紫裕 / Shiyuu
2026-04-05 00:00:00
3445文字
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刀剣男士 面影 と 第一次国府台合戦

調べてみたまとめ

2026年3月28日から、デジタル駅スタンプアプリ「エキタグ」とゲーム「刀剣乱舞ONLINE」のコラボ企画、デジタル駅スタンプラリー「刀剣TRAIN遠征~東日本の記憶~」が始まりました。



"刀剣にゆかりのある駅と施設を巡るスタンプラリー"ということで、全20スポットある中で気になったのが千葉県にあるスポット。

面影
対象駅 京成電鉄 国府台(こうのだい)駅
対象施設 真間山 弘法寺 (ままさん ぐほうじ)
国府台エリアは、第一次国府台合戦が行われた地

キャンペーンサイトより引用 ( https://www.ekitag.jp/spot/chiba1.html )
※読みやすいようにふりがなを振っています

刀剣乱舞ONLINEでは面影について来国行作の太刀であること、面影という名の刀剣は他にもいくつか存在することが語られるのみで面影に関する歴史についての詳しい言及はなかったと思うので、今回の企画でいきなり歴史的なキーワードが出てきてとても気になったので調べてみました。


※注意※
歴史に疎い素人がネットでさらっと調べただけなので間違っている箇所や解釈があるかもしれません。

……ふーん」くらいの感覚で読んでください。あと長文です。



▲ これくらいの雰囲気で読んでくださいね。


先に調べてみた結論を簡単に言うと、「第一次国府台合戦で戦っていた武将が面影を佩刀していた」ということです。

まず、面影を佩刀していた人物について。
下記引用のページを見ると面影を所持していた人物は複数いますが、スタンプラリーの詳細で出てきたキーワード"第一次国府台合戦"について関係がある人物は「足利義明(あしかがよしあき)」になります。

天文7年(1538年)には、小弓公方足利義明(古河公方足利政氏二男)が佩用している。
足利義明は、天文7年(1538年)第一次国府台合戦で敗死した時の出で立ちが残っている。

「面影 - 名刀幻想辞典」より引用 ( https://meitou.info/index.php/%E9%9D%A2%E5%BD%B1 )

自らを「小弓公方(おゆみくぼう)」と名乗ったこの人物は、第一次国府台合戦で鎌倉占領を目指し北条氏綱が率いる北条軍と戦いますが敗戦、戦死してしまったそうです。
そして戦死したときの足利義明の出で立ちが記録に残っており、来国行の面影を腰に佩いていたと記されているそうです。
(記録についてはまた後で説明します。)

まさに面影は戦場にあったということです。もしかしたら実戦で使われてたかもしれないですね。

余談ですが、刀剣男士の面影は太刀ですがこの頃はまだ三尺はある大太刀だったのかなと思ってます。磨り上げられたのはもっと後の出来事みたいなので。


そして、第一次国府台合戦について。
下記引用のページに足利義明が合戦に挑むにあたり弘法寺に文書を発行していたと書かれています。
("安堵状"という物だと思うのですがこれが何を意味しているのか理解・説明ができません。ごめんなさい。)

「関宿城」「葛西城」目標説
なお、近年において、義明の最終的な攻撃目標は鎌倉ではなく、下総国関宿城であったとする説が出されている。
(省略)
義明は千葉氏の勢力圏の外縁である国府台を占領し、ここから太日河(江戸川)を遡って関宿城を目指したと考えられる。
実際に義明は合戦前の6月に国府台の近くの弘法寺に対して寺領の安堵を約束する文書を発給しており、国府台の確保は事前に計画されていた可能性を示している。

「国府台合戦 - Wikipedia」より引用 ( https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E5%BA%9C%E5%8F%B0%E5%90%88%E6%88%A6 )

スタンプラリーの対象施設である弘法寺の名前が出てきましたが、足利義明は文書を送るのみで弘法寺に足を運んだわけではないと思うので面影と弘法寺には密接な繋がりがあるとは言えないかなと思います。
とはいえ第一次国府台合戦で足利義明は現在で言うと千葉から東京方面に向かって進軍したと考えると弘法寺の近辺を通過していたと捉えてもおかしくないのかなと思います。面影を腰に佩いて。


補足?として、第一次国府台合戦について以下二つの記事が分かりやすく解説されています。

松戸駅前は戦国の古戦場?第一次国府台合戦と経世塚・足利義明
https://intojapanwaraku.com/rock/culture-rock/212037/

【解説】松戸の古戦場~相模台・国府台合戦 - 松戸市観光協会
https://www.matsudo-kankou.jp/commentary/%e7%9b%b8%e6%a8%a1%e5%8f%b0%ef%bd%a5%e5%9b%bd%e5%ba%9c%e5%8f%b0%e5%90%88%e6%88%a6/

最初に足利義明の出で立ちが記録に残っていると説明しましたが現代語で分かりやすく書かれていたのでこちらを引用します。

『小田原北条記』によると、この日の義明のいでたちは、赤地錦の直垂(ひたたれ)に、唐綾(からあや)おどしの鎧をまとい、
来国行(らいくにゆき)の名刀「面影」と先祖伝来の太刀2振りを腰に佩(は)き、手には大薙刀(なぎなた)「法城寺」を短めに握り、赤い房をかけた奥州産の名馬「鬼月毛」にまたがっていました。

「松戸駅前は戦国の古戦場?第一次国府台合戦と経世塚・足利義明」より引用 ( https://intojapanwaraku.com/rock/culture-rock/212037/ )

それと、どちらの記事でも紹介されているのですが松戸市にある大学の敷地内に「経世(けいせい)塚」という第一次国府台合戦に関する史跡があるそうです。
(※見学には大学の許可が必要みたいなので要注意です)
ちなみに第一次国府台合戦が繰り広げられた場所は現在は里見公園という場所になっていて弘法寺の北方面にあるみたいです。


ということで、ここまでが調べてみたまとめでした。

スタンプラリーの対象施設である弘法寺は面影と密接な繋がりがあるわけではなさそうですが、他の地域のスポットになっている施設は刀剣男士のモチーフとなった刀剣が所蔵されている博物館・美術館が多い中で、歴史に基づいた場所が対象になっているのはすごくうってつけだなと思いました。
それに面影と同じ来国行作の明石国行もスタンプラリーに登場していて、しかもそれぞれの対象駅から(路線は違いますが)それぞれの対象施設に行くことが出来るはずなのでそれもぴったりだなと感じます。


最後に余談なんですが、刀剣乱舞ONLINEで面影が「今度こそ主を憤死させないと決めているので」と言う台詞を聴けますが、これはまさに第一次国府台合戦での足利義明の戦死を目の当たりにした経験からきているのではないかなと思います。

それから、個人的な解釈になるのですがそもそも刀剣男士として顕現する、刀剣男士として強くあるためには「刀剣の持つはっきりとした逸話(物語)」が必要なのではと思ってます。
なので、はっきりと詳細に記録に残された足利義明と第一次国府台合戦の"逸話"は面影が刀剣男士として顕現するために、刀剣男士として強くあるために、かなり重要なものなのではないかなと色々と調べてみて思いました。


以上、刀剣男士 面影と第一次国府台合戦について調べてみたまとめでした。
最後まで読んでいただきありがとうございました。



おまけ?
このまとめを書いているころにこんな投稿がありました。



面影と弘法寺についてはとくに書かれていないのでやはり繋がりはなさそう?
とはいえ素人なりに調べて少々苦労してこのまとめを書いたぶんスタンプラリーに参加したい気持ちが高まったので、いずれ参加して行ってみたいと思ってます。