ぬす
2026-04-04 17:01:23
4965文字
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思いもよらない

お題箱でいただいたネタで書いたもの。妊娠疑惑ネタのンポ夢なので、体の関係の話があります。R15かも。

 一ヶ月ほど生理が来ていない。
最初はただの生理不順だ、そのうち来るだろうと呑気に過ごしていた。
だがしかし、最近どうにも様子がおかしい。
時折発する微熱。やけに乱れがちな情緒。襲い来る眠気。
そして、何より原因のわからない吐き気があった。
風邪だろうか、と診てもらっても特に何にも感染していないという。
少し嫌な予感がして女友達に相談してみたところ、辿り着いた答えは同じだった。
――そう、妊娠だ。
 私に彼氏はいない。しかし、セックスをするだけの友人、いわゆるセフレというものがいる。
セックスは楽しみたいが恋人関係を構築するのは面倒、そんなありきたりな理由で彼氏なんてものに執着するのはやめてしまった。
さて、今まで何人もの男達と身体を重ねてきたが最近はずっと一人の男としかセックスをしていない。
その相手はサンポ・コースキ。
今まで関わった誰よりもセックスが上手く、それでいて交際に発展させようともしない。裏では詐欺行為を働いているようだが、そんなもの気持ち良いセックスの前では些細なことだ。
私にとって彼は最も都合の良い男だ。
そんな男との間に、子供ができた可能性がある。
「絶対いや!」
 悪い想定を振り払うように黒パンソーダを流し込む。
バーでソーダなんて子供のようだ。だがしかし、妊娠の可能性がチラつく今、強い酒を飲むのは少しだけ気が引けた。
カウンター席に身を預けて、野菜の塩漬けをつまむ。
現実逃避を望んでいるはずが、気付けばまたぐるぐると思考は胎の中に引き戻されていた。
 彼は避妊具は毎回つけてくれていた。それなのに何故?
いや、避妊具をつけていても稀に受精してしまうことがあるという。その低確率に引っかかったのだろうか?
妊娠、出産、そして子供を持つなんて考えられない。
私はまだ若いし、快適なセックスライフを謳歌していたい。
かといって堕胎するのはどうなのだろうか。
貞操観念は汚れきっていても人殺しに手を染めるのはさすがに抵抗がある。
ならば相手の男に責任を取らせるか?
相手はサンポだ。適当に言い訳をして私から逃げるだろうし、第一私も詐欺師となんて結婚したくはない。
子供に愛情が芽生えているわけではないが、犯罪者が父親なんてさすがに私の子が可哀想だ。
「とにかく、サンポにはバレないようにしないと……
「僕が何ですか?」
 後ろから彼の声がして、思わず身をすくめる。
振り向けば確かに青髪の男がそこに立っていて、にこにこと私を見つめている。
そういえば、彼と出会ったのもこのバーだ。今ここに彼がいてもおかしくない。
最悪のタイミングで会ってしまった彼から目を背けると、私の視線の先を追うように彼が隣の席に座った。
「今日はセックスする気分じゃないから口説いても無駄」
「おや、そうですか。
 それは残念ですが、僕としては先程の言葉が気になっています。
 それに、あなたの飲み物も」
 そう言うと、彼は私がいつも飲んでいるウォッカを注文してこちらに差し出した。
いらない、というとさらに不思議そうな顔をして美味しそうにそれを呷る。
「どうしちゃったんです?あなたらしくない」
「今そういう気分じゃないだけ!」
 ああ、子供の心配さえなければ今すぐその酒を奪って全て飲み干してやるのに!
しかしそうはいかない。産むか堕ろすかもまだ決めていないが、万が一のことも考えて飲酒は控えた方がいい。
私にも最低限の倫理観はある。
黒パンソーダの瓶を握りしめてまたその甘さで不安を誤魔化す。
「何かあったんですか?僕で良ければ、相談に乗りますよ」
「別に何でもない。
 あんたはただのセフレなんだから、恋人みたいに擦り寄らなくていいの」
「ああ、あなたはそういった関係が苦手でしたね」
 後腐れのない気楽な関係、そういったところがセフレの良いところだ。
実際は行為により勘違いする男もいないわけではないが、サンポは違う。彼ほど都合の良い男はいない。
この男はよく理解しているはずだ。
私はただの肉穴で、彼はただの肉棒でしかないと。
「ところでお姉さん、もうひとつ質問しても?」
「何?」
「生理はちゃんと来ていますか?」
 は、と困惑とも悲鳴ともつかない声が漏れた。
こんなところで何を言い出すのか。
いや、それより何故よりによって今そんな質問をするのか?
