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ten_matoi
2026-04-04 20:38:02
4212文字
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家族のかたち
クリレオとグレースとエミリー
朝からぼーっとしていると思ったら、エミリーが発熱した。とりあえず即席でゼリーを食べさせてから、買い置きの解熱剤を飲ませる。
それでも苦しそうに熱い息をして、ベッドに寝かせると辛いのかぐずってしまうので、グレースがずっと抱き上げて背中を摩っていた。
……
腕が痺れる。グレースが耐え切れなくなり、ソファに座ってエミリーを膝の上にのせて抱き締めた。熱い体
――
スポーツドリンクを与えて水分補給をさせるのが精一杯で、彼女に栄養を摂らせてあげられていない。なにしろ、この状態で数時間ずっといるのだから何もできなかった。
少し
……
否、ものすごく泣きそうだ。子どもを育てるというのはこういうこともある、とは覚悟していたけれど、グレースにはどうしていいか分からない。
幸い、発熱だけでその他の風邪の症状は出ていないから病院に行く必要はなさそうだ。
けれど
……
けれど、エミリーが苦しそうで辛そうで、見守るだけなのが辛い。せめて何か食べさせたいのに、降ろすと彼女が泣くのでどうしようもできなかった。
――
そうだ!
グレースは泣きそうになりながら、エミリーを抱えて立ち上がる。鍵のかかる抽出に入れっぱなしにしていたものを取り出した。
それはシンプルな銀色の鍵で、グレースが持っていてもいいものか
――
と未だに躊躇うようなものである。
〝いつでも来ていい。俺の助けがいるなら、悩むよりすぐ来てくれ。いいな?〟
アッシュブロンドの綺麗な人。グレースを絶望のどん底から救ってくれた〝希望〟のような人だと、いまでは思っている。
エルピスが文字通り様々なウィルスで困っている人々の希望であったなら、彼
――
レオン・S・ケネディはグレースに道を示してくれた希望の人だった。
その希望の人が、グレースがエミリーを引き取ることを決めた時に色々アドバイスをくれた一人である。それから、この鍵
……
レオンの家の合鍵をくれたのも、同時期のことだった。
〝大人一人で小さな子どもと暮らすのはとても大変なんだ。それを知っているのは俺のパートナーの方なんだが
……
まあ、とにかく、助けが欲しいなら絶対に来てくれ〟
グレースが住んでいる場所からはかなり遠いけれど、行けない距離ではない。このままの膠着状態を考えるならば、多少無理してもグレースはレオンを頼るべきだと判断した。
そうとなれば、グレースの行動は速い。ぐずるエミリーに少し強引に上着を着せて、自分も上着を羽織る。最低限の荷造りをして、家を飛び出した。
数時間かけてやってきた場所は、閑静な住宅街でタクシーから降りたグレースは呆然とする。なんというか、彼のイメージと余り結びつかなかったからだ。レオンはてっきり都市部のアパートメントか何かに住んでいるものだと勝手に思っていたのである。
一戸建ての玄関に辿り着き、グレースは躊躇う。勝手に鍵を開いて入ってしまうのも彼に許されているのだからしていいのだろうが、それでも初めて訪れる場所なのだから躊躇っても当然だ。
「ううん、インターホンあるし
……
ね?」
鍵を握りしめていたが、グレースはそれを使うことなくゆっくりとインターホンに手を伸ばすけれど
――
それより速く玄関のドアが開いた。
「あっ
……
」
驚いて少しだけ後ずさったグレースは、ドアから覗いた大柄の熊みたいな男性に更に驚いた。
「こ、こんばんは
……
あ、あの
……
」
「グレースか?」
「へっ? は、はい
……
!」
どうしてグレースの名前を知っているんだろう? 驚きすぎて返事をしてしまったが、脳裡に疑問が過る。しかし、男性はグレースの腕に抱えられたエミリーを見て一瞬険しい顔をして、ドアを完全に開いて招き入れてくれた。
「入って。二階に客室がある」
「はい、あの
……
」
「いいから、こっちだ」
ドアを施錠した彼が、二階に案内してくれる。エミリーを抱えて素直に従えば、彼がドアを開いてくれた場所は綺麗に整頓された客間である。常に綺麗に整えられているらしい客間のベッドに、エミリーをそっと寝かせる。すると長距離移動に疲れてしまったのか、エミリーはぐずることなくベッドにおさまった。
「熱があるのか?」
「はい
……
今日の朝から下がらなくて
……
」
「そうか。薬、は恐らく飲ませられなかったんだな。飲むゼリーなら常備しているから、取って来よう」
「すみません」
グレースは申し訳なくて、少し涙ぐむ。しかし、彼は笑ってグレースの肩をぽんと叩いて「平気だ、子どもはいつでも熱を出す」と言ってくれた。
「だいぶ落ち着いたな」
グレースの手には湯気を上げるマグカップが握られている。
グレースがここへ来て一時間ほど経ったけれど、エミリーはゼリー飲料と解熱剤を飲んで穏やかに寝息を立てている。数時間前とは大違いな穏やかさに呆然としていると、彼が苦笑して「こういうこともあるさ」と慰めてくれた。
