最果て(棚樫オーハ)
2026-04-04 19:48:16
7073文字
Public 類司
 

【類司】記憶の記録は花びらのようで

エイプリルフール、ロボピースの類司です。
既にシンガーピースの村に滞在しています。
類の中に存在するプライベートデータを開く度に、司を恋しく想う、と言うだけのSSです。

◯類も機械(ロボ)です。
◯類(ロボ)の製作者は類、という設定です。
◯その他、設定捏造過多、注意

えっちしーんが!!ない!!!
ある意味データ共有プラグセックスです(??)



“桜なんて、散ったらゴミよね”

 本の並ぶ一室、窓の外で散る桜を見て、類はその言葉をふと思い出した。
 これは、類のメモリーにある言葉の一つだ。これが誰から発せられた一言で、どのような場所、シチュエーションで言われたのかも分からない。アスファルト製の道を、随分レトロな箒で掃いている中年女性が画像として残っているが、それすら誰だか解らない。
 そもそもロボピースには“中年”と言う概念もないし、“老人”と言うのは存在すらしない。稀に見た目が気に入ってそのタイプの顔にする者はいるが、大抵は“若い”見た目を好む。

 そう言われれば、類の製作者 マスターだってそうだ。メモリーにある製作者 マスターの最期の姿は“老人”だが、類自身は製作者 マスターの若い頃の姿として作られている。
『この姿が気に入っているんだ。僕の人生そのものが変わった時の姿だからね』
 製作者 マスターはそれを何度か口にしていた。だからメモリーからも消えずに、ずっと残っている。

 では何故あの、“桜なんて、散ったらゴミよね”が残っているのだろう。さほど重要な情報だとも思えないし、もっと言えば、わざわざファイアーウォールを突破した先に格納しておく言葉だとは思えない。
 類が思考演算を繰り返していると突然、「類ーっ‼」と言う元気な声が響いた。

「やあ、司くん……何を持っているんだい?」
「桜の花びらだ。先ほどえむと一緒に集めたんだぞ、凄いだろう」
 桶の中一杯に桜の花びらが入っていて、司はそれを得意気に掲げる。類のモニターに、必死で花びらを集める司とえむ、数メートル離れた所で呆れる寧々と言う画像が生成された。
笑迂 ショーに使えないかと思ったんだ。
 普段は花吹雪も空中投影だろ? だが、実態がある方が観客の没入感も高まる気がしてな」
「うん、なるほど。良いアイデアだと思うよ。
 ただ……
「ただ……?」
「散ってしまった花びらは、時間が経つと茶色に変色してしまうんだ。だから笑迂をやるなら、遅くとも今日中が良いだろうね」
「何ぃーーー⁉」

 意外な所で、先程のメモリー内の画像が役立った。アスファルト製の道に落ちていた花びらには茶色が多く混じり、司の持っている花びらとはかけ離れていたからだ。

「そうか……残念だな。こんなに綺麗なのに、何だか勿体無い」
「そうだね。でも、良い事もあっただろう?
 花びらを実際に散らすというアイデアは生まれたし、花びらを集めたことによって、掃除のひと手間を省いたのだから」
 笑い掛けると司は頷き、「そうだな!」と笑った。

 類の内部温度が、他者に観測できない程度に高まる。
 おかしい、ファイアーウォール三層目を突破してからいつもだ。笑顔、哀れみの顔、充電切れの瞬間まで、司を見ると内部温度のコントロールが僅かではあるが効かなくなる。

「それにしても、お前はいつもこの部屋にいるな」
 司の声でハッとして、余計な演算を奥へ追いやった。
 類がいる部屋は、旧時代の紙の本が並ぶ一室だ。セカイピースを求めてやってきた村に身を置くことになった矢先、住居として紹介されたのがこの家であり、その中でも本の並ぶこの部屋を、類は勝手に自室だと定めていた。
「何だか居心地が良いんだ。懐かしい、と言う感覚だね」
「懐かしい……オレたちにはあまり無い思考だな」
「僕も、この感覚が“懐かしい”で合っているのかは自信がないけれど」

 類のメモリーに存在する部屋には、ロボットでも何でもない不可思議な機械が散らばっていて、壁にあるラックには本の背表紙が敷き詰まっている。
 恐らく、製作者 マスターの部屋なのだろう。類のメモリーにはないため、製作者が過去に滞在していた部屋、そう考えるのだ妥当だ。
 これは仮説に過ぎないが、製作者の若い時──つまり、今の類の姿形だった頃に住んでいた部屋なのだろう。

