ナガレ
2026-04-05 22:24:44
9048文字
Public
 

卒業旅行(鉢竹)※サンプル

2026/5/31 SUPER COMIC CITY 33 -day3- 超忍FES.2026大阪 発行予定
A5二段組/表紙等込み40ページ/イベント頒布価格500円(予定)

卒業を機に自然消滅した二人がよりを戻す話
・年齢操作あり(五年生→六年生、卒業後)
・共寝を匂わす描写(センシティブな表現)あり
・捏造たくさん(卒業試験、家の事情、卒業後の進路、鉢屋の変装の下、愛称(呼び方)他多数)
・二次創作はファンタジー

卒業を機に自然消滅した二人がよりを戻す話
・年齢操作あり(五年生→六年生、卒業後)
・共寝を匂わす描写(センシティブな表現)あり
・捏造たくさん(卒業試験、家の事情、卒業後の進路、鉢屋の変装の下、愛称(呼び方)他多数)
・二次創作はファンタジー

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 手放せるもの、手放せないもの。
 手放して後悔しているもの、もう手放したくないもの。

・卒業旅行

 卒業の可否を判断する試験はとても厳しいものだった。座学の試験、実技の試験、個人の実地試験、組別の実地試験。今までの実習や忍務も決して生易しいものではなかったけれど、死線を潜り抜けるというのはこういうことを言うんだと痛感した。最後の組別の実地試験を完遂し、全員ぼろ雑巾になったけれども誰ひとり欠けることなく五体満足で学園に帰ってきた時は、恥も外聞もなく皆で男泣きしてしまった。誰もそれを咎めることは出来まい。果たして生きて帰ることができるのかと一度は疑ったはずだ。今の力量でプロの道を歩めるのか、忍として生きていく覚悟はあるのか。求められたのは技術だけではなかった。本当に厳しい試験だった。
 組別の実地試験は小隊で行うことを想定したもので、俺達に与えられたのは〝一触即発状態にある二つの城の均衡状態を崩す〟という目標だった。当たり前だが、教師陣は簡単な事前資料を渡した後は一切手を貸してくれない。準備・立案・遂行、そして帰還までのすべてを生徒だけで完結させるのだ。もちろん目標は予め設定された期限内に達成しなければならない。窮地に陥っても自分達でどうにかしろと突き放された。助けに来てくれるなんて甘い考えは捨てろとも言われた。自分の命の引き際は自分で見極めろということだ。
 現地に着いていくつかの情報を得たところで、俺達は置かれた状況を知った。事前資料には書かれていなかった情報だ。力が拮抗しているが故に不気味な静けさを保つ二つの城とは別に、この地には第三勢力も存在していた。
 互いに牽制し合う二つの城、漁夫の利を狙う第三勢力。長々と時間をかけることは出来ず、意図せぬタイミングで戦を引き起こしてもならない。天秤棒の両端を揺らすことだけを求められた。おそらく依頼してきたのはこの地の第三勢力で、忍が動く状況としては王道だ。プロの忍になった俺達が放り込まれるであろう状況だった。
 参謀役を引き受けた学級委員長の負担は想像に難くない。ろ組全員の卒業と命が双肩に乗ったのだから。この組別試験、個人単位の脱落は認められていた。この試験は落第でも、他の試験の成績次第では卒業できる。しかし残された面々の難易度は跳ね上がる。それは試験の合否だけではなくて、ぶっちゃけ生きて帰れる確率だ。まだ学生だからと見逃してもらえるなんて夢物語。世の中は甘くない。
 進むにしろ退くにしろ、ここで動けなくなるのであれば忍になっても命を落とす。今まさに殻を破ろうとしている俺達の覚悟を問う、先生方からのメッセージ。誰一人として抜けるとは言わなかった。最後の死戦も潜り抜けてやろうじゃないかと、お互いがお互いを信じていた。
 それもあってか試験中あいつはずっと気を張っていて、その横顔には鬼気迫るものがあった。集めた情報を把握して整理し、後ろから指示を出し、時には先陣を切り、自ら囮となり、殿を引き受けて。裏工作に手こずり、正体を怪しまれて追われる場面もあった。そこは逆に俺達があいつを助けた。いつまでも学級委員長様のおんぶに抱っこじゃないんだからな。