「ぶん殴られたい?」
「ああいえ、すみません。
 酷く落ち着きのない様子でしたから、周期的なものだと思って。
 女性は大変ですからね」
 この男は本当に人をよく見ている、と苛立ちつつも感心する。
セックスの時だってそうだ。こちらの反応を見て互いに最高の快楽を得られるように動きを変える。
全くデリカシーのない言葉だが、今の私の様子を疑うならそれが最も的確な質問だろう。
飲酒を控え、セックスを控え、情緒は不安定。
鋭い彼を相手に隠し通すのは不可能なのかもしれない。
……来てない」
「はい?」
「生理、来てない。そろそろ病院行くつもり」
「それは……
 するとサンポはソーダの瓶ごと私の手を両手で掴んで、随分と嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
何を笑うことがある?そう思うのも束の間、最もテンションの高い声色でべらべらと語り始める。
「そうではないかと思っていたんです!いやぁ、めでたいですねぇ!
 赤ちゃんは男の子でしょうか、それとも女の子でしょうか!」
「は?何言って……
「ふふ、とうとう僕も父親ですか。
 ああ、子供にはパパと呼ばれたいですね。お父さん、よりもパパが良いです」
 この男は何を言っている?
セフレのくせに相手の妊娠を喜んで、しかも堂々と父親でいようとするなんて。
本当に人の親になるつもりなのか?
顔が良くてセックスが上手いだけの詐欺師が?
「悪い冗談やめてくれない?
 あんた、私と結婚でもするつもり?しないでしょ」
「子供ができたとなれば話は別ですよぉ!
 このサンポ、責任をもってパパになりましょう!」
「ありえないんだけど」
「そう言わないでください。ママは冷たいですねぇ」
 私の腹部にそう話しかける彼の姿に全身が総毛立つ。
誰がママだ。いや、母親の可能性はあるのだが、それより彼の変わりようがひたすらに気持ち悪い。
やはり男は本能的に子供を欲しがるものなのだろうか?
それが性欲を満たすだけの愛のない関係、セフレのものであったとしても?
女の私には考えられない。
私は結婚も出産も考えたくもないが、子供を残すなら信頼できる男との間でなければいけないと強く思う。
……もういい。あんたと話してると吐き気してきた」
「悪阻でしょうか。あとでゼリーでも買いにいきましょう」
「違う!ああもう!」
 調子が狂う。
 恋人のような関係は面倒だ。彼は何よりそれを理解して、セフレとしての役割のみを果たしてきた男だった。
それ故に男達の中では最も都合が良く、ある意味では弁えた男だと信頼していた。
そんな男が私の妊娠の可能性を喜んで、優しさを見せてくる。
裏切られたような、それでいて不安が和らぐような感情が湧き上がって酷く苛々する。
彼が父親になる、なんて言葉を聞いてどうして私は安心してしまったのだろう。
そんな関係は求めていなかったはずなのに。
……明日、病院行くから。
 結果、ちゃんと聞いてくれる?」
 なんて馬鹿馬鹿しい問いかけだろう。
私を捨てて責任から逃れてくれた方が余程嬉しかった。
それなのに目の前の男はにこにこと嬉しそうに微笑んだままで、勿論ですとはっきり頷く。
――母親になるとはどういうことなのだろうか。
そんな気はないはずなのに、ふと悪くない未来を考えてしまった。



「生活習慣の乱れが原因ですね。
 あとは軽い栄養失調も関係していると思います。
 胃もかなり荒れていますね」
 幻想は呆気なく砕け散った。
そういえば、少し体重が増えたのを気にして強めに食事制限をしていたのだった。加えて、セックスを中心とした夜型の生活。仕事でのストレスもあるだろうか。
何にせよ、心配とはおさらばだ。
これからもセックスを楽しんで奔放に生きるとしよう!
