モレーモレーメランコリー(モレーず)

モレーずが共同作業に取り組む話。人選は趣味。

 ――審判はくだされた。汝の罪は確定した。汝は罪を贖うべし。
 ああ、鐘が鳴り響く。

「女の私よ、失礼つかまつる!」
「ぎゃ――――でた! 男のあたし! どこの道場破りかっての! てかマドモアゼルの部屋を蹴破るとかありえないんだけど!」
「ノックはしたし、ドアも壊していない。どうせ同一の自分なんだ、立ち入りを遠慮することはないだろう」
 ジャック・ド・モレー。
 聖地への巡礼を願う高潔なる騎士。謂れのない異端の罪を被せられ炎に焼かれたテンプル騎士団最後の総長。彼女からすれば騎士道馬鹿。
 それが歴史に刻まれた英霊だが、後世の伝説が災いしたかサーヴァントは二つの霊基に分かたれた。
 片や正道たる騎士の姿をしたセイバーとして。片や異端の悪魔を崇拝したフォーリナーとして。
 どちらもヴィオレがかった銀髪だが、瞳の色でいえば彼は灰緑色 グリ・ヴェールで、彼女は灰紫色 モーヴであるのが些細な違い。
 それよりも重大な変化、つまるところ性別の違いが、彼と彼女をまるで別の存在たらしめている。
 そして、先にカルデアに召喚された彼女が悠々自適の一人暮らしを満喫していた私室に、先だって召喚されたばかりの彼が堂々と踏み込んできたのだった。
「出てけー! ここはあたしの城。あたしの礼拝所。セイバーで秩序・善のモレーが来るとこじゃないんだから」
「どうやらそうらしいな。なんだ、この堕落しきった巣窟は」
 彼の眼が冷たく内部を一瞥する。
 暗めのランプには妖しい雰囲気たっぷりの紫モスリンのランプシェードをかけて。
 絨毯は長毛の猫のようなふわもこ素材。気分でアロマをつけて甘いひとときを。ベッドではたくさんのぬいぐるみに見つめられて、闇のぬくもりに沈むようなスプリングを楽しめる。もちろん黒山羊のぬいぐるみも一緒だ。
 ミニなテーブルにはお砂糖やバターがたっぷりの焼き菓子があり、味変の激辛ポテトチップスがあり、年代物のワインをグラスに注げばサバトそのものだ。
「どこからどう見ても散らかり放題の部屋だ」
 ベッドに横たわったままおやつをつまみながら、タブレット端末でくだらないコメディ映画を眺めているお楽しみタイムだった彼女はむすくれて顔を上げた。
 そうやって呑気に過ごすうちに食べかけのお菓子の袋やワインの空瓶、ベッドから落ちたぬいぐるみの数々、黒魔術に関する儀式で使ったチョークやラクガキ、他にも図書館で借りてきた本やら手紙やらが床に散乱している。
 彼は後光を背負って宣言した。
「私の名を使っておきながら魔女の貴方がこの有り様では私の名誉にも反する。大掃除を決行させてもらう!」
「んな勝手な! だいたいこの部屋はマスターに許可取って使ってるんだから、あたしが何をしてようとなんらアンタには関係な――何コレ?」
「マスターの許可なら私も得てきた。サインも入っている」
マジでぇ Ça alors⁉」
 彼女はワイングラスを置いて俊敏に立ち上がり、彼が掲げた紙切れを見た。たしかに末尾に不格好なサインが入っていた。
 『ジャック・ド・モレーの私室を掃除することを許可する。あと、二人とも仲良くね! 藤丸立香』
「ちなみに私もジャック・ド・モレーだ。つまり私の部屋ということでもある」
「へりくつ! 陰湿! ありえねー C’est n’importe quoi! この騎士道馬鹿!」
 次々とぬいぐるみを投げつけても打たれ弱いはずの彼にあっさりと躱される。彼はなぜか慈愛のような微笑みを浮かべた。
「ば、馬鹿で結構。ということで、だ。敷金を全返還してもらえるくらいに徹底的にやるからな」
 彼の理知を象徴するような眼鏡がきらりと光った。