 目標を達成し、全員が学園の中に入ったのを見届けてから最後に塀を飛び越えた我らが学級委員長、鉢屋三郎。試験監督の教師に報告を終えて教室に戻ってきた時は緊張の糸が切れて今にも死にそうな顔をしていたが、最終試験を無事に終えたことに安堵していた。そんな三郎を全員で出迎えてもみくちゃにした。先に実地試験を終えていた他の組の奴も何人か混じっていたが、同じ釜の飯を食べて育った仲間だから気にしないことにした。
 四方八方から突撃されて押し潰された三郎は一番下で猛抗議していたけど、そんなの知るか。互いに労り合い、褒め称え合った。盛り上がって胴上げされそうになっていた三郎だが、さすがにそれからは逃げていた。どさくさに紛れて三郎の面を剥ぎ取ろうとした奴は、体術のお手本のような関節技を決められるという返り討ちに遭っていた。
……思えばあっという間だったな」
「そうだな」
 最終試験を通過して卒業が決まったから暇、とかそんなことはなく。試験の後は就職活動に追われた。試験前に進路を決めていた奴もいたけれど、ほとんどは試験の対策に忙しくて就職活動に手が回っていなかった。かく言う俺もその一人で、目星をつけていたいくつかの城に学園からの推薦状を送り、色よい返事が貰えた城の面接を受けた。二つ目の城で決めることができたのは幸いだった。
 三郎から思い出作りに誘われたのは、そんな卒業間近の頃だった。

