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isawa
2026-04-04 17:23:53
9522文字
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丁か半か
腐れ縁、ですよね、ここまでくると。
いつだったか、彼がそんな風に呟いたのを思い出した。
寝室の仄暗い灯りが毛布から覗く滑らかな褐色の肌、淡く灰色がかった青い瞳を照らし出す。ベッドに横になっているだけで、おそろしく絵になる男。その様子に魅入られて、まつ毛が長い影を落とすのをただぼんやりと眺めていた。
思えば彼と初めて会ったのはもう10年以上前になる。
その間、俺たちの関係は様々に変化した。同じ組織の人間、敵対者、戦友、同志、仲間
……
一時は恋人でもあった。
きっと俺は、彼にとって良い恋人ではなかったのだと思う。アメリカへの帰国を告げると、じゃあこの関係はこれまでだな、と呆気なく終わりを言い渡された。まるで以前からの決まりごとだったかのように。
そして、現在。
彼との間柄を言葉で言い表すのは難しい。
「それにしても、派手に暴れてくれたな」
先ほどまで完璧に"胡乱な会員制クラブの店員"に化けていた男が、周囲で伸びている男たちを眺めて呆れたように呟いた。
「すまんな」
「全くだ、誰が処理すると思って
……
と言いたいところだけど、とりあえず助けられた部分もあるので、ヨシとします」
言いながら降谷はスマートフォンをかけ始め、その場から離れていった。相手は彼の部下か、上司か。会話を聞かれたくないようだ。まあ当然だが。
伸びている男たちはジャパニーズ・マフィアの連中だ。現在は暴れないよう拘束されている。
東京都内、某暴力団事務所の室内。
FBIはここの所アメリカで若者中心に出回っている違法薬物について捜査を進めていた。その薬物のルート上に日本の組織が浮上したため、俺も潜入捜査へと駆り出された。アメリカだけではなく日本でも同様の違法薬物が蔓延しており社会問題になっているという話だから、降谷の目的も俺と似たりよったりだろう。
こちらもジェイムズに電話での簡単な報告を終えた。程なくして日本警察がドタバタとやってきて拘束された男たちを連れて行き、現場には警察の人間が数人残るのみとなった。
長年染みついたヤニですっかり黄ばんだ壁紙は、こちらに喫煙を促しているようだった。その誘惑に誘われるままマッチを擦り、煙草に火をつけたところで降谷が戻ってきた。
喫煙を咎められるかと思いきや、彼はこちらを眺めて頬を緩めた。
「
……
馴染みすぎじゃないか、この場に」
「そうか?」
……
そうかもしれない。俺はやたらとテロっとした素材の柄シャツに黒いパンツを着用し、髪はオールバック、さらに目元にはサングラスという出で立ちだった。自分でも少々やり過ぎたと思うほど反社会的勢力の一員として溶け込んでいる。
対して降谷はと言えば、この暴力団事務所のシマの一つである高級会員制クラブの店員として潜入していたらしく、黒ベストに黒ネクタイといったやや畏まった服装だ。どんな場面でも容姿を変えずに馴染んでしまう男は、当然その店員のスタイルにもなんの違和感も感じさせなかった。だが、なぜか今回この組の連中に彼が警察官であることがバレたらしく──彼がそんなヘマをするとは思えないから、故意か、あるいは他に何か理由があるのだろうが──捉えられて事務所まで連れられて来たところに、ちょうど俺がいたというわけだ。
「
……
君、俺を見て笑っただろう」
下を向いていたけど、あの震えはどう見ても笑いを堪えていた。最も、周囲にいたここの連中は彼が怯えて震えていると捉えたようだが。
ふは、と降谷が噴き出す。
