kanaco
2026-04-05 11:59:56
3921文字
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【十二信】 かくれんぼ──隠す

《十二信》成立済の十二信。雨の日の城砦で始まった、かくれんぼで隠してた恋がやっと見つかる。仲良し十二信。

 十二信 『かくれんぼ──隠す』

 
「もぉ─、いいかい?」
「まぁ─だ、だよ」

 オニの声に誰かが応える。声は少し遠くからした。早く隠れないと。まだ幼い信一は隠れる場所を求めて通路を走った。雨の日の城砦は、子どもの目には薄暗くて不気味に見える。

 しかも、今日は嵐ときた。
 
 探しにくさに拍車がかかり、ちょうどいい場所が見つからない。通路の奥、階段の下まで辿りついてしまった。どうしようかと焦っているところに、再び声が聞こえてきた。

「もぉ─、いいかい?」
「もぉ─、いいよ」

 まずい!と息を飲んだ時。
 下方からグイっと小さな手を引っ張られた。

……こっち」

 ひそめるような静かな声色。でも聞き慣れた声だった。
 
『あ』と思った時には、信一の身体はもう影へと引きずり込まれていた。
 
 
 **********


「信一ぁ、かくれんぼしよう!」
「え、こんな土砂降りの日に?」
「だから城砦の中でやろう。お外に行ったら反則ね!」

 魚蛋小妹が、目を輝かせてニッコリと笑う。

 城砦のパトロールを終えた信一は、ちょうど部屋に戻ろうとするところを、城砦の子どもたちに取り囲まれた。次の予定を思い起こしてから(まぁ、いいか)と快諾する。子供たちとの『かくれんぼ』ならば、2時間もかからないだろう。

 子供たちに手を引かれていると、信一は廊下の途中で十二を見つけた。

 こりゃぁいい。道連れだ。
 大人が多い方が、早く決着もつくだろう。

 信一に問答無用で首根っこを掴まれた十二は、ズルズルと引きずられながらキョトンとした。信一と十二の周りを、子供たちが天真爛漫に跳ねている。

 「え、なに?」
 「かくれんぼ、するぞ」
 
 元気があり余った子供たちの相手をするのも、城砦の兄貴分たちの務めである。

 てっきり、鬼の大人たちVS隠れる子供たちだと思っていた信一は、子供たちに「公平にジャンケン!」と宣言された。円になった真ん中へ差し出される、大きな二つの片手と、小さな五つの片手。

 勝った人が鬼ね!
 
 信一と十二は揃って見事にパー負けをし、顔を見合わせた。

 「私が鬼!」

 溌剌と叫んだ魚蛋小妹の声を皮切りに、四人の子供と二人の大人が一目散に散り散りへ駆けだす。

 信一はキョロキョロと辺りを見回しながら、隠れる場所を検討した。いかんせん、子供たちよりもでかい図体だ。場所は限られているし、工夫も強いられる。反対にやりすぎて見つからなさ過ぎても、大人げないってものだった。

 遠くで「もぉ、いいか─い」という伸びやかな声が聞こえてくる。

 どうしよっかなぁ、と冷や汗をかいていた信一は、とある戸が目に入って小さく「あっ!」と声を上げた。子供の頃に一度、隠れたことがある場所だ。

 階段下のデッドスペース。

 階段に合わせて三角形になっているはずの空間は、壁で塞がれていた。実は戸に鍵がないことを知る者は、意外と少ない。中は物置だが、がらんどうでもある。信一自身も教えられて知ったのだ。それほど広くない空間だが、大人一人くらいであれば余裕がある。

 そう考えて、意気揚々と戸を開けた信一は、また「あ……」と間抜けた声を出した。

 体育座りをしたまま、上目遣いで信一を見上げる男。
 
 筋肉質な図体をこじんまりとさせ、じぃ──と猫目を見開いてくる。

 子供の頃。
 この死角を信一に教えてくれた、十二少がいた。

…………
 
 見つめ合う、無言はものの三秒ほど。
 沈黙を破ったのは、遠くの「もぉ─、いいよ」という声だった。

「おわっ」
 
 十二の腕が伸びて、グイっと信一を中へと引っ張った。体勢を崩しながらも中に入り込んだ信一を確認し、十二が戸を閉める。

 戸が閉まってしまえば、倉庫の中に電気はない。天候不良のため、廊下でさえ光源は少ないのだ。信一は隣にいる十二の位置を確認しようと、彼の肩に手を置いてから座り直した。目を闇に慣らし、凝らす。壁板の薄さや少しの隙間からは、心もとない明かりが差し込んでいる。

「せ、狭い……
……そりゃそうだろ」

 素直な感想を口にすれば、返事がくる。

「一体、いつの頃と比べてるんだよ」
「そりゃそうだけどさ、チビの時はこの中もそれなりに広く感じてたからさぁ」
「ガキの時はとにかく、男が二人で入るとこじゃないよな」
「お前が引っ張ったんじゃん」
「お前がグズグズしてるからだろうが」