 鉢屋三郎と俺は、俗に言う恋仲だった。同じろ組の友人・不破雷蔵と常に行動を共にしていた三郎から想いを告げられたのは、五年生に進級する少し前のこと。情緒もへったくれもない、脱走もとい勝手なお散歩に出た毒虫達を探して地面に這いつくばっている時だった。それは今ここでする話なのかとか、時と場合を考えろとか、色恋は三禁だろうとか、そんなことよりも先に思ったのは、それを告げる相手は雷蔵じゃないのかという疑問。不破雷蔵あるところ鉢屋三郎ありと四六時中べったり張りついているのに、何で俺? 疑問に思うのは当然だろう。
「神や仏を篤く信仰しているからといって、それが目合いたいに繋がるか? 中にはそういう奴もいるだろうけど私は違う。それに、」
 冷静で平坦な声色で、俺の疑問に対する答えが返ってくる。しゃがみ込んで目線の高さを合わせた三郎はこう続けた。
「八左ヱ門、お前も私のこと好いているだろ」
 ……そうですね。かれこれ一年はお前に片恋をしていますね。成就したいともさせたいとも思っていない、そのうち一人酒の肴になる予定の片恋を。図星をつかれて言葉を失った俺に三郎は畳み掛けてきた。
「そんな顔をするな。これでも好かれるように動いてきたんだ。こちらを向いていると確信が持てたら耐えきれなくなった。今すぐ取って食おうってわけじゃない。話し合いたい」
 好かれるように動いてきたって、何だそれ。普段は意地悪なことばかり言うくせに、本当に困った時には助けてくれるし、何だかんだ頼りになるし、たまに優しくしてくれる時もあるし、真面目な時はちょっとだけかっこいいなと思ったりさせられるし。同級生以外にはあまり知られていないけど、実は裏で一人自己研鑽に励む努力家だったりもする。
 それ以外にもたくさんあるあれやこれや含めて、すべては計算した上での行動だったというのか。それにまんまと引っ掛かって片恋にまで発展してしまった俺、ちょろ過ぎやしないか? しかも確信が持てたって、いつどこで持ったんだよ。こちとら自覚した時から悪友の域を出ないように立ち回っていたつもりなのに。
 聞きたいことや言いたいことはたくさんある。こんな時じゃなかったら問い詰めてた。そう、こんな時じゃなかったら。
「わかった。でもその前に」
 俺は体を起こすと、腰に下げていた予備の小さな虫籠と箸を三郎の眼前に突きつけた。
「探すの手伝ってくれ」
 ひゅうと二人の間を一陣の風が吹き抜ける。
 ……また今日も逃がしたのかって顔をするな。こっちも好きで逃がし――じゃなくて、散歩に行かせているわけじゃないんだ。
 見つかるまで話し合いには入らないからなと言い放つと、三郎は仕方ないと言って虫籠と箸を受け取った。何だかんだ言いつつも、最後はこうやって手を貸してくれるから憎めない。あぁ、やっぱり俺ってちょろい奴!
 優秀な助っ人に手伝ってもらえたこともあり、日暮れ前にはすべて見つけて小屋に戻すことができた。さすがに今日はもう外に出ることはないだろう。飯も食ったし風呂にも入ったしあとは自由時間だと自室に戻りかけた矢先、後ろから来た三郎に髪をぐいっと引っ張られた。
「竹谷くん、竹谷くん。何か忘れてないか」
 あ、と思わず阿呆な声が出た。すっかり忘れていた。どうせそんなことだろうと思ったと呆れ顔の三郎に引きずられるようにして、奴の部屋まで連れて行かれる。三郎には同室の相手がいる。――不破雷蔵だ。話し合いの内容を雷蔵には聞かれたくない。話をするならせめて俺の部屋でという小さな抵抗から俺の考えていることが伝わったのか、三郎は雷蔵なら居ないと言った。賄賂を持たせて他組の友人、尾浜勘右衛門と久々知兵助の部屋に行かせたらしい。その賄賂って、きっと高級な饅頭だろ。俺も食べたかった。
「そんなにむくれるな。雷蔵に持たせたものとは別のものを用意している。饅頭じゃなくて煎餅だけど。話し合いが終わったらお茶でも淹れて食べよう」
 と、まぁこんな感じでお付き合いが始まって、ずぶずぶと関係が深まって、今に至る。俺達は意外と相性が良かった。