「“懐かしい”。素敵な感覚だな」
「そうだね。遠くに行ってしまった慣れ親しんだものに、もう一度触れるような感覚……僕らには縁遠いけれども、温かみがあって美しくて、少しだけ“寂しさ”もある、そう言うものだと理解しているよ」
「少しだけ……“寂しさ”がある……
 解るような解らないような……。感情というのはまだまだ難しいな」

 司たちには、とりわけ理解が難しいだろう。
 類は仲間たちの中では最も早く作られた、いわばプロトタイプに当たる。もっと言えば、この中で製作者 マスターが完成までの全てを制作したのは類だけだ。残りの三人は、製作者が途中まで作ったものを、類が引き継いで作ったのだから。
 だからこそ人間的な感情に関しては、類の理解が一番深いはずだ。製作者が丁寧にプログラムを組み立て、一つ一つ、実例をまじえてインプットして行った。
 ついでに言えば、中枢の演算装置も他三人より性能の高いものを使用していたが、類自身はそれをただの『個性』だと認識していた。
 
 司は何気ない仕草で、本を一冊手に取った。それをパラパラと捲り、アイモニターに映す。
「これは小説だな。遭難事件……なるほど、兄が。ふむふむ……な、なんと⁉ 真犯人が……っ‼
 うおおおお‼ 真犯人が真犯人では無いではないか‼ まさか被害者の──」
「司くん、推理小説の犯人を言ってしまうのはご法度だよ。もしかしたら村の中にも、将来この本を読みたくなる者がいるかも知れない」
「お、おお、そうだな。オレの声は大きいらしいし、誰かが聞いてしまったら申し訳ない」
 わたわたと本をしまう司を見ると、感情に理解の深いはずの自分より、司の方がよほど“人間らしい”ように感じる。
 司だけではない、えむも、寧々もそうだ。
 もしかしたら“モデルとなった人物”の影響かも知れない。そう言えば類の元となった製作者 マスターは、周囲から変わり者だと認識されていたようであるし、どこか人間的ではない部分もあるのかも知れない。

 司が次の一冊を手にした所で、近くに寄り、後ろから両手で腰へとそっと触れた。類にとっては些か内部温度を上げる行動だったが、司は気にしていないらしい。「どうした?」と平然と言ってのけた。
「花びらを使ったショー、今度やってみようか。
 使う直前に集めれば、色もキレイなままだろうし」
「おお! ぜひやりたいぞ!
 だがせっかくやるならストーリーも考えないとな。エチュードも面白いが、花びらを使うという条件があるから、きちんと準備したいな」
「そうだね。桜の花が咲いているのはあと数日だろうし、近い内に考えてみよう」
「オレも一緒に考えるぞ」
 うん。そう呟きながら、額を司の後頭部へ付けた。
 司はその行動に対して、何の感情も抱かない。どんな意味があるのかと疑問には思うかもしれないが、咎める事もしない。何故ならそうプログラムしたのだから。メンテナンスの都合もある為、類がボディに触れる事に対しては何の抵抗もしないと言うプログラムを。

「その行動は、何だか擽ったいな。
 人工皮膚や疑似毛髪が刺激を受けるわけではないが、ムズムズするような……
 だが、嫌じゃない……
……
 今日の夜、笑迂の話し合いの後でいいから、メンテナンスをしようか。ここに来てしばらく経つし、データの集約もしたいしね」

 たぶんこれは不埒な思考であり、自己満足にも近い身勝手な命令だ。
 ファイアーウォールの三層目を突破し、プライベートファイルを展開した時に、そんな劣情的な命令を下すようなプログラムが作動したのだろう。前までは『司に触れたい』などと言う理由でメンテナンスなど行わなかったのだから。
 そんな事は露知らず、司は「分かった」と返事をした。



・・・



 司はモンスターピースの演奏を聴きにいったため、類も居宅から出る事とした。
 先ほど窓から眺めていた桜の木を通り過ぎて、村の中を散策する。
 最初は花びらを使った笑迂の事を考えていたが、その事は司と共に考えたいという結論が出てしまったため、内部の優先順位がプライベートデータへと向いてきた。

