カーテンを開けてたっぷりの日差しが入り込むようにしてから買い物に出掛けて部屋に戻ると、思惑通り、俺のベッドの上にはゆらが寝転がっていた。ひだまりの中で体を丸める様子は本物の猫のようで、俺は緩む頬を誤魔化すことなく「ただいまぁ」と声をかけた。
「……もうかえってきたの」
「スーパーに買い物行ってきただけやからね。お昼、なに食べたい?」
「いちごパフェ」
「さすがにパフェはむずいなぁ。オムライスとナポリタンやったらどっちがええ?」
「んー……、ナポリタン、ピーマンはいらない」
「はいはい。作る時は入れさせてな、俺が全部食べるから」
「変な味する」
「しません〜。な、お昼食べたらどっかデートしに行かん? 今日は天気良くて外も気持ちいいで」
「……かんがえとく」
お、即座に拒否されなかった。それだけでつい笑みが溢れて、薄目でこちらを見ていたゆらが不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。俺は余計なことを言いそうになる口をつぐんでキッチンに向かった。
ナポリタンな、ナポリタン。彩りになる野菜はちゃんと入れるけれど、ゆらが避けやすいように大きめに切ることにしよう。ふんふんと機嫌良く鼻唄を歌いながら調理を始めた。
出来上がったナポリタンを皿に盛り付けながら「ゆら〜」と声をかける。寝ているかなと思ったけれどすぐに「んー……」と唸り声の返事が聞こえた。ひょいと部屋を覗けば日差しの位置に合わせてベッドの上をわずかに移動しただけでほとんどさっきと変わっていないゆらが目を瞑っている。
「起きとる?」
「ん……」
「ごはんできたで。あったかいうちに食べよ」
「んん……いいにおい……」
「おはようさん」
「うん……いただきます」
「ちゃんとこっち座り。寝転がったままやと食えんやろ」
「うー」
「明星くんがあーんってしたってもええけど」
「おきる……」
「あはは、はい、めしあがれ」
ずるずるとベッドから起き上がろうとしなかったゆらは、俺があーんしてあげると言うと仕方なくといったふうに体を起こし、俺の隣、ソファーの空いている場所に座って「いただきます」と手を合わせた。寝癖のついた髪が可愛くて、手を伸ばして頭を撫でてやると、眠たげな目で俺を見る。ぼんやりしていて不機嫌までいかないうちに優しく髪を梳いて整えた。
「……なに?」
「なんも。あ、コーヒー入れようと思ってたんやった。ゆら、カフェラテ飲む?」
「今はいい。あとで飲む」
「ほんなら俺も後でにしよかな」
「デザート、ある?」
「……内緒やけど、シュークリーム買ってきたで」
「!」
「全部食べ終わってからな」
「明星の方に野菜入れていい?」
「どうぞ〜。玉ねぎなら食べられるよな? やらかくしたから甘くなってると思うで」
「野菜は、甘くない」
「ふ、そうやけど」
「でも玉ねぎは食べられる。ありがと」
「どーいたしまして」
デザートのおかげがいつもより数段ご機嫌な様子で、ゆらは俺の皿にポイポイと野菜を移し終えて彩りのなくなったナポリタンを食べ進めた。ゆっくりだけれど手が止まることはないからお口にあったみたいだ。
「おいしい?」
「ん」
「よかった。俺もいただきます」
「めしあがれ」
「はは」
そもそもの量がゆらより俺の方が多く盛っているから、野菜を移したことで差は広がり、いつもなら俺より時間がかかるゆらが今日は先に食べ終わった。ゆらは「ごちそうさまでした」と手を合わせてから綺麗に食べ切ったお皿を持ってキッチンに行き、すぐにシュークリームを持って戻ってくる。自分の部屋に戻ったっていいのに。さっきと同じように俺の隣に腰掛けて、シュークリームを食べ始めた。
口に入りきらなかったクリームが唇の端につき、それをペロリと舌で舐める様子から、俺はそっと視線を外す。このご機嫌さならデートに行けるかもしれないのに、自分でそのチャンスを潰したくはない。
「おいしい」
「……よかったわ。俺もごちそうさまでした。カフェラテ入れてくるから待っとって」
「甘くして」
「もちろん」