 周りに誰かいる時は悪友の顔して一緒に馬鹿騒ぎをするのに、二人きりになると色男全開になる三郎。しばらくはその変わり身に翻弄されっぱなしだった。でもそれじゃ何だか悔しいから、ある時一念発起してこちらから攻めてみた。その時の三郎の反応は今思い出しても笑えてくる。俺の気持ちを思い知ったか、はっはっはー。照れや恥じらいを無くすことは出来なかったけれど、わりと素直に動けるようになったのはこの時からだ。
 友人達には何も言ってない。けど、暖かく見守られていると感じる。悪友と情人の間を行ったり来たりしながら関係を育み、時にくだらないことで大喧嘩して、隠し事をされるのは嫌だけど言えないこともあるよなぁと相手のことを慮りながら、卒業まであとわずかのところまでやって来た。
「八左、何考えている?」
「色々あったなって」
 思い出作りのためにやって来たのは、学園からほどよく離れた温泉宿。近くに名所は無いし湯治にも向いていない。山中に簡素な作りの宿がぽつんと立つだけの、何も無い寂れた場所だった。他の宿泊客は居なかった。それもそうだ。わざわざこんな宿に泊まる物好きはそうそういない。
 二人とも金はないから素泊まり。食事の用意も風呂の用意も自分達でやるから不要と言ったら、宿屋の主人も客を置いて出て行った。先払いの銭を貰えればそれで良かったのだろう。ここを訪れるのは訳あり客ばかりだから深く立ち入ることはしない。この宿を探してきたのは三郎だ。知っていたのかと目で問えば、否定とも肯定ともつかない食えない笑みが返ってきた。……知ってて選んだな、こいつ。きっと俺達も訳あり客だと思われた。そう思ってもらった方が好都合だから、別にいいけど。
 宿屋の主人の姿が完全に見えなくなったところで、とりあえず飯でも食おうかということになった。厨を借りて湯を沸かし、持参した干し飯を戻して味噌玉で味をつける。これだけでは足りないだろうからそこら辺で何か獲ってくるかと聞いてみたが、間髪を容れずに不要だと言われた。
 時間が惜しいのだ。風呂の方を見てくると言って出ていった三郎の後ろ姿に気づかされた。
 たしかそれは、朝晩の冷え込みを感じるようになってきた頃のこと。卒業試験の最後の追い込みで二人きりになった時、いつになく真面目な顔をした三郎に告げられた。いつかは家に戻り、家のために生きて、次に繋げる役目が自分にはあると。薄々感じていたことだけれど、いざ告げられるとそれは重たくのしかかった。
 内情を詳しく聞いたことはないが、〝鉢屋〟はこの世界でそれなりに名のある家というか一族、集団だ。そうでなければ十の頃から素顔を隠すことなんてしないし、変わり身の術を叩き込まれることもない。自身のことはほとんど何も教えてくれなかった三郎だけど、この名前だけは本当だと教えてくれた。明かせないことだらけの三郎。本家筋に近いのだと思う。跡取りか、それに連なる立場くらいの。それなら家に戻るのは当然だ。しばらくは経験を積むために城勤めをして、そのうち独立出来たらいいなとぼんやり考えているだけの、卒業後も生家に戻れと言われることのない自分とは違う。
 三郎から告げられたことに対して、己の覚悟ができたのはつい最近だ。最終試験が終わってこれからの人生について考える余裕ができたから。数えで十になった年、忍者になりたいと忍術学園の門を叩かなかったら三郎と人生の道が交わることはなかった。六年前に交わって、そのまま寄り添うように伸びていた道は、再び別れて離れていく。秋の終わりからずっとちらついていた〝卒業〟の二文字。箱庭の中のたまごだから許された生き方から卒業する日は、もう目の前まで来ている。
 ――これは二人の卒業旅行だ。
「余裕だな」
「余裕なんてねーよ」
 時間が惜しいのは俺も同じ。三郎と軽口の応酬をする時間すらも惜しかった。簡単な飯を食って、片づけている間に交代で風呂に入って、その間に床の用意をして。日が落ちたばかりの外はまだ明るい。それでも俺達には時間がなかった。タイムリミットは刻一刻と迫っている。
 至近距離で見つめ合うと、奴の瞳に映る自分の姿に泣きそうだった。元から涙もろい自覚はあるけれど、こんな時に脆くならなくてもいいのに。見ていたら本当に涙が出てきそうだったから、目を伏せかけた。しかしそれは叶わなかった。
 竹谷八左ヱ門と名前を呼ばれ、逸らしかけた視線を合わせさせられた。
