きじめ
2026-04-04 17:15:46
5168文字
Public デルタドロ
 

推定無罪

Δドラロナが真冬の寒空の下駄弁るSS?を書きました。5000字くらい。ちょっとだけモブ市民の話をしてます。

 いっそのこと迎えに行ってみようかなと思ったのは、確か、カレンダーでも確認しようかとパソコンから顔を上げたときだった。見上げた先にあった壁掛け時計が目に入る。終業時刻まで、あと45分。
 最近のうちの備品君ときたら、街のパトロールだなんだと言って以前にもまして勝手に動き回るようになった。自由意志がある備品の管理もなかなか骨が折れる。シンヨコハマニウム製の首輪でもつけたほうが良いんじゃないかと半ば本気で考えたこともあったが、どんな素材だって意思を持った自然災害を封じることは敵わないのだと、こないだ彼が耐火金庫の扉を片手で開けてしまった時に悟った。今晩のメニューなにかな、って冷蔵庫覗く感覚で金庫破りを成し遂げないでほしい。
 まあそれで、なんだ。その結果なのかなんなのか、異端児なりにこの街にも馴染んできたようにも見える。やれ今日は駅前で失せ物探しを手伝っただの、公園で小学生野球チームの助っ人をしただの(相手チームは無事だったのだろうか)、そのうち、業務日報よろしく私に嬉々として語るようになったのだ。報告事項が多い日なんかは、そのせいでダイアモンドよりよっぽど希少な、私の定時上がりの予定が狂ってしまうこともあった。あったが。ちょっとイラついたりもするが。実のところ、あの、あんちくしょうのクソ野郎たるヒゲに情緒を乱された日なんかは、彼の微笑ましい日報をどこか心待ちにしている自分もいたりする。今日だ。くそっ、あのデッキブラシみたいなヒゲ、いつかブラジリアンワックスで全剃りしてやる。
 そういう訳で、時計を見るなり私は、遅いなぁと、ほんの少しだけ、焦れったいような気持ちを抱いて、冒頭のような発想に至ったのである。
 終業時刻まで四捨五入して30分。
 俄に鳴り始めた内線電話を取ると同時に、まあいいか、と一連の思考は放棄された。惰性であった。

 あの時、スパッと仕事を畳むなりして迎えにいけば、こんな気持ちにならずに済んだのに。
 終業時間をとうに過ぎ、12月の寒空の下、公園のベンチにひとり座る彼の背中を見つけた瞬間、後悔に2秒、後悔したことに後悔すること3秒。私は、公園の隅に辺りを煌々と照らす自販機を見つけるやいなや、そちらに足を向けていた。

「こんばんは。え〜と、こんな時間までお家に帰らないでどうしたのかな。ねえ坊や、どこ幼稚園のなに君か、お兄さんにお話してくれない?ああ、ゴリラ語でもかまわんよ、ウホホ?ウホンヌ?」
ケーサツのくせに補導と職質と捕獲の区別もついてないのかよ。そのギョロ目かっぴらいてよく見ろや、どっからどーみても成人済の高等吸血鬼様だろが。あとその、お前さあ。こっからマジな話になるんだけど、お兄さんはキツいぜギリ笑えない。そういう冗談、やめたほうがいいと思う。正直。」
「失礼、お家の鍵無くしてしょぼくれてる5歳児か子ゴリラにしか見えなかったもので。あと途中から親切寄りのマジレス混ぜるのやめてくれる?結構心の柔らかいところにキたからさ。あーそれで、だ。お兄さん、こんな時間にお1人で何をされてるのかお話伺えますかな。」
「お話って、職質の方をされたかったわけでもないんだけど。」
「そう言わないでよ、ほら1杯奢るからさ。」
 よかったいつもの感じだなと、彼の目元が赤くなって無いことを確認してほっとする。が、温かいココアを差し出したその時、微かに触れた指先がいつもより心なしか冷たいような気がして、帳消しにしたかった後悔が瞬時にぶり返した。詫びココアなんか買うんじゃなかった。
「別に、ちょっと考えごとしてただけだし今何時?」
「20時だよ。」
「え」
 小さく驚きの言葉を漏らした顔を見るに、本当に考えごととやらに集中していたようだった。ははあ、前から薄っすら思っていたがこのはぐれ高等吸血鬼は、考え込んだらドツボにハマるタイプで間違いない。それならば。
「どれ、ひとつシンヨコが誇る最強ブレーンにその悩み、相談してみるというのはどうかね。」
「まじで何のこと言ってる?」
「君の横に座ってる親切な公務員のことさ。1人でいくら考えてもどうにもならんかったんだろ、おまわりさんが聞いてあげようじゃないか。」
 頼りがいのある様を見せたくて、別にそんなキャラでもないのに胸をそらしてひと叩きしてみせる。咽るのを、こらえる。
 はてさて、詫びココアの効果か、帰るのが思っていた以上に遅くなっていたことを後ろめたく思ったからか、ロナルド君は一瞬眉をひそめたものの、ため息をひとつだけ吐くと、思いのほか素直に話し始めた。

