【フェ主♂】恋人

閉店後の酒場でいちゃつくフェ主を目撃する大商人のはなし。
ゲーム本編の目だったネタバレはなし。商人ルがうぃしゅべに来た経緯を知っていれば他に必要なことはたぶんない。

 恋人

 
 この町に来て、もう随分になったな。
 星空を見上げ、ルドはなんとは無しにそう思った。
 サンシェイドの空気とここの空気は全然違う。踊子の香の匂いと香辛料の薬っぽい匂いが入り混じったあの街も好きだったが、森を通り抜けた風が運ぶ青い匂いも悪くない。深呼吸が気持ちいいなんていうのもここに来て知ったかもしれない。
 もう、この町でルドをよそ者呼ばわりする者はいなかった。半分くらいの人間は、ルドがよそから来たことを知らないかもしれない。俺もあんたと同じであいつに誘われて来たんだぜ。そういう話をする機会が増えていた。
 と、そのくらいの月日が流れていた。
 日が沈んで一時間で店を閉め、配達の注文を受けていた家を回ってきた。今はその帰り道。時計と逆回りに町をぐるりと歩き、川沿いに店兼自宅へ戻る。かかった時間は二時間弱というところか。今日の仕事はこれで終了。軽く腹に何か入れて、さっさと寝るか。
 荷が無くなって軽くなった荷袋を片方の肩に引っ掛け、石畳を歩く。ここも随分歩きやすくなったもんだ。酒場の前から自分の商店へと続く道は、ルドが来た時には無かったものだった。
 酒場の角を曲がり、階段を上がれば店はもうすぐそこだ。歩きつつ、既に戸口の灯りを消している酒場にふと目をやった。
 窓にはカーテンがかかっていた。その向こう側が薄ぼんやりと明るい。もう閉店しているが、後片付けでもやっているんだろう。
 二つある窓の一つを通り過ぎる。二つ目の窓はカーテンが閉まり切っておらず、隙間から中の様子が窺えた。店の扉に近い窓で、その気がなくてもカウンターのそばが見える。そこで目に飛び込んできたのが、予想していた人物ではなくて、ルドは思わず立ち止まってしまった。
 ここの主人はフェンだ。町に居る時は自警団をやりながら酒場の主人もこなし、頼れる人柄で皆から慕われている。まあ……ルドとの出会いは最悪だったわけだが、それももう昔の話。情にあつく町のためにと努力を惜しまない男に、ルドがその時以上腹を立てることはなかった。むしろ、善良すぎるのが危うくて、そんなんで店がやれるのかと余計な心配さえしてしまった。
 フェンといえば、特徴的なのは小麦みたいな色の金髪だ。三つ編みにしても腰に届くほど長い髪は、一度見たら忘れない。
 しかし、カーテンの隙間から見えた人物の髪は、贅沢な金髪ではなかった。
 明るいオレンジの髪だ。長いのをてっぺんで一本に縛った、イキのいいスタイル。
「ソリか」
 独り言を口にし、その男の服装で大体の状況を察する。彼は、旅をしている時の学者のコートを羽織っていなかった。焦茶とか赤のズボンにシャツはこの町の住民の普段着で、それに緑色のエプロンを身につけていた。
 ソリは酒場の従業員ではない。この町の復興を仕切っていて、大工のスティアと共に住人や環境の全体を調整している、いわば町長のような存在だ。本人はそのつもりじゃないらしいが、町が町として動くよう、人々が暮らしに困らないよう、次々と必要なものを揃え願いを叶えていく彼の姿に誰しもが自然と魅入られていくのだ。
 ルドも、同年代の男のその手腕に興味があった。というのも、彼は職こそ学者というが、口調や行動は全くそれを感じさせない粗野な男という印象だった。いい意味で言えば話しやすい。ただの何でもないダチみたいなものだ。悪く言えば身の程知らず。誰にだって態度を変えず、なんだってできると思っている。
 だが、町の一員として付き合っていくにつれ、この男はやるかもしれないな、と思うようになった。気さくな人柄は人を惹きつける。彼がなんだって力を貸してくれるから、こっちも応えたくなる。
