雪成はす子
2026-04-07 00:01:20
5446文字
Public 💛関連
 

Death by Glamour

シャチ生誕祭2026&ギン生誕祭2026
同じ日に生まれ落ちたふたりの獣が死の舞踏を踊る話
無断転載・AI学習・コピペ・自作発言禁止Repost is prohibited

 偉大なる航路グランドラインに入った最初の島の酒場は、それは大いに盛り上がっていた。
 多くの海賊団が、ひとつなぎの大秘宝ワンピースを求めて偉大なる航路グランドラインに入っていく。その最初の入口に存在するこの島は、必然的に全世界の海から様々な海賊が訪れる事となるのだ。
 それは自分の所属する海賊団も同じ事だ。だが、今日ばかりは自分たちの海賊団の者たちと飲む気分にはなれず、船の反対側にあるこの島の別の街までわざわざ出向き、そこで独り、カウンターでジョッキを傾けていた。
 酒場の一角では、ギターを鳴らす男を囲んで同じツナギを着た者たちが大いに盛り上がっている。
 背中にジョリーロジャーが刻まれていなければ、彼らの事をただの商船の乗組員だと思っていただろう。それほどまでに陽気で、気のいい連中のようだった。
 だが、彼らが囲むテーブルの中で唯一、ツナギを着ていない者――その人物の顔は、手配書でも見た顔だ。『死の外科医』として名を馳せた、トラファルガー・ローその人に間違いはないだろう。
 なら、彼らはその『死の外科医』率いる『ハートの海賊団』で間違いない。
 他の者たちの手配書があったかは憶えていないが、少なくとも『死の外科医』であるトラファルガー本人は億を超えた賞金首だった筈だ。改めて、自分だけでこの酒場に来たのは正解だったな、とジョッキを傾けながら独り言ちる。仮に自分たちのキャプテンたる男がこの場にいたら、トラファルガーの顔を見た途端に不用意に喧嘩を売っていたかも知れない。
 ならば息を潜め、ひっそりと酒を飲んで宿に戻るか――そんな事を考えていると、不意に肩に手が回された。

「お前さあ~、さっきから凄ェ深刻そうな顔で酒飲んでんじゃん!! 今日は祝いの席なんらからよ~、ンな辛気臭ェ顔してねえでお前もこっち来て飲めよなぁ⁉」

 そんな酒臭い息を吐きながら言ってきたのは、例の白いツナギを着た集団の一人であり先端が尖ったフードを被った男だ。既に出来上がっているのか、真っ赤な顔をこちらに向けながら酒臭い息をこちらに吐きかけて来る。
「いや。俺はいい。俺みたいな男が混ざった所で、そちらの宴に水を差すだけだろう」
「そんな事言うなって!! それに今日はアイツの誕生日なんだからさぁ、誕生日ってのは、色んな奴に祝われた方が嬉しいじゃん⁉」
「誕生日……? って待て!! 俺は別に」
「ホラホラ遠慮すんなって!! シャチ――!! キャプテン――!! 宴に一人参加するってよ!!」
「話を聞け!!」
 フードの男は俺を引きずって、ずるずると無理矢理宴の輪の中に入れさせる。呼びかけられたトラファルガーと、それからギターを弾いていた赤毛のキャスケットの男が俺の姿を確認し、ぱあっと顔を輝かせた。
「よう! 悪いな~クリオネに付き合わせちまって!! ま、座れよ。今日はめでたい日だからさあ!!」
 キャスケットの男はにこにこと笑いながら俺を席へと促す。おずおずと座った俺のジョッキに、新たなエールが注がれた。キャスケットの男がジョッキを掲げ、自ら音頭を取る。
「それじゃ、誕生日おめでとう俺!!」
「って自分で言うのかよ!!」
「いいじゃん自分で言ったってよー!! じゃ、代わりにペンギンが音頭取って!!」
「お前なあ……まあいいか。それじゃ、シャチの誕生日を祝って――乾杯!!」
「「「「乾杯!!」」」」
 キャスケットの男に代わり、『PENGUIN』と書かれた帽子の男が音頭を取る。白いツナギを着た者たちはみな思い思いにジョッキを掲げ、乾杯! とジョッキを打ち鳴らした。
 それから笑い合い、キャスケットの男はまたギターを奏で始める。
 それぞれが楽しそうに、各々ジョッキを傾け、用意された料理に舌鼓を打つ。端に座るトラファルガーはあまり表情が変わらない男のようだったが、それでもうっすらと口角の端が上がっているのが分かった。
 トラファルガーの雰囲気は『死の外科医』を彷彿とさせるものであったが、彼の率いる『ハートの海賊団』はまるでその雰囲気にはそぐわない陽気な連中だった。一見ミスマッチのように思えるのに、トラファルガーの雰囲気もまた彼らの中に異様に溶け込んでいる。
 今まで出会った他の海賊団とは違う、異質な連中だった。
 中でもとりわけ異質なのは――今まさにギターを弾いている、キャスケットの男。
 陽気に歌い、ギターをかき鳴らすその様子は、一見したらその見た目通りに陽気な男だ。
 だが――彼が見た目通りに陽気な男なのかと言えば、それは違うと本能が告げる。
 『PENGUIN』と書かれた帽子を被った男と似ているが、それとはまた違う雰囲気だ。

