10008Senya
2026-04-07 14:36:46
6048文字
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こちらハツの串になります

まだくっ付いていないリオセスリとクロリンデが食事に行く話。
↓こちらの続きになります。
https://privatter.me/page/69b5e119dd212
お酒の詳細については私の予想が混じっていますので軽く読んでいただければと思います。

 金曜日、定時前。クロリンデは自身にあてがわれている執務室で今週の業務記録を見直していた。
 主幹業務である決闘とそれにかかわる裁判、結果(もちろんクロリンデの勝利)に関する報告書は検律庭行へ、護衛任務遂行中の詳細記録は執律庭行の文筆箱へと入れる。最後の一枚を確認し終えると、クロリンデはマイカップに入っていたコーヒーを飲み干した。
 カップを洗って帰り支度をすれば、楽しい週末の始まりである。
 クロリンデは仕事熱心で職務に忠実であるが、定められた業務時間を超過して勤務することは稀で、勤務時間外は余暇を楽しんでいた。
 テーブルトークシアターのゲームマスターの手腕は見事なものであるし、フォンテーヌ廷の個性的なマイナー飲食店を巡るのも趣味の一つだ。
 今日のように休日前の夜の多くはテーブルトークシアターへと繰り出して友人や顔なじみのゲーム仲間と遅い時間まで楽しむのだが、今日はいつもとは少し違っていた。
 リオセスリとの食事会だ。
 以前の任務でリオセスリに協力してもらったのだが、彼は公的な報酬は受け取らなかったためクロリンデ個人から礼を申し出たところ、おすすめの飲食店を教えてほしいと言われてセッティングしたのだ。
 今日は水の上での仕事はないと言っていたので、クロリンデとの約束の為だけに勤務後に上がってくるという。
 待たせるわけにはいかないので、クロリンデは予定の時刻よりも少し早く待ち合わせ場所に向かうことにした。

「ごきげんようクロリンデさん。今日はいつもの服じゃないんだな?」
「こんばんは公爵。そちらもいつもの装いとは違うようだ」
 クロリンデは合流する前に家に寄り、服を着替えてから待ち合わせ場所であるカフェ・リュテスに足を運んだ。着替えた理由は今日の店にある。
「煙の匂いが付いてもいい服と聞いていたから、着替えてきたんだ」
 リオセスリも重厚な装いではなく、シャツにブルゾンという一見労働者階級のようにも見えるきわめてラフな格好だった。
 クロリンデもシャツにハイウエストの黒のスカートとケープの姿でシック寄りのデザインではあるが普段の制服姿よりもラフな印象で、さらに三角帽子ではなくベレー帽を被っているため、一見してクロリンデとは分からないだろう。
「私も同じだ。加えて、公爵と一緒なら余計な人たちに見つかりにくい方がいいと思って」
 一時期よりは減ったものの、クロリンデを追いかける記者は今でもそれなりにいる。普段であれば特段気にしないが今回は要職者と一緒だ。自分だけでなくリオセスリにも害が及ばないようにと変装とまではいかないが、出で立ちを変えることにしたのだ。
「なるほど。確かに楽しい時間を邪魔されるのは勘弁願いたいものな」
 リオセスリはティーカップに残った紅茶を飲み干すと立ち上がった。
「さて、お店までエスコートを、レディ?」
 エスコートをするのは通常男性の役割だが、今回の案内役はクロリンデだ。やれやれと息を吐いて、クロリンデは歩き始めた。

