ニイナ
2026-04-04 20:31:29
4007文字
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あなたの最期でありたい

転生パロのロドフ(あなたの魂に焼かれ続けている)の続きというか、少し未来の話。
いつだってローの中心は若様であれ、の気持ちの話です(???)
※ローの死とかの捏造ありなので注意※

 トラファルガー・ローの終幕は実に穏やかなものだった。大病を患うわけでもなく、大きな怪我に見舞われるでもなく、歳を重ねて老いて天寿を全うした。つまりは老衰である。ローが晩年に居を構えていたのはゾウであり、ローを看取ることになったのはベポとシャチ、それから他のミンク族だった。
 同盟相手であった青年が海賊王になってからしばらくはローも航海を続けていたのだが、ゾウという島がやけに肌に合っていて、その島の形態に興味を駆られていた。ミンク族は研究のしがいがあり、彼らの生態や身体能力についてまとめた書籍をローは出版している。これはほとんど自身の研究結果を形にする自己満足のものだったものの、思いのほか好評で売れ行きも上々だったのだ。その収益をゾウに還元していたローに対し、ミンク族たちの歓迎は手厚いものだった。
 ローが航海をしなくなり、ハートの海賊団は事実上は解散となっていた。長い航海のうちに、陸で家族をつくる者がいたり、病気を患う者が故郷に帰ることになり、ハートの海賊団は最終的には片手を埋めるほどの人数しか残っていなかった。その頃は、目的もなくただ放浪するかのように船を出していたので、解散も必然的なものだった。それからローはゾウを拠点にして過ごし、ベポとともに他のミンク族と交流を深めていった。
 航海に出なくなったローの元には、時折元クルーが遊びにきたり、家族のお披露目にきたり、酒を飲み交わしにきたりと賑やかだった。ミンク族もベポが信頼した人間なら、と警戒も解いてローや元クルーと親しくするようになっていた。たまに海に出たり、研究室に籠もったり、怪我人や病人を診たりしながら、ローはゆっくりと余生を過ごし、その生涯を閉じたのだ。
 ろくに食事を摂れずに眠るだけの日々が続く中で、ローは自身の死期を誰よりも悟っていた。日に日に意識は沈んで混濁し、起きていることがままならなくなってくる。夢なのか現実なのかわからない狭間では、走馬灯と呼ばれる類のものが見えていて、もうすぐ死ぬのだろうとローは思っていたのだ。死ぬのは、怖くなかった。生きているうちにやらなければならないことも、すでに終えていて、後悔も残っていない。思い残すことも、ほとんどないと言って良かった。ただひとつ、ローの心に影を落としているものは、ドフラミンゴの死に目に会えなかった、ということだ。
 過る記憶の中で、見慣れた顔や好きだった人の顔が浮かんでは消えていく。シャチ、ペンギン、ベポ、といちばん長く海賊団を共にしたクルーたちが笑顔でローに手を振っていた。両親も、妹も、古い友人もシスターも、笑っていて、ローを迎えてくれている。その先でコラソンが、大きく手を振ってローに下手くそな笑顔を見せていた。
 これで、死ぬのだと、ローは思った。そう最期を自覚した瞬間、鮮やかに桃色が視界を埋めた。鳥の羽ばたきにも似た音が立ち、やわらかな笑みを浮かべたドフラミンゴが悠然と佇んでローを見つめている。それを見た時、ローは声にならない声でドフラミンゴを呼んでいた。気付けば涙が溢れて頬を濡らしていて、ローはどうにかその姿に手を伸ばそうとしたものの、上手くいくはずもない。ドフラミンゴ、とほとんど音もしない唇の動きでその名前を口にして、ドフラミンゴの甘ったるい笑みを見つめるしかできなかった。
 ドンキホーテ・ドフラミンゴという男は、トラファルガー・ローの全てといっても過言ではなかった。ドフラミンゴがローに与えたものは数え切れないほどのもので、何もかもがローの身体の一部になっていた。切り離すことも、忘れることも、できない存在だった。いつだって燦然とひかり、ローを焦げ付かせてめちゃくちゃにする。それが、ドンキホーテ・ドフラミンゴだった。消えることのない光が、目を焼いてやまない。そんなドフラミンゴが、ローの最期にも脳を灼いた。そうしてローはようやく、その男に会えるのだと安堵したのだ。やっと、手が届くのだと思ったのだ。朧げになる感覚の中でも鮮烈に輝くドフラミンゴに呼びかけ、ローは涙を落とした。
 