ソファーから立ち上がり、自然とゆらに視線を向ける。俺を見上げる甘えた瞳にどうしたって嗜虐心を煽られて、わざわざ拭わなくてもいい程度のクリームを親指で拭い、ついでのように唇を撫でてから手を離した。中途半端に開いた唇と驚いて丸く見開かれる瞳に、胸の奥が満たされる。
「クリームついとった」
「……」
「ほんまやって。ゆらに触りたかったのもあるけど」
「……ヘンタイ」
「どうもありがとう」
「褒めてない、さいあく。あっち行って」
「ふふ、はぁい。カフェラテ、すぐ作るな」
ふんっとそっぽを向かれてしまったけれどそんな仕草すら可愛く見えるのだから救いようがない。甘えられるのも、引かれるのも、怒られるのも、相手がゆらならなんだって楽しい。
お湯を沸かす間に洗い物を済ませ、コーヒーを一杯とちょっと作ってマグカップ二つに分けて入れる。片方のマグカップには砂糖を入れかき混ぜて溶かしてからコーヒーよりもたっぷりと牛乳を注いだ。
「ねえ、明星」
「わ。どうしたんゆら、もうシュークリーム食べ終わった?」
「食べ終わった。明星の、買わなかったの」
「ん? シュークリームの話? ゆらが食べたいかなぁって思って買っただけやから、俺のはないよ。あ、もう一個食べたかった?」
「……ちょっと頭、こっち」
「ん、え、なに?」
俺はゆらに服を引っ張られ、慌てて牛乳を置いて求められるままに身をかがめた。目が合い、ゆらの綺麗な瞳に見惚れているうちにちゅっと唇が触れ合う。一瞬で離れたそれを追いかける隙もなく、ゆらは手も離してパッと身を翻し部屋に戻って行ってしまう。伸ばした手は見事に空を切った。
「……えー、なに、ゆら、どうしたん」
「シュークリームのお礼」
「……もうちょっと欲しいかもー?」
「もうない」
「そこをなんとか」
マグカップを両手に持って部屋に戻ると、ゆらは再びベッドの上でくつろいでいて、据え膳?と都合よく考えてしまう。いやでも、なあ、好きな子が自分のベッドの上に寝転がってるなんて。
「おうちデートにしよか」
「は?」
「どっか出掛けたいって思っとったけど、ゆらと二人ならどこでもええなって」
「俺はただ家にいるだけなんだけど」
「うん、やから、俺がそれをデートにしよーかなって」
テーブルの上にマグカップを置き、ベッドの空いている場所に腰掛ける。寝転がるゆらの髪を撫でると、ゆらはキッと俺を睨み上げた。かわいー、と小さく呟くと拳が飛んできて余計に笑ってしまう。
「シュークリーム、もう一個買ってきたらよかったなぁ」
「もういらない。明星うざいから」
「キスしてもええ?」
「やだ。いま気分じゃない」
「気分になるよ」
ゆらの上に覆い被さって、唇を重ね合わせる。抵抗する腕は両方まとめて掴んで、頑なな唇を舐めて割り開いた。舌を絡めるうちにゆらの体からは力が抜け、俺はいい子と褒めるように頭を撫でた。
唇を離してゆらの息が整うのを待ち、「まだ気分やない?」と囁き声で聞く。涙目で俺を睨んだゆらは俺の足を軽く蹴り、視線を上に向けた。
「カーテン、閉めて」
「……あぁ、そうやな」
体を起こして手を伸ばし、カーテンを引いて外の明るさを遮断する。電気はついたままだけれど相対的に暗くなったように感じる部屋の中で、振り向けばゆらは着ていたパーカーを躊躇いなく脱ぎ捨てていた。電気も消せと言われるかと思ったけれど、そこまで気が付いていないのか俺の服をぐいっと引っ張ってくる。俺は笑いながら服を脱ぎ、再びゆらの上に覆い被さった。
キスをしようと顔を寄せた時、ブブッ、とテーブルの上に置いてあるスマホが鳴った。ついそっちに目を向けてしまい、ゆらの手が俺の顎を掴んで引き寄せる。唇がぶつかるように重なって、ちゅっと甘い音を立てて離れた。驚く俺の目の前で、ゆらは珍しく楽しそうに目を細めている。
「お花見の誘いかな」
「……ゆら、行きたい?」
「行きたいなら行けば」
「ゆらがおらんと意味ないよ。どこも行かん」
「あっそ」
「ほんまに」
「連絡、見なくていいの?」
「いい。今はゆらの時間」
「ふん」
誰からの連絡も、誘いも、今ゆら以上に優先したいものなんてあるわけない。丁寧に唇を重ねてやればゆらの手が俺の髪をぐしゃっと乱した。
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