グレースが何に驚いたかと言えば、エミリーが彼に懐いていることだ。ぼーっとしながらも彼が与えてくれるゼリーを食べ、薬を嫌がらずに飲んでくれた。それだけでホッとしていたのに、彼がグレースに向かって優しく「頑張ったな」と言ってくれたことが引き金になってしまって、グレースは泣いてしまった。
「本当にご迷惑をおかけして
……
」
「迷惑なんてとんでもない。来てくれて、レオンも喜んでるだろうさ」
「あ、そういえば
……
あの、レオンは?」
ココアを飲みながらグレースは首を傾げる。一向に現れないレオンは一体、どうしたのだろう。
「ああ」
彼が苦笑して、ソファに座っているグレースをちょいちょいと手招く。素直に彼のあとについていったグレースは、二階にある別の部屋のドアをそっと開いた彼に従い、中を覗き込む。
「あ
……
」
キングサイズはあろうかという大きなベッドを一人で占有して、レオンが寝ている。穏やかな表情だ、こちらを気にすることもなく熟睡しているらしい彼に微笑んで、グレースは「ありがとうございます」とレオンが言っていた〝パートナー〟らしい人に礼を改めて言う。
「ああ、すまんな。任務帰りで徹夜だったらしい。明日になったら起きるだろうから、グレースも客間で寝たらいい」
「はい」
「あ、俺はクリスだ。クリス・レッドフィールド」
そういえば名前を聞いていない。そう言おうとした途端、彼が思い出したかのように名乗ってくれたのはいいが
……
驚きすぎて口が開く。
「えっ!」
クリス! クリスと言えば、自分たちをあの地底から引き上げて助けてくれた部隊の隊長だった人だ。
「その節は感謝しています
……
!」
「はは、顔を合わせるのは初めてだもんな。むさ苦しいところだが、安心して寝てくれ」
なんでもないことのように笑うけれど、クリスとレオンはああいった任務を何度もくぐり抜けてきたプロフェッショナルなのだ。
ありがたくグレースは客間へ行き、残りのココアを飲み干してからエミリーの隣へ滑り込む。彼女の熱はだいぶ引いたらしく、呼吸も落ち着いていて安堵した。
ここへ来て良かった。クリスに歓迎されて、エミリーの熱も下がって、一杯一杯だった自分も余裕ができた。自宅で一人で鬱屈としたままだったら、エミリーにも悪影響だっただろう。
朝から緊張していた心が睡眠を欲している。グレースはエミリーを抱き締めて眠りに就いた。
グレースが客間に行ったのを見守り、クリスは寝室へと入る。きちんとクリスが寝る場所を空けて寝てくれているレオンに微笑み、彼の傍に腰掛けた。
寝る前にシャワーは辛うじて浴びた彼の髪は未だに湿っている。その髪を掻き分けてこめかみへキスをすれば、熟睡していた筈のレオンのブルーグレーの瞳が開かれた。
「クリス
……
いま何時だ
……
」
「何時でもいいだろ。まだ夜中だよ」
明日から数日間休暇が入っているレオンに、時間を伝えたところで負担になる。けれどこれだけは伝えないとと、クリスが「グレースたちが来ているぞ」と言えば、レオンが飛び起きた。
「いつ?」
焦っているらしいレオンに微笑み、クリスは彼を抱き寄せて頬にキスをした。
「あの子たちも、もう寝てる。エミリーが発熱して、一人で大変だったらしい。さっき確認したら熱も下がってきているから、明日には元気になるさ」
「
……
悪い」
すべてをクリスがやってしまったので、レオンがそれに申し訳なさを感じているのは分かる。分かるけれど、疲れている彼を起こすのは忍びなかったのだ。
クリスはレオンの唇に今度はキスをして、額同士を合わせて囁く。
「明日は朝からパンケーキでも焼くか。グレースもエミリーもお腹が減っているはずだ。お前も食べるだろう?」
「ん? うん
……
ああ、あんたのパンケーキは好きだ」
「じゃあ、そうしよう」
「クリス」
「うん?」
レオンがようやく笑みを見せた。ふわっと笑ったその表情は、クリスがいっとう好きなものである。
「二人を迎えてくれてありがとう」
「当たり前だろ。お前にとって、家族として迎えてもいいと思った相手だ」
レオンが合鍵を渡したということは、そういうことなのだ。テリトリーに勝手に入っていいと認識した存在。家族のようなもの。
「そろそろ寝るぞ」
クリスがそう言えば、レオンが頷いたのでそのまま隣へ滑り込む。当たり前のようにレオンがクリスの腕におさまったので、つむじにキスをしてクリスは照明を消した。
クリスとレオンの休日がかぶっていて良かったと思う。明日は遅い時間からパンケーキを焼いて、二人を歓迎しよう。
よほど疲れていたのか、レオンからすぐさま寝息が聞こえてきた。クリスも目を閉じれば、あっという間に夢の中だった。
グレースとエミリーが起きる前にクリスとレオンは起き出して、近くのウォルマートに買い出しに行く。甘いものしょっぱいもの、様々なものを買い込んでパンケーキの準備をした。
「わあ!」
甘い匂いに誘われたらしいエミリーが先に起きてきて、次に眠い目を擦ってグレースが起きてきた。途端、慌ててレオンに挨拶をしているのでクリスとエミリーは二人して吹き出した。
エミリーとの生活について少し煮詰まってしまっていたらしいグレースと話をして、二人はまた自分たちの家へ帰っていった。
「いつでも来ていいからな」
レオンは繰り返す。グレースが嬉しそうに笑って、力強く頷いたのを見てほっとしていた。
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