 その店はヴァザーリ回廊の一角にある狭い店だった。店内はカウンターのみで、その内側には焼き場があって調理風景が見られるようになっている。
 扉を開けた途端、肉や野菜が焼ける香ばしい匂いが漂い、食欲を刺激した。
「ここは各国の串料理を提供している店だ。モンド、璃月、稲妻、ナタの料理が主なラインナップになっている」
 店主兼料理人の男性に案内されるまま奥の席に並んで座る。料理とドリンクのメニュー表は壁に掛かっていて、煙でいぶされてなんとも味わい深い色合いに変色していた。
「飲み物……私は発酵フルーツジュースにするが、あなたは?」
「そうだな。料理を味わいたいから最初はアルコールがないものがいいか……クロリンデさんと同じものにするよ」
「分かった。マスター、今日のおすすめは?」
 クロリンデが店主に尋ねると、今日はナタから新鮮な赤トロピカルキノコと牛ハツが届いたと説明する。
「ではチーズとキノコの串焼きと牛ハツの串焼きを二人前ずつそれと……稲妻の串焼き三種も。飲み物は発酵フルーツジュースを二つ」
 店主は応と答えると二人の前にグラスと発酵フルーツジュースの瓶をそれぞれ置く。するとリオセスリは慣れた手つきで栓を抜いてクロリンデのグラスに注ごうとするが、リオセスリの手元を見る目が鋭いことに気が付いて注ぎ口を上げた。
「何か気になることでも?」
「あ……すまない、つい癖で」
 癖、ということは過去に何かあったのだろうか。リオセスリが尋ねるかどうか逡巡すると、クロリンデから口を開いた。
「私自身が何かあったわけではないけれど、仕事で裁判記録を見る機会は多い。こうした食事の席で飲み物に薬物を混入させて窃盗を働いたり、暴行を働いたりする犯罪者も少なくない。それと、テーブルトークシアターの場でも時折おかしな挙動をしている参加者もいて、そういった輩が場を乱さないか気を付けることも、偶に」
 特に見知らぬ人間や新しい所に行くときは気を付けてしまうんだと付け加えて、なるほどとリオセスリは得心する。
「公爵には何度も手ずからの紅茶をもらっているが、今日はいつもと少し違うから……気を悪くさせてすまない」
「いいや、気にしないでくれ。警戒するのは大切なことだし、クロリンデさんらしい」
「私らしい?」
「ああ。常に悪を見逃さない正義の番人、罪人を追い詰める狩人、テトシアを円滑に快適に回すためのゲームマスター……
「最後だけ少し毛色が違う表現だな」
 場の空気を和ませるための言葉ということはすぐに分かり、クロリンデは肩の力を抜いて自分のグラスをリオセスリの方に差し出した。すると、リオセスリの表情がにわかに明るくなる。
「信用してもらって嬉しい限りだ」
「いや、こちらこそすまなかった。……私も公爵のグラスに注ぎたいがいいだろうか?」
「ああ、頂こう」
 クロリンデもリオセスリのグラスに注いで、二人は杯を掲げた。

