最期のお茶会

堕楽園バッドエンド後日談

吸血鬼が世界から消失した。そう、彼から聞かされた。あの偽物の願いは叶ってしまった。
……何を間違えたのか、私には分からない。
「まおう、さま」
私はまだ上手く喋れない口で言葉を紡いでワガママを言った。彼はしばらく考えた後、一緒に着いていくと微笑んでくれた。

黒ずんだ腕は引き攣ったまま、やっと杖が握れるようになった。だけど気を許したら落としてしまう。それを見た彼は「貴様はもう何も守らなくていい」と悲しそうな声で言ったのだ。
とある場所に向かうためにネイサンに二人で跨り空を飛ぶ。彼に荷物を持たせてしまって申し訳ないが、現状杖を握ることさえ困難な状況で運べるわけもなかった。
「ごめ、んなさ、い」
「謝る必要などない……もう、謝るな」
そう言って彼は私を優しく抱きしめてくれた。

二人で向かった先は……封印されたはずのお屋敷。
だが、何者かの侵入を許してしまったのか、封印されたはずのお屋敷は扉を開いて出迎えていた。
誰もいない。いつもなら出迎えてくれるメイドさんたちの明るい声も、ライラちゃんの嬉しそうな声も聞こえない。ただただ静寂に包まれている。
……あ」
私は思い出した。伯爵に借りていた本を持ってくることをすっかり忘れていた。
だがなんだかわざわざ返すのも申し訳ない気持ちがある。あの本たちは私は伯爵から「贈られた」と思い、最後に彼への意地悪を考えていた。
使役していたコウモリたちもいない。ただただ真っ直ぐ廊下を突き進み、いつも彼らと話していた客間に向かっていく。その後ろをタイラントさんは荷物を持って静かに着いてきてくれる。
……ほん、とうに、しずか」
自分の小さな声すら大きく聞こえるくらいには静かで、悲しかった。
タイラントさんはきっと目を伏せて考えているのだろう。見なくてもわかる。彼も、彼ですごく後悔しているはずだから。
置かれた荷物の中から小さな袋を取り出す。そして、それを持って調理場に向かった。
蜘蛛の巣がところどころ張られたそこを横目に私は食器棚からポットとティーカップを4つ取り出す。
後ろから着いてきたタイラントさんが代わりにお湯を沸かしてくれていた。沸かしたお湯をタイラントさんに代わりにポットに注いでもらう。
しばらくして、私がポットに注ごうとすれば、タイラントさんが手を添えて落とさないように支えてくれた。
もう何度淹れたことだろうか。ふんわりといい香りが漂ってくる。
『女王様の淹れた紅茶本当に美味しい』
『どうしたらそんな上手く淹れられるの』
『あたしたちも見習わないと!』
全て過去の声、幻聴だと分かっているのに。だからこそ涙が止まらなかった。
4つに淹れた紅茶と空の小皿をタイラントさんが運んでくれる。客間に戻れば、
それをテーブルに並べる。私は荷物から取り出した焼いたクッキーを小皿に乗せてカップの横に置いた。
「わたし、はもう、つく、れない、から……
お城のメイドさんたちが代わりに作ってくれたものだよ、と誰もいない空席に向かって話した。
タイラントさんと二人並んで席に座る。伯爵とライラちゃんと向かい合わせで。
紅茶をこぼさないように慎重にカップを持ち、一口。
『美味しい』

分かってる。

『サクヤ、料理もお菓子作りも上手なんだよ』

分かってる。

もう、みんないないんだって。
「サクヤ」
涙をこらえているとタイラントさんに呼びかけられる。そしてカップを置いた彼は微笑み、こう言った。
「"悪くない"」
我慢していた涙がボロボロとこぼれ落ちた。カップをテーブルに置けば彼に抱きついて大声で泣いた。頭を撫でられる。

会いたい。

『女王陛下』
『女王サマ』

『チェルシー』

『サクヤ』

会いたい。

会いたい。

会いたいよ……


***

泣き止んだあと、片付けをしようとした時、ふと知らない扉が開いていることに気がついた。
……たいら、んとさん」
彼の袖を掴んでその扉を向けば気付いたのか彼は「伯爵が決して誰も立ち入らせなかった部屋だ」と呟いた。だけど、家主がいなくなった今、その魔法が解けたのだろう。
じっと見つめる私にタイラントさんは「少し待っていろ」と空の食器たちを調理場に向かって持っていった。そして彼が戻ってきた時、二人でその知らない部屋へ続く道を歩んだ。
柔らかな風が吹いてくる。そして、花の香りが漂ってきた。

「ここ、は……
小さな庭園に出た。見覚えのある花が幾つも咲いていた。
「き、れい……
「伯爵はなぜここを……? 」
自然と足が前に出た。辺り一面に咲く花たちは不思議と元気だった。もう管理する者がいないと言うのに。
……あっ」
私は花の中に異質なものを見つけた。それは墓だった。その墓石には魔界文字で何か刻まれているが読めない。タイラントさんを呼べばそれに気付いた彼は刻まれた文字を読み上げてくれる。
……勇敢な者、ここに眠る」
「ゆう、かん……
「伯爵は自分のものと認知した人物を大事にしていた。……恐らく、死んでいったメイドたちを弔う墓だろう」

『伯爵ね、灰になったメイドさんたち一人一人にごめんねって謝りながら丁寧に一つずつ壺に……

……
彼は、彼なりの優しさがあった。
伯爵として、吸血鬼の王として冷酷な"ふり"をしなければならなかった。でも、本当は愛情深くて優しくて、素敵な王様。

私は出会った吸血鬼たち一人一人の名前を目を閉じながら呼んだ。

……
吸血鬼であるならば、きっと彼ももういないのだろう。
憎い相手。だけど、心のどこかで、憎みきれない部分があった。

助けたい。

何故かそう思う自分もいた。

「つぎは、ぜったい……

いつか見た夢。悪魔も吸血鬼も関係なく笑って一緒にピクニックする夢。
綺麗な花畑の中、すっきりと綺麗な青空の下で。
統一も理想も関係なく、皆が笑っている世界。

長い黙祷を終えた私を彼は静かに待ってくれていた。
「満足したか」
どこかスッキリした気持ちで頷けば彼は「そうか」と微笑んだ。

荷物を持って屋敷を出る。
もう二度とここには来ないだろう。

私は振り向き、こう呟いた。



「おやすみ、みんな。いい、ゆめを」