「バレました? いや、だって
……
お前、ヤクザの用心棒って
……
赤井秀一が、ヤクザの用心棒として登場
……
ハマり過ぎなんだよ。任侠映画の撮影が始まったのかと」
「
…………
」
くっくっと大層楽しげに笑っている。機嫌が良さそうで何よりだ。
「君の方の要件は済んだのか」
本来なら今回は公安ではなく組対、あるいはマトリが出てくるであろう案件だった。
「
……
ここに君がいるというのは、どういう」
「色々と複雑な内部事情がね
……
あなたこそ」
「俺は
……
おそらく君と目的は同じだ。例の違法薬物の捜査を」
「
……
へえ? それで、成果は?」
軽い口調だが、瞳にはFBIに出し抜かれてたまるか、という意思がしっかりと現れていた。
「本命には辿り着けなかったが
……
その手がかりぐらいは、というところかな」
「ふーん、似たようなものですね。さっき連行された連中も叩けば埃ぐらいは出るでしょうけど、あまり期待はできないかな」
「連中は、なぜ君の正体を?」
「内部からのリークですかね。何しろ、内にも外にも敵が多いので。心当たりはいくつかあります」
「ふむ
……
」
暴力団の連中に縛り上げられていた手首を摩りながら、降谷がふとこちらに視線を寄越した。
「
……
日本にはいつまで?」
「まだ帰国命令は来ていないが
……
日本を発つのは2、3日後というところか」
ふぅん、と関心のなさそうな返事が返ってくる。
「
……
帰国までの宿を探し中なんだが、心当たりはないか?」
下心は隠さなかった。
ふ、と目の前の美しい男が唇の端を歪める。
「ホテルに連泊中だろ?」
「飽きた」
最悪の言い草だな、と眉間に皺を寄せた降谷は、じとっとした瞳を向けてきた。
「僕の家を便利使いする気か?」
「人聞きが悪いな。君の家のベッドの寝心地が恋しいんだ」
「ホー、寝心地、ねぇ
……
」
「
……
あの連中を殺さないよう制圧した。褒めてくれないのか?」
「おや、そんなナリでヨシヨシしてもらいたいんですか? どうしようもないな、全く」
彼の瞳が一転、いたずらを思いついたように輝いた。
「そうですね
……
いいですよ。僕の家を提供してやっても。ただし」
その格好のまま、来てください。
囁くように付け足した彼の顔は、堪らなくコケティッシュだった。
◇◇
その晩、ハマり過ぎだと笑われた極道の男そのものの格好で、降谷を抱いた。彼が脱ぐことを許してくれなかったのだ。辛うじて、サングラスを外す許可だけは得たが。
着衣のままのセックスなど元来それほど好まない。しかも事務所で乱闘した際に服はあちこち破れたり汚れたりしていて、清潔とはほど遠い有様だった。
降谷を抱くなら最低限の衛生には気を遣いたい。が、肝心の彼はこの殺伐とした佇まいが気に入ったのか、いたく興奮した様子でもっと欲しいだとか乱暴にしてだとか、扇情的なお強請りをするのだからたまったものではなかった。
俺は彼の率直な誘惑に抗えるような聖人ではない。結局は己の欲に任せ、汗で纏わりつくシャツの不快さも構わずに本能のまま激しく腰を打ち付けた。
恋人だった頃よりも名前のない関係になった今の方が、降谷が明け透けに求めてくるようになったように思う。この行為はただの性欲処理に過ぎないのだ──まるで、俺にそう知らしめるかのように。
「
……
悪い男に抱かれるのが好きなのか?」
2ラウンド目終了後、ベッドに満足げに横たわった降谷から、ようやく服を脱ぐことを許された。セックスの前ではなく事後に服を脱ぐというのは初めての経験だ。
「僕が? さぁ
……
そう見えました?」
やや掠れた、情事の余韻を感じさせる彼の声。願わくば、この声を聞いたことがあるのは世界で俺だけであって欲しい。
「興奮してた」
「お前もだろ?」
「
……