 学者というのも伊達じゃない。それはソリが読んだ本を売りに来ることで知った。ソリは分野に関わらず手に入った本を片っ端から読んでいるらしく、それも何もかも、町のため。かつてのように危機に晒されることがないよう、町がもっと暮らしやすくなるよう……。他の学者先生のように何か専門をつけるとしたら、こいつの研究は「町」だと言える。
 それだけ学び、考えておきながら、その努力を一切ひけらかさないのがソリだ。彼にとってそれは当たり前のことなんだろう。
 で、その男がエプロン姿で酒場にいる理由は何か。
 その答えも、すぐに見当がついた。フェンだ。フェンとソリは兄弟分だ。町が滅びる前から、フェンは自警団の先輩、ソリは見習いだったらしい。
 だった、というのは、二人の関係が今はそうじゃないと聞かされたからだ。それが一番信じられないのだが、二人揃って表明してきたことだから、そうなんだろう。
 彼らは、付き合っているんだそうだ。
 付き合うっていうのは、ほとんどの場合異性間で成立する。だけど世の中にはいろんな人間がいる。彼らが兄弟分を越えてそういう関係になったというのは驚くべきことだが、絶対ないわけじゃない。
 だが……そうは言われても、別に何もこれまでと変わらなかったのだ。フェンが兄貴風吹かしてるのも、ソリが甘えるときはちゃっかり甘えるのも、これまでなかったかというとそんなことはない。むしろ、日常。
 こいつら付き合うって言葉を勘違いしてるんじゃないか。大人のルドさんはそう思っていたのだ。
……
 少し気になり、ルドはすっかり足を止めてしまっていた。
 ソリは片手に帳面を持ち、カウンターの奥に向かって話しかけているようだった。彼の視線の先、カーテンに遮られて見えていなかった奥の方から、金髪で長身の男が現れる。カウンターを挟んでソリの向かいに立ち、ソリの方を見て何度も頷いていた。
「ありゃ、帳簿だな」
 そういえば、数日前にソリが仕入れとか在庫管理の考え方を教えてくれと尋ねてきたっけ。酒場のためだったのか。それもそうだよな。フェンの食材の発注はいつも同じだ。季節や天候、仕入れ先の状況に左右されがちな飲食店の発注がいつも同じでいいわけないのに。
 つまり、ソリは酒場の仕事を手伝いつつ経営に口を挟みに来た、といったところだろう。それならエプロンをしているのも納得だ。学者のコートもそうだが、着れば大体様になるモンだな。
 熱意と憧れだけで商売やってる男にひとつガツンと言ってやれ。ルドがそんな気持ちで酒場の中を見ていると、ソリがカウンターに帳簿を広げ、指や手を使って何やら懸命に喋り始めた。もちろん、外にいるルドには何も聞こえない。が、フェンがカウンターを回ってソリの隣に立ち、帳簿を覗き込んだことで、思った通りの展開になっていそうだな、と自然と顔がにやけた。
 ソリがやや首を傾け、手のひらを上に向ける。フェンが頷き、長い三つ編みの先が揺れる。話はついたようだ。何が決まったかはさっぱりわからないが、次からのフェンの仕入れが楽しみだ。
 さて、盗み見はこれくらいにして、帰るか。
 ルドが二人から目を逸らそうとした時、兄貴分の大きな手が弟分の頭をわしわし、と撫でた。
 あー、そういうの……
 ルドが胸の中にモヤっとしたものを抱いた瞬間、それを払拭するようにソリが兄貴分の肩を手の甲で軽く殴る。フェンがすぐに手を引き、引いた手で後ろ頭を掻いた。
 ほれみろ言わんこっちゃない。そういうお子様扱いほんと良くねえぞ、フェン。あんたは良い奴だが、年下を舐めすぎるとこだけ思い知った方がいい。ま、今ソリがどついてくれてちょっとスッとしたけど。
「ざまあみ……
 ほくそ笑んで届かない悪態を吐きかけた。が、そこでルドは息を呑む羽目になる。離れていこうとしたソリの腕をフェンがそっと握り、引き寄せ、二人の顔が近づく。ソリの肩が少し跳ねた。こっちも胸がドンと打たれたみたいに跳ねた。