 食材から滴り落ちたエキスが炭に落ちてジュワとした蒸発音とキノコの芳醇な香りが食欲を刺激する。キノコの端が色づき、上に乗せたチーズが熱でトロリと形をくずしかけた絶妙な火の通り加減で提供されたそれは、肉好きなリオセスリが思わずうなるほど美味だった。
「このジューシーさ、香ばしさ本当にキノコか?」
「フフ、私も最初に食べたとき同じような感想だった。ナタの豊穣の邦特産のキノコらしい。フォンテーヌで手に入るキノコと比べて分厚くて風味も味も濃厚で私は気に入っているんだ」
「俺も、この料理は気に入ったよ」
 次に来たのは稲妻の串焼き三種だ。獣肉を三種類の方法で調理して焼いた串で、様々な味わいを楽しむことができる。
「うーん、アルコールが欲しくなってきたな。クロリンデさんは?」
「私は今日はノンアルコールのつもりだ。こちらは気にせず、好きなものを飲んでくれて構わない」
「承知した。じゃあサッシカワインを……いや、稲妻の料理なら緋櫻酒がいいか?」
 リオセスリが悩んでいると店主は緋櫻酒を勧めてきたので、ではそれでと注文をする。出てきたのは薄い桜色の泡立つ飲み物だった。店主曰く、ストレートだと強すぎるので料理と合わせるのならソーダで割るのが良いということらしい。
 口にしてみるといぶされた獣の脂との相性もよく、料理も酒もすすむ。
 次に来たのは牛ハツの串焼きだ。添え物のグレインの実とジャガイモも美味しそうで、二人は料理も飲み物も旺盛に食べ進めていく。
「中原のもつ焼きとモンド風焼き魚、かにみそ甲羅焼きも追加で頼む。飲み物は?公爵」
「うーん、シャルドンを。クロリンデさんは?」
「フルーツネクターで」
 狭い店内はいつの間にか満員になっていたが、薄暗いことと、カウンター席のみで互いに顔が見づらいおかげかクロリンデだと気づく客はいなかった。
 服装を変えてきて正解だったと、クロリンデは胸をなでおろした。
「クロリンデさんは外で食べることは多いのかい?」
「それほど多いわけではないが、週に一二回はあるな」
「それ以外は?自炊?」
「ああ。体調の管理をするためには、自分で料理をするのが一番いいから。時折デリを買って済ませてしまうこともあるけれど。公爵は?」
「自分で料理することはほとんどないかな。とはいっても看護師長殿の管理のおかげで栄養とカロリー管理はちゃんとしている。それに従わないと、えらい目に遭うからな」
 筆舌しがたい味と色の看護師長特製のミルクセーキを思い出したのか、リオセスリの目がどこか遠い所を見始めて、クロリンデは思わず笑ってしまう。
「例の飲み物か。良薬は口に苦しというが、本当にそうなんだな」
「クロリンデさんも今度一緒にどうだい?」
「興味は少しあるけど、それらはメロピデ要塞の人たちに用意されているものでしょう?私が飲むのは、もし余ったらでいい」
「ははっ、うまい躱し方だ!」
「そういえば看護師長は良かったのだろうか」
「ああ、どうしてもずらせない用事だったみたいで。もしクロリンデさんさえよければまた看護師長殿を誘ってやってくれないか?」
「勿論だ。彼女にも世話になったから」
 リオセスリに協力してもらった仕事で、護衛していた対象が薬を盛られてしまいシグウィンに看てもらったのだ。それに関する報酬もリオセスリと同じく受け取らなかったので今回の食事会も元はリオセスリとシグウィンの三人でという約束だったのだ。
しかし直前でシグウィンに用事が入ってしまい急遽リオセスリと二人で来ることになったのだ。
 急患か、別事かは聞いていないが義理堅い彼女が優先するほどの事なのだからよっぽどのことであるのは想像するに難くない。
「シグウィンさんはどんな料理を好むのだろうか?」
「んん~それは難しい質問かもしれない。作るものの味なら大体わかるんだが。ただ賑やかな店も楽しめるタイプなのは確かだな。人の反応を見るのが好きというか」
「なるほど。であれば……
 シグウィンが気に入りそうな店をいくつか話すと、リオセスリもまた興味を示す。
 どんな料理が出るのか、どうやってその店を見つけたのか。実際食べてみてどうだったのか……と。
 他愛のない尽きることのない会話。
 心地よさと少しの緊張感が入り混じる、ある種の楽しさを感じる空気にクロリンデの気持ちは少しずつ大胆になっていく。
「公爵は」
「ん?」
 首を少しかしげ、覗き込むようにクロリンデの顔を見る。それなりに年を重ねている青年であるはずなのに、どこか甘いように見えるのは下がり気味の目元のせいだろうか。
 少し細めた目に浮かんでいるのは心底楽しいといった感情で、見たことのないリオセスリの表情にクロリンデの胸の内がわずかに騒めいた。
「どうして『礼』として食事を提案したんだ?」
 動揺を覆い隠すのにさほど苦労はしない。少しだけ顔が熱を持ったような気がするが、薄暗い店内なら大丈夫だろう、とクロリンデは会話を続けた。
「前にも話した通り『変わった』食事を楽しみたかったんだ。自分で調べても良かったんだが、誰か信頼できる人の口コミの方が楽しめる可能性が高いし効率的だろ?」
「という事は、私は公爵にとって信頼するに値する人間、ということか」
「ふふ、正義の番人ほど信頼できる人間はいないと思うぜ?」
「買いかぶりすぎだ。もしかしたら、とんでもなく高価な店に連れて行ってあなたからモラを巻き上げるつもりだったかもしれない」
「おっと、悪だくみの手の内を明かすなんてメロビデ要塞へのご招待が必要か?」
 クスクスと上機嫌に笑う。クロリンデもつられて表情を緩める。
「冗談だ。今日の店は公爵のお眼鏡にかなっただろうか?」
「そりゃあもう十二分に」

