郵送するよりも持っていったほうが早いから、と取引先に必要書類を届けた帰り道、駅に向かって歩いていた俺はスマホが震えたような気がしてカバンの内ポケットを探った。引っ張り出したスマホの画面は、思った通り、着信を表示していて、俺はその名前を見てすぐに道の端に寄って立ち止まった。
「もしもし」
『俺だ。今、大丈夫か』
「はい。どうかしましたか?」
『書類は無事届けたか』
「はい、先ほど担当の方に渡してきました。これから事務所に戻るところです」
『そうか。それなら、おまえは迷子になっていることにしろ』
「はい……? えっと、どういうことでしょうか?」
『仕方ないから俺が迎えに行く。そのまま今日は退勤するから、どこか適当なカフェにでも入って待ってろ』
「え? でもまだ時間が」
『時間外勤務が多すぎるからその分の振り替えだ。おまえのことだ、事務所に戻ってきたら何かしら理由をつけて仕事をするだろうから、戻ってこなくていい。俺がそっちに行く』
「それは……あの、でも、逢さんも忙しいのに」
『問題ない。とにかく、おまえは今、慣れない土地で迷子になっている。電話を切ったら位置情報を送ってくれ。いいな?』
「……じゃあ、お待ちしてます……?」
『ああ。待ってろ、すぐ行く』
電話を切った後、俺は言われた通り逢さんに位置情報を送り、近くにあったカフェに入って窓際のテーブル席についた。駅から少し離れてはいるけれど比較的行き慣れている銀座の街並みを眺めて、残してきた仕事が明日以降で調整できるか頭の中で考える。どうにもならないことはないくらい、最近は仕事の量が落ち着いてきていた。逢さんと、弥代さんのおかげだ。もちろん他部署のみんなも、俺の負担にならないようにと考えてくれていることを知っている。こんなにいい人たちに囲まれていていいのかな。幸せすぎて怖い、と贅沢な悩みに息を吐き、湯気の立つコーヒーに口をつける。
普段ならまだまだ仕事中の午後三時に、こんなのんびり過ごすなんて。逢さんの言うことには従いたいけれどどうにも落ち着かない。せめてもとスマホで確認できるメールのいくつかに返信をしていたら、向かいの席の椅子が引かれ、テーブルの上にサンドイッチとコーヒーの乗ったトレイが置かれた。顔を上げると逢さんがいて、俺は目を見開く。
「は、はやい、ですね」
「急いだ。サンドイッチ、半分食べないか」
「……いただきます」
「仕事をしていただろう」
「え。……いいえ?」
「……」
「……メールを確認していただけです、本当に」
「今日はもう終わりにしろ。どこか行きたいところはあるか。やりたいことでも、食べたいものでも」
「え?」
「せっかく天気もいいんだ。二人でどこかに行こう」
「……それは……デートみたいに聞こえるんですが」
「みたい、じゃない。デートだろ。仕事の息抜きの相手が俺じゃ不満か?」
「まさか。とてもありがたいです、……でも本当にいいんですか?」
「俺としては、俺のわがままに付き合わせているという認識だが?」
「……ぜひ、ご一緒させてください」
「ああ」
優しい人の優しさを、じょうずに受け取れるようになりたい。前よりはうまくできている気がするけれどそれでもまだ申し訳ないと思ってしまうことも事実だった。俺なんか、と言うことを、逢さんは許さない。俺の人生において最大の出会いがこの人だろうと何度も再認識させられる。
「それで、何がしたい?」
「そうですね……、どうしよう」
「?」
「なんでもと言われちゃうと、選択肢が多過ぎて」
「……じゃあ、いま、食べたいものは?」
「食べたいもの……お昼が軽めだったので、お肉とか、どうでしょうか? あ、でもサンドイッチももらったしそんなにお腹が空いてるわけじゃ」
「由鶴、今日はおまえも好きなだけわがままを言え。俺は、おまえが美味しそうにごはんを食べるところが見たい」
まっすぐに俺を見つめてそう言う逢さんに、じわじわと頬に熱が集まる。一緒に食事をとる時、逢さんからの視線を感じることが多いのは気のせいではなかったみたいだ。
「えっと……やっぱり、天気がいいのでお散歩でもしませんか?」
「おい」
「だってそんな、見られてるって思ったら、恥ずかしくて食べられないです」
「俺のことは気にしなくていい」
「気になりますよ……。何をしてもいいんでしょう? 軽く歩いて、どこか入れそうなお店があったら入るっていうのでもいいですか? 逢さんもしたいことがあったら教えてください」
「俺はおまえが一緒なら、なんでも」
「……俺だって、逢さんが一緒ならなんでもいいんですよ?」
「……、……歩くか」
「ふふ、はい、少し歩きましょう」
これ以上向かい合って話すのは照れるような、もっと近付きたくなってしまうような気がして、俺たちはお互いに目を逸らしながら席を立った。
カフェを出ると一人では意識もしていなかった空がとても青く綺麗で、頬を撫でる春の風が気持ちいい。隣を見たら逢さんがいて、本当にそれだけで、今が幸せだと心から思った。
「行きましょう、逢さん」
「ああ、どこまでも付き合う」
俺も、あなたが隣にいてくれるなら、どこへでも行ける。春の心地良い日差しの中、二人並んで歩き出した。
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