 キスだ。
 うわ、なんてことしやがる。人が見てる前で……って、見てるなんてあっちは思っちゃいねえか。
 二人の顔は見えないが、直視は流石にできずルドは無意識に目を逸らしていた。口元を手で覆う。周りに他に誰もいないのを確かめてしまう。
 そろりとカーテンの隙間に目を戻すと、ソリはもう腕を掴まれていなかった。その代わり兄貴分の背に腕を回してしっかり抱きつき、頭を傾けてキスに応じている。ソリの背を抱く男の手が、シャツを撫で下ろしながら彼の腰のあたりを探る。その指がエプロンの結び目に阻まれた。狩人の器用な指は結び目をあっという間にほどき、布がはらりと垂れ下がる。そうして開いた腰回りを大きな手のひらで撫で、もう片方の腕はソリの肩をより一層深く抱き込んだ。
 おい。
 おいおいおいすけべすぎんだろ。
 なんだそのけしからん手つきはよ。自警団としてあるまじき行為なんじゃなねえかフェン。
 腰を抱くにとどまっただけ良いが、ケツ揉んでたら完全に退場もんだ。
 はーっ、ソリ、お前の兄貴分すけべだぞ気をつけろ。お前ちょっと脱がされたことにも気づいてないだろ。流されてばっかとかお前らしくないぞ。
 やきもきしながら指の隙間からカーテンの向こうを見て一人で顔を赤くしていた。どうやらキスは終わったらしい。長かった。長いといっても……実際は三十秒かそこらだと思うけど……
 オレンジの頭がフェンの肩口に埋まる。額や頬をすり寄せるような、そんな角度だった。
「はあ……
 あいつああやって甘えること、できるんだな。いつも最前線に立って、辛いことも苦しいことも受け止めて、それでも無理なんか感じさせない素振りだが……
 それを、無条件で包んでくれる最愛の兄貴分、か……
 すけべ行為は要審議だが、ソリにとってかけがえのない存在であることは素直に良いと思えた。
 ソリの横頭に鼻先を埋めるフェンの顔が見える。両目とも閉じられていて、至極穏やかに見える。
 あー、このすっとこどっこい。頭撫でるなら今だろうが。今の、恋人の瞬間だろうがよ。フェン、てめえはほんとすっとこどっこいだな。
 と、そんなことを思った瞬間、フェンの片目がすうっと開いた。青い瞳とばちっと目が合う。背筋をぞくりと冷たいものがかけた。反面、顔は燃えるように熱くなる。
 フェンの眉尻がへにょりと垂れ、ソリの肩を抱いていた手が『すまない』とでも言いたげに真っ直ぐこちらに側面を向けた。
「あんにゃろ……
 気づいてやがった。狩人の目、甘く身過ぎてた。じゃあこのキスもすけべ行為も見せつけられたってことか。いや違うな。あいつはそこまで悪趣味じゃねえし、見せつけたって何の得もない。じゃあ、なんでか? ソリに俺の存在を気づかせないためだ。
 フェンがルドに気付けるタイミングは二回あった。カウンターに姿を現した時、そして、ソリの横に移動した時。こっちからもフェンの顔が見えていたからだ。気付かないふりをされたようだが、俺がなかなか居なくならないから行動を起こすしかなかったんだ。ソリが振り向かないように。
 ルドはソリの顔を一度も見ていない。ソリにも、フェンの顔しか見えていない。フェンのキスや抱擁は、ソリの頭の中に俺を割り込ませないための行為だ。なんつー独占欲だよ。ほんととんでもねえな。
 じっと目を細める。フェンの視線はもうルドを解放していた。肩口に埋まった弟分の頭。耳元に唇を寄せる金髪の狩人。そのまま二人はまた口付けに耽り始めた。まとめられたオレンジ色の髪束が脱げかけのエプロンの肩を透かして揺れて、ルドは初めてソリの姿を扇状的だと思った。
 小さく息をつく。
 あいつらの関係、侮ってたのは俺の方だったな。どう見ても恋人だ。
 つま先を帰り道に向ける。
 もう見ていないかもしれないが、窓に向かってしっし、と二回手を振った。奥でやれ。俺は帰るしフォローしねえぞ。