     *

「なーんで、あたしゴミ捨てなんかやってんだろ……
 燃えるゴミ、不燃ゴミ、リサイクルできるゴミ、などなど。彼が示したようにきっちり分類をしながら彼女はぼやいた。
 彼女はひとまずテーブル周りを占領していた明らかなゴミを捨てている。突如乱入され始まった掃除だが、彼女の邪悪な美的感覚でもゴミが無造作に落ちている状況というのはナイなと結論づけたのでちまちまとやっていた。断じて彼におとなしく従っているのではない。汚泥のパリ並と呼ばれたのは耐え難かったためだ。
 彼はというと、真っ先に紫のランプシェードを外し、部屋を白色電灯で明るくしてから、彼女と同じように不用品を探し出してはゴミ袋に放り込んでいる。たしかに手元が見えるようになってから格段に作業はスムーズになった。
「これは要るものか?」
「要る」
「これは」
……要る」
「これは? 中身が入っていないが」
「捨てるやつ」
 大小関わらずいちいち訊いてくるのは鬱陶しいが、文句を云ってじゃあ訊かないと決めつけられても腹が立つので、彼女は気のない返事を返し続ける。
「この封筒は? 借用書とあるな……何だこのべらぼうな額は。債務者オカダ、オベロン、ゴッホマイナー、バーヴァンシー。利子が三日に一割。暴利すぎる」
「弱味握っておけばあとでいつでもどんな形でも回収できるでしょ、って勝手に見んなこの」
「私がひと月ごとの妥当な金利に書き直してやろう。金は貸すならきっちり金で返してもらわねば、本末転倒というもの」
「話聞け~! これだから潔癖銀行屋は!」
「貴方のそれは悪辣な闇金融だ」
「いま、以蔵さんの借金があると聞きましたが」
 噂の伝達が早いとかそういうレベルじゃない。開けっ放しにしてあったドアの前に、噂をした債務者の友人が胡散臭い笑顔を張り付けて立っていた。背後には蛇じみた女がふよふよ浮いている。
 彼と胡散臭い男が債権者そっちのけで金利交渉を始めてしまったので、彼女はぶつくさ文句を云いながら、溜まったゴミ袋をまとめて廊下に運び出していく。
 すると、面倒なタイミングなことに医療班が通りがかった。
「疫病ですか? 怪我ですか? ご安心ください、殺してでも私は貴方を救います」
「救いとか間に合ってるんでー。ゴミ出ししてただけですう」
 かつて天使と呼ばれたはずの赤い軍服のバーサーカーは、彼女の言葉を理解しているのかいないのか、軽く頷くと取り出しかけたリボルバーを腰に戻して、たったいま彼女が置いたばかりのゴミ袋を鷲掴んだ。
「掃除とは良い心がけです。清潔であることは重要です。では私はこちらのゴミを! 焼却! 滅菌!」
 人間の体重に比べればはるかに軽いとはいえ、ゴミ袋を両肩それぞれ二つずつ担ぎ、本当の意味で話を聞かないバーサーカーは嵐のように廊下を駆け抜けていった。あとにはあっけにとられてしまったフランス人ふたり。
 彼女とはちょっとした仲の、フランス王家に因縁があるという共通点で話すこともある処刑人は、親切にも彼女に手を差し出した。
「すみません、モレー。良ければ僕もそちらの残りを持っていこう」
「いいんだけどさ。あれ、あたしが分別した意味あった?」
「フローレンスも可燃と不燃の区別をつけて扱ってくれると思うよ。……おそらくは」
 付け加えられた不穏なひと言に、彼女は眉を寄せた。あの火力甚大なバーサーカーは、大雑把な分別はともかく、几帳面な彼が取り決めたように事細かに仕事を果たしてくれるだろうか。
「ムッシュー、できればダッシュで追いついて手伝ってやってくんない? 男のあたしが悲鳴待ったなしかも」
「善処します」
 深刻さを感じ取ったらしい処刑人の姿が消える。霊体化して全速力で廃棄場に向かったらしい。
 彼女はため息をついて、だいぶ減ったゴミ袋を抱えて、サボり代わりにできるだけ牛歩で廊下を歩いていった。

