いしえ
2026-04-06 12:54:01
3755文字
Public DC腐/まじコナ腐
 

天狗二体のあい立つ地にて/ミサこめでもミサこめミサでもお任せ(画像SS+本文のみ版)

県境のとき、こめの内に潜んでいた願いを至極自然に表層化してくれたミサがいかに、こめの自らに禁じていたしあわせというものについて変化をもたらしたのか。








[天狗二体のあい立つ地にて]




 大切な人達に、先立たれている。皆を差し置き、僕一人だけが、幸せを得るなど。然様なことは、到底、看過し得ないのだ。僕一人だけが、幸せになど。なることを、僕は、自身に到底、赦し得ぬのだ。ずっと、そう思ってきた。この生果てるまでそう在るだろうと、貫徹すべきものとして、思ってきた。
……ねえ、諸伏警部僕、あなたとこうして出逢うことが出来て、ほんとうにもう、うれしくなっちゃってうれしくなっちゃって、幸せで幸せで、ほんとうに、仕方がないんです」
 ああ、弟の幼馴染みよ。向日葵畑で笑むきみよ。県境の事件で出逢った僕に、そのきっとぬくい体温を、きみは、移しゆくのだろう。誰もに郷愁じみたなにかに、ぼくのふちを、じわりと融解しゆくのだろう。到底、僕自身に赦し得ぬはずの、僥倖を。暁光として、ああ、ぼくの生に、ああ誰もを涙ぐませるほどの心地で、ああ、きっと、結い付け、織り込んでゆくのだろう。たとえば誰もがいつか覚えた童謡の、きっと、いつでもそうさせるように、ああ。
 直ちにはことばを返せなかったのが、言い淀んだでなく、そのなにかを、かみしめ、自身にゆるすことを受け入れるための、転回の結び目であることを。僕は、即時的に理解していた。転回の為の、プロセスなのだと理解していた。彼程赦せなかったはずのものを、ああ、僕は自然、受け止める方角に、向いているのだ。それは、学者が天動説から鞍替えする時のそれではないように思えた。歴史という視座で鳥瞰したときの、世の中の変化を、流れとして解するそれに近く思えた。
 ぼくは、山村警部に、ようやく言葉を返す。感情よ、先刻から僕の自我を離れ、端々に滲んでいるようだが、ぼくは、それに他人事で居て己を赦し得るというのだな。
……………そうですか…… ……私もええ、他でもない、貴方と、こうして、出逢えたこと…………心より、嬉しく、思いますよ……
「わぁえへへ、ほんとですかぁ~、やったぁ」
 くちもと、ややにこりと笑んで、目元はそのあかつきに、細まるのだ。堰よ、せめてどうか、切れてくれるな。ほわほわ笑む目の前の年下よ、ぼくをこの郷愁で、きみはきっと塗り替えて、しまうのだろう。