「今ここに私のすべてを晒し、君のすべてを暴く」
 この誘いを受けて行くと答えた時には理解していた。奴と肌を重ねるのも、情人でいられるのもこれが最後だと。だから三郎の宣言に無言で小さく頷いた。俺のこと、全部持っていってくれ。
 目を閉じて受け入れる意を示すと、ばさりと何かを振り払う音が聞こえた。その音に思わず目を開ける。乱暴に振り払われていたのは髢。その下から現れたのはいつも雷蔵と瓜ふたつになるよう整えている髢とは色も質感もまったく異なる髪で、これは他の誰でもない三郎自身のものだ。え、と呆気にとられていたらそっと手を握られた。思わずいいのかと問えば、苦笑いの三郎に今しがた晒すと言ったばかりだろと返された。
「だから最後は」
 君の手でと三郎に請われ、恐る恐る手を伸ばした。いつも鈍い鈍いと馬鹿にされるけど、その言葉の意味に気づけないほどの大馬鹿じゃない。指が震えるのを笑われながら外した一枚。外した薄い面を傷つけないよう静かに床に置くと、目の前にあったのは知らない男の顔だった。面の下にも化粧を施して顔を変える時があると教えてもらったのは、一体いつの日のことだったか。その化粧も今は一切していなかった。お前本当はそんな顔だったんだなとか、全然違うじゃんとか言ってやりたいのに、何一つ言葉が出てこない。素の姿は一度も見たことがないのに、俺にはいつものあいつにしか見えなかった。
 完全に手が止まってしまった俺は、三郎の目にどう映ったのだろうか。よく出来ましたとかふざけたことを言ってきたので、鳩尾に軽く一発入れる振りをして衿元を掴んだ。急き来る感情に耐えていると顔を上げろと言われ、顔を上げた。
「泣いて叫んだところで誰も来ない。全て明け渡せ」
「随分な上から目線だこと。……いいぜ。その代わりお前も全部寄越せよ」
 いつになくぎらついている三郎の目。その瞳の奥は爛々と燃えている。ははっ、上等だ。元からそのつもりだし、喧嘩なら買うぞ。三郎のぞんざいな物言いに俺の調子も戻ってきた。
 衿元を掴んだまま後ろに倒れると、勢いあまって額と額が衝突した。じんと痛む額。かっこつかないあたりが俺達らしくていいと思う。
「先に謝っておく。今日は優しくできないし、するつもりもない」
 そう言ってぶつけた額に口づけを一つ落とされてからはあいつの独壇場で、先の宣言通りにすべてを暴かれた。優しさは端から求めていなかったし、こちらも旅の恥は掻き捨てとすべてかなぐり捨ててやった。同じようにあいつも捨てた。捨てて、ありとあらゆるものを晒してくれた。晒してくれたのは素顔だけじゃなくて、感情とか、衝動とか、本能とか、全部。
 ここが寂れた安宿で本当によかった。安普請の床板が軋む音は耳障りなくらいに大きくて、嬌声と呼ぶには色気の足りぬ情けない声を隠してくれた。これを聞くのは一人だけでいい。一人だけにしか聞かせたくなかった。欲を言えば俺も一度くらいはあいつをよがらせてみたかったけど、主導権を握るどころか掴ませてもらうことすら叶わなかった。
 一度気を遣ったあたりから先のことはよく覚えていない。下手な理性はあるだけ邪魔だと、潔く捨てたのだと思う。お互いに。そこに後悔は無い。
 身も心も揺さぶられてかき混ぜられてぐちゃぐちゃで、喩えるなら嵐の中の小舟だった。我を無くすってこういうことを言うのかもしれないな。目の前の体に縋りつき、丸みも柔らかさもないこの体に縋られた。卒業までの残り少ない日数、見つかって揶揄われても知るもんか。遠慮なく肩口に何度も噛みついて、背中に思いっきり爪を立てて幾度となく引っ掻いた。その生傷、しばらくは何をしても滲みるぞ。
 もちろんそれはお互い様で、あいつにあちこち(文字通り、あちらこちら見えるところも見えないところもだ)吸われて噛まれて掴まれて、大小様々な鬱血痕や生傷が体中に散らばっているに違いない。卒業して数日経つ頃にはほとんど消えるか、目立たなくなっているんだろうけど。……あいつにつけた生傷も。
 さすがに二人とも限界が来て、重なるように倒れ込んだのは東の空が白む頃。少し寝かせろと言って意識を飛ばした。後のことはこいつがどうにかしてくれるだろ。――変なこと口走ってなきゃいいなぁ。意識を飛ばす直前にそれだけ考えた。