 先ほど司に寄り添った際にCPUの演算速度が急激に上がったため、この勢いならファイアーウォールの二層目も直に突破出来る気がした。

 ファイアーウォール三層から成る、プライベートデータ。製作者 マスターがどのような意図でこれを仕込んだのかは解らないが、類の稼働時間や経験に応じて、いずれ突破される事は予期していたのだろう。だからこそわざわざ三枚壁という強固なセキュリティを用意した。製作者から類への、最初で最後の挑戦状だと、類は捉えている。
 とにかく鍵は司だ。製作者にとって、司のモデルとなった人物がどのような存在だったのかは解らない。否、恐らく他よりもずっと大切で、いわゆる恋人か想い人か……そのような位置付けだった可能性を思い付いてはいたが、断言は出来ない。
 ただとにかく大切な存在だったのは確かだ。

 考えながら歩いていると、緩い風が類の髪を揺らした。風速四メートル、桜の花びらがふわりと舞う。
 舞う花びらを目で追っていると、突然アイモニターに映像が再生された。


──桜なんて、散ったらゴミよね。
 その言葉の後、視界はアスファルト製の道を捉えた。道の両側に、所狭しと住居が並ぶ。ここは何処だろうか。マップデータと照合すればすぐに分かるかもしれない。
 その一本道の向こうに誰かが見える。桜の花びらが舞う中、その人は太陽の光を受けて輝いていた。

『✕✕✕くん』
『おお、✕✕‼』

 名を呼び合う声。
 互いが段々と近付き、光の中の人物がようやく見える……──


 そこで映像は途切れた。途中から音声にノイズが混じってよく聞こえない。
 誰かを呼び、誰かに呼ばれる……恐らく製作者 マスター、そして司のモデルとなった人物、二人のやり取りなのだろう。

 ぼうっと歩きながら、考える。
 製作者は何をしたかったのか。製作者に似た容姿の自分と、大切な人であった人物のモデルに似た司。
 文字通り、永遠の愛でも誓いたかったのか? 無論機械の身体である自分達でさえ永遠の命ではないものの、類がまた更に、自身に似たロボットと、司に似たロボットを製作すれば……
 そう考えると、製作者は随分とロマンチストだ。

 ピピッ──突然響いた電子音は、充電目安を知らせる通知音だ。
 いつの間にかバッテリー残量が二十パーセントを切っていたらしい。皆のメンテナンスを行う関係で、類は早めの充電を心掛けていた。
 加えて類のバッテリーは皆より多く、フル充電のためにACアダプターを主に使用していた。これも他三人には付いていない、類特有の機能だ。他三人に何故その機能を付けなかったのか、理由は定かではない。
 散策の途中ではあったが、早めに戻って夜まで充電することに決めて、居宅へ向けて踵を返した。

 

・・・



 自室の椅子に座りながら充電を始め、フル充電を済ませた頃には夜だった。

 暫くすると司がやってきて、メンテナンスを頼むとベッドに横たわったため、司の主電源を切った。
 すぐに保守点検を始め、次いでデータの収集と、不要データの削除を行う。不要データと言っても、基本的に経験や記憶は消さず、ノイズを消す程度ではあった。


 メンテナンスは数十分後に完了し、後は背のネジを巻けば終了だ。けれども朝まではリフレッシュのために休ませるのも良いかもしれないと考え出した。
 村の皆も寝静まっている頃だ。このまま類もスリープモードに移行しようか──横たわる司の隣に、並ぶように寝そべった。

 ……
 チラリと見ると、瞼を閉じた司の横顔がアイモニター映る。機械ながら柔らかそうな頬に、無防備な唇、鼻筋も美しい。無いはずの心臓が高鳴る気がして、スリープモードをオンにするだけの簡単な作業すら出来ない。
 類は横を向くと、司の腹部に腕を置いて、腰を抱いた。

 ジリジリ……いくつものタスクが展開され、パフォーマンスが落ちているようなもどかしさを感じる。それなのに、司からは離れ難い。とにかく身を寄せていたい──いっそ一つになりたい──類の内部にそんな途方もない要求が現れた。

 司の頬に唇を付ける。
 内部が熱い。CPUの処理速度は落ちているのに、演算は止まらない。こめかみや首に何度も唇を付けて、腹部の手を服の中へ滑り込ませる。それで何をしようという訳でもない、ただそうしたかった。

