ひろっぷ
2026-04-05 17:14:18
2005文字
Public 第五 ハス探
 

邪神さまの懸案ごと

宇宙規模の考え事


(あぁ、またか)
髪に触れられた細長い手がどことなく覚束ない。彷徨う手を掴み弱く叩くと、落ち着いたのか手はそのままノートンの髪を梳き始めた。
見遣れば彼特有の目玉がなくあるのは暗闇だけ。
「なぁ。それ大丈夫なのか」
行き交う人が多い広場の中、初めて目撃したであろうナワーブが訝しげに様子を見る。
奇異の目はこれが初めてではなかったし、ノートン自身が初めて遭った時と比べればさして問題はなかったが、理解出来ないというような様子を見て諦めて答えた。
「大丈夫、時々あるから。ハスター、僕はここ」
再び彷徨う手を引き寄せて体に触れさせる。落ち着いた触り方を感じながら、ノートンは初めて体験した日の事を思い返していた。

伝えた通りこれは初めての出来事ではなかった。どうやら彼は稀に深く考え事に浸るようで、無意識に思考をどこかに飛ばしてしまうと後に述べていた。
そして何故か、不思議なことに無意識にノートンを求め荘園を彷徨くのだという。
初めての時はさすがにノートンも戸惑った。
確かにそこに居るのに名前を呼んでも返事はなく、右往左往して何かを探している様子を見れば不自然だと気づく。
しばらく行動を見ていたが、見かねて彼の体に触れた途端、探し物を見つけたと言わんばかりに引き寄せられ、今現在のように撫でられ続けることになったのだ。
やめさせようと名を呼んでも応えず、髪がボサボサになってしばらくした頃に助け舟はやって来た。フィオナは彼を見るや否やあっけらかんと答えを示す。
「思考を星の海に遣っている状態だろうな」
「んぶっ、なんだって?」
「ううん。分かりやすく言うと没頭している、という事だな」
「何に」
「さぁ。そればかりは分からない」
……いつまで」
「大抵は一晩ぐらいだが、これは神だからな。一晩かもしれないし、二、三日かもしれないし、一週間かもしれない」
曖昧だ。だが解決方法が提示されただけ良しというものだろう。と安堵したのも束の間、ふとした懸念がノートンに降りかかった。その間もハスターの撫でる手は止まらない。
「それまでこうってこと?」
「そうなるな」
そうなるな、ではない。この瞬間だけでもずっと撫でられているというのに、長期間の不在ならばどうなるのか。考えただけで気が遠くなるようだった。
「考え事をしている時は周りが見えなくなるものだろう。君が居なくなれば彼はその辺を探し回って大変な事になるだろうね」
「他人事だと思って」
「実際そうだろう。そうやって大人しいのは慣れた肌触りがあるからだ。何せ彼は今無意識なんだ。不必要な物に触れたらどうなるかなんてある程度分かるだろう?」
近い未来起こりうる災害を想像して天を仰ぎ、眉間に皺を寄せながらハスターの手の薄い皮をつねった。

というのが初めての時。
それからというもの、月に一度あるかないかの頻度でそれは起き、その度にノートンは呼び出されている。
実際、近くにノートンがいない場合に精神異常を起こす人がいるようで、被害が起きないためにノートン自らが名乗り出た。日頃の行いが功を生じたのか、誰も訝しむ事はなく満場一致で納得している。
「結局理由は分からないんだよね。何考えてたのって聞いても曖昧な答えしか返ってこなくて」
「まぁ人間じゃない奴らの考えてる事なんて言われても分かるわけじゃないだろうしな」
肩をすくめたナワーブと同じような反応をしたいぐらいに同意しかない。口を開けばどんどんと愚痴が出てきそうになるなと思った矢先、髪を撫でていたハスターの手が頬に移り撫で方が変わった。
「!」
(これは)
「どうした」
「いや。部屋に戻るよ。変なの見せて悪いね」
「気にするな」
ハスターの手をひいて戻っていく男の背中を見ながらナワーブは少し考える。
(常に変だが?)

ぴったりと後ろを付いてくる邪神を確認して自室の扉を閉める。立ち止まったノートンを察したのか、再び撫でようとゆるゆると手が差し出されてきた。
「"帰ってきてる"よね、あんた」
一声で触れる直前の手はピタリと止まる。もう少しだったのによく気づいたなと込められた笑い声が響くと、フードの暗闇はいつの間にか赤い目玉を取り戻し、ぼんやりとしたいつもの淡い光を纏っていた。
『聡くなったものよ』
「それはどうも。あんたがそんなだから僕何もできなかったよ。何に熱中してるんだか」
あれよあれよと悪態が出る。これ以上は余計に揶揄われるだけだと口を噤もうとすれば、案の定身体をひっくり返され邪神の腕に収められた。
『求めるのであれば吝かではない。深淵を垣間見る覚悟があるのならばな』
見上げた先の瞳は愉悦を多分に含ませた数多の瞳。我ながら見慣れてしまったな、とソレに呆れて小さくため息をついた。
「やめておくよ。これ以上気が狂ったらたまらないからね」