そりゃ、するだろう」
俺とのセックスであんなに良さそうに乱れる君を目の当たりにして、興奮するなという方に無理がある。
「じゃ、おあいこですね」
「
…………
」
おあいこ、つまり50-50、
……
そうだろうか
……
? やや理不尽さを感じはしたものの、これ以上追求しても得るものは何も無いだろうと、黙ることにした。
眠そうな彼を部屋に残し、下着とズボンだけを身につけて、ベランダへと煙草を吸いに出た。
火照った身体に夜風が心地いい。
最上階の角部屋だ。ベランダでの喫煙はそれほど近所迷惑にはならないだろう。
深い闇に白い煙が揺れて、消える。
彼を抱いたあとの一服は、いっとう美味い。そう気付いたのは、皮肉にも恋人としての期間を終了したあとの事だった。
彼に執着している、自覚はある。俺はもうその立場にないことも分かっている。
「本当に、どうしようもないな
……
」
呟いて、火の燻るフィルターを携帯灰皿に押し込んだ。
◇◇
キッチンで少々借り物をしてから寝室へと戻る。幸い、降谷は微睡んでいるものの、まだ寝落ちてはいなかった。
「
……
何を持ってきたんですか」
質問には答えず、ポケットに無造作に突っ込んであったそれを2つ、降谷に手渡した。褐色の長い指が金の立方体を摘む。
「ん
……
? なに? 金
……
サイコロ?」
「うん。若頭がくれた。純金だそうだ」
「
……
純金? はー、こんな大層なものをもらうとは
……
あなた、よほど覚えがめでたかったんですね」
呆れ半分、感心半分といった様子だ。
「それなりに働いたからな」
「金のサイコロか
……
いいじゃないですか。人生何があるか分からないし、路頭に迷うことだってあるかもしれない。持っておけば、気休めにはなりますね」
「君にやろうか?」
降谷は心底嫌そうに鼻に皺を寄せた。
「いりませんよ。国家公務員倫理法違反になるだろ。残念ながら、今のところ路頭に迷う予定もないんで」
僕は何も見てないからさっさとしまえと、降谷はサイコロを返して寄越した。
「
……
せっかくだ。賭けをしないか?」
「
……
賭け?」
「極道とサイコロ2つ。お誂え向きだろう?」
「丁か半か、ってやつですか? それをやりたくてそのお椀を持ってきたのか」
俺がキッチンから持ってきたのは、木の椀だった。
「うん」
「はぁ
……
それはそれで明るみになれば懲戒処分なんですけど。
……
で、何を賭けるって?」
どうやら、これにはのってくれるつもりらしい。降谷がタオルケットを身に纏ったまま、近くに寄ってきた。
「そうだな
……
美味い飯でどうだ?」
「美味い飯か。
……
ま、いいですよ。
……
というかルールは知っているんですよね?」
「簡単には。サイコロ2つの出目の合計が偶数なら丁、奇数なら半、だろ。君は実際の丁半賭博の現場を見たことが?」
「ないな
……
流石に今どきやらないんじゃないか。任侠映画でしか見たことがない」
サイコロを椀に入れる。やや重さのあるサイコロは一般的な物ほど軽快には転がらないが、問題ない程度だ。それを振ってベッドのサイドボードに伏せた。
「どっちに賭ける?」
「
……
じゃあ、丁」
「では俺は半で」
椀を上げた。出目は3と4。半だ。
クソ、と悔しげに降谷が呻く。
「美味い飯は俺のものだな」
「仕方ないな
……
リクエストは? 肉か、それとも寿司とか?」
「ジャンルは何でもいいが
……
我儘を言わせてもらうと、君の手料理がいい」
「僕のごはん?」
リクエストが意外だったらしく、降谷はきょとんとした顔をしている。かわいいな、と思いながら頷いた。
「
……
なんだ、赤井秀一ともあろう男が手料理に飢えてるんですか?」
「普段は外で済ませてばかりなんだ」
「工藤邸の居候時代に自炊できるようになったんじゃなかったか」