     *

 彼女が部屋に戻って来ると、廊下には家具が折り重なっていて彼女は絹を裂く悲鳴を上げた。
「やっと戻ったか。そこに水バケツと雑巾があるだろう、埃をとっておいてくれ」
「なんでアンタがあたしの私物を不用品回収みたいに運び出してんの。そこらの金儲け大好きなサーヴァントに適当に持ってかれたらあんたのせいだからね」
「不用品とまでは思ってはいない。なぜこんな無駄な贅沢をしているのかは理解に苦しむが」
「同じことだっつーの」
 本当になくなったものはないようなので放免してやることにする。
 彼女が部屋を覗き込むと出かける前と様変わりしていた。
 床が輝くくらいに磨き上げられている。隙間にも埃ひとつ落ちていない。
 ふわもこの絨毯やマットレスは清潔に干されて、ぬいぐるみは天井から吊り下げられたロープに一列になってクリップで留められていた。
 逃げ損ねたらしいバッフィーが不満そうに逆さにされて、彼と彼女を交互に睨んでいた。さながらコズミック・ホラー映画の人類に反逆する直前のぬいぐるみだが、真剣に掃除に励む彼はちっとも気づいていない。
「オーララ……可愛い姿じゃん」
 助けと呪いを求められているのは切実に伝わってきたが、彼女は都合よく無視することにした。
 風船のように飛び上がりたいくらいうきうきで彼女が雑巾がけをしていると、彼から手ぬるいと文句が飛んでくる。
「雑にぬぐったらお終いなんじゃない。隙間に詰まった砂埃や汚れを残らずぬぐい去るように」
あ〜あ〜 Aïe aïe、アンタはあたしの母親 Mamanか! ちゃんとやってるじゃん!」
「は、母親⁉ せめて父だろう、むしろ兄だ!」
「なんなのそのどうでもいいこだわり!」
「母を呼びました?」
 顔を覗かせる人影ふたつ。赤髪と白青髪のアヴェンジャーもどき。
 やだなー、こういうの見られるの、と彼女はほとほとため息をついた。家族ドラマを知人に見られるのはひどい恥辱がある。断じて家族と認めたわけではないが。
「私はエリザベートの母ですが、母役が必要ならばやぶさかでもありません。兄妹が喧嘩するのはよくありません、仲良くしなさい」
「素朴な疑問なんだが、どっちがどう歳上なんだ?」
「私が兄です」「妹じゃない」 
……なるほど」
 同時に放たれた答えに困惑気味にアヴェンジャーの侍は頷き、アヴェンジャーのエリザベート族はほほえましいものを見る眼で頷いた。
 侍は部屋を見回し、春の大掃除か、と呟く。
「当分忙しそうだな。邪魔をしてすまなかった。また後で出直そう」
「貴殿らは愚妹が何か約束でもしていたのでしょうか?」
「いえ、特別なことではないのです。ときどきお茶会にお招きいただいたり、お誘いしたり。私たちはこれから厨房のクッキーの試食にお招きあずかるので、モレーもどうかと思ったのですが」
「多めに作っているようだから、少し分けてもらえるように頼んでおくよ。クッキーなら明日も日持ちするだろう?」
「メルシー。ごめん、また今度埋め合わせする」
 彼女がひらひらと手を振ってアヴェンジャーたちを見送って、退屈な雑巾がけを再開しようとすると、隣で彼が棒立ちに突っ立っていた。
「邪魔なんだけど?」
……お、女の私が、カルデアで普通の交友関係を築いていて驚いただけだ。友人たちか」
「詮索やめてくれる〜? べつにカルデアじゃ生前の繋がり関係なく喋るもんだし? あたしはけっこう古株だし?」
 彼女もまたカルデアのサーヴァントだ。レイシフトに同行するならば味方には惜しみない支援を心がけている。さらにカルデアでは実体化しているときはサーヴァント同士の交流をしていいことになっているので、気が向けば彼女も積極的にあちこちに顔を出している。
 特別親しい関係はなくとも、顔を売っておくのは損にはならない。いざというときに味方は多ければ多いほどいい。
 ……かつて一国を敵に回したときのように、孤立無援はまっぴらだ。
「アンタもあたしなんかに構ってないで、騎士の皆々様に声かけに行けば? 円卓もシャルルマーニュ伝説の方々もいらっしゃるし、例えばコンスタンティノープルの最後の皇帝とか、堅物の男のあたしには気が合うんじゃない?」
 彼女は真剣に名を挙げたつもりだったが、彼は気分を害したように眉間を寄せた。
「『モレーネ』」
はいはい Oui oui、お喋りしてないであたしみたいに手を動かしたらー?」
「お兄ちゃん、と呼んでみなさい」
 とんでもない妄言が聴こえた気がしたので、耳を疑って彼女は数秒前の風のささやきをなかったことにした。ベッドの柱の埃を拭き取ることに意識を費やす。ヴェネチア風の装飾がなかなかにしつこい。
「『お兄様』でも構わないが」
……
「特異点では呼んでくれたんじゃないか?」
………………ああもう! うざったい Ça m’énerve! どこのだぁれがあたしのお兄ちゃんだ私の妹がこんなに可愛いわけがないんだどの面だボケー!」
 廊下に響き渡った叫びでなんだなんだと人が集まってきてしまい、丁重に追い返すのにしばし時間ロスをした。

