天使が人間に惹かれ愛し執着心を抱く時、世界は警鐘を鳴らす。何故ならそれは破滅の始まりであり。天災が世界を覆うからだ。古来から天界はネフィリムの誕生を警戒し、禁忌とした。天使がひとりの人間に執着するということは、悲劇を辿り天界と地上に災いが起きる。だから天界の天使も人間に対して距離をおく。私情を挟まないどころか、人間に嫌悪を抱く者も少なくない。
そんな中、カスティエルは周囲の天使とは異質だったのかもしれない。人間への興味が尽きない彼は、地上で人間たちの生活や営みを観察していた。何千年と過ごした頃、ディーン・ウィンチェスターの魂と対峙したあの日から執着心が生まれた。
「ディーン・ウィンチェスターから距離を取れ」
ザカリアやハンナが鋭く言い放ったのは、カスティエルの心情の変化に気付いたからだ。彼らが警戒するのは、カスティエルの執着が天界を貶める危うさに気付いたから。
だとしても、カスティエルが彼らの指示に従わなかったのは抗えなかったからだ。ディーンの瞳の美しさ、寝顔や機嫌が悪いときに唇をひと結びする癖、悪態つく表情すら愛おしく思える。他の天使には理解できないのだとカスティエルは高揚する胸の高鳴りを押さえつけた。あの魂の煌めきの美しさを理解できるのは己だけだと。
そんな中、天界で反乱が起こった。
「どちらかを選びなさい」
天界か地上か。
天界の天使のひとりに詰め寄られ、カスティエルは目を細め睨んだ。
それはつまり、天界の秩序かディーンの命かを選べということだ。天使は結局、秩序が全てであり、人間のことなどどうでも良い。地上の生命体が消え去っても、再構築すれば良いのだから。黙示録とはそういう計画の元にある。
天使たちの本音を突き付けられた時、カスティエルは迷いなくディーンの命に手を伸ばした。同胞たちは失望の眼差しでカスティエルを見つめたが、これが偽りのない己の本心だ。後悔はない。
天界から堕とされたカスティエルは美しい魂の持ち主であるディーンの元へ降りる。同胞の天使たちには理解されないが、それでも構わない。
天使たちがディーンを穢れたものを見るかのような視線を向ける。彼らには到底理解できない。彼の魂の美しさが。カスティエルはディーンを庇うように前に出る。
「彼に危害を加えることは許さない」
天界の秩序ではなく、たった一人の人間を選んだカスティエルもまた天使たちと敵対する形となる。背後にいるディーンは一瞬、身じろいだがカスティエルを窺うように見つめる。
「キャス……」
言葉を紡ぎ出そうとするそれは、周囲を取り囲む天使たちに遮られた。ディーンは鋭い視線を向け、天使の剣を手にする。カスティエルとディーンを囲った天使の数は多い。まともに戦えば、こちらが不利なのは確実だ。ディーンの肩にそっと触れレバノンにあるバンカーまで移動する。瞬間移動を嫌いだと言っていたディーンもカスティエルに従った。
バンカーのリビングに着いたカスティエルとディーンは、疲労に表情を歪めた。そうして、ディーンがそっと隣にいるカスティエルへ目配せする。
「……良かったのか? 俺たちの味方になることで、もう天界に戻れなくなったんだぞ」
「どうでも良い。君か天界か、と「選べ」と提示されたのだ。考えるまでもない」
カスティエルを慕っていた天使ですら、結局は軽蔑の眼差しでこちらを見つめていたのだ。同胞たちはカスティエルの意志を尊重しないだろう。なぜ、たったひとりの人間を選んだのかも理解できないのだから。
「私は、君の側にいるよ」
そう答えると、ディーンは頬を赤らめてから視線を外す。それから小さく「ありがとう」と囁いた。カスティエルは目を細めて微笑んだ。人間の魂を幾つも見てきたが、ディーンの美しく煌めく魂を他に知らない。愛着を滲ませた視線を向けていると、視線に気付いたディーンが眉を寄せた。
「なんでそんな目で俺を見るんだ?」
「そんな目とは?」
「なんか、ちょっと熱烈というか……」
言葉を濁すディーンにカスティエルは首を傾げる。
「君は見ていて飽きない。とても愛おしく感じる」
それを執着ということは、カスティエルも知っている。「堕天使」の汚名を天界から課せられたカスティエルだったが、はにかんだ表情を浮かべるディーンの傍にいることは天界の天使でいることより自由に思えた。
「……お前、変わったよな」
呆れたような言葉で言い放ったディーンの表情は柔らかかった。
「君のおかげで変われた」
ディーンと出会わなければ天界に縛られたまま神の啓示の言いなりだった。
願わくば、この出会いが二人を分かつ運命でなければいい。天使がたったひとりの人間に恋い焦がれるというのは、ハッピーエンドとはいかないから。
fin
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