「一人分を作るのは面倒でな」
「
……
んー、いいですよ。腕によりをかけて作ってやる」
勝ち気に笑う彼はどこか誇らしげでもあった。やはりかわいい。
「
……
さて、勝ち逃げするつもりじゃありませんよね。もう1ラウンドいきましょう」
どうやら、闘争心に火がついたらしい。何年経っても、彼の負けず嫌いは健在だ。
次は美味い酒を賭けることになった。
「酒か
……
下手すると美味い飯より高くつくな」
「ですね、覚悟しとけよ。
……
次は僕が振る」
降谷が振り、俺に賭け方を促してきた。
「ふむ
……
次は丁にしよう」
「じゃ、僕が半ですね」
勝負。彼の呟きとともに椀が上がる。出目は2と5。
「今回も半か」
「よし、今度は僕の勝ちだ」
にやりと、降谷はいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「
……
実は前から気になっていた日本酒があるんですよねぇ。僕の名前に似ていて」
得意げな降谷から酒の名前──零響という名だった──を教えてもらい、スマートフォンで調べる。なかなか、容赦のない価格だ。
「
……
分かった、次に来日する時までに用意しておく」
俺の返事に、彼は目を丸くした。
「えっ? ちょっと、あっさり了承するな、冗談だって。さすがにこんな遊びでその価格帯のものを寄越せと言うほど、金銭感覚バグってないですよ」
どうやら、俺を揶揄うつもりだったらしい。
「いや、君の名を冠する酒だからな。俺も興味がある」
「は?
……
あのな、公務員の僕が賭けでそんな高額な品を」
「賭けの景品ではなく、手土産として持参なら問題ないだろう? 一緒に飲もう」
「
……
お前、本気で持ってきそうだな」
少しは動揺する姿が見られると思ったのにお前は全くという彼のぼやきは受け流して、さてどうする? と尋ねた。
「ん?」
「ここまで、一勝一敗だ。ここでやめるか、もうひと勝負して決着をつけるか
……
」
「ま、ここまできたらせっかくだから決着をつけたいですよね」
よし。心の中でガッツポーズをしながら、そうだな、とだけ返した。
「
……
でも、次は何を? 僕は勝負がつきさえすれば賭けるものなんてなくてもいいですけと」
さあ、ここからが本丸だ──
「次俺が勝ったら──もう一度、俺のパートナーになって欲しい」
大きく開かれた青い瞳が、俺を映した。
◇◇
「は
……
ハァ? もう一度ってお前、つまりまた恋人になろうって?」
「
……
まあ、そうだな」
「なんで?」
「『なんで』?
……
そ」
「いや待て、やっぱいい、聞きたくない。僕はその賭けにはのらない」
「一度了承したものを覆すのか?」
「ふん、そういう言葉で僕をのせようとしても無駄ですよ。
……
久しぶりにセックスして僕の身体が恋しくなったんだろ? 気持ちはわからなくもない。でもそれは人肌が恋しいだけの一時の気の迷いだから、冷静になって考え直した方がいい」
「気の迷いじゃないし、冷静に考えている」
「じゃあなんだよ。今さら、いい歳した男が二人、アメリカと日本で超遠距離恋愛を開始するってのか? 離れて暮らして、たまーーーに会って、セックスして? それじゃ今と大して変わらないよな」
「会う頻度は増やせるように努力する」
「ハ、
……
会う頻度ね。僕とあなたの職務を考えたらせいぜい、年に一度会うか会わないかだったのが、半年に一度になる程度だ。"恋人関係"に、お互いそこまでメリットあるか? 今みたいに、偶然会って気まぐれに寝る関係の方が気楽でいい」
さっきまで眠そうにしていたのが嘘みたいに、降谷が捲し立てた。よく回る口だなと感心する。
「
……
なんだよ、その目」
「よく喋るな、と」
ピクリ。降谷の顔が引き攣った。怒らせたようだ。
「あ?