 ぷつり、と途切れた記憶はゆるやかに何かに呼び起こされる。あたたかな熱を感じながら耳を打つのは、遠くにある海の音と、かすかな声だった。
…………
 戸惑いを見せる声が、ローの耳を揺らす。それに眉を寄せつつローはもぞりと身じろぎして体勢を変えた。けれどもローにかかる声は途絶えず、ローはますます眉を寄せていた。
「ロー」
 パッ、と視界が急にクリアになるように、耳が正しく音を認識する。ローを呼ぶ声はドフラミンゴのもので、ここはローとドフラミンゴが住む部屋のベッドだった。意識もはっきりとしだしたローが目を開けば、視界はなぜかぼやけていてすぐ近くにいるはずのドフラミンゴの顔を歪ませる。
「ドフラ、ミンゴ」
「どうした?悪い夢でも見たのか?」
 泣いてるぞ、とまだ幼い指がローの目元を拭っていく。夢は過去の記憶の切れ端で、ローの終焉だった。そしてそれは、ドフラミンゴがいない世界の終わりでもあったのだ。息が詰まる思いでローは小さいドフラミンゴの身体を抱きすくめる。この男の魂の一部さえ、どこかに逝ってしまわぬように、きつく腕の中へと閉じ込めた。
「ドフラミンゴ」
「そんなに嫌な夢だったのか」
……おれが、死ぬ時の、記憶だ」
「そりゃまァ、良い記憶じゃねェな。酷い最期だったのか」
 ローの挙動にもはや驚くことをしなくなったらしいドフラミンゴが、ローの髪をやさしく梳いていく。ドフラミンゴからの問いかけにゆるく首を振りながら返してみれば、さすがにかすかな驚きを見せたドフラミンゴが手付きをいっそうやさしくさせた。あやすように甘くなる指先に、また涙が溢れそうでたまらない。
「そんなことは、ねェ。むしろ、穏やかだった」
「フッフッフッ!それなら、なんで泣いてる。俺の死に際なんざ、」
「お前のは聞きたくない!」
「ロー……?」
 おかしそうに笑みをこぼしたドフラミンゴから
転がった言葉に、ローは噛み付く勢いで叫んでいた。ドフラミンゴの口から、その最期を告げられるなんて、どんな拷問よりも酷く惨いものでしかなかった。ドフラミンゴの死を知った時のことも、思い出したい記憶ではない。それをまざまざとドフラミンゴによって引き摺り出されそうでローは目眩がした。
…………お前が、最期に見たのは、誰だった?」
「看取ったやつの話か?」
「ちがう。記憶に出てきた、やつの話、だ」
 訝しげなドフラミンゴにローは静かにおそるおそる問いかける。意外そうに目を瞬く気配を感じながらドフラミンゴの答えを待てば、問いかけが返されてローは首を振った。そうして口から出た言葉は、実に硬い声音になっていた。
「最期の記憶か。そうだな…………
「おれは、おれが最期に見たのは、お前だった」
「は?」
「お前が、笑ってる姿が、最期だった」
 思案して沈黙したドフラミンゴに、ローはひとりで勝手に言葉を紡ぎ出す。ドフラミンゴの答えが聞きたいはずなのに聞きたくなくて、思わずロー自身のことを話してしまっていた。思い出されるのは、やわらかく笑みを浮かべるドフラミンゴだった。燦然と輝いてローを灼いた、ドフラミンゴという男だ。いつまでもローの脳裏をかすめて心臓を揺らし、胸を叩いて消えない。
「ロー」
「おれは、死ねばお前に会えると、思った」
 そんなことがあるはずもないのに、ローは死とともに安堵を覚えてそう考えていた。どうせ地獄に堕ちるのだから、ドフラミンゴにも会えると思った。けれどもそれは、そう思わなければ、いけなかった、のかも知れない。それからまた新たに生を受け、こうしてドフラミンゴに出会えているという事実が、たまらない。今生では絶対に離してやるものかという気持ちが強すぎて、ドフラミンゴを囲ってしまっているのだ。
「フフフッ……お前も難儀なやつだなァ」
「うるせェ」
「まァ、いい。奇遇なことに、俺の最期に立ち会ったのはお前だ、ロー」
…………え?」
 飴でも転がすように笑ったドフラミンゴから伝えられた言葉に、ローは耳を疑い、身体を離してドフラミンゴの顔を覗き込んだ。おかしそうに、そうして甘く笑みをのせたドフラミンゴが、懐かしそうに話を続けていく。それにローは驚愕して目を見開くしかなかった。
「しかめっ面で、愛想の欠片もなかったが、かえってそれが良かった」
「ドフラ、ミンゴ」
「お前に、見送られるのは、必然だと思ったさ」
「っ、ドフラミンゴ!」
 静かに語られるものに心臓を鷲掴みにされて、ローは再びドフラミンゴを掻き抱いた。この男の最期に、ローがいたということへの歓喜が、あとから後から湧いてくる。胸を満たす激情はドフラミンゴを抱く以外にどうしようもなく、ローは加減も知らずに腕の力を強くした。
「おい、ロー、さすがに苦しい」
「うるせェ」
「っ、……フフ、フッフッフッ!昔と今じゃ、頑丈さが違う、だろ」
「我慢しろ」
……ほんとに、話の通じねェ、やつだ」
 笑う声にかすかな苛立ちがのっていても、ローは気にしていられなかった。ドフラミンゴに残る最期の記憶が、ローであったという事実に目眩がして、息が詰まって涙が勝手にこぼれていく。その理由をドフラミンゴが理解することはないとわかっていて、ローはドフラミンゴを抱きしめる。そうすることで、ドフラミンゴが呆れて諦めるのを知っているからだ。そのやさしさも甘さも、いつだって変わることがなく、ずっとローの心を捉え続けている。前世も、今生も、来世ですら、きっとそれは変わらない気がして、ローは大人しくなるドフラミンゴの肩口に額を埋めた。涙がシャツに染み込んでいくのを感じつつ、ローはしばらく泣き続けていた。