羊歯下
2026-04-05 23:52:56
541文字
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雑多(救援/ネコ科)

天正/大和郡山

20260405
雑すぎるので後で消すかもしれん

デジコレで名将言行録の藤堂高虎を見てたら、九州攻めの根白坂の戦いにて宮部継潤の救援に向かおうとしていた秀長が止められていたので、最近、賤ヶ岳の番組で、中川清秀の陣は田上山砦からは声が届きそうなくらい近いですね〜という話を聞いたのと合わせてみたくなった
描きたいところだけ注力したので雑なところはトリミング(
秀長と藤堂 九州攻めにしては若く描いてしまったな


***

これは完全なおふざけ
秀長と藤堂と慈雲院




トラなので(
慈雲院は秀長が体調を崩してから死後に至るまでの行動記録等から、意志の強いイメージで練ってみた
秀保死後はどう過ごしていたんだろうか大河ハンドブックを読みはしたが 
もっと記録が出てくると良い 旧臣らと交流あったろうか
3月頭に京都大徳寺大光院を訪れた際、秀長五輪塔そばの小さい五輪塔はどなたのかと尋ねて、
わかっていない、妻のものかもしれないと伺った
秀長には慈雲院のほか側室もいたようだが、子らや正室側室らの墓はどこにあるのかな
秀長身内はそこらへんよく分からない中で、同地に高虎の五輪塔が建っているわけだけども
あの配置の経緯も気になるところ 現在の大光院は移転先らしいので