……
あーあーあー、そう、そうなんですよ僕はよく喋る男なんです。いいか? 恋人になったらこのよく喋る僕がずっと隣でペラペラ、あるいは電話をかけてペラペラ、皮肉だの蘊蓄だのをお前に語り続けるんだぞ、分かっているのか? 想像してみろ、うんざりするだろ?」
「君のお喋りに対してうんざりしたことなんてない」
「よく言うな、かつて観覧車の上で『お喋りにきたのかな?』なんて皮肉飛ばしてきたのはどこの誰だよ」
「
……
ずいぶん前の話をよく覚えているな
……
」
「うんざりしたことはないなんて、僕の話をいつも適当に聞き流しているから言えるんだろ。いいか? お喋りだけじゃない、ちゃんと付き合うとなったら僕は浮気なんて許さないからな。今のままの関係ならお前がどこで誰と寝ようが頓着しないが、恋人となれば話は別だ」
「人を遊び人みたいに言ってくれるな。言っておくが、君と付き合っている間はもちろん、別れてからも君以外の誰かと寝たことはない。君と同じく」
「そん、
…………
待て、同じくってなんだ、僕の何を知っている?」
「さぁ、何かな」
白状すれば、流石に降谷の全てを把握しているなんてことはない。ツテを使って度々彼の周辺に探りを入れている程度だ。けれど万事において慎重な彼の性格を考えると、遊びで見知らぬ人間と性欲を発散ということはまず無いだろうし、逆になんらかの形で繋がりのある人間と迂闊にそういう関係になることも無いだろう。現時点で把握している降谷に関する情報に本人の性格を加味すると、"降谷零はここ数年俺以外の人間と性的な関係は持っていない"という結論になる。
「
…………
まあいい。話を戻すけど、とにかく僕はね、案外面倒くさい人間なんです」
「案外というか、君が面倒くさい人間だというのはよく知っている」
「そういうところも好ましいよとか言うんじゃないだろうな」
「いいや? 面倒くさいとは思っている」
「思っているのかよ」
「面倒くさいよ。でもそれもひっくるめて、君がいい」
「っ
……
」
降谷の頬に赤みがさした。
「俺は君との関係を腐れ縁などにするつもりはない。そろそろ観念して、この賭けにのってくれないか」
「
……
いやだ」
「
…………
」
「お前と一緒にいると、調子が狂う。僕が僕でなくなる。自分の中で矛盾ばかりが増えて、感情のコントロールが困難になる」
降谷が吐露するそれは、本人にとっては苦々しい思いなのかもしれないが──俺には熱烈な愛の告白のように聞こえた。
「アメリカでいい人見つけて、結婚でもなんでもすれば良かっただろう。
……
いつかそうなるものだと思っていたのに、お前はアメリカに帰って5年経っても恋人の一人もいる気配がない。挙句、今頃になってこんなことを言い出す。
……
あんなにあっさり別れを了承したくせに、
……
あの時、僕がどんな気持ちで
……
」
あっさり別れを了承したのには、理由があった。アメリカに帰国したら、すぐに次の潜入に入るように命じられていた。再び降谷に会えるのはいつになるのか、その時点では見当もつかなかった。
待っていてくれとは、言えなかった。
だが、今さら何を言っても言い訳にしかならないだろう。
「
……
離れたかったし、離れたくなかった。相反する感情が存在するんですよ。自分が許せなかった。
……
お前と別れて、楽になった。ようやく本来の自分が取り戻せたって
……
」
「すまん」
「
……
謝るぐらいなら、引けよ」
「すまないとは思っているが、引けない。俺には君が必要だし、君には俺が必要だ」
「
……
心揺さぶるセリフですが、そういうの、この状況で
……
やることやった後の半裸状態で言いますかね」
「それについては君の指摘通りかもしれないが、この家に入った途端君がキスしてきてヤクザ紛いのこの格好のまま抱けと言うものだから」
「うるさいな、ブチ切れているお前の姿にうっかり欲情しちゃったんだから仕方ないだろ」
「
…………
なるほど」
