葉は深く胸に突き刺さった。
 きっとブレイズも同じことを言っただろう。彼女もシルバーにとっては隣に立って共に歩んでくれる大切な存在だ。でもこの時ばかりは少し違った。エスピオに肯定されることはシルバーにとって特別大きな意味を持った。特に、この状況においては。

……オレ、彼女がこれ以上悲しむ姿は見たくないって思った。……それって、間違いじゃないんだよな?」
「ああ」

 エスピオは優しく頷いた。シルバーにとってはエスピオもブレイズと同じように隣に立ち、時に導き、背中を押してくれる存在だった。シルバーが2人のおかげで前に進めたことは少なくなかった。

(それって……

 しかし、今この状況に限ってそれは呪いの言葉だった。

(ずっとこの島にいてもいいってことなのか……エスピオ)

 それがシルバーにとってこの島に残る選択肢を与えることになるとは知らずに。エスピオはシルバーの価値観を否定しなかった。

(ここにいれば……ずっとエスピオと一緒に居られる。悲しい別れなんて、来ないんだ)

 シルバーの瞳がわずかに揺れる。

……シルバー?」

 エスピオの呼びかけにハッと我に返る。心配げに見つめる瞳と目が合う。

(その瞳で、ずっとオレだけを見てくれたらいいのに)

……いいや、なんでもないんだ。飯を作るんだろ?」

 心の奥底に潜んだ影をしまい込んで、シルバーは何事もないように返事をした。

【エピソード4に続く】