……で、どうしよう」
 手の中のスマートフォンに映されているのはサンポの連絡先。
あの流れで妊娠していなかった、というのはかなり気まずい。
それに、サンポのあの態度がどうも気になってこれからも気兼ねなくセックスできるかと言われると難しい。
しかしセックスはさておき報告だけはした方がいいだろう。
覚悟を決めて、結果を送信する。
待ち構えていたのか返信はすぐに来て、連続で通知欄を更新した。
「そうでしたか」
「今から会えませんか?」
「昨日と同じ席で待っています」
 どんな顔をして会えばいいというのだろうか。
直接会って話すべきなのだろうか?
結果がわかればそれでいいのではないだろうか。
少し悩んで、しかし私と彼との関係を思い出す。
私達はセフレだ。会う、ということはただセックスを楽しむ、それだけのこと。
面倒な話などあの最高のテクで忘れてしまえばいい!
昨日は少しテンションが上がっていたようだが、結果がこれで即呼び出しということはまたシンプルなセフレの関係に戻るということだろう。
身だしなみを整えて、るんるんとスキップをしながら昨日のバーに向かう。
「お待ちしておりましたよぉ……
 しかし私の期待は瞬く間に打ち砕かれた。
目の前の彼は強い酒を何杯も飲み真っ赤な顔で机にもたれ掛かっていて呂律も回っていない。
なんてことだ、これではセックスどころではない!
これではきっとペニスを勃起させることすらままならないだろう。
手先もふにゃふにゃだ。グラスひとつまともに持ててはいない。
「何でそんなに飲んでるの」
「ふふ、ショックだったので……飲んで忘れようと……
「ショックってあんた、そんなに期待してたの?」
「だってぇ……
 私の腕にしがみつく力は意外にも強い。しかしもう話す気力もないようだ。
カウンター越しにマスターにチェイサーを頼んで、縋りつかれながらも隣の席に座る。
「もう、セックスできると思ったのに」
「あ、ゴムは持ってきてますよぉ。そう言うと思ってぇ」
「そんな状態じゃできないでしょ。ほら、さっさと飲んで」
 素直に水を受け取りごくごくと飲み干す彼をよそに、お気に入りのウォッカと豚の脂身の塩漬けを注文する。
セックスできないセフレにわざわざ会いに来るなんて何のお笑いだろう。
せめて酒の席を楽しんでやろうと、出てきた酒とつまみに手を伸ばす。
「はぁ……可愛い子供達にパパと呼ばれたかったです」
「その願望なんなの?」
「父上は固いです。親父は年齢を感じてしまいます。お父さんはまあ……普通ですね。やっぱりパパがいいと思いませんか?」
「というか、子供が欲しいなら女遊びなんかやめてまともな結婚相手を探せば?」
 その言葉が刺さったのか、サンポがウッと唸って押し黙る。
セフレとの子供の可能性を喜ぶより母親として信頼できる女性を見つけて愛を育む方がよっぽど健全だろう。
男だって時間は有限だ。子供を作るなら尚更のこと。
サンポという最高のセフレを失うのは惜しいが、そういうことなら笑顔で送り出してやろう。
ついでに詐欺もやめた方がいい。まともな父親になりたいなら足を洗うのが一番だ。
「はぁ、既成事実……とはいきませんでしたか……
「ないない。そのためにあんたもゴムしてたんでしょ。
 毎回自分でしっかり持ってきてさ」
……そうですね」
 ずりずりと机を這う手が私の手に触れる。
飲み過ぎているせいか子供のように熱い手だ。思わず笑ってしまうと、彼もふふっと笑う。
まるで恋人のようなやり取りだ。だが今日だけは、特別に許してやってもいいだろう。
パパ、とまた譫言をいう彼の目はとろんとして、しかし時折私を見つめる。
どうやらこの男、そんな願望を持ちながらも私を手放したくないらしい。
きっと私達はまた明日からただのセフレの関係に戻るのだろう。
昨日の男女の過ちを洗い流すように、強い酒を一気に飲み干した。