〜〜〜〜〜中略〜〜〜〜〜

 人生には忘れたくても忘れられないものがある。俺はとある山中で卒業の日のことをぼんやりと思い起こしていた。思い起こしてしまったのは、ここの景色があの寂れた宿屋の景色に似ていたから。卒業から五年、いや、そろそろ六年の月日が流れようとしていた。
 卒業後は大多数と同じように城勤めをしていたが、思うところがあって数年で辞めた。職を辞しても腹は減る。糊口をしのぐためにフリーの忍もとい何でも屋として各地を転々としながら生計を立てていた。こんな生活だから、当然家族はいない。稀に生家に文を送ることはあるけれど、返事が届くことはない。一所不住の身だから記せる居場所が無かった。
 生家には城を辞める前の正月に帰ったきり。不肖の息子だが、そろそろ顔を出そうと思うには思う。しかし気は進まない。前に帰った時、嫁取りの話が出たからだ。少々年増だが向こう町の働き者のねぇやはどうか、隣村の庄屋の孫娘は年の釣り合いもいいから紹介してもらおう、もしかして好い人がいるのかそれならさっさと連れて来なさい。己の年を考えればそういう話が出てもおかしくないけれど、忍なんて明日をも知れぬ身だから来る方がかわいそうだろと誤魔化すしかなかった。またその話をされたら敵わないと、以来帰らず文を送るだけにしていた。
 ……だめだ。足が止まったことに気づき、追い出すように頭を振った。今は今夜の寝床について考えよう。後ろ向きなことばかり考えそうになってきたから、頭を切り替えることにした。今からでも無理をすれば宿場町まで行けなくもないが、雨風を凌げる場所があれば今日はそこで野宿をしようか。野営には慣れている。それに、
(何かいる……
 頭上付近を大きく旋回しながらついてきた鳥が、突然木の枝に降り立った。獣の気配じゃない。これは人だ。山賊、落ち武者、同業者。さぁ、どれだ。忍び道具の他に護身と牽制を兼ねて刀を提げているが、荷物もあるからあまり刀は抜きたくない。微塵は外から見えないように腰に結わえて忍ばせている。懐の中にあるのは手裏剣と苦無。敵の正体も得物も不明だから、臨機応変にいつでも取り出せるように懐に手を入れて指先に触れさせた。
 気づけば山の生き物達もみな息を潜めている。薄っすらと漂う気配――殺気に気づいたのだろう。あまりにも不自然で不気味な静けさに冷や汗が背中を伝う。出くわすなら山賊の方がまだマシだった。近づいてきているのは、十中八九同業者だ。しかもかなり厄介そうな。こちらは特に気配を消していなかったから、向こうは俺の存在に気づいているはず。不審者同士見なかったことにしてくるとありがたいが、おそらくそうもいかない。相手の出方を窺っていると、木々の合間に獣の気配が一つ増えた。向こうもそれに気がついた。
 ――来る。
 ぴりと緊張が走り、
「嘘だろ……
 思わず嘘だと口走っていた。木の陰から現れたのは想像通り同業者で、限りなく黒に近い濃藍の忍装束を纏っている。その姿を認めた時、己の顔が引き攣ったのが自分でもわかった。同業者の顔自体はまったく記憶に無いのに、俺はしっかり覚えている。この気配を忘れることなんて出来なかった。ついにあいつの顔借りるのやめたのかよ。
「まさか。今は違う顔にしているだけだ。面は持ってるから変えられるぞ」
 俺の心の声が聞こえたのか、まぁ見てろと言って男は両手で顔を覆った。いないいないばあの要領で隠していた手を広げて顔を出すと一瞬で男の顔面は変わり、にやりとほくそ笑んでいた。百回、千回、万回と、この芸当は数え切れないほどに何度も見た。男が変えたのは、六年間ほぼ毎日見ていたあの顔だった。記憶よりも少し精悍な顔つきになっていたのは、顔を貸していた人物も大人になったからだろうか。
「竹谷八左ヱ門、久しいな」

〜〜〜〜〜後略〜〜〜〜〜

こんな感じの内容です。他にも約束を交わしたり、過去に思いを馳せたり、二の足を踏んだり、焼けぼっくりに火がついたり。
割合としては、メインの竹谷サイドの話が7割、鉢屋サイドの話が3割くらい。夢と理想を詰め込みました。


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