――なあ、どうした? なんか楽しそうに見えねえけど、もしかして楽しくねえの?」

 不意にキャスケットの男に話しかけられ、俺ははっとしてキャスケットの男を見た。
 サングラスの所為で表情は良く見えないが、寄せられた眉根にはこちらを気遣う様子が見て取れる。
……あ、ああ、済まない。うちの海賊団とは随分と違うと思ってな」
「へえ、アンタも海賊なんだ」
「まあな。……それで、少なくともうちではこんな風に誕生日を祝うなんて事はしないから、海賊団によって違うものだとつくづく考えさせられていた」
「そっか。じゃ、アンタの誕生日を教えてよ」
 そう言って、キャスケットの男は屈託なく笑う。
「日付は違うかもしれねえけどさ、今一緒に祝う事だって出来るじゃん!! ねえキャプテン、いいですよね?」
……まあ、シャチ本人がいいならいいんじゃねえか?」
 キャスケットの男の問いかけに、トラファルガーはニヤリと笑って答える。
 するとキャスケットの男は「やったー!!」とまるで自分の事のように喜んだ。
「それじゃ、アンタの誕生日っていつ⁉ 俺に教え――

 男の言葉が、不意に途切れる。
 男が避けた先には、鉄球付きのトンファーが添えられていた。

……はは、偉大なる航路グランドラインに入った海賊のクセにお誕生日会か。全く、おめでたい連中だなあ?」
「テメエッ!」
――なあ、余興代わりにダンスはどうだ? 俺と一緒に踊ってくれよ」
……オイ、いい加減に「待てよ」」
 『PENGUIN』帽子の男が殺気を放ったのを、キャスケットの男が制す。傍らにギターを置き、俺の顔を見つめてニヤリと笑った。
「ダンスに誘われたのは俺だろ? なら、俺が応えてやらなきゃ駄目じゃん」
 ねえキャプテン? とキャスケットの男が問いかけると、トラファルガーはまたニヤリと笑った。
「いいじゃねえか。文字通りいい余興になりそうだしな。ま、危なくなったら俺が首を刎ねてでも止めてやるよ」
「わあ、おっかねえ。じゃ、早速ダンスと洒落込もうぜ!!」
 キャスケットの男が突進し、拳が飛んでくる。その拳を避けてトンファーを打ち込むが、やはり軽々と避けられてしまった。地面に手をついたかと思えば顎を砕かんばかりに踵が飛んできて、寸での所で避けてトンファーを打ち込む。
「っはは、やるなあ兄ちゃん!」
「アンタもな。じゃ、もうちょっとテンポ上げるか?」
「そうこなくちゃ!!」
 そう言って笑った直後、先程よりも一段早くなった拳がこちらに飛んできた。宣言通りテンポを上げて、こちらもお返しとばかりにトンファーを繰り出す。攻防の度にテンポが上がり、その度に周りからは喧騒の声が消えて来るのが分かった。代わりにこちらの息遣いと、男の笑声が辺りに響く。
……アイツ凄ェな。シャチのこのテンポについていけるのって、ベポとかペンギンとかキャプテンぐらいじゃねえか?」
「まあ、アイツが素人相手にここまでテンポ上げるのは稀だな。あの男は素人じゃねえけど」
「え、そうなの⁉」
「クリーク海賊団戦闘総隊長、鬼人のギン。懸賞金千二百万ベリー。船長の首領ドン・クリークが有名だが、アイツに関しては認識を改めるべきなのかもしれねえな」
「クリーク海賊団って、東の海イーストブルーでイキってた奴らだよな? 手配書だとそんなに強そうに見えなかったけど……
「まあ、懸賞金が高い奴が強いとも限らねえだろ。実際アイツの場合はクリークの陰に隠れて目立たないだけなのかもしれねえが」
……それ、お前たちみてえだな」
「さあ、何の事だか」
 と首を傾げる『PENGUIN』帽子の男を他所に、ふたりの舞踏はさらにテンポが上がっていく。