 成長がねぇなぁ、信一は。


 揶揄うような軽い声音。
 信一はムッとして、言い返そうとした。

 止まったのは、大きなゴロゴロという音が鳴り響いたからだった。弾かれたように、信一は上を見る。暗くて、天井はよく見えない。ザァザァという雨の音が、強くなり、弱くなりを頻繁に繰り返す。風が強いのだろう。大雨が九龍城砦に打ちつけられて、音に重みを与え、憂鬱な気分を誘う湿度を上げていた。

 信一と十二が黙ってしまえば、他の全ての音は雨がかき消してくれる。つん、とかび臭い匂いが鼻を刺激した。湿度のせいか肌がしっとりして、十二と触れ合っている腕がピトリとくっついている気がする。どんどんと五感が研ぎ澄まされるにつれ、信一は感傷的な気分になっていった。

「昔を思い出す」

 そう、ポツリと十二が言った。
 信一は小さく、クスっと笑った。

「あの時も、嵐だったよな。雷すごくてさ」
 
 信一が懐かしそうに言う。
 十二も思い出していくように続けた。

「面白かったけど、けっこう怖かったよなぁ」
「音が凄かったからな。しかも全然見つけてもらえなくてさぁ」
「そうそう。待ちくたびれて寝ちゃって」
「こんな騒音の中なのにな」
「ヒマっちゃぁ、ヒマだからなぁ。あと暗いし……
「たしか、最終的に龍兄貴が探しにきて、やっと見つかったんだよな」
 信一が笑うと、十二が呆れたように返した。
「なんで雨が降ると、かくれんぼしたがるんだ、城砦の子どもってのは」
「スリルがあるからかな。どこもかしこも薄暗いだろ。隠れているとひとりぼっち感が、強くなる気がする」
「ひとりぼっち?」
「うーん、俺たちは、ふたりぼっち」

 聞いた十二が、ははっと笑って体を揺らした。
 振動が伝わって、信一もふっと息をもらす。

「やっぱり、成長はねぇかも」
「なんで?」
「今、面白がってるから」

 信一はコトン、と十二の肩に頭を預けた。十二がピクリと体を揺らす。あの頃と変わっているのは、成長した体だ。ずっと触れあっているから、相手の感情がダイレクトに流れ込んでくるような気がする。信一の頭に、コトンと十二の頬が触れた。少しの重み。床に無造作に置いていた右手に、皮膚が固い、大きな手が重なった。信一は手のひらを起こして、指を絡めるようにギュっと握りしめた。


……でも、進展はあるだろ」


 握り返す力強さと一緒に、十二の声が囁いた。十二の頭が上から退いて軽くなったので、信一も頭を起こして隣を見る。

 目の前に、十二の顔があった。あまりの近さにビックリして、信一は思わず息を飲んだ。

(あ……


 反応を示す前に、十二の唇が信一の口を塞いだ。


 ゆっくりとして急がず、そっと触れるように。
 全ての神経が、重なりに集中していく。
 ただ合わせているだけ。
 でも、柔らかくて、優しくて、とても心地が良い。

 離れるのは、惜しくて寂しい。 

 その名残りは感触と一緒に、熱も置いていく。十二が少し距離をとると、もの足りなさと愛しさが膨れ上がる気がした。

 確かに。
 関係は変わらないけど、進展はあったかも。
 
「あの頃は恋人になるなんて、思いつきもしなかったのにな」

 信一がしみじみと言った。同意を得られるかと思ったのに、十二がちっとも言葉を返してこないので、信一はハテ?と首を傾げた。辛抱強く待つと、やっと十二が口を開いた。

……その頃にはもう、俺は好きだったけど」

 信一は、ぽけっとした表情で十二を見た。

 薄暗くて、しっかりとした表情は見えない。子供の頃だってお互いの顔は見えなかったはずだ。今とは違って二人並んでも空間に余裕があった。でも暗闇と嵐と、ちっとも見つけてもらえないことが怖くて、ぎゅっと身を寄せ合っていた記憶がある。信一にとって、それは安心する心強い体温だった。年上と言う自覚もあったから、弟分は守らなくちゃと勇気も奮い起こった。

 でも……
 ずっと隣にいたのに、気がつかなかった。
 
 目を丸くしてから、口を開こうとする。
 
 その時、閃光が走った。

 一瞬だけ、辺りをまばゆく照らすほどの激しい雷。十二の表情が照らされて、信一の瞳に初めて鮮明に映り込む。

 むーんと口を一文字に結ぶ、少しだけ不満そうな可愛い年下の顔があった。瞬く間であっても、その耳が真っ赤に染まっていたことを、信一は見逃さなかった。
 
 信一はまた少し考えて……
 それからほんのりと頬色を染める。
 
「お前……やっぱり、かくれんぼが上手だなぁ」
 
 信一が嬉しそうにヘラリと笑った。

……鬼がにぶちんだっただけだろ」

 十二の拗ねたような物言いには、やんわりとした甘さが滲んでいた。
 信一は目をパチクリした後。

「にぶちんな鬼でごめんな」

 十二の耳にそっと囁いて、そのまま可愛い彼氏の頬にぎゅうぅと唇を押しつけた。
 
 幸せそうな笑い声が、すぐ隣から弾けた。