"ブチ切れた"のは、降谷を捉えた連中が「サツを殺るのはさすがにマズイが、殺さなくても口を封じる方法はいくらでもある」などと言って彼に下衆極まりない行為をしようとしたからだ。
「元々あんな連中にどうこうされる気はさらさらありませんでしたけどね。
……
ああ、そのことがあったから、恋人に戻ろうとか突然言い出したのか」
「いや、前から考えてはいた。
……
だが、そうだな
……
"パートナー"の存在があれば、危機的状況での身の処し方は多少違ってくるだろう、という思惑はある」
「
……
僕はそんなに無鉄砲に見えるか? そりゃあね、職務上、命を賭ける覚悟は当然ありますよ。けど、無闇に命を捨てようと思っているわけじゃない。まあ今回は命というより貞操の危機だったけど、あの状況を抜け出す算段は僕にもあった」
「分かっている、心持ちの問題だ。
……
君の言う通り今のまま、たまに会った時に恋人ごっこするだけの関係は確かに楽だろうな。お互い、なんの責任もないんだから」
「棘のある言い方をしますね」
「大事なものができるほど、それに縛られ弱くなると、君はおそらくそう思っている。だが、俺はそうは思わない」
「
…………
」
「
……
色々と理屈を並べたが、本当は君を独り占めしたい、その権利が欲しい。それだけかもしれん」
降谷が思案するように目線を落とした。視線の先、サイコロがじっと出番を待つかのように薄暗い室内で鈍い輝きを放っている。
「
……
いいですよ。そこまで言うなら、その賭け、受けてやる。けど、条件がある」
「条件?」
「僕が勝ったら、煙草をやめろ。その条件がのめないなら、賭けはなし」
思わず、口元が弛みそうになった。
俺の禁煙が条件だって? それが君の望み? 君は自分が今、どれくらい可愛いことを言っているか、自覚があるのか?
「
……
了解した」
「あっさり言うな。できるのか?」
「それが条件なんだろう。やるさ」
「
……
はーーー、そんなカッコつけて、ニコチン依存を舐めていますね。お前が負けて、禁煙に失敗したら笑ってやるからな」
「ああ、そうしてくれ」
話は決まった。サイコロが転がっているベッドのサイドテーブル前に座り直した。
「
……
最後も僕が振る。それでいいか?」
「ああ」
降谷がサイコロを振ろうとして──その手がはたと止まった。
「
……
どうした」
「その前に一度、キスしませんか。
……
お前の煙草の匂いのするキスとは、もしかしたらこれでお別れ」
勝手に身体が動いて、気付けば彼の柔らかな唇を塞いでいた。間近のブルーが、熱を帯びたように潤む。
ややあって、やんわりと身体を押し返された。金の髪から覗く耳が微かに紅潮している。
「
……
軽くでいいんだよばか、賭けどころじゃなくなるだろ」
笑いを噛み殺しながら、そうだなと返した。
気を取り直して、と降谷がサイコロを振る。
「どちらに賭ける?」
「では、丁で」
「
……
じゃあ、僕が半だな。負けたら禁煙だぞ。覚悟はいいか、FBI」
「勝っても禁煙するさ」
え、と降谷が瞠目した。
「俺の健康を考えての"条件"なんだろう? 君の想いに応えないとな」
「違う、僕のはただの嫌がらせで──」
「俺が勝っても、次に会った時に禁煙できていなければ、賭けは無しにしてくれていい」
「
……
本気か?」
「ああ。さっき吸ったのが、最後のタバコだ」
最後に相応しい、美味い一服だった。だから、それでいい。
「どちらにせよ、俺が勝つよ」
「
……
小細工無し、完全に運で決まるのに、よくそう自信が持てるな」
「今までこういった、ここ一番の勝負で負けたことがないんでね」
「じゃ、これが初黒星になりますね。歴史的瞬間だな」
それでも、俺が勝つ。なぜだか確信していた。
真剣な眼差しで椀を見つめる降谷は、丁か半か、どちらが出ることを望んでいるのだろうか。
「勝負」
声とともに、椀が上がる。
ああ、俺が勝つよ。何しろ、幸運の女神がキスまでしてくれたんだ。
そうだろう?
END
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