 拳を交えながら、俺は疑念が確信に変わっていくのを感じていた。
 陽気な男の仮面に隠れた、獰猛な獣の牙。誰よりも残忍な獣の牙を持ったこの男は、けれど誰よりも陽気な仮面を被っていた――それだけに過ぎないのだと。
 仮面の奥に隠れた本性は、まさしく自分と同じ獣そのものだ。
「なあ、アンタは今日でいくつになった?」
「へ――俺⁉ えっと、二十五、かな」
 拳を叩き込みながら、男ははにかんだ笑みを浮かべる。
 ああ、全くつくづく奇遇な事だ。
 自分の誕生日であるこの日に、自分と同じ誕生日の男と出会った。
 しかも、偶然はそれだけに留まらない。
 この男との出会いは、まさしく奇跡とも言える確率と言って良い。
 ああ、今日はなんという日だ。
 この男と、今日というこの日に出会えた――その事自体が、まさに奇跡だ。
「二十五か。……全く奇遇だな」
「ッ、何が?」
 俺が叩き込んだトンファーを、男は易々と弾く。
 こちらはとうに限界までテンポを上げている。それなのに、この男にはまだ余裕があるように見えて――それが何故か、酷く腹立たしい。
「なあ、アンタの所は、いつもああやってクルーの誕生日を祝うのか?」
「ああ、誕生日が分かってる奴らに限ってはいるけど。誕生日分からない奴は、とりあえず新年明けた時に一緒に祝う事にしてる」
「毎年か?」
「毎年だなあ。気付いたら習慣になってた」
……そうか」
 ふっと、トンファーの構えを解いた。男の蹴りが、容赦なく俺の腹に打ち込まれる。
「がっ、は……!!」
 血反吐を吐きながら、俺は後ろへと吹き飛ばされた。そのまま酒場の壁に激突し、ずるりと崩れ落ちる。
 辛うじて、骨が折れたりヒビが入ったりはしていないようだ。それでもやはり衝撃はかなりのもので、俺は堪らずゲホゲホと咽る。
「オイ、アンタ大丈夫か⁉」
 すかさずキャスケットの男が駆け寄り、俺の肩を支えた。
「悪い、急にお前が構え解くから止められなかった!! とりあえず怪我とかねえか? もし怪我があったらキャプテンに言えば」
「いい。骨は折れてない」
「でも、せめて湿布でも」
「いいさ。うちの船医に診て貰う。……それにしてもそうか、アンタ、二十五になったのか」
「え? あー……、うん」
「そうか……
 くっと口角が上がる。改めて、この男と出会えた奇跡に感謝するしかない。

……俺も、今日で二十五になった。俺とアンタは、どうやら同じ日に生まれたらしいな」

「えっ――⁉」
 サングラスの奥で、ぱちぱちと目を瞬かせる男を尻目に俺は立ち上がる。
「宴に混ぜてくれた事には礼を言う。お陰で今までにないくらい最高の誕生日だった」
 酒場の出口まで歩き、最後に一つだけ、と振り返る。

「アンタに会えて良かったよ。じゃあな」

 それだけ言って、俺は酒場を出る。
「ちょ……待てって! やっぱりお前の誕生日を俺に祝わせろ――――!!」
 俺の背を追って、あの男のそんな叫び声が夜の闇に響いた。


 酒場から少し歩いた路地で、俺はがくりと膝から崩れ落ちる。
 俺に当たる直前でスピードが緩められていたが、それでもあの蹴りは相当な威力だった。
 スピードが緩められていなければ、俺の肋骨は間違いなく持っていかれていただろう。そうなれば、首領ドン率いる俺たちの海賊団と全面抗争になっていたかもしれない。

 そうなれば、壊滅させられるのは間違いなく俺たちだっただろう。

 俺が武器を構えた時に周囲から放たれた殺気は、恐らく俺たちの海賊団全員の殺気を束ねたものよりも遥かに恐ろしいものだった。
 中でも『PENGUIN』と書かれた帽子の男から放たれた殺気――あの男の殺気は、それは凄まじいものだった。
 あの殺気の只中にいて、それでも生きてあの場から出られただけでも僥倖だ。

 偉大なる航路グランドラインは、間違いなく化物の巣窟だ。
 彼らはまだ、その化物たちの一端に過ぎない。
 そして――そして自分たちは、果たしてその化物たちに混ざれるだろうか。
 それともその化物に成る事も叶わず、東の海イーストブルーに逃げ帰る事になるのか――それとも海の藻屑となって消えゆくだけなのか。
 その答えは、まだ誰にも分からない。

 けれどこれだけは言えるだろう。
 今宵は、人生最高の日だった。
 こんなにも楽しい、心躍る誕生日は初めてだった。
 ましてや今日のような日に、同じ年、同じ日に生まれた自分と同じ獣と出会えた。

 恐らくはもう、二度と会う事はないだろうが――それでもあの男に出会えて良かったと、心から思う。
「シャチ、か。つくづく名前からして獰猛な獣のような男だったな」
 仲間に呼ばれていた男の名を反芻し、俺は俺がいるべき場所を目指して再び歩き出した。