計画した旅行ならば行きたいところもあるし、夜に時間を潰す方法を検討をつけていたのだろうが、着の身着のままに少しおまけをもらった程度で放り出された。
今から観光地を調べたところで、明日になれば仕事が待っている。ろくに回れなくて未練が残るだろう。
上司に半休の連絡を入れ、帰りの電車を調べた。
もうこうなったらどうにでもなれと、グリーン車を予約する。
宿をとった主な目的は疲労を癒すことだ。温泉にゆっくりと浸かれば、それだけで満足という気もする。若いときに比べると、時間の使い方がおおらかになった。
どこかの座敷に宴会場があるらしく、調子外れのカラオケの声が聞こえてくる。社員旅行のシーズンなのだろう。
古めかしい温泉宿には、遊技場が併設されていた。
いかにもな卓球台が置いてある。
それを横目に、野峨が足を止めた。
「比叡さん卓球できます?」
「やったことはないですが、卓球部っぽい顔とは言われますね」
それはつまり運動部というには体格や肌の色があまりにもインドア派っぽくてちょっとオタクっぽさがある男子という意味だろう。
「やってきません?」
「いいよ。どうせ暇だし」
浴衣だと動きにくいが、温泉地の卓球というのはそういうものだろう。初めてやるからイメージでしかないが。この手の設備が残っている旅館自体が、今ではもう減っている気がする。
とはいえ、二人とも卓球のルールは知らない。
球をラケットに当てて、相手の陣地に入れるものだというぼんやりとした知識だけがある。
じゃんけんの後、比叡が球を持った。
投げて、当てればいいはず。
振ったラケットは空を切り、球は床に落ちてカツンと乾いた音を立てた。
「おっ」
「もう一回いいですか」
「いいですよ」
振るからいけない。下で待ち構えればいい。
再挑戦。
ラケットの上で跳ねた球が、力なくバウンドしてネットにぶつかって戻ってきた。
「比叡さん」
「野峨くん、思っても言わないことがいいことってありますからね」
「オッケーです」
「そういうなら、君が打ってくださいよ」
ボールを相手のコートに投げつける。コツンといい音を立てて跳ねて野峨の手の中に飛び込んで行った。
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