 類は半身を起こし、ケーブルを伸ばす。
 これはデータ共有用のケーブルだ。本来無線でもデータのやり取り可能だが、電波の弱い場所でのデータ共有や、重いデータをやり取りする際には有線のほうが確実なため、類にだけ付属されているものだった。
 司も自分と同じように、旧時代のデータ書き込み時のようなカリカリした焦燥を抱いてしまえばいい。そんな身勝手な要求だけで服を捲り、ポートを顕にして、そこにケーブルを差し込んだ。

 ──ビクン。
 司の身体が痙攣したように動いた。起動音が響き、瞼が開いて光のない瞳が現れた。
 類の焦燥は止まない。首に吸い付きながら司の腹部を弄って、ショートしそうなほど内部温度を高め続けた。
 
 高温にメモリーが溶けていく気がする。
 おや、これは見た事のないデータだ──いつの間にかファイアーウォールの二層目を突破していたらしい。その奥にあるプライベートデータに自然とアクセスする。そう言えば司とデータ共有していたのだと気付いたが、そのままにしておいた。

 中に入っていたのは、司の画像だった。──違う、これは司ではない。司のモデルとなった人物の画像だ。機械の類でさえ、司そのものかと誤認するほど、あまりにも似ていた。
 彼の画像は数百枚あった。ステージ上の姿から、布団で寝ているだけの姿、食事を取る姿、表彰されている姿……
 撮り方や視線から、彼と撮影者との関係が伺える。寝起きの写真などは親密さが濃すぎて、恥ずかしささえ覚えた。

「これ、オレか……?」
 再起動を終えた司が呟いた。
……司くんのモデルとなった人物、だね」
「そうか……。何と言うか……
 画像を参照していた司が言い淀む。もちろん、言いたい事はよく分かる。
「うん。
 撮影者……恐らく僕らの製作者 マスターだけれども、彼と司くんのモデルとなった人物は、恋人同士だったんじゃないかな」
「うむ……やはり、そうだろうな」

 司は向きを変えて横になり、類の方へ身体を向けた。
 観測出来るほど内部温度を高めながら手を伸ばして、類の腰へと回す。たまらなくなった類は、司を思い切り抱き寄せた。
 その端で画像は更に展開されて、司そっくりの彼が誰かの腕の中にいるであろう画像が出てきた。ちょうど今の二人の体勢と酷似していた。

 うっとりと瞼を閉じた司の唇に、類自身の唇を重ねる。シリコンに似た素材の唇同士が、なんの音も無く触れ合った。
 近づく度、触れる度、司への想いが募る。
 浮き立つような感覚と身を裂くような感覚が同時に訪れて、これが恋なのかと類は知った。

 製作者 マスターはこの気持ちを教えたかったのだろうか。それともやはり、永遠の愛を誓いたかったのだろうか。
「それは少し、違うと思うぞ」
「え?」
 データ共有をしていたせいで、思考がだだ漏れであった事を今更思い出す。司の一言は、正に類の思考への返事だった。


「では、どうして製作者は……
「お前はとっくに気付いているんだろ、類」
 そうして司はまた、キスをねだるように瞼を閉じた。類もまた、そこに唇を重ねる。

──ああ、そうだ。もう僕は分かっているんだ。

 キスを続けながらも、目に入った窓。
 散った桜の花びらが窓に張り付いて、点々とした模様を作り出している。それは類に張り付く、製作者の記憶の残滓のようだった。
 “散ったらゴミよね”。その言葉がリピートされるが、今ならハッキリと否定できる。
 製作者 マスターの残した花びらがあったからこそ、新しい感情を知る事ができたのだ、と。



 二人は散々キスをした後に、互いのスリープボタンを同時に押して、眠りについた。明日朝目覚めるようにアラームも忘れずにセットしておいた。

 スリープ状態の中、類はファイアーウォールの一層目に、自分そっくりな人物を見つける。これは若かりし日の製作者 マスターの姿だとすぐに分かった。
 類が近づいて手を差し出すと、彼もその手に自分の手を合わせた。まるで鏡だ、そう思いながら向かい合って、静かに口を開いた。



──ねえ製作者 マスター
 僕と司くんを出会わせてくれて、ありがとう。
 誰でもない僕が、寂しくないように。愛おしむ気持ちを持ち続けられるように。
 そう思ってくれたのだと認識しているよ。
 本当に感謝している。

 ところで、今ここから見える、最後のプライベートデータだけれど……僕にも司くんにも今はまだ刺激が強すぎるね。
 そのデータは、もう少し僕らが愛を理解するまで、圧縮したままにしておくよ──



 そう伝えると、製作者 マスターは笑った。
 



─END─