     *

 彼の神経質なこだわりで部屋も家具もぴかぴかに磨き上げられたのち、再び家具を運び入れることが許された。
 しかしすべてではなく、彼の厳密な入国検査を通ったものだけ。
「女の私、このアマゾネス・ドットコムの箱はなんだ?」
「マッサージ用の色々でーす」
「マッサージ用……あれも、それもそうじゃないか。こんなに必要か?」
「女の子がカワイイのって自然由来のものだと勘違いしてるんじゃない、モレーくん? お肌がキレイなのもスタイルがいいのもいい匂いがするのも、日々たゆまぬスキンケアとマッサージとトレーニング、そーいうのの努力の賜物なんだよ」
「サーヴァントは体重が変化することはないが……?」
「男のあたしってモテないよね」
「なんだいきなり」
 すんっと真顔になった彼女に彼は慌てたように汗をかいている。やっとペースを崩せたことに彼女は内心にんまりと舌舐めずりした。この調子で堕落させてやってもいい。
 高潔な騎士を気取る男を、自分と同じ深淵に引きずり込むチャンス。
 彼女はするりと懐に入り込み、彼の鍛えられた二の腕を指先で撫でさすりながらしなだれかかる。
「あたしが手取り足取り、教えてあげてもいいよ〜? ちゃんと、ぜぇんぶ気持ちよくしてあげる……
 戸惑うようなグリ・ヴェールの瞬きに愉快になって、彼女はくすくすと妖しく嗤い声を立てる。
「あたし、けっこう上手なんだよ? 気分もとろけて、身体はぐでんぐでんになって、泥水みたいに眠りたくなっちゃうかもね……
……っ、魔女の私、私は……!」
 どすん。
 咄嗟に身を剥がして彼女と彼が振り返ると、アマゾネス・ドットコム配達員の格好をした美男子と美少女が背丈以上に大きな荷を下ろしたところだった。どちらも顔立ちがまるで別物なのに、どこか似通った雰囲気をまとっている。
 美少女の方が華のごとき笑みで挨拶した。
「あ、どうもー。続けて」
「いや止めようよ女のオレ⁉ 見るからに危機じゃん!」
「眼鏡の女と眼鏡の男が同じ画面で抱き合ってる。眼福。男のわたしにはこの尊さわからない?」
「もー、女のオレときたらバーソロミューさんと同じくらい見境のない……。すみません、お邪魔しました。ご注文の新しいベッドと、『初めてでもよくわかる別霊基の自分との付き合い方二十四章〜己の過去と向き合いましょう〜』という本をお届けにきたんですが、ここ置いといていいですか?」
「いいですかって読み上げないでよそんなもん! てか誤解ですー!」
「あ、これわたしもおすすめ。男のわたしって結局同一存在なのはわかるんだけど、けっこう細かいとこ違ってて想像してたのと違う! ってことよくあるんだよね」
「たしかに。女のオレがバレンタインに果たし状を出すとことか……
「果たし状なんか出してないよ? それよりマスターからバレンタインもらえるってぜんぜん考えてなかったあたり、本当に男のわたしか?」
「ああうん、荷物そこに置いて帰ってくんない?」
 彼女の本音としては、隣の彼が黙り込んでいて怖い。
 まあなんだ、がんばれ。余計な一言を最後に双子のような配達員たちが次の配達に立ち去ってから。
 じわじわと黒いオーラを出していたような彼がようやく重い口を開いた。いやーな予感に彼女の細首に汗が滑る。
「女の私……
「な、何? あたしが何買おうが勝手でしょ、忘れていいから」
……その本、読んだら私にも貸してもらえまいか」
……あ、はい D'accord
 オーラが霧散する。
 彼は深々とため息をついて、眼鏡を外して曇ったレンズを拭いてまた眼鏡をかけた。
「貴方は、私のことを嫌っているものと思っていたが……
「嫌いだから。そういうことにしといて。マジで関わんなくていいから」
 紛うことなき彼女の本音の一部ではあったが、彼は意を得たりと微笑んだ。笑うのが下手クソだな、と彼女は思う。きっと自分は苦虫を噛み潰したような顔をしているに違いない。
「好悪どうであれ、興味を持っていてもらえるのは良かった。でも、誰彼構わず誘惑するのは勧めない。近親は特に」
あらー Tiens? 誤解だって云ったでしょ。なぁに、初心なモレーくんはそういうことだと思ってたわけ?」
 にたりと彼女はマッサージ機を手に取って起動して見せる。小顔効果を狙える女のアイテムだ。
「あたしのマッサージは、マスターにも好評なんだよ? お望みならアンタにもしてあげよっか、ストレス多そうだもんね?」
 彼がみるみるうちに耳まで真っ赤になった。
 悶絶して羊のように丸くなって必死に羊のぬいぐるみを撫でて落ち着こうとしている彼に、彼女はしてやったりと溜飲を下げた。