「最近仲良くなったおばあちゃんがいてさ、知ってる?スーパーの近くにあるタバコ屋で
「ああわかる、スミさんだったかな、あそこでタバコを買うことも昔はあったが、確かもう店は畳んだんじゃなかったか?」
「そうそう、そのスミさん。ドラ公はさ、あの人が毎日夕方になるとこの公園に来てるの知ってた?」
 それは知らなかったと返しながら、この子は思った以上にこの街に馴染んでいるのかもしれないと思考を巡らせる。例の"日報"ではあまり特定の人物の名前を聞くことはなかったように思うが、単純にこちらが聞かなかったから話さなかっただけかもしれない。今後はもっと"業務内容"について質問してもいいなと頭の隅で考えつつ、「それでそのスミさんがどうかしたの」と話の続きを促した。
「引っ越しちゃうんだって、他の街に」
 毎日夕方公園に来る話はどうしたんだと思ったが黙って聞く。こういう時に話の腰を折るような奴は優秀な警察官とは言えないからだ。
「隣町に娘さんが住んでるから、そっちで一緒に暮らすんだって。それで、これ、選別にって」
 ロナルド君はマントの中から紙切れのようなものを出すと、街灯の光にかざした。これは、栞か。
「栞もらったの?君ってそんなに本が好きだったか?」
 いや、と短く答えたあと、ロナルド君は言葉を詰まらせ、暫く栞を眺めてから、こう続けた。
「この選別は、俺にっていうより、この街に渡したんだと思う。」
「は?」
 やってしまった。
 時節、この男はこういう突拍子も無い発言をすることがある。ご存知のとおり私は、取り調べでもカツ丼要らず、シンヨコ随一のまっこと優秀なIQ2億のスーパーハンサム警察官である。故に、普段はデカい声で「は?」などと話の腰を折る発言は、絶対に、しない。にも関わらず、こちらのペースを乱し、それをさせてくるのがこのロナルドとかいう男なのであった。
 そして、私の理解を置き去りにしたままに、彼の話は先程と変わらずマイペースな調子で続いていった。
「この栞、スミさんが学生の頃に好きな人から貸してもらったやつなんだって。」
それはまた、随分と想い出の品じゃないか。見た目も十分綺麗に見えるし、学生の頃からずっと大事にしてたんじゃないか?」
「そうなんだよなあ。これ、返せないままその人とは会えなくなったらしくて。」
「うん。」
「でもその、好きだった人とよく放課後会ってたこの公園で、いつかまた会えるんじゃないかなあ〜って、ずぅ〜っと、今日まで通ってたんだって。」
「はあ。で?それを何でまた君に?君とスミさんはまだ知り会って長いってわけでもないだろう。」
 呈した疑問は彼の想定内のものだったようで、ロナルド君はちらとこちらを一瞥してから、そのまま話を続けた。
「まあ、そういう思い出話をな、会ったばっかの頃聞かされてて。素敵な話だなって俺も覚えてたんだよ。で、今日突然スミさんに、あなたこれからもこの街にいるの?って聞かれてさあ。当分いるつもりだぜ!って答えたら、じゃああなたにこれ渡していいかしら、って。急に。」
「いやいや、じゃあってなんだ、じゃあって。」
「だよな。」
 ふふ、とロナルド君が小さく笑う。
「俺もそう思って訊いたら、吸血鬼の"当分"は、きっと100年くらいはあるでしょう?ってさ。」
「偏見だねえ。」
「偏見だよなあ。」
 はーあ、とロナルド君が天を仰ぐ。
「この街で好きな人を待ってた自分の人生を、この街にのこして、他所(よそ)へ出ていきたいんだって言われちまって。」
「また随分なものを預かってしまったねえ、君も。」
「それで俺、おう任せとけ!ってスミさんに言ったんだけど。」
「すごいな君。」
「スミさんがここで待ってたこと、ずっと俺は覚えてるぜ!って。」
「へえ。かっこいいじゃないか。」
 珍しく素直に賛辞の言葉が出たが、対してロナルド君は俄に目を伏せ声を落としてこう言った。
「そしたら、あなた子どもみたいな吸血鬼と思ってたけどお世辞もちゃんと言えるのね、って言われてさ。」
「本心で言ったことなのに?」
「うーん、ま、本心かお世辞かとかは、伝わらなかったらしゃーないか、とは思うんだけど。」
 一切平坦な調子を崩さず、ロナルド君から私への報告は続く。何故なんだろうか。
 ならば何が、君をこうも物憂げな表情にさせているのか。その訳くらい、ついでに報告してくれたっていいのに。
 君という備品の、管理者である、私に。
「俺は100年覚えてるつもりなんだけど、実際100年後にさ、ほら、覚えてただろ!って言えないだろうなって。つい思っちゃったんだよな。」
「スミさんに?」
「スミさんにも、誰にも。俺がスミさんの今までを100年思い続けていたとしても、それを認めてくれる人はいないだろうな、って。そしたらさ、俺の今の気持ち、どんくらいホントなのかって、誰にもわかんないんだって気づいちまってさ。今さらだけど。この世の、俺以外の誰からもわかんないなら、俺、人間と、誰と何を誓いあったって、その人にとっては、この世界にとっては、俺って、何を言っても嘘つきと変わりないのかな。」