***

 ドライブを兼ねたそれが、一般にデートと言えるものになりつつある、頃のことだ。
……ねえ、たかあきさん……
 どきりと、心臓、警戒ぶるくせ、僕も随分貪欲になったもので、彼の言葉を遮りはしなかった。
 こいびと同士と言うには浅く、然れど、仕事の付き合いでも到底なく。単なる弟の幼馴染みとしてでもない交流が、僕は、きらいではなかった。助手席を彼のリザーブにしてもいいと、思う程度にはそれを楽しみとしていた。
 続く言葉を、車窓に流れる星夜景そうやけいのなか、静かに聴く。愛車のエキゾーストノートより馴染んだ錯覚さえするなにかを、光と感じながら、傾聴するのだ。彼にすっかりとほぐされた“高明”の輪郭は、随分と、ああ、もう随分と、変わったものだなあ。
えへへ、ボク、あなたと、こうして、過ごせて……すっごく、幸せ、なんです。きっと、このほしぞらの下で、同着はいっぱい居るでしょうけど、一等賞を、ヨユウのダントツで、勝ち取れちゃうくらいに」
 ああ、耳はアンバランスに、その幸音さきおとに時差で満たされゆくのだ。それを余韻と感じるほどに、僕は、それに甘んじている。
…………そう、ですね……きみ…………きっと、景光も……同着だと、いいのですが」
「むむぅ。それは、モチのロンでそーですケドぼくとしましては、あなたにも、同着で、居てほしい所存でしてねだから、ええ~っと、そのォ……
 ああ、その一縷よ、ぼくはそれが救済の糸と承知で、それを自ら切りはしないのだ。
……コホン! うん、ぼくは、たかあきさんにも、世っ界一、いや、宇宙一! 幸せで、居て、ほしいんです。同着は、い~っぱい居て、構いませんからあなたにも、一等賞の幸せで、居てほしいんです。……だから、その……ボクと、居ることが……あなたにも、その助けで、あったらいいな~、なんて……、おもっちゃったり、なんかしてェ~えへへ
 ああ、ぼくは、ああ、その決定打を、いよいよ、受け止める。
……………
 ………きみ、が……ぼく、の……そう、で、在る、ことで……もし、も……
 ああ、横殴りの煌めきよ、ぼくをあえて遮らぬそれに、甘えてもいいのだね。
………………もし、も……ぼく、が……そう在る……、こと、で………きみ、も、そう、あれる、なら………
 ああ、堰は、言い切るだけ赦さぬ横着者だ。彼はその水流すべて汲み上げ、決壊をまもるのだ。
「っ、モッチロン、あなたが一等賞の幸せならっ、それが僕にとっても、だれより一等賞の幸せですっ! あっ、もちろんあなたとは、同着ですけどおんなじ、幸せの位置にこれからも、もしも、一緒に、居られたら……、僕、だれより有頂天で、天狗より羽衣の天女よりずうっとずうっと高く、昇ってっちゃうと思います」
――ああ、そうか。そうだったんだ。
 僕は、彼と逢うまでずっと、自身に幸せなど、赦せず居た。景光のスマホを見た際も、それが死を暗示すると解するが妥当と判断したが、それは、肉親としての情や祈念を潜在さえ禁じるための自戒だった。かつて友について信じたそれとはまた、ケースが違うのだ。それは、刑事として在るべき客観に、等しく身を置くと言うよりも。厳しく、情に判断揺るがされぬよう、戒めていたのだろう。信頼とはまた、別の事柄なのだ。祈りなど、表層化してはいけぬのだ。自分だけが、幸せでなど居てはいけないのだ。そう、思っていたようだ。それは、弟の幸せや生存を祈念することそのものとは全く別の事物だった。あのスマホの状況から、そして届けられた意図について、妥当性の高い推論をした時。そこに生存の可能性を信じることは、即ち自分だけが幸せであることだった。弟の生存を無闇に願っては、いけないのだ。その禁戒は、弟への祈りそのものを対象としたのでなく、それが自身への救済となってしまうがためのものだったのだと、僕は遅れながらようやく知覚する。弟の生存を祈念することで、自分だけが救われていてはならない。そう、思っていたのだなあ。けれど。
 僕が、しあわせで在ることで。たとえば想定上の景光だけでなく、今、真傍に居るこの、ミサオさんさえも。あるいは、きっと両親さえも。ぼくがしあわせで居ることで、ほかの誰かも、しあわせで、居てくれるなら……ぼくは、そのひとのためにも、そう在って、構わないのかも、しれない。ぼくは、だれものしあわせを、奪いたくはないから、だから、だれかのためでも、自分に、赦しても、いいのかも、しれない。今は、そう思う。このそばびとは、いずれはきっと、僕を、僕自身のためにさえしあわせで居させ得るほど、その染料で僕を、塗り替えてゆくことだろう。境は、清澄せいちょうな水をとぷりたたえた筆により、互い滲み合い、馴染み進むのだ。
 あの、県境の事件の日。ミサオさんと接し、彼の言葉を受け、景光について自ずと出てきた言葉は、断じて、彼へのうそではなかった。それは、僕自身が内から願う本心の、多重の鎖で縛り込んだそれの、至極自然な、表面化だったのだ。枷をいくつか放つ救済だったのだ。それの享受を自身に自然、いくらかゆるせたことそのものが、救済だったのだ。弟の、生存を。誰でもない弟自身のために、祈ることを、僕が、自分にゆるせるほどに。ぼくのこさえてきたふちを、彼は、ゆるり融かしたのだ。たとえば友についてそう信じるように、肉親の、生存を祈る。そんな感情的な姿で在るときも、あっても、いいのだと。それを、彼はそう述べたでなく自然発生的に、僕の内に、至極、呼応し合い海面へといざない出したのだ。ああ、そうか、僕はその願いを抱いていたのか、と、極々自然に、受け止めさせ、受け入れさせてくれたのだ。表層化してくれたのだ。あの刹那陽の射したが、ぼくの気が見せた幻覚でないことを、ああ、あまりにも暁光の事実として、ああ、このくち滲む感情がまま、解させたのだ。
 ぼくは、彼と、幸せのとびっくらかけっこを、天狗じみてさえ地に足つき昇り詰めることだろう。能動的に、そうで在りたいと。自然思える彼を僕は、ああ、伴侶とするのだろう。
 そういえば。天狗と言うと山伏を連想するが、山村と諸伏が合わされば“山伏”に成るなあ。そんなままごとさえさせるのが、喜色で頬をくすぐるのだから、つくづくこのひとは氷塊を融解したものだ。ふわり緩んだぼくの口端に、助手席の彼が木の実の眼を向けた。真相の芽を得るまで、到底、幾ばくもない――
 ああ、願わくば、このかけっことびっくらの地にて、待ち人の朗報あらんことを。ずいぶんかさを知って久しい欲が、二体分、帰着を待つ。僕は、このいとしびとに弟について持つ情報を開示することを、決意した。


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