     *

 ほとんど元のように部屋は片付けられた。
 ほとんど、とつくのは、ランプシェードが取り換えられて清潔な白になり、彼女のベッドの反対側に新しいベッドが備え付けられたからだ。
「なんでこんなことになってるの」
「私の部屋でもある。そう云っただろう」
「男女同じ部屋なのありえねーんですけど! 敬虔なる騎士団総長様!」
「問題ない。どうせ女の私だ」
 たしかにアンタには何ひとつ問題ないでしょうね、と彼女は唇を噛む。彼女も同一である彼に対して、からかうのはともかく本気で手を出す気はさらさら起きないからだ。
 彼は真っ白なシーツにどこからか霊基にくっついてきた羊のぬいぐるみを並べている。羊が一匹、羊が二匹、三匹、四匹、五匹、六匹……
「多くない?」
 たっぷり一ダースの羊がメエメエメエとうるさい。安眠どころでない。
「貴方と共同生活することを考えたら、ストレスで胃が痛みそうなんだ。なのでカルデアに来るにあたって増量した」
「じゃあ、なんで胃痛の原因とわざわざ同居するわけ」
 時刻は深夜零時を指そうとしている。大掃除に丸一日かかってしまった。宵っ張りな彼女のいつもの就寝時間には早すぎるが、今日ばかりはへとへとだ。
 彼女は寝ざまにクッキーを取ろうとして、すぐそばの存在に思い直して布団に潜り込む。
 反対側の壁を向いて、羊のぬいぐるみに頭を埋もれさせるように横たわっている彼は、ぼそぼそと呟いた。
「貴方が、私の妹だからだ。Bonne nuit, fait de beaux rêves」
 そして零時を知らせる鐘が鳴る。