 +++++++
 
「ご馳走になってしまってすまないな、クロリンデさん」
「『お礼』だから当然のことをしたまでだ」
 いざ会計という段階でどちらが払うか少々の押し問答があり、最終的に店を紹介したクロリンデが今回の支払いを持った。リオセスリは、それだったら多少注文はセーブしたのにと言っていたがクロリンデとしては連れてきたお店で料理も飲み物の楽しんでくれただけでとても嬉しかったので快く支払っただけなのだが。
「次の機会は俺が持つよ」
「次?」
「これでもフォンテーヌ廷のアフタヌーンティーは色々試しているから、いい茶葉とスイーツを備えている穴場も知っているぜ?」
「それは、ぜひ教えてもらいたいものだ」
「よし、じゃあ次は俺がクロリンデさんをエスコートしよう」
「ああ、よろしく頼む」
 笑みを添えたクロリンデの返事にリオセスリが驚いたような顔をする。
「どうかしたのか?」
「いや……クロリンデさんのお気に召すような店を選んでおくよ」
 酒が入っているからだろうか。リオセスリは紅潮した頬でそう答えた。
「公爵は水の下に戻るのか?」
「え?ああ、今日はそのつもりだ」
「ではナヴィア線の乗り場まで送ろう。だいぶ酔っているみたいだから万が一があってはいけない」
 クロリンデの申し出にリオセスリはいやいやと両手を上げる。
「クロリンデさんこそ夜にレディの独り歩きなんて危険じゃないか。家の前まで、は気になるだろうから、近くまで送るよ」
「私は大丈夫だ。素面だし、テトシアの帰りはいつももっと遅いから」
 二三回の押し問答の末にヴァザーリ回廊からそれほど距離がないということで今回はナヴィア線の乗り場までリオセスリを見送ることになった。
 金曜日の夜はいつにも増して喧騒が大きく、通りは人で溢れている。酒場や飲食店が密集している場所では尚の事で、下手をすれば逸れてしまいそうだ。
「公爵、腕を」
「え?あ、ああ」
 リオセスリが肘を少し張るとクロリンデが手添える。クロリンデとしては逸れるよりもという合理的な判断のもとの行動であるし、フォンテーヌの文化ではエスコートの方法として腕を組むのはありふりれているからそうしたのだが、対してリオセスリは内心落ち着かない気持ちになっていた。
「どうかした?もしかして、気分でも悪いのか?」
 心配そうに見つめる顔が今まで見たことがないもので、心に立った小さな波がより大きくなる。身長差故に下から目線だったのも良くない。
「ちょっと飲み過ぎてしまったみたいだ。クロリンデさんの言う通り見送ってもらうようにして正解だったかもしれない」
 そう言えば安堵したような、呆れたような顔をして
「次の約束はアフタヌーンティーになるから、酔う心配はなさそうでよかった。ナヴィア線はあっちの方向だ」
 何度も歩きなれている場所のはずなのに、まるで知らない道のように落ち着かないままリオセスリは帰路をたどった。

 end