「私はさ、」
 考える前に、口火を切っていた。
 発声器官だけ、まるで10代の頃の自分に戻ったようだった。いや、10代の私だってもっと発言には慎重だったかもしれない。
「警察官なんだけど、」
 現在進行形で勝手に言葉を紡ぐ私の唇に、頭の隅にいる理性的な私が、馬鹿げた即興劇(エチュード)はやめろと警鐘を鳴らしている。いったい何を言うつもりなのか、私の身体は。
「もしも、今から100年後、君がスミさんのことを覚えていなかったら、詐欺の疑いで逮捕してあげようか。」
「え?」
 私の中の理性は、物質的な私に似て非力なのかもしれなかった。こうも己の身体の手綱を握っていられないとはさすがに、ちょっとばかし、情けない。
「お前、100年後、いるの?」
 そんなの私が訊きたい。こちとら働き盛りのミドルエイジで、転化の予定は白紙だった。言い換えると、それは先延ばしにしていたとも言う。が、確かに白紙であった。
 でも、わかってしまった。
 いま、彼を独りこの場にとどまらせていたのが、まさに彼が抱える孤独そのものの仕業だったのだということがわかってしまったから。
 ついでに、そういう蟻地獄のような孤独の渦中で、この先も、私が知らないところで、その孤独が彼の心をすり減らし続けていくだろうということも、すっかりわかってしまったから。
 もっと言わせてもらえば、他者との繋がりは容易に諦めるくせに、自分の死には固執し続ける、未来の彼の姿が、あまりにも容易に想像できて、堪らなくなってしまったから。
 そうしたら、もう。
 何がなんでもその顔をあげさせたくなった。目の前にいる男に、この私が、お前の全てを管理する責任者なのだから、私の目の前で二度とそんな顔をさせはしないと証明してみせたかった。
 だから、こんなふうに思いつくままに、まるでこどものように、あてのない将来の話をしてしまった。まるで、初恋の相手に結婚を誓う幼稚園児のような気軽さで。
「おいドラ公、黙ってないで何とか言えよ。前は、転化ァ〜?う〜〜〜〜〜〜ん?どうしよっかな〜〜〜〜〜〜?ってダルそうに言ってたじゃん。転化すんの?なあ!」
 長命種のくせに変なところで記憶力の良いガキが何か言っている。どうしよう、ちょうど良い理由が思いつかない。指先もかじかんできた。寒いからか、寒いもんな、早く話を切り上げて家に帰りたい。もう今夜作るシチューのことだけ考えてたい。
 ので、仕方なく、こう返すことにした。
「そりゃあ、いるだろう、100年先だって。君がいるなら。
 だって私は君の管理者なんだから。」

 12月の寒空の下、赤くなった頬は寒さのせいだと、どうか彼には暫く騙されていてほしかった。